――迷宮冒険録 第十四話




エイディ=ヴァンス



それが僕の名前。
それが僕と言う存在を世界に結びつける鎖。


僕にはやらなきゃいけないことがある。


他人にとっては如何でもいい事かも知れない。
一般的に言う『良い奴』だったら、やめろと言うかも知れない。




――復讐。




それが僕の全て。
僕に許された生を全てつぎ込むに値する、最優先事項。






滅ぼされたヴァンス一族の、最後のひとりとして――









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      迷宮冒険録 〜序章〜
      『修羅を彷く孤独2』
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「ボス、大変ですよボス!」
「何だよピジョット…こんな時間に…」


同じく迷いの森を抜けた先の北の大地に、例のブラッキーとピジョットは居た。
それも随分立派な家……どころの騒ぎではない。これは城砦だ。
そしてその城砦の中でも特に高い位置にある部屋で、ブラッキーは眠っていた。
時刻は太陽が明けるのを待つ方が早いくらいの頃である。

ここは商業都市バリンから少し離れた場所で、半日も在れば往復できる。
周囲の岩山を切り崩して、そこにスッポリと収まるように建てられた城砦は、
昔ここら一帯で起きていた争いの重要なポイントだったらしい。

今ではどこぞの金持ちが買い取って、自分の別荘にしているが――
兎に角ブラッキーはそこに居た。

何故ここに居るのかと言う問いには、先ず彼らの素性を明かす必要がある。
彼らはフライアを追う組織の幹部クラスに身を置く存在で、
つまりフォルクローレ家の家臣である。

この城砦はフォルクローレ家が買い取ったモノで、
ブラッキーたちはフライアを監視するためにここに居るというわけだ。
この城砦には彼ら以外にも、フォルクローレ家に雇われた軍団が居る。

…つまり城砦としての機能を発揮する状況は既に整っている。
しかしここで戦争を始める心算は毛頭無く、軍団も普段は平凡に暮らしている。
商業都市からは半日かかるが、実は岩山を越えた場所にすぐ大きな町があるため、
この城砦での暮らしはそんなに悪いものじゃない。
因みに彼らの専らの仕事はこの岩山にトンネルを掘る事であり、
給料はフォルクローレ家から支給されていた。

もはや軍団とは名ばかりの、労働者たちだった。


「何が大変なんだ……私は夜中に起こされるのが嫌いだとあれほど――」

「だーかーらー! それどころじゃないんですって!」


ブラッキーは文句を言いかけて、直ぐに外の異変に気が付いた。
騒がしい。
普段この時間は草木も眠るほど静かなはずなのに、
剣戟の音や叫び声が聞こえる。


「…外で何が起きているッ?」

「そ、それが……」





………





「雑魚に用は無い…まとめて消え失せろッ!!」



フードつきのマントを被った謎のポケモンが、次々と襲い来る兵士たちを薙ぎ払っていく。
兵士たちは決して弱くは無い。
個々の実力は、ボスゴドラやサイドンの様なゴロツキを遥かに凌駕している。

それにも関わらず―――


「どけぇぇぇえええええッ!!!」


「「ぐわああああっ!!」」

「「ぎゃああああっ!!」」


そのポケモンが放った一撃で、また4匹ほどのポケモンが宙を舞った。
言葉どおり、本当に宙を舞っているのだ。
その中には、謎の襲撃者より遥かに大柄なポケモンも混じっている。
ありえない、こんなことありえない、それが前衛を死守する兵士たちの感想だった。

一方、襲撃者サイドで見れば、次第に襲い掛かってくる兵士の数は減ってきていた。
倒したというのもあるが、兵士の方がいい加減開きすぎた実力差に気付いたらしい。


「く、来るなぁぁぁーーっ」

「…どけ。労働者風情に用は無い」

「ひっ、ひいいええええええっ」


マントを揺らしながら、襲撃者は城砦の中へと入ろうとする。

だが、彼はそこで足を止めた。
彼の前に、大きな影が立ちはだかったのだ。


「こんな平和なご時世に単身で…しかもこんな時間を狙うとはな……貴様何者だ」


別に、わざと明け方を狙ったわけではない。
ここまで歩いてきたら、この時間に着いただけだ。
そして、彼の実力から見て襲撃の時間などもはや関係ない事は解っている筈なのに、
敢えてそれを訊いて来る目の前の兵士の態度が、気に食わないと思った。

「…平和なご時世だと? 冗談は休み休み言え。そして死にたくなければそこをどけ」

「出来んな。今でこそ労働者風情と罵られるのも仕方のない事だが、
 これでもワシは昔は名の通った守備隊長だった。ここは通さんよ、若造」


立ちはだかった巨大な影――
その体と同じ程の大きさの槍を構えたバクフーンが、襲撃者の行く手を遮った。

空気が変わる。
周囲の兵士たちは、固唾を呑んでそれを見つめている。
なるほど、『多少』は出来るらしい――襲撃者はそう思った。
だから、興味本位で訊いてみた。
しかし、その回答は彼にとって落胆するに足るものであった。

