――迷宮冒険録 第十九話
「そうですか……お気をつけて」
ガーディが勤務中のところに押しかけ、別れの挨拶を済ませる。
警備員の格好をしたガーディを探すのは、あの図書館の中では容易だった。
「この連結箱は形見だと思って大事にするよ」
「え、縁起悪いなぁ、あはは」
そしてそのままの足で町を出て、俺たちはいよいよ巨人の洞窟を目指すのだ。
しかしアレだな、クリアがそれなりに金持ちで、
オレンの実やら何やら色々と補充できたのは嬉しい誤算だった。
「やっぱり、地獄の沙汰もなんとやらだな!」
「………」
あぁ…また視線が痛い。
ミレーユ、フライア、頼むからジト見しないで下さい。
**********************
迷宮冒険録 〜序章〜
『巨人さんこんにちわ1』
**********************
不吉なタイトルコールはさて置き、俺御一行様は巨人の洞窟へ向かっている。
道中は平穏そのもの、途中で弁当(オレンの実)を広げてみたり、
フライアが蝶々を追いかけて川に転落したり、
ホント追われている事を忘れそうになるくらいに穏かだった。
「はっくしょん!!」
だから気をつけろって言ったのに。
そろそろ季節は冬になる。
川に落ちてずぶ濡れになったフライアは、俺から強奪したマントを被って震えていた。
「ぅぅうぅぅぅぅぅぅ…」
「あははは……大丈夫?」
「だ、ダメですぅ……ぁぅぅぅぅぅぅぅ…」
ミレーユがフライアのそばに居る。
俺はクリアと共に、その前を歩いていた。
別にフライアが心配じゃないと言うワケじゃないが、
それに感けて周囲の警戒を怠るのは良くないからだ。
一番重要なのは守り抜くことであって、風邪くらいなら是非我慢してもらいたい。
それを知ってか、またアブない事を考えているのか、クリアは俺の隣を歩いていた。
…ミロカロスが歩くって言うのも変だな。
這っていた?
いや、それにしては優雅すぎる。くそ、何だこの劣等感。
「平和だねぇ」
「まったくだ」
クリアがそういうので、俺も率直な感想で返した。
つい先週辺りまでは、俺も平穏極まりない生活をしていたんだが…
気付いてみればもう2つ以上の敵対勢力に挟まれてるんだよなぁ…
まぁ、別に心から嫌ってワケじゃない。
何と言うか、俺はフェルエルとは違って独りで旅をしようとは思ってなかったんだ。
口にこそ出さなかったが、心のどこかでこうして仲間と一緒に旅するってのに憧れてた。
だから今の状況は決して良いものではないが、それでも俺にとっては楽しくて仕方ない。
あぁ、そうか。
ずっと感じてたこの感情は、きっと『心が躍る』ってやつだったんだな。
敵に襲われるかも知れない『焦り』とかじゃなくて、
『逸る気持ち』が抑えきれてなかったんだ。
「ホント、平和そのものだな…」
「…? 何か言った?」
「いいや、何でもねぇよ」
………
日が落ちた。
もう半日も歩いてたって事だ。
何だかあっという間過ぎて、実感が沸かないな。
それに伴って疲労感も全くと言って良いほど無い。
昼間は震えていたフライアも、今はもうどこ吹く風で元気なものだ。
その反面、ミレーユはと言えば…
「アディスぅぅ…もう暗くなってきたよ? そろそろどこかで休もうよぉ…」
なんて情けない事を言い出し始める。
そろそろ潮時だな、ミレーユがこれを言い出すのを、俺は一つの目安にしていた。
ミレーユは間違った事は言ってない。
暗くなってからは出来るだけ休んだ方が良い。
追手だって、暗い場所でジッとしている俺たちを易々と発見できないだろうしな。
ずっと後をつけていたならともかく、そんな気配は無かったし。
何より暗くなってから動き回る方が、色々と危険もある。
だから冒険は昼間なのだ、それに洞窟は逃げやしないさ。
「よし、ここでいいか」
「つ、疲れたぁーーーっ」
適当な岩場の影を目利きし、俺は荷物を置いた。
すかさず俺を追い越したミレーユは、荷物を投げてそれを枕に寝転がる。
その後をフライアが続き、クリアも腰を落ち着けたのを確認して、俺は薪に火をつけた。
持ってきた荷物は、携帯用の簡素な毛布。
そして町で調達した木の実に、ガーディの形見の連結箱。
毛布は人数分無いから、
とりあえず一枚はフライアに押し付けて俺は自分の羽織っていたマントを被る。
ミレーユは自分の殻に入り込むから、残りの1枚はクリアが使えば良い。
