――迷宮冒険録 第二十七話




ラセッタの鎌が空を切る。


エリオの爪が大地を穿つ。




だが、しかし。
そもそも、『影』に攻撃が当たるのだろうか?



当たるはずが無い。
そうさ、影に攻撃が当たるなんて馬鹿な話が在るわけが無い。


じゃあ、この影みたいにピッタリ付いてきて不気味に笑うこいつを




「うっ、うわあああぁぁぁああああッ!?」


「ラセッタッ!?」




一体どうやって相手にしろって言うんだよッ!











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      迷宮冒険録 〜序章〜
      『相容れぬ思い4』
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『リクエストには忠実に応えてやった心算だが』

「すげぇな、すげぇよお前」



身体が軽い。
さっきまでの怪我が、疲労が、ダメージが嘘のように。
これはアレだ。
コンディションは絶好調! のさらに上! って感じだ。

ドーピングの感覚がコレに似ていると言うなら、
禁止されているのを知っていてなおドーピングに走るスポーツマンの気持ちも解らんでもない。

この爽快感!
あぁ、これって麻薬なのかよ?
やっべぇ、依存性すげぇ!

ついでに


「俺、強ぇぇええーーーーッ!!」



――ズギャァッ!!



「ぐはあぁッ」


俺の右ストレートがラセッタの顎を打ち抜く。
ラセッタの頭が横にグリンと捻れ、かと思ったらそのまま全身が空中で横回転。
そして在り得ない体勢で落下、無残にもドリフみたいな倒れ方でラセッタはリタイアした。


「お、おい! ラセッタ!? しっかりしろ!」
「ふ、ふふふ……何だろうな、今の浮遊感は…まるで、この世の柵から解放されたような…」
「らっ、ラセッターーーっ!?」


あちゃー…やりすぎたか。
ラセッタは妙な事を口走って、そのまま気を失ってしまう。
エリオがラセッタの最期(?)を見取り、そして咆哮した。


「ラセッタを返せぇーーーーッ!!」


「えぇい鬱陶しい。知るかそんなもんッ!!」



――バギョォッ!! ゴキゴキッ……!



「ピギャン!」



あ。

今の音はマズイ。

今の触感はヤヴァい。

ピギャンとかギャグみたいな声はマジでヤヴァい。


デリバードが目を見開いてその光景を凝視している。
もはや焦点が合ってるかどうかさえ怪しい。
その在り得ない光景に目を奪われて、現実がやや理解出来てないって顔だ。

エリオは、俺の鉄の拳を顔面に受け、
それにも関わらず前進してきて、拳が、頭の『中』に入り込むような感覚の後で、

あぁ、ああああ、………。



「オイ」

『なんだ』

「これ、手加減できねぇの?」

『……してる心算、あ、悪ぃ。やっぱしてないかも』



いやいやいやいやいやいや。



「う、嘘よ、こんな……じ、情報と、違いすぎる……」



デリバードがそんな事を呟いている。

うん、そりゃそうでしょうねぇ。
俺だって初めてですよこんなのは。

デリバードはわなわなと震え、一歩、また一歩後退していた。
その後退は、多分無意識に寄るもの。
生物としての生存本能が、彼女をここから遠ざけているのだ。
それは、当たり前だろう。
エリオもラセッタも、決して弱くは無い。
普通に町に暮らすポケモンを相手に戦わせたら、
そりゃあもう無敵の突撃将軍と称えられてもおかしくないレベルの強さだ。

その彼らを、ひょいひょいと翻弄した挙句、
合計2回の拳の一撃で二人ともノしてしまったバケモノが目の前に居たら。
そりゃあ、逃げるなって言う方が多分頭おかしい。
そう考えれば、彼女の行動はとても正常だった。

それに、俺にとっては奴らは悪の組織。
大人しく仲間なんか見捨てて逃げても、俺は全然疑問に思わない。


……いや、同情はするさ。
これは別に俺の力じゃないし、正直やり過ぎたって思ってる。
反省はする。

もしこれで誤解だったら、俺は一体何億回土下座したらいいのか、ちょっと見当付かない。


「退けッ! そして二度とフライアに手ぇ出すんじゃねぇッ!!」


「ひっ――――」


だから、二度とこんな惨劇を繰り返さないために、俺は叫んだ。
これが最善だったと思う。
ここまでやれば、多分二度と…
少なくともエリオとラセッタ程度の実力者を嗾けたりはしないだろう。