「……名を聞こう」
「…疾風槍のバクフーンだ」
「………」

通り名なんてどうでもいい――

ポケモンは大きく溜息をつき、被っていたフードを捲くる。
そしてハッキリと表に晒したその目で、バクフーンをにらみつけた。
それは、酷く歪んだ黒い波導を纏った、凶悪な視線だった。






「名無し風情が……オレの邪魔をするな……ッ」









………







「ッ! オイ、しっかりしろッ! …くそッ!」
「……ぅ、ぼ、ボス……侵入者は…中に…」


衛兵のひとりは、それだけ呟いて気を失った。
あちこち駆け回って確認したが、
どうやら誰一人として死ぬほどの怪我はしていないらしい。
あくまで狙いは親玉ひとりと言う事か、となると犯人は――


「……例のヴァンスの復讐者…か?」
「ボス、ヴァンスの件は俺らの管轄外っすよ!」


ピジョットが喚くが、どうにもならない。
せいぜい、今頃自分たちを探して城砦を徘徊している侵入者に備え、
一番奥の一番立派な部屋で待機していることしか出来ない。

フォルクローレ家は、リヴィングストン家だけではなくヴァンス家までも滅ぼしていた。
といっても、どちらもこのブラッキーの担当では無かったため、
それらの生き残りに復讐される覚えは無いのだが……

しかし同じ場所に身を置くのだから、その覚悟が出来ていないわけではない。
たとえ、内心ではフォルクローレの暴挙を快く思っていなかったとしても。


ブラッキーは、来るべき時が来たと言うような感じで、呟いた。

「…俺たちがフォルクローレなのは事実だ、お前は下がっていろ」
「でもっ……」

ピジョットが再び逃亡を勧めようとした瞬間、その場の空気は凍りついた。




「貴様がここの親玉か」





「っ!?」

「…来たか、復讐者」


突然、突風が彼らを襲った。
いや、風じゃない。
それは、殺気だった。


大きく開け放たれた扉の向こうに、小さな影が立っている。



「カラカラ……ヴァンスの者か?」

「察しはついているようだな。
 オレの名はエイディ=ヴァンス。滅亡したヴァンス一族の末裔だ」



それは紛れも無く、昼間にボスゴドラたちを蹴散らしたカラカラだった。




そして、ブラッキーとカラカラが戦闘を開始するまでに、時間は掛からなかった。







…………







「――シッ!!」

「ハッ!」



――ビュンッ! ゴウッ! ズガァァァーーーーンッ!!




エイディの持つ、骨の剣がブラッキーを襲う。
速い上に正確――衛兵たちを退けただけの事はある。
疾風槍が負けたのも頷ける。
だがブラッキーはそれを見切っていた。
実力的には、決して劣っては居ない。
勝てる見込みも薄いが、ほぼ互角と言える。

ブラッキーとしては、こちらだけ武器が無いのは辛いと文句を言いたい気持ちだったが。


「「流石に強いな」」


奇しくもそう呟いたのは同時だった。
そして同じように距離を取り、一旦戦いを止める。


「…貴様、名前持ちか?」

「名前、ね…捨てたよ、とうの昔に。今はただのブラッキーさ」

「………」


エイディは、今度は溜息をつかなかった。
このブラッキーは強いから、名前持ちなのだと思っていた。
そしてその予想は見事に的中し、いや、それ以上の結果を見せ付けてくれた。

――捨てた。


「く…くくく……面白い、なるほど、それはオレも思いつかなかったな…」
「…?」

エイディが不気味に笑う。
ブラッキーはそれを、ただ怪訝な顔で見ているしか出来なかった。


「名捨てか。そうやって己が運命を否定する事が…なるほど、くはははははッ!」

「何が可笑しい…」

「可笑しいさ。名前持ちだけでも滅多にお目にかかれないのに、
 まさか名捨てなんて奇抜な発想をした奴をお目にかかれるとはな」


エイディが踵を返し、その場を立ち去ろうとする。
そのまま行ってくれれば面倒な事はしなくて済むので大助かりだったが、
ブラッキーは思わず呼び止めた。


「待てッ! 貴様は復讐が目的ではなかったのかッ!? 何のためにこんな事をッ!」

「……復讐だとも。だが、勘違いするなよ」



エイディは続ける。



「ヴァンスを滅ぼしたのがフォルクローレだったら、お前らはここで皆殺しだった。
 まぁ、今は何を言っても、お前ら末端構成員には解らないだろうがな」

「な…何を、言ってるんだ…?」

「……名を捨てる…か」



混乱するブラッキーに、エイディはさらに言葉を続ける。
それはブラッキーの混乱を余計に増徴させるに十分だった。


「…だが、オレは名前は捨てない。『逃げ』の一手で運命を越えようとは思わない…」





それが、この日、彼らの前で発したエイディの最後の言葉だった。









…………









城砦から離れた荒野を、フードつきのマントを揺らして歩くのは、エイディだった。
その手には、血塗られた骨の剣が握られている。
カラカラ一族が持ち歩いている、骨棍棒を削って作ったものだった。

