――迷宮冒険録 第二十六話
『ブラボー、素晴らしいわ。それじゃあ早くフライアを回収しなさい』
「仰せのままに」
無線通信終了。
フェルエルは倒れたまま動かないフライアのもとへと歩を進める。
動くはずが無い。
殺しはしなかったが、そう簡単に目が覚めるような攻撃をした覚えも無い。
軽く記憶が一生分飛んでいてもおかしく無いかもしれない。
「待てよ……」
「動くな。それ以上は、自分の首を絞める事になるぞ」
フェルエルの言葉は、アディスへ向けられたもの。
アディスは地面を這うようにして、フェルエルを睨みつけていた。
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迷宮冒険録 〜序章〜
『相容れぬ思い3』
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『俺の手を借りる前に、か?』
「そうだ」
場面は俺の脳内に移行する。
コレは、俺の中に居る居候と俺の会話だ。
外の状況は、最悪と言うには少しばかり甘いが、良くはない状態だった。
ミレーユが倒され、クリアが倒され。
何だかんだで最前列で戦ってた俺は、ミレーユよりも先に倒されていたわけだが。
情けないな、あぁ情けないさ。
俺はまだまだ弱い。そんな事はとうの昔によぉく解ってるんだよ。
だけどな。
俺が諦め悪いんだってのも、解ってくれたっていいだろう?
俺はフェルエルに勝つ。
絶対に勝つ、勝たなきゃいけない。
でないと、フライアはこのまま連れて行かれてしまう。
そんな事は絶対に認めない。
どうすれば勝てる?
この圧倒的な実力の開きを知って尚抗う術はどこにある?
1対1でダメだった。
4対1でダメだった。
これはもう、正面からぶつかる事自体が間違いだって思っていい。
ならどうする?
考えろ。
まともに戦うことなく、フェルエルを沈黙させる方法を。
フェルエルが持っている技は、『みがわり』『マッハパンチ』『きあいパンチ』『まもる』だ。
今のところ、その4つを確認している。
普通は4つまでとか言いたいだろうが、お生憎様。この世界にそんな決まりは無い。
使えるなら使えるだけ、この世界では技が覚えられるし使えるのだ。
ただし、コツが居る。
技を兎に角使い込んで、頭ではなく身体に覚え込ませなければ、
5つ目以降の技を即座に出す事は出来ない。
基本的に、戦闘中に自在に技が出せるのは4つ目までなのだ。
フェルエルはもしかしたら、まだ技を隠しているかもしれない。
だからそれが出されたら、俺はますますピンチになる。
勝負は、それが出される前に決める事が必須条件だ。
技の特性について考えてみよう。
『みがわり』とは、自身の体力を削って分身を作り、
相手の技の身代わりにさせると言う技だ。
最初の捕縛コンボは、こいつに見事に打ち破られた。
この技は多用できない。
みがわりで消費する体力は、決して少なくない。
『マッハパンチ』。
素早いパンチで先制攻撃をする技。
幸い、それほどの威力のある技ではないため、
これを受けても即KOは免れられる。
……フェルエルのそれは岩盤も打ち抜くだろうがな。
『きあいパンチ』。
気を集中して放つ、問答無用の一撃必殺。
ミレーユはこいつを空中で受けて、地面に叩きつけられて2メートル地中に沈んだ。
前に俺が戦ったときよりも、一番成長が大きい技だと思う。
こんな技は1発たりとも貰いたくない。
この技が来そうな時は、兎に角相手の『気』を乱すこと。
集中が切れれば、この技は発動が許されない。
狙うなら、そこだ。
『まもる』は、相手の攻撃を問答無用で無効化する技。
連続で使えない制約こそあるが、この技のお陰で俺の攻撃のリズムは乱され、
一瞬の隙を狙われてきあいパンチが放たれてしまう。
なかなか如何して嫌らしいコンボだった。
さぁ、頑張れ俺の中の一休さん。
どうやってコレを切り抜ける?
………あ。
俺の中で、自分のセリフが思い出される。
―――何かの役に立つだろうか、じゃない。
こんなちっぽけな可能性でも、活かすかどうかは持ち手次第なのだ。―――
ふふ、何のセリフだか覚えてるか?
