――迷宮冒険録 第二十八話





「あ」


「ん?」


「…ほう」



別に、「あんほう」と言う言葉を3人で作ったワケではない。
って言うかあんほうって何だ。

あ、と言ったのは、病室から出てきたブラッキー。
「あ」の意味が解らなくて、思わず「ん?」と言ったのが俺。
最後に、「あ」の意味を解したのか、「…ほう」と言ってニヤリと笑ったのが、フリード。

俺はこのブラッキーに何の面識もないわけだが、フリードにはあるらしい。
だから敢えて邪魔はしないように、俺は黙っている心算だったのだが、
どうやらその面識と言うのがフライア絡みのことだと言うので、
俺もブラッキーを会話に交えてやる事にしたのだった。



ちなみに、俺が何故病院に居るかといえば…










**********************
      迷宮冒険録 〜序章〜
      『相容れぬ思い5』
**********************










「いっ、いでででで!!」
「ほらほらエリオ、ダメだよ動いちゃ」
「クリア…おまえわざと…あだだだっ」

病室では、すっかり回復したクリアがエリオとラセッタの看病をしている。
そのクリアを見事にサポートするかのように、デリバードのリィフも活躍している。
流石は秘書だな、その辺の気遣いみたいなものは心得ているらしかった。

あぁそうそう、クリアに看病されているのは、ミレーユとフェルエルも同じだ。
フェルエルは問題ないと首を横に振ってはいたが、
クリアが頑として譲らなかったためにあぁしてベッドで横になっている。

今は敵味方関係なく、そこに在るのは怪我人とその看病をする者だけ。

フライアは一応病院の専門スタッフに見てもらったが、
じきに目を覚ますだろうという事で安静となった。
流石だぜフェルエル。
一体どんな攻撃をしたら、外傷も残さずに意識だけを吹っ飛ばせるんだ?
そんなわけだから、フライアもベッドで眠っている。

ミレーユは地面に叩きつけられた時の衝撃でまだ意識がボンヤリしているらしい。
本人は大丈夫だと言っているが、たまに目が虚ろなので油断は出来ないな。
医師曰く一時的なものだから大丈夫って事らしいが。


あと、エリオとラセッタな。
いや、ホント……申し訳ない。
せめて俺じゃなくて俺を敵に回す側に自分が居る事を恨んでくれ…。

ストライクのラセッタは靭帯損傷、全身包帯グルグル巻きでベッドに寝かされている。
ある意味クリアの荒療治を受けずに済んでラッキーマン。

ザングースのエリオは鼻を骨折。
良かったな、眼球破裂とかそんなんじゃなくて。
クリアがアクアリングを使って、微々たる回復措置を取っている。
たまに出てくる『傷薬』を使うたび、エリオの悲鳴が聞こえるのが心苦しい。

耐えかねていた俺は、ここぞとばかりに外に出た。
このフリードとか言う『種』の偉いガブリアスと一緒に。


その間にフリードから聞いたのは、
俺にとって良いのか悪いのか解らない一つの情報だった。


――フライアを追っているのは、『種』と『フォルクローレ』の二つの組織だ。


フォルクローレはフライアの持つ『進化の力』を悪用して、
『この世界』にも、『種』にとってもプラスにならない事を企んでいるらしい。

一方の『種』は、フライアの持つ力を『借り』て、
強大なイレギュラーである『クレセリア』を捕まえようとしている。
クレセリアにこれ以上世界を引っ掻き回されると、必ず悪い方向へ向かうから、
それを止めるためにも、フライアの『進化の力』が必要(かもしれない)というのだ。


ここだけを聞くと『種』に加担してやっても良いと思う。
何も知らない俺だったならば、この言葉を信用して付いて行ってもいいって思うだろう。
フライアの力は借りるけど、その分ちゃんと保護してくれる『種』は、まだ良心的だ。

それに、フリードだって信用に値するものは何も見て無いが、
何となくコイツは信じても良いと思う。
根っからの悪人には、俺にはどうしても見えなかった。

リィフとか言うデリバードとの絡みが余りに情けないものだったから、
拍子抜けしてしまった所為かも知れないが。


でも、それでもフライアを預ける事は、俺には出来ない。
クリアは言っていた。『妙』だと。
だから、クリアを信じている俺には、『種』を信じる事はそもそも在り得ない事なんだ。

フライアも『妙』だと言っていた。
追手に変化が現れ始めた、と。
それは、フォルクローレの追手に紛れて、『種』の追手が混ざってきたからに違いない。

だとすれば、これはフリードの情報操作?
フォルクローレを悪の組織に見せかけようとする虚言?