「やさしいんだねぇ、アディス君は」
「ちょっとした保護者気分だぜ」
最後の毛布を羽織ったクリアが、俺の隣に来た。
入る?なんて聞いてくるから、俺は全力で首を横に振る。
そしたら何か首の筋がピシィ! とか言ってちょっと痛かった。
チクショウ、最近裏目が続いてる気がする。
「…ちゃんと寝たほうがいいよ」
「寝るさ、明日も歩くからな」
「…嘘でしょ?」
「………」
不意に、クリアが俺の目を覗き込んで言うので、俺はヤレヤレと溜息をついた。
「解るよ。結構、ひとを見る目は在る心算だからね」
「じゃあせめて交代制にしてくれ、それなら文句無いだろ」
「ふふ、お安い御用だよ」
出来るだけ寝ないで見張りをする心算だったのを、
クリアにはしっかり見抜かれていたようだ。
俺の隠し事をする能力の欠陥じゃなくて、純粋にクリアには隠し事は出来そうにない。
…感情の動きを読むフライアよりも数段上を行く厄介な特技だ。
「へぇ、フライアちゃんはそんな事が出来るんだ」
「どうもそうらしい。エーフィ寄りなんじゃないかって思ったんだけどな…」
「どうかなぁ。エーフィ寄りでも、イーブイはイーブイだよ。エーフィじゃない」
クリアは核心を突く。
その通りだ、フライアの現実離れしたチカラを見た所為で変な考えを持ってしまったが、
いくらエーフィ寄りでもイーブイはイーブイなのだ。
だから、フライアがイーブイの進化系の技を操る事も、
『特技』だなんて簡単に片付けて良いものじゃない。
何か秘密がある。
その秘密こそ、フライアが追われている理由と関係があるはずなんだ。
旅の間、俺は折を見てフライアに聞いてみたことがあった。
どうして進化後の技を使えるのか――と。
だが、その答えは…半分予想通りと言うか、謎を解くに値するものではなかった。
――必死だったから解らない――
俺にクリアみたいな『目』があったら、また別の答えが見えただろうか?
もしそうだとして、ならばフライアがそれを隠すのは理由がある。
その理由が何であれ、いずれ全てを話してもらう事には間違いないだろう。
俺がフライアを守る以上、その理由は隠し続けられはしないのだから。
ならばせめてもの譲歩として、俺はその時まで聞かない事にする。
「私が訊いてきてあげてもいいんだよ?」
「…冗談だろ」
「あっはは、バレてたか」
クリアはチロっと舌を出して笑う。
じゃあ頼むなんて俺が言ったところで、コイツは訊く気は無かっただろう。
それくらい俺だって解るってーの。
俺はクリアから目を背け、フライアとミレーユの方を見る。
相変わらず俺の消灯コールまでは寝る気が無いのか、
他愛も無い会話を楽しんでいるようだった。
あいつらに共通の話題って何なんだ?
「子供には子供の楽しみがあるんだよ」
「あのなぁ…俺とミレーユは同い年…だぞ、多分」
「アディス君は背伸びしすぎだと思うよ、こういう時に」
「む…」
クリアの尾が俺の頭を押さえつける。
背伸びしすぎだから押さえつけようとしているのか、妙に力が篭っている。
自覚は在ったさ。
そりゃ昼間は俺もバカやったりしてるけど、
どうもこういう無防備な時間帯は保護者的な位置を確立してしまう。
「でもコレで正しいだろ、俺があいつらを守らないといけないんだ」
「そうだね。うん、立派だよアディス君は――――アレ?」
「甘いぞクリア、その手はもう食わん」
瞬間的に、俺は跳躍して背にしていた岩の上に飛び乗った。
そう、あのタイミングと流れは確実に――
「ご褒美、要らなかった?」
「要らんわッ!」
「…な、何してんのアディス…」
「アディスさん…い、今のジャンプ力はどこから…」
む…。
見れば、フライアとミレーユが口を大きく開けて俺のほうを見ていた。
そういえば俺も一瞬の出来事だったから気付かなかったが、
物凄く高い岩に飛び乗ってるみたいだな。
俺、すげー…って、良いのかコレで?
『今のは“とびはねる”だ。良かったな、新しい技を覚えられて』
そんな技要らねぇーーーッ!
てめぇまた余計な事しやがったのかコノヤロウ!
頼むから俺をこれ以上『リオル』から遠ざけないでくれっ!
『『俺』が勝手に遠ざかってるんだろ』
あぁぁぁぁああああぁぁぁっ!!
そうさ! その通りさ! 薄々感づいていたさ!
もう黙ってろ臆病な俺ッ!!
