――迷宮冒険録 第三話
拳と拳を交えるのは、やはりお互いを理解する上で最高の手段だと思わないか?
その所為で乱暴者のレッテルを貼られたりもしたが、
戦いが終われば分かち合える、絵に描いたような青春物語を夢見て――
「実にバカバカしい男だが――これで終わりだ」
「…残念だな、もっと…遊ぼうぜッ?」
キノガッサのフェルエルが拳を振り上げる。
動け、俺の体。
ほんの少し傾ければ避けられるだろ?
動け、動けよ…
あーぁ…ここまでか。
――悔しいなチクショー…
「【気合パンチ】――――」
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迷宮冒険録 〜序章〜
『新米冒険家3』
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――ガバッ!!
「………ッ!!」
次に見た光景は、薄茶色の天井だった。
慌てて飛び起きて全身を駆け抜けた激痛に悶えつつ周囲の様子を伺うと、
どうやら俺はまだ道場に居るらしい。
そう――フェルエルに負けたのだ。
「…次は負けん」
ボソリと呟いたのは、所詮負け犬の遠吠えにしかならない一言を聞かれたくないからだ。
フェルエルは俺がここを訪れたときと同じように、道場の真ん中で座禅を組んでいたから。
「…目が覚めたようだな」
「寝てた記憶は無いんだがな」
「大した奴だ。私の気合いパンチを受けてそれだけで済むとは」
それだけで済むって、軽く一撃で俺の意識を刈り取っておきながら何を言う。
「内面の話だ。二度と目覚めなくても不思議じゃなかったのに、と言う意味だ」
「ふざけんな」
ニヤリと笑いながらそういうので、俺も思わずニヤリとしてそう言い返した。
俺は立ち上がって体の状態を確認する。
右手、左手、両足、ちゃんと付いてる。当たり前か。
痛むが、動作に支障は無い。奴の言う通り、俺は少しばかり身体が丈夫だからな。
他のリオルに比べたら、そりゃもう随分丈夫だ。
「帰るのか?」
俺が立ち上がったのを見て、フェルエルはそう訊いた。
俺はコクンと頷いて、道場から出ようと――したところで、行く手を阻まれた。
「今は出ない方がいい。村人は貴方をタダでは帰さない」
「忠告どうも、だが俺は一旦帰らなきゃならないんでな」
そうそう、一旦帰って迷いの森を抜ける方法を模索したりしなきゃならんし。
さっき(どれだけ気絶してたのか知らないが、感覚的に)地図を見たときに知ったのだが、
このキノコ村は森に囲まれた閉鎖空間である。
つまり、ここはあの厄介な森の中に存在する秘境と言っていい。
まだまだ森を抜けるには先が長いようで、もう少し準備が要ると踏んだワケだ。
…俺だって無鉄砲じゃないからな。無理だと解ったらちゃんと準備するさ、時々は。
「お前はどっちから来たんだ? 森の南側へ通じる地図なら用意できるが」
「本当か?」
「私が案内すればこの森は抜けられるんだが、生憎村人の手前そんな勝手も出来ん」
南側と言えば俺の村がある方角、実に都合がいい。
北側へ抜ける地図ならもっと良かったが、文句は言うまい。
「んじゃあ地図でも貰うとするかな」
「解った、用意しよう。それと出口は裏手の地下通路を使え、そこなら出たら直ぐ森に入れる」
「用意が良いな」
「私が修行嫌いだった頃の遺産さ」
フェルエルは不敵な笑みを浮かべて、道場の奥――多分普通の部屋があるんだろうな――へ向かった。
もっとこう、微笑むように笑えばきっと可愛いのに、なんて事は黙っておくとしよう。
俺と言うキャラクターにあらぬ誤解が生まれそうだし。
「待たせたな」
「早っ」
何時の間にか戻ってきたフェルエルを視覚に捉えて、俺は反射的に飛びのいた。
そんな俺を不思議そうな目で見つめるのを早々に切り上げ、フェルエルは地図を差し出してくる。
「この道の通りに進めるよう、あの森には所々目印がある。くれぐれも余計な道に進むなよ?」
「進んだらどうなる…?」
興味本意で訊いてみる。
いや、そりゃあ俺だって適当に進んでしまった経験者だから、今更って感じもするが。
「不思議のダンジョンに迷い込む」
「不思議の…? なんじゃそりゃ」
「冒険家ならいずれ付き物になる。森を抜けた北の大地には、あちこちにあるモノだからな」
フェルエルはそれ以上の説明はしなかったが、厄介そうなのは間違いない。
一つ会話の中で得られたヒントは、いずれは俺もお世話になるであろうって事だけだ。
…つまり、こんな地図に頼っていたら俺は軟弱なままだと言う事になる。
だから俺は地図を一瞥して立ち上がり、ズカズカと奥へ歩き出した。
「ま、待てっ、無理はするな!あの森のレベルは低くない!!」
「ふ、心配ゴム用。俺は伝説の冒険家(予定)だ!」
フェルエルの警鐘を振り切り、俺は道場の奥の扉を開く。
そこには地下へ通じる階段があり、真っ直ぐ降りていくとすぐに地下通路が現れた。
直進する一本道をズカズカと前進するうちに今度は上へ向かう階段が現れ――
「とぅあッ!」
現れたドアを蹴破った先は、例の森の中だった。
なるほど、ここから地図に記されたとおりに歩けばいいらしい。
だが俺は生憎、その地図の受け取りを拒否している。
俺の心が、そう――妥協を許さなかったのだ。
俺は今後の俺のために、敢えてこの試練の道を突破しよう。
その代償が俺の命なら、それでも構わない。
自信と言うか確信と言うか、今なら…そう、負ける気がしないのだ。
…あれ?