覚えてるなら黙ってろ、覚えてないなら黙ってろ。
フェルエル。
俺の勝ちだ。
…………
「それ以上は、自分の首を絞める事になるぞ」
再び冒頭に回帰する。
俺の目はしっかりとフェルエルを見据えて逃さない。
フライアの次に、一番最初に倒されたのが俺で、
クリアがかなりの時間を稼いでくれたから、
「待てっつってんだろ。せっかちな奴だな…」
俺は再び立ち上がって、フェルエルを睨みつける事が出来た。
フェルエルは満身創痍な俺の姿を見て、やれやれと溜息をついている。
だが、同時に理解している。
この勝負の決着は、
どちらかが負けを認めるか、
立ち上がれなくなる以外に存在はしないのだと!
「次で決めてやる。フェルエル、撃たれ強さには自信在るか?」
「正直、無いな。キノガッサ一族の極意は、『一撃必殺』の破壊力にある」
「そうかい」
俺は再びニヤリと笑う。
「そいつは良かった」
そして、フェルエルに向かって走り出した。
勝負は一瞬だ。
如何に悟られずに『 』するか。
ふ、そんなの簡単だ。
俺を誰だと思っている?
その気になれば、怪盗ルパンだって欺いて見せるぜ!
…いや、ごめん、それは正直無理かも知れない。
「ハァァァッ!!」
「ふん、その身体でそれだけ動けるのは褒めよう、だが遅いッ!!」
―――パァアアンッ!!!
「っ!!」
俺は再びフェルエルから距離を取る。
今のは別に拳銃をぶっ放した音ではない。
「『ねこだまし』……小細工を」
「へっへ。俺はその気になったら、どんな技でも使うぜ?」
「…面白い」
正直、それコンプレックスなんだけどな。
この居候の所為で、俺がどんどんリオルから遠ざかってるよ、あははは…
もしかしてルカリオに進化できない理由って、コイツの所為?
「そんな技! 一瞬だけ寿命が延びたに過ぎないッ!」
フェルエルが吼える。
そして、同時に突撃してくる。
アレは多分、加速を加えたマッハパンチだ。
ガード越しに相手の顔面を潰せるに違いない、恐ろしや。
だけどな。
俺はマッハパンチを拳で受ける。
そこに来るのは解っていた。
理解を超えた、本能でだ。
だから俺はそこに拳をあわせ、
こちらは左腕は別に利き腕じゃないと言う不利を省みず
「うらぁぁぁあああああッ!!!」
――――ガッシィィッ!!
「チッ! 拳を潰す覚悟か!?」
「生憎、丈夫なのが取柄でね」
フェルエルが憎らしげに吐き捨てる。
だが、残念だったな。それで終わりではないぞ。
俺はそのフェルエルの肩に右足をかけ、跳躍した。
何故そんな事をこのフェルエルが許すかって?
それは、フェルエルが一番知りたいだろうさ。
だって俺が足をかけたフェルエルは身代わり人形で、
本物は『変化』に理解が追いつけずに、その後ろに立ち尽くしていたのだから。
「どうして自分が勝手に『みがわり』を使ったのか、解ってないみたいだな!」
――ゴゥッ!!
「くぅッ!?」
俺の空中回し蹴りを、『まもる』でガードするフェルエル。
だが、それはフェルエルの意思によるものではない。
フェルエルにとって、僅かな隙が生まれる『まもる』でのガードは不用意には使いたくないはずだ。
ここでの最善手は、素早く後方に飛ぶ事。
でも、フェルエルは『まもった』。
そして、次に起こり得る『未来』を、俺は予見する。
これは定められた未来。
しかし、俺は世界の定めた運命が大嫌いだ。
だから、この『未来』は『俺が定めた未来』。
絶対に覆らない、俺の作り出したヴィジョン。
「気合いパンチのタメの間、ほんの1秒、お前は無防備になる」
「な、何故…どうして技が勝手に―――ッ!?」
「コイツに…聞いてみなッッ!!!」
――――ガオォォォーーーーーーンッ!!!!
