――迷宮冒険録 第十七話









「さっきは油断したが、もうアクアリングは効かないぞクリア」
「そして2対1…頼むから、無駄な抵抗はやめてくれ…」

ラセッタが、そしてエリオが口々に言う。
エリオはまだ何とか穏便に済ませようとしていたが、
ラセッタの方はもう強硬手段を取る気で心を決めているようだった。

クリアにとって、『あなぬけのたま』で戻ってきた時、そこに彼らが居たのは好都合だった。
クリアは自分の頭の長いヒレの様なモノを尾ひれで退け、
ストライクのラセッタとザングースのエリオの前に立つ。

「私は戻らないよ。今の種は絶対におかし過ぎる……どうして誰も疑わないの?」
「………種の使命は絶対だ」

エリオは冷静に言う。
クリアは、悔しそうに歯軋りをしながら言葉を続けた。

「…………エリオ……私と貴方は、もう相容れないのかな…」

「残念だが、そのようだな」

クリアの悲痛な言葉を、エリオの後ろに立っていたラセッタが切り捨てる。
その凶悪なほどに磨かれた刃は、クリアに突きつけられた。


「…行くぞ」











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      迷宮冒険録 〜序章〜
       『気ままな才女2』
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「――シッ!」



シュン――ザシュッ!



「…ッ」


ラセッタのカマをかわす、だがそればかりに集中しては、エリオの爪が避けられない。
この時ほど、自分の長過ぎる身体が疎ましく思えた事は無かった。


「どうした、守ってばかりでは勝てないぞ?」

「そうみたいだね。……もう、手加減しないッ!」

「ラセッタ、油断するな…クリアは、」



―――ゴゥッ!!!



エリオがラセッタに忠告を入れている最中だった。
強烈な水の塊が、エリオとラセッタの間を通過する。
通過してから、その音が聞こえてきた。


「…見えたか? 今のが、クリアの『みずのはどう』だ」
「…冗談きついな。どうやったら水の塊が神速で飛んでくるんだ…」


ラセッタは気付く。
自分が冷や汗を流している事に。

これが、気ままな才女と称された、
本当に気紛れで最強のミロカロス…クリアの実力の片鱗か。
あのアクアリングの使い方と言い、技の鍛えられ方が生半可なレベルじゃない。
コイツは、自分が必要だと思った技は全て『極』めている。


「『アクアリング』ッ!」

「『辻斬り』ッ!」


クリアの放つアクアリングを、ラセッタが辻斬りで真っ二つに裂いた。
アクアリングを構成していた水分が飛び散り、その中をエリオが突進する――

しかし、クリアはアクアリングが通用しないのは既に知っていた。



「『冷凍ビーム』」



――ピシィィッ!!



「うぐッ!?」


クリアが小さく冷凍ビームと呟いた時、アクアリングから飛び散った水が瞬間的に氷結し、
ラセッタとエリオを同時に絡め取った。
冷凍ビームの効果で、氷は肥大化していき、徐々に硬くなっていく。


「冗談だろ…、こんな…技の使い合わせが……」

「く…認識が、甘かった…直ぐに増援を…」


ラセッタが歯を食いしばりながら喚く。喚くが、どうにもならない。
甘く見ていた。このクリアと言うミロカロスを、完全に侮っていた。

だってそうだろう、いくらルナティックだからと言って、
どうしてここまで強いのか想像できるか?

ラセッタは種の中では割と新入りだが、その実力には定評もあった。
だからこそ実戦向けの部隊に身を置いていたし、今回エリオに同行した。

なのにッ!



「く…このッ!」



このザマは何だ!?
一度ならず二度までも、こうして醜態を晒す事になろうとは。


「……ふくく…やってくれる…」


怒りが力へと変わり、ラセッタの体の奥底で何かが燃え上がる。

この氷の呪縛を溶かすほどの怒りが、ラセッタに力を与えてくれる。

クリアはどこに居る?
分厚い氷の壁で視界が悪いが、クリアは――エリオの方へ歩いていっている。
奴は、こちらにもう興味は無いらしい。
エリオとクリアは、確か同じタイミングで種に入った仲だったはず…
だとすれば、やはりお互い手を出したくないのは解る。


これはチャンスだった。
クリアは氷の呪縛に絶対の自信を持っていた。
その自信は、ラセッタが自分の実力に持つものと一致する。
氷の呪縛の硬度はアクアリングとは比にならず、
まして技をかけてからまだ数秒しか経っていない。
このタイミングでラセッタが動き出せるとは、クリアは思って居なかった。



「エリオ…貴方だってわかるはずだよ、種はおかしいって…ねぇ、一緒に逃げようよ…」
「出来ない……それだけは、出来ないんだ…」
「…ッ…どうしてッ!?」
「…それは―――」





―――ザシュッ!!