いつも普段から負ける気がしてないんだが……?
もしかして今回もまた俺、無謀者になろうとしてる?
そう考えると足が止まる。
もう少し止まっていれば、後ろから追いかけてきたフェルエルが地図を与えてくれるだろう。
時間にして数秒、十数秒、いかん、途轍もなく妥協したくなってきた。
「ダメだ!弱気になるな!」
頬をパンと叩く。
小気味良い音が響いたが、ちょっとやりすぎたかもしれない。いてて…
頭の中でさっき見た地図を再構成する。
思い出せ俺、記憶だ…これは記憶力の勝負なんだ!
論点をすり替える。
何、心配するなアディス。
強くなるための修行は闇雲な実戦だけじゃない、時には頭も鍛えなければ筋肉馬鹿になってしまう。
肉ばかりではなく野菜も食べる、バランスこそが全ての生命の源なのだぁぁぁあああ!!
「おおおーーー!!俺は何と言う間違いを犯していたんだ!マジすみませんでしたァーーー!!」
頭を抱えて悶絶する俺。
ハタから見たら異常者の発狂シーンにしか見えないな、うん。
だが俺の頭の中で妥協をプッシュする悪魔君の意見はご尤もだ。
檄を飛ばしてくれる天使君には悪いが、今回ばかりは遠慮させてもらうぜ、
せめてここでの記憶力勝負で妥協してくれ。
「っしゃあ!行くぞ俺!!」
威勢良く走り出す。
確かこっちで合ってる筈だ、
何故ならご親切にも地図に記された道順に沿って木々にマーキングがされていたからだ。
誤解を招かないように言っておくと、
マーキングと言っても木にアレがかけられているワケではない。
木から真っ赤…いや、赤だけではなくもっと派手な色をしたキノコが生えているのだ。
恐るべしキノコ村(俺命名)。
………
正直、パッと見ただけの記憶なんて大してアテにならないのは、
一度でも試験でコケた事のある奴なら解ると思う。
やべー!勉強してねー!
こりゃテスト直前10分前だけどやれるだけの事はやらなくてはー!
なんて言っていざテストに望んだ奴の末路なんて、わざわざ語る必要も無いほどに。
いや、語ってやるな。今はそっとしておいてあげるのが、友と言うものではないのか?
…脱線したな。
まぁつまりアレだ。
幾ら短絡的な地図に記されたラインを覚えろって言われても、
俺はテストの10分前に10分かけてじっくり覚えたワケではない。
走っているうちにそりゃもうスッカリ忘れたさ。
多分走り出して1分もしないうちに、
俺は頭に宿した記憶よりも目に見えるあからさまな毒キノコの方を気にするようになっていた。
勿論気付いていたが、後の祭りだ何とかなれ、もう半分自棄だったのは言うまでも無い。
で、そんなんだからキノコと言う明確なマーキングが消えた時点で途方に暮れる事になったのだ。
いや、消えてはいない、寧ろ増えた。
それは決して喜ばしい事ではない事もまた、言うまでも無いだろう。
なんせ不味い。これは食用じゃない。
たまたま道端で毒消し草が生えていたから助かったが、正直シャレになってない。
…まぁ食べる食べないは置いといて、これらキノコのマーキングとしての役割は完全に失われたのだ。
四方八方どこを見てもキノコだらけ、見るからに毒々しいものから一見可愛らしいものまで様々だ。
野性ポケモンに襲われないと言う事はまだ道を間違っては居ないらしいが、
この先も間違えずに進める保証は無い。
「お手上げだ、仕方ない天使君、君の意見を聞こう」
『おんどぅりゃああ!何今更ぬかしとんじゃボケェ!男だったら意地見せんかァいアホンダラァ!』
…す、すみませんでした…。
すっかりやさぐれてしまった天使君の背後で、
悪魔君が十字架に架けられて絶命しているのが見えた。
…終わった。
「仕方ない!俺も男だ!もうどうにでもなれ!うおおおおおおおおおおおっ!!」
叫ぶと同時に、俺は駆け出した。
天使君の口元がニヤリとしたような気がした。
…これでいいんだよな、天使君!
そして僅か数秒――
俺は再び、不思議のダンジョンとやらに紛れ込んでいた。
つづく
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