――迷宮冒険録 第十五話



「アディスさん、大丈夫でしょうか…」

「うーん…流石に今回の事はショックだったろうね…」



あのカラカラ――エイディと対峙した後の事である。
その日はまだ陽も高く、これから旅を始めても問題なかったと言うのに、
アディスはガーディ宅の屋上でぼんやりと空を眺め、
フライアとミレーユはそれを後ろから眺めていることしか出来なかった。

負けた。

普段の彼にとって、負けと言うのは然したる問題ではない。
何故なら、最後に勝った者が勝者だと言う持論を持っているからである。

しかし、今回の負けはそれとは別問題だった。


「………なぁ、俺はアイツに勝てるのか?」


『無理だな。今のままでは、1%も勝率は無い』



自分の中で何時もえらそうな事を言うもう一つの意識に問いかけてみたり、
思考を停止させたり。

ただし、一番長く考え込んでいたのは、エイディの事ではなく――




「俺は、フライアを守りきれるのか?」


『…………』





その質問には、もう一つの意識は答えなかった。











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      迷宮冒険録 〜序章〜
       『道化よ踊れ』
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商店街は昨日と同じように、ポケモンが溢れかえっている。
その中に溶け込むようにして、ミロカロスは周囲をうかがっていた。

彼女の名は『クリア』。
アディスたちに、ホテルの宿泊券を提供してくれたミロカロスである。


「…もう来ちゃったんだね。この町ともお別れか…」


沢山のポケモンに紛れて、クリアは確かに異質な者の気配を感じ取っていた。
それはポケモンだが、普通のものではない。
名前持ち――それも、『種』だ。


「ガーディさんにはお世話になったし、最後くらい挨拶しておかないと」


クリアは、自分もまたこの大衆の中の1つとなり、目的の場所へと歩を進める。
ガーディ宅…彼は、クリアが最初にこの町にやって来た時に色々と世話をしてくれた、
いわば命の恩人と言っても過言ではない。
この見知らぬ町で数週間、平穏に暮らせたのも彼のお陰なのだ。
しかしそれも今日で終わり。
『種』が来てしまったから、また逃げなくてはいけない。




「居たか?」

「気配はこの町に。さっさと見つけ出して連れ戻さないと、
 今度こそタダじゃ済まされん…俺たちも、クリア自身も」

「ったく、クリアの奴…面倒かけさせやがって…」



クリアがその場を離れてから数分後、その場所に不審なポケモンが2匹、集まっていた…







………







「よし、出発するぞお前ら!」


唐突に荷物を突きつけ、俺は高らかに宣言した。
勿論、フライアとミレーユは目を丸くして硬直している。
無理も無いか。
どういう心境の変化かとでも問いたいのだろう。
別に、何時もの俺に戻っただけさ。

守れるかどうかじゃない。
あのエイディとか言うバケモノみたいなカラカラにちょっと吃驚したが、それはそれ。
俺は何としても、フライアを守らなきゃならない。

絶対に、絶対に――



「……アディスさん、これを持っていってください」
「?」

ガーディが呼び止めた。
俺は立ち止まって、振り返る。

「これは…」
「『連結箱』です。複数の技を連結させて、より強力な連続攻撃を可能にします」
「いいんですか? 僕たちなんかに」

ミレーユに言葉に、ガーディは笑顔で頷いてそれを俺に手渡した。

何かの役に立つだろうか、じゃない。
こんなちっぽけな可能性でも、活かすかどうかは持ち手次第なのだ。
ならば俺は、このガーディの気持ちを最大限に活かす努力をしよう、いや、する。


「ありがとな。巨人の洞窟の調査報告は、真っ先にお前にしてやるよ」
「あはは、期待して待ってますよ。どうか、ご武運を」





…………





「こんにちわーっ、ガーディさーん」

「おや、お客さんのようです。失礼します」
「ん、おう」


外へ出ようとしていた俺たちの間を縫って、ガーディは素早く玄関を開け放つ。
そして、お客とやらを迎え入れた。
そのお客とは―――


「「ぁあーーーーっ!?」」


「???」



両者、目を見開いて口をパクパク。
俺とそいつは、数秒間お互いを指差して硬直した。
違うか、そいつの場合は指じゃなくて尻尾の先っちょだ。


「クリアさん!? 何でここに!?」

「それはこっちのセリフだよ、ミレーユ君とフライアちゃんこそ何でここに?」

「あはは、いやはや、少し前に助けていただいた恩がありまして」


ミレーユの問い掛けをそのまま質問で返すクリアの間に、ガーディが口を挟む。
どうやらこのガーディとクリアは知り合いらしい。
いや、知り合いだってのは最初の段階で解っているが、
正直こんな偶然もあるのかと驚いた事の方が大きかった。