「………え?」



エリオが言葉を躊躇いながらも、理由を口にしようとしていた。
そしてそれを聞くために、クリアの意識はそちらに向いていた。
突然背中を切り裂かれ、鮮血が散る。

いや、傷は浅い。
ミロカロスと言う種族は、容姿が優雅なだけでなく相応の防御力を持っている。


「…くっ!?」


クリアが飛びのいて目をやった先には、既に誰も居ない。
自分を切りつけた誰かが居るであろう場所にも、氷の呪縛でラセッタが居るはずの場所にも。


「残念だよクリア。どうやら、私を本気にさせてしまったようだ」


背後からそう聞こえて振り返った時には、
既に眼前にラセッタの刃が落ちてくる瞬間だった。


「―――ッ!!」


頭の中が真っ白になる。
クリアはそう感じた。全てが、モノクロのスローモーション。
あぁ、これは、避けられない……仮に頭が飛ぶのを回避出来ても、胴体が真っ二つになる。
そうなったら最後、死ぬほどの苦しみを味わいながら、トドメを刺されるんだ。

高速のみずのはどうもアクアリングも、威力こそ高けれど発動には手間が掛かる。
その手間を、クリアは短縮する事よりも隠す事を選んだ。
発動の準備がバレなければ、それは一瞬で技を出すのと実質変わらないからだ。

変わらないが、この状況ではどうにもならない。
終わった――クリアは目を閉じた。

逆に目を見開いたのはエリオで、その光景を見たのもエリオだけだった。
ラセッタは、何が起こったのか解らなかった。


「……何?」


エリオは、ラセッタにも躊躇うと言う慈悲があるのかと勘違いをした。
だが、違ったのだ。
ラセッタの身体は、そのカマを振り下ろす瞬間を維持したまま、
ラセッタの意思とは関係なくピタリと静止していた。


「“黒い眼差し”……」

「何とか、間に合ったみたいだな」


エリオが氷の呪縛から脱し、ラセッタの背後を見た。
そこには、つい先ほどのネイティブとそのツレが立っている。


「――ア、アディス…君?」


クリアがやっと目を開けてその光景を目撃する。
そして瞬時に思考を切り替えて、ラセッタの間合いから飛び去った。

「貴様ら……一体何をした…ッ」
「黒い眼差しにこんな使い方があるの、流石のお前らでも知らなかったみたいだな」
「クッ――」

ラセッタが全身に力を込めると、存外黒い眼差しからは簡単に抜け出せた。
瞬間的な束縛力はあるらしいが、長時間の足止めには向かないらしい。
ラセッタは3対1では分が悪いと踏み、一旦エリオの隣に跳躍した。

同時に、エリオも氷結の呪縛から脱出する。


「クリアさん、大丈夫ですかっ?!」
「う、うん、大丈夫…だけど、いいの?
 これ以上ここで戦ったら、確実に『種』を敵に回すことになる…」

「んな事知るかよ」


クリアが申し訳なさそうな表情で言うのを、アディスは知らないと言って遮った。
それは本心だった。

種がおかしいとか妙だとか、アディスにはそんな事、既に関係なかったのだ。




「俺は、受けた恩は絶対に忘れないッ! 暴れるぞミレーユ! フライアッ!」

「うんっ!」
「はいっ!」






…………








夕刻、種の本部に一通の電報が届いた。
それを届けたのは、一匹のメスのデリバード。
救助隊組織はぺリッパーを起用しているが、
実質デリバードの方が優れている事を彼らは知っていたからだ。
と言っても、この組織にデリバードは一匹しか居ない。
種は裏舞台の組織だから、救助隊と違って公に電報を届けることは出来ないから、
地中を移動する地面タイプのポケモンがその殆どの役目を負っている。

さて置き、この秘書的な雰囲気を纏っているデリバードは、
本部の最上階の部屋のドアを、慣れた手つきで2回ノックした。

「騒々しいな…一体何だ」
「裏切り者クリアの確保に出向いたエリオとラセッタからです」

ドアが開かれる。
中には、無駄に広い部屋に豪華なソファがポツンと在り、
さらにその前にある巨大な水槽には金色のコイキングが優雅に泳いでいる。
床は大理石だったが、ソファの周辺だけは高貴な感じのマットが敷かれていた。

「どうぞ」

デリバードはそう告げると、バッグから筒状に丸められた手紙を取り出して差し出した。
高級感溢れる薄暗い部屋で、如何にもボス気取りな男がそれを受け取る。
男の正体は、ガブリアスと言うドラゴンのポケモンだ。
それも、他よりもなかなか屈強な体躯をしている。

手紙を受け取った男は、それを一読してニヤリと笑った。






「“奴らは手に負えません”、か。ふふ、はははははははッ」



「フリード様?」
「ふ…エリオとラセッタには、引き続いて奴らの監視を続けるように伝達しておけ」
「…畏まりました」


新たな命を与えられ、デリバードが部屋を後にしようとする。
そこを、不意にフリードと呼ばれたガブリアスに呼び止められた。





「ところで、仕事が終わったら一杯どうだ?」

「…次はセクハラで訴えますよフリード様」

「……す、すまん…」





………






「つ、疲れた………」

皆が揃って開口一番にそう言ったのは、ミレーユでもフライアでもなく、ガーディだった。
実はあれだけ派手な戦いをした所為で警備隊が緊急出動してしまい、
危うくまとめて逮捕されるところだったのを、ガーディが助けてくれたのだ。