だが、その剣はエイディが作ったものではない。
それは彼の両親の形見なのだ。

本当なら、
自分の15回目の誕生日に、

プレゼントとして受け取るはずの品物だったのだ。





たまたま骨棍棒の特訓のために外出していて




『今度こそ、父さんから一本取ってやるんだ!』




夜遅くに家に帰ってきて




『(…もう寝ちゃったかな…それとも、
  今日は僕の誕生日だから、驚かせようと隠れているのかな?)』




全てが『終了』していたヴァンスの集落を見て




『………え?』





変わり果てた身内の姿を見て





『…何、これ……ここ、どこだよ、ここは…』




違うと言って欲しかった

ここはどこか違う村で、自分は帰る途中で道を間違えて



『あ、あぁぁぁあぁぁ………』




でも、そこは確かに自分の家で、


テーブルの下には、自分宛のプレゼントが隠されていて―――





『あああああああああぁぁぁああぁあぁああーーーーーーーーーーッ!!』












「まだ生き残りが居たか…やれやれ、面倒な仕事引き受けたもんだ」
「全くだ。ミュウの代行者だかなんだか知らねぇが、種に与えられた任務は絶対だなんてよ…」



背後から声が聞こえたが、
その時はもう、エイディは振り返る気力すら残っていなかった。



「…何だ、お前ら……誰なんだよ…」





だから、背中を向けたまま、訊いた。
訊いたが、それに対する答えは、聞こえてこなかった。




「さっさと最後の1匹殺してフォルクローレに戻るぞ。仕事はコレだけじゃねぇんだ」
「あぁ、そうだな…」




そして、その2匹が各々、何かをしようと動いた、その時――





エイディを除き、世界が灰色になり、全てが止まってしまった。
いや、止まったのではない。
彼は自分以外の全てをスローモーションにしたのだ。

天才的な戦いの才。

研ぎ澄まされた集中力と、眼前の敵への憎悪と言う感情の昂りが、
彼の秘めたる力を覚醒させた。
全てを超越した動体視力、反応力。
実際の1秒を、10秒にも100秒にも感じられるほどの集中力。

魔法染みた特別な能力ではない。

誰もが危機に瀕したときに発揮する力が、エイディの場合は特別ズバ抜けていただけの事。
そして、その力が一度目覚めた事により、何時でも引き出せるようになった事。
引き金は、ヴァンスを滅ぼした者への…家族を殺した者への憎悪。







「ぐっ…ゲホ…ァ……な、何だよコイツ……」



「…許さない…、許さない許さない許さない……俺の前から…この世界から消え失せろッ!」



「ひっ、ひっがッ、ぎゃああああぁぁぁがぁぁッ!!」

「や、て、てめっ、う、嘘だろ? やっ、――――――――」





―――    ッ!!








………








「あの日、あれらの…を……てから、ずっとか…」


その骨の剣を拭うと、もともと付いていたのか血痕が浮き上がってきた。
あの日初めて生き物を切ったこの呪われた剣――両親の形見を手に、エイディは呟く。

この剣は誕生日のプレゼントだったのに……。
しかし、ある意味でそれは確かに誕生日のプレゼントだった。


「僕の中で、オレが生まれた日…」


そのこびり付いた血は、どれだけ洗っても落ちることは無かった。
やがてその落ちない血痕こそが、自分の呪われた運命なのだと悟ったのだ。


しかし、全てが絶望だったわけではない。
後で冷静になってから、一つだけ不審な点があったのだ。



エイディには妹が居たが、彼女の死体だけはどこを探しても出てこなかった。
跡形も残らないほどの攻撃を受けたにしては、ヴァンスの集落は荒れては居ない。
寧ろ、全ての家で『暗殺』が行われ、
誰一人として壊滅に気付かないまま死んでいった――そんな印象を受ける。

だから、だとしたら、まだ妹はどこかで生きているかも知れない。

きっと両親が機転を利かせて逃がしたに違いない、だから、また会える、きっと会える――




「………僕は、もっと強くならなきゃ……甘えは許されない……絶対に……」






『ミュウの代行者』


『フォルクローレ』


そして、『種』――…




あの日、エイディを取り巻く世界は、確実に動き出していた―――








つづく


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