まぁ折角の再会を楽しみたいところではあるが、そもそも昨日の今日でもあるし、
さっさと冒険に出発する事にしよう――とした俺の腕を、フライアとミレーユが掴む。

「ナニすんだ、出発するぞ」
「アディス、折角また会えたんだから、ちゃんと昨日のお礼をしなきゃダメだよ」
「そうですよアディスさん、こういうのは、きっと大事な事なんです」
「ここでちゃんとお礼を言えば何かのフラグが立つってのか?」
「フラグって何!?」
「たまにアディスさんの言ってる事がワカラナイです…」
「チッ、お前らこの世界の住人のクセにお約束も知らんのか。フラグってのは以下略」

面倒なので説明は割愛する。ご愛嬌。
ミレーユとフライアはワケが解らないと言った感じで、俺の腕を掴んだまま固まっていた。

『クリアが仲間に加入するフラグとか立つかもな』

えぇいお前は黙っていろ臆病な俺。
…まぁその選択肢も面白いような。
このパーティメンバーには、『オトナ』が致命的に欠けている気がするし。

「相変わらず、賑やかだねぇ」
「……まぁ、その何だ。昨日はサンキューな」

俺たちのやり取りを、ただただ笑顔で傍観していたクリアの呟きに、
俺は言葉に詰まったので昨日の件についての礼で返した。

ツレは満足したのか腕から離れ、思い思いに俺の周囲に散る。
ガーディがここじゃ狭いからと言って中に案内しようとしたが、クリアは断った。

「ごめんなさい…私、もう行かなきゃいけないの。最初に言ったよね、だから…もう行くよ」
「そう、ですか…あ、あははは、あっという間でしたね」
「…?」

ガーディの表情が一瞬曇るが、俺はそれに対して特に何も思わなかった。
クリアの一言にはそれだけの破壊力があったが、事情とやらには興味が無い。
完全に無いと言えば嘘になるが、今はフライアの事も在る。
これ以上余計な面倒は引き受けられないと言う、冷静で冷酷な判断だ。

「アディス君」

クリアが俺を呼んだ。
ここで如何して俺の名前が出るのか全く予想できなかったため、俺は戸惑って返事をし損ねた。
それに構うことなく、クリアはオトナの余裕の様なものを感じさせながら、俺の目の前に歩いてきた。

そして俺の顔面スレスレ、うっかりキスでもしてしまいそうな位の距離まで近づいて、静止する。
俺の背後で物凄い音が聞こえたが、振り返る度胸は俺には無かった。

「あわわわわわ、く、くくくくクリアさん!? ななな、何してるんですか!?」

フライアがテンパった声で慌てているが、クリアはどこ吹く風で呟いた。
それは、その言葉は、何故かただの空気の振動を超えた何かを感じさせた。



「…名前持ちはね、色々と大変な運命を背負いやすいの。だから…」



だから…
クリアが一瞬間を空けたのは、ここから先に紡がれる言葉の重みに苦しんでいるからだ。

――その言葉は紡がれる事は無く、突然クリアは俺から顔を背けて背後を振り返った。



「クリア。ネイティブにそれ以上知る資格は無い」

「……ッ…、ラセッタ……エリオ……」

「お願いだから、これ以上罪を重ねないでくれ…クリア」




そこには、柄の悪いストライクと若いザングースが立っていた。
どっちがラセッタでどっちがエリオかは解らないが、
どちらも只者ではない。それだけはハッキリ解る。

付け加えれば、エイディの方が強そうではあるな。



「……エリオ、まさか貴方だったなんてね…」

「アグノム様の配慮だよ。僕らが選ばれたのは、逃げたのが君だからだ」



エリオ――そう呼ばれたザングースが呟いた。
アグノムって誰だよ、俺が居るのに無視しやがって。
そういうのは断じて気に食わない。
自分たちと無関係な奴らを完全に見下した思想だ。