「ねぇ、アディスどうしたのかな」
「ふふ、きっと悲しい事があったんだよ」
「あ、アディスさん…」
高い岩の上で月をバックに悶える俺を、
ツレが白い目で見ている事に気付いたのはもう少し後。
………
翌朝も冷え込みを我慢しつつ、巨人の洞窟を目指して歩いた。
やがてゴツゴツした山岳地帯に入り、疲労の蓄積がハッキリと解るようになってきた。
そこで初めて、フライアが何かを感じ取った。
「…ここ、…不思議のダンジョンです…」
「何…?」
正直、俺は全く気付かなかった。
言われてから周囲を見回して、やっと『変化』に気づく事が出来たのだ。
尤も野性ポケモンに襲われたりしなかったから気付かなかった、と言うのもあるが。
振り返ってもなかなか『変化』が見られない。
迷いの森に比べて、『エリア』が広いらしい。…それくらいしか解らなかった。
異変に対して警戒心を持ったのは俺とフライアだけ。
クリアは悠長に口笛を吹いているし、
ミレーユは山登りの疲れでそれどころじゃないらしい。
「ここが不思議のダンジョンかどうかは、然したる問題じゃないと思うよ」
クリアはあっけらかんと言い放った。
その余裕は一体どこから出てくるのだろうか。
「不思議のダンジョンって言うのはね、出口の無い迷宮なんかじゃないの」
「…え?」
俺は足を止める。
フライアもまた立ち止まり、それに気付いたミレーユも立ち止まる。
クリアを囲むようにして、俺は話に耳を傾けた。
「不思議のダンジョンって言うのは、
兎に角前進すれば必ず抜けられるようになってるんだよ。
だから不思議のダンジョンに入っても、進めば出られるってワケ」
「オイオイ、だったら救助隊なんか要らないんじゃないのか?」
「私たちは進めるよ? でも中には戦う術を持たないポケモンも居る。
そんな彼らがダンジョンを出るために前進するのは、危険極まりないんだよ」
「…なるほど」
つまりここが不思議のダンジョンでも前進すれば抜けられるし、
この先に巨人の洞窟が在るのなら前進以外の選択肢は無いと言う事だ。
それに野生のポケモンの襲撃も無い今、特に前進を躊躇う理由は無いと。
「解った。行くぞみんな」
「はい、頑張りましょう。カンですけど、きっと出口は近いです」
「うん、そうだね。そんな気がするよ」
フライアのカンは信用出来るが、クリアのカンは如何だろうか。
何て事はさて置き、ひとり元気の無いミレーユが心配だ。
「オイ、平気か?」
「うーん…あんまり体力には…自信無いんだよねぇ…」
貴様ー! それでも冒険家かー! と叫びたかったが、
考えてみれば俺が無理矢理連れ出したようなものなので、仕方なく飲み込む。
世話の掛かる奴だ、野生の襲撃が在ったらフライアよりコイツを守らないとヤバそうだな。
「大丈夫、自分の身は自分で守るよ。あんまり迷惑かけられないしね」
「オーケー、無理すんなよ」
………
野生の襲撃が無いと、不思議のダンジョンも緊張感に欠けるな。
そう俺が思い始めた頃には、目の前に巨大な洞窟が口を開けていた。
少しばかり思い始めるのが遅かったかもしれない。
ちょっと損した気分だぜ。
「ここが巨人の洞窟、だな。多分」
「地理的にはあってるはずですけど…」
「うーん…あってると思うけど…不思議のダンジョンは空間が捻れてるから、
ここが巨人の洞窟だって言う思い込みは捨てた方がいいかもね」
クリアが言う事には一理ある。
不思議のダンジョンの空間捻れは俺が身を以って知っているからだ。
あの迷いの森の中にあったキノコ村――……
フライアとミレーユを連れて迷いの森に挑んだ時には、辿り着く事は出来なかった。
別にそこが目的地では無かったから如何でもいいが、奇奇怪怪なのはよく解る。
…が、クリアの懸念はミレーユの一言で粉砕された。
「あっはは、『巨人、ここに眠る』だってさ」
ミレーユが、洞窟の前に倒れていた石碑に刻まれた文字を読み解いていた。
多少古いようだが、今のこの世界の言葉と似通っており、だいたいの意味は読み解ける。
「…って事は、ここが巨人の…」
「あぁ…僕としては、その『捻れ』で違う洞窟に来ちゃった方が嬉しかったかな」
「……ミレーユ、歯を食いしばれ」
「うわわっ、冗談だってば!」
洞窟の中から、冷たい風が吹いてくる。
外も寒いが、湿った風はもっと冷たかった。
そして、その風に混じって、微かに感じられるその『波導』に導かれるように、
「行くぞ」
一行は、洞窟の中に吸い込まれていった――。
つづく
第十八話へ戻る 第二十話へ進む
冒険録トップへ