――迷宮冒険録 第十八話
日が昇るまで、俺たちは目を覚ます事は無かった。
ガーディは俺たちに気を遣ってくれたのか起こそうとはせず、
お陰さまですっかり寝坊である。
「くぁぁぁ…っ」
大きい欠伸一つ。
見回すと、仕事に出かけたガーディの置手紙と、
眠っているミレーユとフライア。
…アレ?
クリアは?
「お早う、お目覚めの―――」
「ういおおおおッ! それはもういいッ!!!」
突如背後から巻きついて来たクリアの、その唇が俺の顔に届くより早く、
俺は高速スピンで絡みつく攻撃から抜け出した。
お、思わず高速スピンなんて意味不明な技を出してしまった…何なんだ俺は…。
このキス魔を本当にメンバーに加えても大丈夫なのだろうか…
一抹の不安が、俺の頭を過ぎるのだった。
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迷宮冒険録 〜序章〜
『気ままな才女3』
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ミレーユとフライアを起こす。
どちらも目覚めは最悪のご様子で、
起こしては1分もしないうちに再び眠ってしまうので、計4回起こした事になる。
4回目はクリアが作ったアツアツのスープを眠っている状態で飲ませるというモノだったが、
流石にコレは効果が抜群だったか。
「げほっげっほっごほ……っ…あ、熱っ!! 何コレ!?」
「んむ〜〜〜〜っ!? ん〜〜〜! んんんん〜〜〜ッ!!!」
思いっきりスープを吹き出したのがミレーユ。
フライアは流石に上品さでも心掛けているのか、
熱いのを我慢して何とか飲み込むまで口を開かなかった。
「よう、お早う」
「あ、あ、アディスさん〜〜〜っ!! 何するんですかぁーーっ!!」
「酷いよ! 死ぬかと思ったじゃない!!」
「いいじゃねぇか死ななかったんだから。
寧ろ死んだように眠っていたところを助けてやったんだから感謝しろよ」
「誰がうまい事を言えって言ったのさーーっ!」
ミレーユは猫舌だったのか、アツアツのスープで寝込みを襲われたことに随分ご立腹だった。
まぁ、普通怒るわな。でも3回も起こしたのに四度寝するのが悪い。
フライアはと言うと後になってから冷静に考えて、クリアと話し込んでいた。
「美味しいですねこのスープ。王都で食べたのと同じ味…」
「だろうねぇ、だってこのスープには…」
ふたりは料理談義に花を咲かせているようだった。
確かに、さっきお先に頂いたがこのスープは旨い。
俺もフライアもミレーユも料理は出来ないから、
クリアみたいなのが居てくれると心強いな。
「ほれほれ、お前もさっさと食え。」
「うぅう〜〜……」
ミレーユは何時までも根に持ったように呻きながら、スープを啜っている。
次第にスープの旨さに気付いて感嘆の声を上げていたので、もう大丈夫だろう。
「さて、本題なんだが」
朝食もそこそこに、俺は他3人を正面に座らせて、テーブル越しにデンと構えた。
相変わらずの丸い目を向けられるが、今回はそれにクリアも加わっていた。
ミレーユに至っては、スープ用のスプーンを落っことす始末だ。
………それを片付ける所為で早くも話の腰が折れちまったじゃねぇか。
「さて、本題なんだが」
二度目の正直。
こんなのに三度もかけたくない。
ミレーユの落としたスプーンを片付け、俺は他3人を以下略。
「クリアを冒険のメンバーに加えたいと思うんだが、どうだろう」
「どうだろうって、…え? ぇぇぇええええええええッ!?」
ミレーユがオーバーリアクションをする。
最近コイツ、ツッコミよりもリアクション担当になってるような…?