…もっと強い奴に出てこられるのは、凄い面倒なんだけどな。




そうだね。

例えば、あのデリバードの後ろに、何時の間にか立っているドラゴンの方。




「ふ、フリード様……」


「よぉリィフ。どうした、柄にも無く怯えてんじゃねぇか」


「………」



フリードと呼ばれたガブリアスは、
俺の視線を巧みに無視してリィフと呼ばれたデリバードを抱き寄せる。

何イチャついてんだよコイツら。



「…アンタが、噂に聞く『アディス』か?」

「あぁ、初めまして。俺の名はアディス!
 世界最高峰の冒険家(仮)アディス様とは俺のことだッ!
 サインは色紙以外には書く気は無いからな、持ってないなら出直してきやがれ」


何言ってんだ俺。
まぁアレだ、ほんのジョークだ。
ジョークの一つでも飛ばしてなきゃあ、
これ以上この制御の利かない力を振り回す憂鬱に耐え続けられそうにない。

爽快感?
あれは俺の勘違いだった。
若気の至りって奴さ。
今はそんなの全然感じないね。

これ以上エリオみたいな犠牲者を出したくないもので。
……頼むから、生きててください。マジで。



「わぁーりぃな、色紙ねぇや。ところでお前、もしかして俺のこと知らねぇの?」

「む。存じえないな」

「ふっふっふ。聞きたいか?」

「いいや、別に」

「そーーかそーか! 聞きたいかぁ! カーッ参ったな! コレだから人気者は面倒なんだ!」



突如高笑いを始めたフリードは、ズビシッ! と立てた親指で自分の顔を指して盛大に叫んだ。



「俺の名はフリード! この世界に愛の種を蒔く秘密結社『種』の未来のボスだぜ!
 俺は心が広いから、どこにでもサインを書いてやるぞ、どこがいい? はっはっは!」

「フリード様。恥ずかしいのでやめてください」

「ぐ……あのなぁ。俺は別に戦いに来たんじゃねぇんだぞ?」


即座に静止をかけるリィフ。
なるほど、上下関係は大体理解した。
と言うか、あのフリードって奴が現れてからリィフが途端に落ち着いたところを見ると、
あのガブリアス、なかなかの実力者らしい。
ただ向こうが戦いに来たわけじゃないって言うんなら、俺は殴りに行く心算もない。
少なくとも今は。

言っただろ、もう鬱なんだって俺。
これ以上誰も傷つけたくないんですよ、ドゥユーアンダスタン?

『…正直、スマンかった』
「スマンで済んだら弁護士は要らん」

このドジっ子属性持ちの居候め。
しかし実態が無いから罰ゲームも思いつかん、チクショウもどかしい。


「サインは要らねぇ。戦いに来たんじゃないなら、一体何しに来たんだよ」

「はっはっは。よくぞ訊いた。実は、モノは相談なんだがな………」








…………








月が輝いている。
それが心地よくて、何時の間にか眠ってしまっていた。

「ボス。ボース、起きて下さいよ」
「む……すまん…。今はどこだ…」

夜空に溶け込んで飛行するピジョットの背中の上で、
夢の世界から引きずり出されたブラッキーが片目を擦る。
普段は寝てるときに起こされるのは嫌だったが、
今回は意図的に寝ていたわけでは無かったので起こされても特に不満は無かった。

ついでにピジョットの背中は大きいから、寝ぼけて落ちることは無かった。
尤も、落ちてもピジョットが直ぐにキャッチしてくれると言う信頼感は在ったし、
何よりピジョットは器用だから落ちないように飛んでくれる。


「…俺は背中で男が寝息を立てていても嬉しくないっすよ」
「お前なぁ…って言うか質問に答えろ」
「ぇーへいへい。そろそろバリンに着きますよ、だから起こしたんすけどね」
「そうか。とりあえず病院に寄ってくれ。お前はその後好きに夕飯でも食ってくればいい」


ブラッキーは両手で頬を叩き、僅かに残った眠気を吹き飛ばした。
ピジョットは少し考えてから、付き合いますよと言ってバリンの町明かりへと降りていく。


バリン総合病院。
旅人が集まるからこそ施設の発展が目覚ましいこの町では、
かなりの規模の病院がデンと建っていても、不思議と町に溶け込んでいた。

そこの屋上にピジョットは降り立ち、直ぐにブラッキーは飛び降りる。
人気は無かったが、幸い営業時間だったので屋上から中に入る事が出来た。

怪我人の面会に手続きは要らない。
この病院は、割とその辺はルーズだった。
別に、だからといって決して医療に問題は在る訳ではない。念のため。


そもそも、病院など珍しいのだ。
遠い、都市ではない村や町などでは、
そこに住むポケモンたちが互いに支え合って暮らしている。
みんなが怪我に対する知識を持っているから、
特に医療の専門家が必要なわけではない。
にも関わらずこうして病院が建つのは、やはり文明の発展が原因だろう。