「オイ、俺の恩人に何絡んでんだよテメーら。帰れ!」

「………アディス君、ごめん。ちょっと黙っててくれないかな」

「クリア、悪いがそれは聞けない。俺は個人的にこいつらが気に食わない」


そうさ、俺を止めたかったら涙目上目遣いで懇願しろ。
………ジョークだからな、真に受けるなよ。

「アディスと言ったか。名前持ちのリオル」
「リオルって言うなよ。アディスだって解ってんだろ」

今度はストライクの方が俺に話しかけてきた。
いい加減無視を通す事が不可能だと踏んだようだ。
消去法でいくと、コイツがラセッタだな。

ラセッタは極めて冷静な口調で、俺の神経を逆撫でした。


「君の名に興味は無い。
 『種』は名前持ちの集う組織だが、生まれながらに名を持つものは例外だ」

「…タネ?」

「ラセッタ。いくらコイツが名前持ちでも、これ以上は喋るなよ」
「心得ているさ。だが、それでは彼らが納得しそうに無いのだがね?」

ラセッタの腕を引き、エリオが止めに入るが、効果は薄い。
それは敵意剥き出しの俺の所為でもあるが、ラセッタ本人がやる気満々だからだ。


「やめてラセッタ! こんな処で暴れたら、町が壊れちゃうよ!」

「黙っているんだクリア。君に危害は加えたくない。大人しくしていてくれ」

「……ッ………」


ラセッタが一歩前に出る。
俺も出る。
フライアとミレーユは、ただこの事態に頭がついて来れて居ないようだった。


「エリオっ! 止めさせて!」

「……クリア。君が戻ってくると誓ってくれないと、無理だ…」
「そうだ。君が誓ってくれるなら、私は今すぐ手を引こう」


ラセッタがクリアの方を睨みつけ、そう言い放つ。
クリアは何とかこの場を誤魔化す言葉を探そうとしているようだったが、
生憎それもまたこの場に何らかの効果をもたらす事は無かった。


『いい加減にしろよアディス。ただでさえ勝率の低い勝負なのに…』


黙れ。
俺だって解ってるさ。
利口な生き方とかな。
現にさっきまではそうしていたし。

でも、無理なんだよ。
もう我慢の限界なんだ。
偽善者と罵られようとも、俺は一向に構いやしない。
フライアを助けた時点で、俺は既に染まっている。
だから、ここでクリアを見捨てる事は、俺が本当に偽善者だって事になる。
そう罵られるのはいい、だけど俺は自分の信じた事を貫きたい。
自分が正しいと信じるものが目の前で歪められようとするなら、俺は戦う。


『……』


悪いな、臆病者の俺。

でも、クリアは俺に何かを伝えようとした。
それは、多分、僅かな可能性に賭けたからだと思うんだ。

それが何なのかは後でゆっくり聞くとして。



「とりあえず、筋が通らないのは気に喰わないんだよッ!」








………





……。
……ふ、はは…くくくく…。

アディスは、既に俺の意思などでは縛れない。
それを悟った所為だろうか、なんだか笑いが込み上げてきた。

俺の力が小さくなっている。
消える、消えてしまう。
だがこの狂った世界でなら、いけるかも知れない。

あの厄介なミュウは既に居ない。
ホウオウと言う最大級のバグこそ力を失って影響力が小さくなったが、
それでも世界意思を無視した奇怪な出来事が次々と起こっている。
この世界なら、俺はこの忌々しい封印から抜け出す事が出来るかも知れない…

アディス、リオル…俺、いや、俺は『俺』に俺を重ねて遊んでいる道化。
数多の世界を渡り、この封印から逃れんとする愚者。


面白い。
そうさ、『タネ』などと言う乱数の集まりに首を突っ込めば、
何が起こっても可笑しくは無い。
そうするうちに、俺はこの封印を解く事が出来るかもしれない。

『この』アディスに託してみよう。
そして残された僅かな力を惜しむのはやめよう。
俺は今度こそ、力を取り戻すために。
アディスは今度こそフライアを守り抜くために。






『解った。もう謝らなくていい…心行くまでやっちまえ…ッ』







なるほど、この世界は狂っている―――









つづく


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