いや、どちらでも構わない。
これが嘘でも本当でも、俺はフライアを渡さない。
フライアはフォルクローレから逃げてきたんじゃないか。
その時点でフォルクローレに加担する選択肢は存在してない。
クリアは種から逃げてきた。
その時点で種に加担する選択肢は存在してない。

ほら、簡単な事じゃないか。

最初に決めたとおりの道を貫く事が、俺にとっての唯一にして絶対の選択肢。
これは、選ぶとか選ばないとかの迷いは存在しない一本道なんだ。




「悪いけど、俺はあんたらには協力できない―――」







…………






話は冒頭へと戻る。
協力できない、そう断言したまさにその時、
後ろにデカいピジョットを連れたブラッキーが、隣の病室から出てきたのだ。

隣って何だっけ。
確かすれ違ったスタッフの話では、どこぞの軍団が纏めて入院してるらしいけど。
全く、この平和なご時世に一体何のドンパチやってんだっつーの。



「紹介するよ。こいつはハルク。フォルクローレの大将様だ」

「………噛み殺すぞ」

「はっは、そう怖い顔すんなよ。俺とお前の仲だろうが?」

「……」


いや、フリード。
そんな冗談は止してくれないか?
今の『噛み殺すぞ』は、多分本気だった。
あんな殺気が出せるのは某カラカラだけだと思っていたが、
俺の認識は井の中の蛙の中の寄生虫並に小さかったようだ…。
ホント、殺されるかと思った。俺無関係なのに。

無関係ではないか。
フォルクローレの大将とか言ってたしな。
大将って事は、コイツが一番えらいのか?


『いいや。大将は上から3番目か4番目くらいだったはずだ。
 その上には『元帥兼上級大将』、『元帥』、『上級大将』、ここでやっと『大将』。
 その下に『中将』、『少将』、『准将』、『大佐』、『中佐』、『少佐』、
 『大尉』、『中尉』、『少尉』、『先任准尉』、『准尉』、『本部付曹長』……』


あぁ解った、もういい、黙ってろ。
何なんだそのお前の豊富な雑学は。


『伊達にお前より遥かに多くの世界を知ってはいないって事だ』


コノヤロウ。



「フライアは居ないのか」
「中で寝てるよ。暫くは起きないだろって」
「そうか…」
「ラッキーっすねボス」
「む……」



ブラッキーの後ろに立っていたピジョットが口を挟む。
軽そうに見えて、こいつもかなりの手練れだ。

さっきの殺気(駄洒落じゃないぞ)を嘘のように消して、
ブラッキーは態度を改めて俺のほうを見る。
こうしてみると、多分俺より少し年上だが、子供のように見えた。


――居候に訊いて見る。
コイツは敵なのか、味方なのか。
或いは、障害になるのかならないのか。

居候の答えは、何とも曖昧なものだった。


『解らん。こいつも、付け加えてフリードも。規則性に囚われない柔軟な運命を持っている』


規則性って何だよ。


『運命は定められている。誰が敵で、誰が味方なのか、常に決定している。
 だが、名前持ちにその概念は通用しない。他の世界では頼もしい仲間だった奴が、
 この世界では強大な敵になってしまう事だって十分にありえる。
 だから、こいつらに関してそういう探りは無駄だと覚えておけ』


……。



『フォルクローレにはどの世界でも関わった。だが『種』は違う。
 お前が『種』に関わるのは、超界者の俺ですら初めての事だ。
 …だが、このフリードと言うガブリアスと、ハルクというブラッキーは、
 どの世界に於いてもお前と繋がりを持っていた。
 ある時は敵、ある時は味方として。だから、この世界が狂っていても…
 お前が『種』に関わるなんて事をしても、運命はこいつらをここへ導いた。
 今はこいつらが敵になるか味方になるかは考えるな。
 敵だったら微塵の容赦も無く叩き潰せ。
 味方だったらラッキー程度に考えろ、その場その場で柔軟に対応しろ。
 それが、名前持ちであるお前に出来ることだ』




味方だったらラッキー程度、か。
こいつらは敵対組織のそれぞれお偉いさんとしてここに居るのに、
そんなラッキー程度に考えられるほど俺の器は大きくないらしいのだがな。