オイオイ、ミレーユがツッコミ辞めちまったら、このメンバーじゃ危機的状況だぞ。
調和を守るために頑張ってくれよ、守護者。
「うーん…」
クリアが唸る。
それもそのはず、何せ俺は何の相談も無しにこれを切り出したのだから。
事後承諾でもいいだろ、だいたい本人が目の前に居るんだから全員で一気に決めた方が良い。
と、思ったらそれは別の唸りだった。
「どうやって切り出そうかなって思ったんだけど、正直助かったよ。
出来れば、私も一緒について行きたい…
もう巻き込んじゃったから、だったら私も責任取りたいし…」
「クリアさん…」
表情的に、フライアはOKサインを出している。
ミレーユは突然の事態に驚いてはいたが、やっと冷静さを取り戻して考え始めた。
どうせまた小難しい理論的な事でも言い出すんだろう、
ほれ、何が問題だ、早く言ってみろミレーユ。
「こ、小難しい理論って…別にそんな事考えてないよ。
ただ、種について詳しいクリアさんが一緒に居てくれれば助かるかなって」
確かに、クリアにしても俺たちと一緒に居た方が安全で、
俺たちはクリアが居てくれれば種についての情報はある程度得られる。
『種に内通者が居れば、だがな』
出たか臆病な俺め。ホントに最近勢い乗ってきたな。
だが俺はもう気にしない事にしたから、好きなだけ意見を言えばいいさ。
…にしても、内通者か。
「種に内通者は居るのか?」
「居ない事も無いんだけど、あの事件以来連絡が取れなくて…」
「…あの事件?」
パッと思いついたのは二つの事件。
だが一つはあまりに昔の出来事なので、多分ありえない。
だとすれば、アレか。ホウオウが暴走したとか如何とか。
俺も村長からちょっと話を聞いただけだから、詳しい事は解らんけど。
「そいつはどこに住んでるんだ?」
「確か…氷雪の霊峰を抜けて群青の洞窟も抜けて…精霊の丘方面だったような…」
「精霊の丘ぁっ!?」
俺は思わず声を荒げる。
精霊の丘なんて言ったら、そりゃ遠いなんてもんじゃねぇ。
氷雪の霊峰ですら、ここら一帯を示す地図には載ってない。
世界地図を片手にしないと行けないような場所だ。
「エラルド…今どこで何をしてるんだろう…」
「エラルドって言うのか。ん? それっておかしくないか?」
俺はふと思った。
エラルドとやらと連絡が取れなくなったのは、殆ど1年前のあの事件からだ。
だが、種がおかしくなったってのは最近の話だろう、
つまりエラルドは種がおかしい事をそもそも知らないはず…
「うん…実は隠してたんだけど…
種がおかしくなる予兆みたいなものは、もっと前から気付いていたの」
「予兆…それに気付いたのが、お前らだったって事か」
「考えたくは無いけど、…秘密を知って…………」
クリアがその先の言葉を言いかけて、押し黙る。
それは嫌な想像だった。
そう、今クリアが追われているというこの状況は、
もしクリアが握っている秘密次第では消す事も厭わないと言う事ではないだろうか。
そして、エラルドはあの事件の時にその秘密を握って、消されてしまった…?
「だ、大丈夫だよ!」
「「っ!?」」
突然、ミレーユが叫んだ。
そこは叫ぶところじゃ無いだろう、と思ったがミレーユなりに思うところがあったらしい。
「大丈夫…きっと生きてる、だから…探そう!
それまではクリアさんも、僕たちが絶対守るから!」
「ミレーユ君…」
――つまり、そういう結論に至るわけだ。
小難しい事が嫌いだと自負しておきながら、俺が一番難しく考えていたかもな。
反省しよう、そして、流石だぜミレーユ。
そうやって俺の方を見てウィンクするのは、
俺が難しく考えすぎてるのを戒めたかったって事だろう?
「そうだな。だが、俺の冒険だってちゃんとやるぞ! 目的を見失っちゃダメだ!」
「あははは…じゃあ、巨人の洞窟にでも行くの?」
ミレーユは俺に続く。
巨人の洞窟に行く事への迷いはもう無いらしい。
俺はそれだけで上機嫌になれた。
「今はまだ敵は見えない。誰が、どの組織が狂っているのか…それを突き止めるまでは、
防戦一方になるのも仕方ないだろう。だったら、その間は冒険三昧だぜ!」
「はいっ、頑張りましょう!」
「おー!」
「やっぱり、賑やかだねぇ」
纏まった。
俺は今の流れで、全員の心が一つだと感じる事が出来た。
それで十分さ、ルナティックがどうとか王家の問題とか、そんなのはいずれ解る事だ。
俺たちはこれから誰一人として欠けることなく過ごせばいい、それは絶対に正しい。
正しい事をしよう、正しいと思えることをしよう――
『“今度”は俺も居る。大丈夫だ、絶対に』
相変わらずワケの解らない俺の言う事も、少しは聞いてやってもいいかもな。
『全員』って言う言葉にはきっと、
この中途半端な存在をカウントしてやってもいいだけのキャパシティもあるだろうさ。
「目指すは巨人の洞窟だッ! 行くぞーーッ!!」
「「「おーーっ!」」」
つづく
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