俺は、手に持っていた『それ』でフェルエルを思いっきり殴り飛ばした。
全身全霊、ついでに遠心力や重力まで利用して、
これでもかと言わんばかりの力でフェルエルをぶん殴った。
斜め後方にすっ飛んでいくフェルエルは、直線的な軌跡を描いて町を囲む壁面に激突し、
そのままガックリと頭を垂れる。
俺の手から、『それ』が砕けて地面に散らばった。
――『連結箱』。
ガーディから貰った、ひとつの『可能性』。
あの猫騙しの一瞬で連結箱の魔法染みた力を使い、
フェルエルの持つ技を連結してやったのだ。
だからアイツがマッハパンチを使ったら、そこから順にきあいパンチに行き着くように。
もしマッハパンチを使わなかったら?
それはありえない、とは言い切れなかったが、
あの距離でフェルエルを先に動かした場合、
マッハパンチが飛んでくるのは想像に難くなかった。
気合いパンチがどのタイミングで出るかを見極めるため、俺は一瞬の油断もしなかった。
身代わりと入れ替わるその瞬間も、まもるが発動するタイミングも。
ただし、全ての技が連結しているのだから、
俺は絶え間なく攻撃のタイミングを叩けば済むだけの話だった。
「……くっく…はははは……はーーーっはっはっははははッ!」
笑う。
勝利の咆哮よりも、単純に『嬉しさ』が勝っていた。
勝った、勝ったんだ。
リベンジは果たした。
俺は、本当の意味で、知恵と勇気で危機を乗り切ったのだ。
「見たかクソヤローーーーッ!! 俺は勝ったぞォーーーーッ!!!」
「そうかしら?」
「―――ッ!?」
振り返った。
そこに居てはならないモノの声を聴いた気がして、俺は即座に振り返った。
聞いた事のない透き通るような声。
そして、間違いなく感じる『敵意』。
只ならぬ気配に、俺の勝利の酔いは一気に醒め、再び戦いの緊張感が俺を包み込む。
「フェルエルを倒したのは流石ね。でも、ここが貴方の限界よ」
「………」
「………」
「デリバード…それと、確かラセッタ、エリオ…」
俺が振り返ったその先には、妙に落ち着いたメスのデリバードが1匹。
そしてその背後に、以前クリアを巡って戦ったラセッタとエリオの姿が在った。
俺は混乱した。
状況の悪さにではない。
フェルエルを嗾けたのがこいつらだと言うのなら、
俺の中で在り得てはならない点と点が繋がってしまうのだ。
もっと小さなものを敵に回していたと思いたかった。
クリアの事は仕方ないとして、フライアの敵は、
だって、フォルクローレの筈だって思っていたから……
こいつらがここに居てフライアを狙っているなんて事が解ってしまったら
フライアを狙っているのは『種』だと言う事になってしまうではないか
おかしいおかしいおかしいありえないありえないありえない……
それはまだ楽観的だアディス、冷静に考えろ。
種とフォルクローレを同一だと考えるのが浅はかなんだ。
そもそもフライアだって言っていたじゃないか、最近妙だと。
全部繋がった、ここで繋がった。
フォルクローレじゃない新たな追手は、『種』に帰結する!
サイドンもボスゴドラも、『種』に……え?
『種』って名前持ちの組織じゃなかったっけ?
ワケが解らない、理解不能理解不能………
―――兎に角、こいつらは敵だッ!
「………ワケ解んなくて頭がおかしくなりそうだぜ…悪いが、ちょっと黙ってもらうぞ」
「あら怖いこと言うわね。でもいいの? 2対1よ?」
「アンタは戦わないのか、それだけで十分安心だよ」
デリバードが一歩身を引くと、
その空いた空間にエリオとラセッタが踏み出してきた。
デリバードに戦う意思は無いらしい。
上等だぜ、これ以上ワケの解らない敵が増えて堪るか。
潰してやる、ここで再起不能にしてやる。
「いい加減、お前の力に頼りたくなってきた」
『俺は何時でも準備OKだ』
「エリオ、ラセッタ。この子を黙らせて頂戴」
「「仰せのままに」」
「来いッ! まとめてぶっ潰してやるッ!!」
つづく
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