これは、ポケモンたちが個々に『独立』し始めている証拠なのだ。
ある者は『救助隊』。
ある者は『冒険家』。
ある者は『商人』など、個々のポケモンが自分の『専門』を手に入れている。
そんな彼らが自分の『専門』に打ち込むために、
他の誰かが別の『専門』を持ち、
田舎とは違った形で支え合って暮らすようになったのだ。

ただし、確かに支えあっているはずなのに、
どこかポケモンどうしの関係は希薄になっている気がする。
そんな寂しさを、ピジョットは心のどこかで感じていた。
ピジョットはフォルクローレに仕えているが、王家に生まれたワケではない。
普通に田舎の村に生まれ、育ち。
たまたまフォルクローレの兵士として雇われ、そこそこに出世してブラッキーと出会った。
それだけだ。



ブラッキーは、フォルクローレの中では、
ピジョットにとって唯一信頼できるポケモンだった。
ピジョットの方が下っ端だが、彼はブラッキーより年上である。
そんな微妙な関係でも彼らを親友として結びつけたのは、
多分、ピジョットの生い立ちが原因だろう。

解りやすく人間年齢で言って、ピジョットが22、ブラッキーは18。
ピジョットにとって、ブラッキーはよく出来た弟のように思えるのである。
……ピジョットの弟も、よく出来た奴だったそうだ。

何時だか、野生のポケモンが暴徒化して町という町を襲撃した際、
逃げ遅れた町のポケモンを救うために時間稼ぎを買って出たのが彼の弟で、
ピジョットも同じように時間稼ぎをしていたのだが、弟だけは運悪く………。

出来のいい弟を持つと苦労する、なんて彼は笑っていたが、ブラッキーは知っていた。
どうして自分が生き残ったのか、どうして弟が死ななければならなかったのか、
その葛藤の中で潰されまいと、必死に生き続けたピジョットの強さを。
足掻き苦しみ続けた、その強さを。
それを知るから、彼らは親友と成り得たのだ。

その結びつきは、アディスとミレーユの関係にも匹敵する。



普段、生真面目なブラッキーは真面目にピジョットのボスとして振る舞い、
同じく根は真面目なピジョットも彼の部下として振舞っている。

だが、たまに。
本当にたまに、だが。
ピジョットが背中で寝息を立てているブラッキーを起こさなかったのは、
ただボスの眠りを邪魔できなかったと言う理由だけではない。

ブラッキーは長男だったから、自分に兄が居たらこんな感じなのだろうかと、
たまに思ってしまうことも在る。
そう思って、つい心を許してしまうときが、全く無いわけではない。

意識しているのか居ないのか。
彼らはたまに、上司と部下ではなく、家族のような関係だった。




――病室。

場所は彼らを入院させたときに覚えていたから、そこまで来るのに時間は掛からなかった。
いや、ピジョットが大きくて階段を降りるのにやや苦労したが。


「怪我のほうは平気か、バクフーン」

「おぉ大将、大将自ら見舞いとは、光栄だな」

「大将は止してくれって言ったでしょう」


ベッドで点滴を受けていたのは、疾風槍のバクフーンだった。
バクフーンはブラッキーと仲のいい、例えて言えば祖父と孫の関係に近い。
階級的には、ブラッキーの方が若くして圧倒的に上だが、
彼らの間に階級など関係ない。
それは、後から狭いドアを何とか潜って入ってくるピジョットにも同じ事。


「よっ、爺さん。生きてるかい?」

「はっはっは! まだまだ現役じゃ、何時までも中佐止まりのクソガキが余計な心配するでないわ」

「中佐でもアンタよりは上だよ。それに、俺は階級よりもボスについてくって決めちまったからな」

「フン、もったいない。お前ならブラッキーと同じ大将にだってなれるのに」


なんてことない、まるで家族みたいな会話。
別に血の繋がりも、昔からの付き合いとかも、そんなのは一切無かったのに。
バクフーン率いる労働者たちがブラッキーの元に配属されてから始まった仲なのに。

妙にソリが合うと言うか、このバクフーンがそこに居る事は、
何時の間にか当たり前で、そして必然になっていた。
勿論、彼の部下たちも同じである。
だから、彼らが誰一人として犠牲になって居なかったと知ったときは、
ブラッキーは涙を流して喜んだ。

大将と言う肩書きを持つ手前人前ではやっていないが、
多分、ピジョットとバクフーンは気付いているかもしれない。
気付いていても、別に如何と言う事は無いが。


「で、ブラッキー。ただ見舞いに来ただけじゃ無いんだろう?」
「…はい」


バクフーンの表情が険しくなる。
ここからが、本題だった。

ピジョットも目つきを変えて、そして口は挟まない。
誰もブラッキーの邪魔はしない。




彼の話を聞き終えたとき、



彼にとっての祖父も兄も、

それがお前の選ぶ道ならばと納得したように笑顔を向けるのだった。








つづく

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