…………






「コーヒー1つ」

「俺はお茶がいい」
「お茶は何に致しましょうか」
「ん、……」

お茶の種類なんて考えた事も無かった。
メニューを見て、今更ながら考え始める俺を、
どうやらフリードは勘違いしたらしい。

「金なら心配要らんぞ、ここは俺が持ってやる」
「そうか、じゃあ一番高いので」
「かしこまりました」

店員は笑顔で頷いたが、フリードの笑顔は微妙に引きつった。
悪いな、遠慮とか知らなくて。
オーダーはブラッキーの番になる。
ブラッキーはメニューも見ずに、素っ気無く応えた。

「俺は水でいい」
「お、おまえも遠慮するな。好きなものを飲め」
「そうか。じゃあ一番高いワインを出してくれ」
「かしこまりました」

店員、またしてもニヤリ。
一方、さらに笑顔がぎこちなくなるフリード。
…このブラッキー、かなりのやり手だな。
って、俺が言えたクチでも無いが。

「お、お前らなぁ、少しは遠慮ってもんを」
「いいじゃねぇか。種って金持ちなんじゃねぇの?」
「バッカヤロウ。んな事ねぇよ、面倒な仕事を一手に引き受けてるだけのボランティアだ」
「フリードの全財産は俺のポケットマネーといい勝負だろうな」

ブラッキーがツンと言い放つ。
お前のポケットマネーってどんだけだよ?
俺はつくづく、『王家』ってモノを侮っていたみたいだった。



――ここはバリン総合病院前にある夜のカフェ。
俺とブラッキーはお子様だから、この店の奥にある秘密の部屋にはいけなかった。
別に行く気は無かったが、フリードは何だか残念そうな顔をしていたな。
一体奥に何が在るってんだ。

「…秘密の花園(ルビ:らくえん)さ」
「…らくえんか」
「らくえんだ」
「下賎な……」

と言いつつ頬を赤らめるブラッキーがちょっと可愛い。
人の事言えないが、お子様め。
そういえば、さっきからうろちょろしてる店員さんも、レベル高いよなぁ。
全員どっかでモデルでもやってんじゃないのか?
まぁ、そんな事は如何でもいいんだが。


「お待たせいたしました。『エンペラー・イル・ジ・エルフォート』、
 80年モノの最高級白ワインです」

「私だ」


店員のベイリーフがワイングラスとワインボトルを持ってくる。
それらは手馴れた手つきでブラッキーの前に置かれ、
サービスの一環なのか、ベイリーフの手でグラスへと注がれる。
ブラッキーはそれを受け取り、嗜む様に一口飲んだ。
一気に飲み込まずに、口の中でそれを味わっているように見える。

なんと言うか、無駄に絵になっていた。
コイツ、まだ未成年だよな?


「流石だな、この落ち着いた風味に宿る酸味が」


以下、ブラッキーのワイン談義は中略。
わけが解らな過ぎて、俺にはとても耐えられない。




お値段、15万ポケ。



領収書を見つめ、小さな笑いを口の隙間から溢しているフリード。
15万ポケって言ったら、……ってそんな大金見たことねぇよ。
大丈夫だろうかこのオッサン。



だが、俺の同情は、
これから自分の目の前に届くお茶の凄さを知らなかったからこそ生まれたもので、



「お待たせしました」



そういわれて俺の前に置かれた一杯のお茶が、
お値段1万5千ポケとか言われたときには、流石の俺も冷や汗が出た。



ブラッキーの前に置かれたのは、あと何杯飲めるか解らないボトルだ。
何時の間にか自棄になったのか、フリードも一緒になってそれを飲んでいる。

だが俺の目の前に置かれた、
多分ノドが渇いてるときだったら1回飲み込むだけで無くなってしまう程度のお茶は、
たったそれだけにも関わらず、1万5千ポケなのだ。

どれくらい凄いかって、多分それだけ在ったらどこかの孤島を貸し切ってもお釣りが来る。
つまり、この一杯のお茶で、リゾートが買えるのだ。

そこまで言われて、あっさり飲めるのだろうか?
なんて思ったが、冷めてしまっては勿体無いので、
じっくり味わいつつ、しかし俺は割と早く飲み終えてしまった。


「話し合いの前に、一つだけ言っておく事が在る」


ブラッキーがワイングラスを片手に言うので、
俺とフリードはとりあえず彼に目を向けた。



「ここで飲み物を奢って貰ったことと、話し合いの内容は一切関係ない、と言う事だ」



なるほど、抜け目が無くて酷い奴だ。ドSだなコイツ。
俺は思わず苦笑したが、フリードはさらにワインを掻き込んで自棄になっていた。








つづく 
  


第二十七話へ戻る     第二十九話へ進む

冒険録トップへ inserted by FC2 system