ちなみにエリオとラセッタは、その騒ぎの間にどこかへ逃げ去ってしまっていた。
惜しい事をした。警備隊に引き渡してやれば楽だったのに。

「ホントお疲れ様です、これは感謝の気持ち…」

「――――ッ」

クリアはガーディの頬にキスをする。
一瞬何が起きたのか解らないガーディは、目を白黒させながら顔を赤くした。

キス魔か、コイツ。
それともオトナって言うのはこういうものなのか。
いや、そんなワケない。そんなワケあって堪るか。

ついでに言うと、ここは再びのガーディ宅。
あの騒ぎの後、何とか上司に巧く言い訳してくれたガーディには、ホント感謝しないとな。

「よし、フライアもガーディにご褒美だ」
「あ、あ、アディスさん〜〜〜っ!!」
「あはははっ」
「は、ははは…」

顔を真っ赤にして笑っているのか怒っているのかよく解らない表情で喚くフライア、
大きく笑うミレーユ、やや当事者のガーディは苦笑いしている。
クリアも声には出さないが、笑いながらその光景を見ていた。

その光景――フライアの精一杯の猫パンチを俺が鮮やかにかわし続ける絵だが。

ふふふ、甘い、甘いぜフライア! そんなんじゃ世界は遠いぞ!





「あ、そうだよクリア。『だから』の続き、教えてくれよ」

「う〜、そういうイジワルな事、まだ訊こうとするかな〜」

「くっく、悪かったって」




あぁ、解ってる。
ホントは気付いてた。

でも、俺はクリアの気持ちを踏み躙って、
こうしてフライアの拳を避け、続けて、ちょ、流石に疲れて来た…


「えぇい!」

「のわああっ!?」



ガツン!



直撃。
避け続けている心算が、どうやら追い詰められていたらしい。
ふ、やるじゃないかフライア、どうやら俺が教えてやれる事はもう何も無さそうだ…。


と、フライアの拳でノックダウンした俺の顔を、クリアが面白げに覗きこむ。


「『だから』、色々と気をつけないとダメなんだよぅ? ふふふっ」

「コノヤロウ…今考えただろそのセリフ…」



お互い、ニヤリ。
俺の冒険は、また賑やかになりそうだ。

俺の素敵冒険家生活はどこかへ遠い国へ亡命してしまったらしいが、
これはこれで、悪くないかもな。
なんて思える俺は、かなり楽観的なのかもしれない。


目の前に、追撃の構えを見せるフライアが居る事をすっかり忘れ去ってしまうなんて。


「お、おい、フライア、ちょ、ま――――」












俺、臨終。






………





日は落ちて、今日は眠れと月が告げる。
今日はガーディ宅に泊めて貰う事になり、
お世辞にも広いとは言えないスペースを5人で共有した。
こう何度も世話になると、ガーディには頭が上がらなくなるな。
俺が女だったら、クリアに負けじと抱きしめてキスしてやってもいいくらいだ。
………だから、何を言ってるんでしょうね俺は。

ガーディに借りた寝袋を被り、真っ暗な部屋の中で俺は考える。
フライアに殴られまくった、顔とか顔とか顔が痛い。
って顔しか殴ってねぇじゃねぇか! さてはフライア、狙った!?


…それはさて置き。
あの戦いで、俺たちの『戦い方』はハッキリと形を成していた。
ミレーユの触手は屈強なラセッタの身体を容易く締め上げ、
フライアはちょこまかと逃げ回りながら、黒い眼差しで後方支援に徹し、
そして俺が正面から殴り合う。

だが、それでも決定打に欠ける…悔しいが、俺にはまだ決定的な攻撃力が足りない。
そう思っていた。それはあの戦いの最中だけでなく、ずっと思ってきたこと。
俺が強くなるのが一番良いけれど、悠長に修行している暇はない。

単刀直入に言って、クリアは俺たちの中に見事に溶け込んでいた。
初めて呼吸を合わせるとは思えないほどに、パズルのピースが綺麗に収まるように、
俺とクリアが前線で戦い、ミレーユとフライアが後方支援する。
この形であれば、誰にも負けないとすら思えた。

明日、ダメもとで誘ってみよう。
どうせ種には喧嘩売っちまったし、クリアと別れても狙われ続けるに違いない。
何たって、あぁ言う組織は根に持つのがお約束だからな。

あぁとそうだ、フライアには謝らないと…
また厄介な事になっちまったし……
2つの追手が3つになっちまったから…な…



自分でも意識してなかったが、どうやら疲れが溜まっていたらしい。





俺も何時の間にか、思考が途切れていた。








んぅー…お、俺の素敵冒険家生活は……むぐぅ…








つづく


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