元気でやってるか?

   オイラは今、ラプラスの背中に乗って世界中を旅してるぜ。
   この世界にはまだまだ知らない事が沢山あるからな。
   同じ大陸でも、見たことの無いポケモンが沢山居たんだ。
   そっちの仕事が片付いたら、返事くれよな。
   ポケモンズのリーダーの椅子はまだ空席にしてあるからよ。

                     アーティより


   P.S.
     キャタピーちゃんがついにバタフリーに進化して、
     ポケモンズの一員になったらしいぜ。
     今はポケモンズは何も活動してないんだけど、
     どうしてもって言って聞かなかったらしい。
     エラルドの困惑する表情が目に浮かぶよな。






「相変わらず追伸が微妙に長いな、アミーゴ」
「はは、どうも手紙ってのは苦手でさ。ま、頼むわ」
「了解した、全力で運ばせていただくぜイエアッ!」

手紙を受け取ったぺリッパーは、そのまま上空へ舞い上がると物凄い速度で飛んでいった。
アーティはラプラスの背中の上でそれを見送り、再び地図に目を落とす。

書きかけの世界地図。
ユハビィが人間界に帰ってからもう半年になり、この地図もかなり埋まってきていた。
尤も、世界がどれくらい広いのかは解らないが。


「よーし、行こうぜラプラス!次は――」










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迷宮救助録 エピローグ
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「似合ってますよ、デンリュウ様」

「もう、私はホウオウだって何度言ったら解るの? アブソルちゃん」


ホウオウ種に伝わる正装である装飾を纏い、
屋敷の広間に降りてきたホウオウが、アブソルをジト目で見つめて呟いた。
今日はホウオウが正式に神の座に就く、
『儀式』と言えば格好いいが、要するに神々の会合の日である。

救助隊総帥としてのやりかけの仕事を全て片付け、
後の事は旧友で恋人のルカリオに一任し、
彼女は漸く神の座を受け入れる決心をした。
と言うか、神の座を長くは空席に出来ないため、
本心ではなくとも決断せざるを得なかったのだが。


「私にとっては、何時までもデンリュウ様なのです」

「まったく…仕方ないですねぇ」


アブソルが至って真剣な表情で言うものだから、怒る気も失せてしまう。
やり場の無い不満は形を変えて苦笑となり、ホウオウは肩をすくめた。

この屋敷は、デンリュウだった頃にたまに使っていた別荘であり、
まさかこんな形でまた使うことになるとは――と、アブソルは奇妙な感慨に耽る。



「ふ、馬子にも衣装だな」

「あらあら?ふふふ、面白い事を言いますねぇ老師」
「冗談だ、そろそろ来るそうだぞ」

ネイティオが奥の部屋から現れる。
彼はホウオウの補佐として、老体に鞭を打ってその役を買って出てくれたのだ。

何分、ホウオウから分裂してしまった彼女は
記憶と知識の継承が些か中途半端であって、
故に神としては殆ど素人同然だから、周囲は色々と世話を焼きたがる。

「そんなに私が信用なりませんか?」
「ならん」
「ならないですね」
「………そ、そんなに肯定しなくてもいいじゃないですか…」

その言葉にはネイティオに続いてアブソルも肯定する。
彼女がどんな性格なのかをよく知っている彼らだからこそ、心配は絶えないのだ。
決して信頼していないわけではないが、
放って置くと全ての仕事を投げ出して空中散歩に夢中になっていそうだからだ。


「ぁー、いいですね、それ」
「デンリュウ様…」


ホウオウが空中散歩に何かの満足感を見出して恍惚の表情を浮かべているのを、
呆れ返ったアブソルが溜息をつきながら見ていた。

この半年、だいたいいつもこんな感じであった。



――バリッ



「!?」
「…ッ!」

突如、部屋の中で空間の歪みが発生し、一同が反応する。
歪みは亀裂を生み、その奥には青や紫の空が広がる異空間があって――


「…座標はピンポイントだったようだな、今回はツイてるぞ」
「運じゃない実力だ。我が空間操作を甘く見るでないわ」

「…ディアルガ、パルキア…いらっしゃい。
 心臓に悪いですから、次は玄関から来て下さるかしら?」

「…久々に、冷や汗が出た……」
「平和ボケしたのぅ」


長年の付き合いのある悪友のような
会話をしつつディアルガとパルキアが部屋に現れ、
思わず息を呑んだアブソルが大きく溜息をついた。
この登場にはホウオウもネイティオにも
少々インパクトが強かったらしく、彼らは揃って胸を撫で下ろしている。


「まったくだな、もう少し優雅に入ってこれんのか」

「うわぁッ!?」
「あらミュウツーさん、いらしてたんですか」

「さっきからずっと居たぞ」


なら挨拶くらいしろよ!――と、アブソルが心の中で全力でツッコミを入れる。
何故心の中でかと言うとそれはミュウツーとの力関係によるものではなく、
突然背後から聞こえた声に素っ頓狂な声を上げた彼は、
そのまま息を詰まらせて直ぐには声を出せなかったからである。

ミュウツーは悪びれることもなく、
心臓を押さえて壁に手をついているアブソルを興味ありげな目で見ていたが、
やがてその視線をホウオウに向けると一礼した。

そして一言。


「馬子にも衣装だな」


「ぇええッ!?ま、ま、まさか本当に!?老師!
 お、おお、怒らないから本当の事を言ってくださいっっ!!」

「いや、似合っている…と思う。…多分」

「多分っ!?」

「…きっと」

「きっとっ!」



後に聞いたところに寄れば、
ミュウツーはあの天然ボケのサーナイトから
間違った知識をいくらか分け与えられたらしく、
今後もミュウツーがたまに諺を間違えて使うのが
騒ぎを起こすキッカケになるのだが、それはまた別の話…



「サーナイトは、大丈夫ですか?」
「今は落ち着いている。最近はまた昔のように寝坊するようにもなった」
「それは良かった、と言って良いのか如何なのか…」

ホウオウの問いかけに対する答えに、アブソルがツッコミを入れる。
ホウオウの質問の意味は、誰に対しても明白だった。

ゲンガーが消えた事が解ってしまった時のサーナイトの有様は、
痛々し過ぎて直視できない程だったからだ。
記憶が無い間のミュウツーの最期の如く発狂し、1ヶ月以上も飲まず食わずで、
貸し与えられた部屋の隅で放置された人形の様な状態になっていた。

ミュウツーにとってもショックの大きい出来事ではあったが、
サーナイトがこの状態では落ち込んでいる暇はなく、
毎日サーナイトを元気付けようとした。

ミュウツーだけではなく、アーティも見舞いに来たのだ。
あの戦いの後ですぐ人間界に行ってしまったユハビィの事もあるのに、
アーティは何時もと変わらぬ様子を絶やさなかった。
それが本心かどうかはわからないが、そうやって毎日励まされ、
サーナイトが元に戻ったのはそんな状態になってから2ヶ月目に入った頃。

当初はまだぎこちなかったが、今ではすっかり昔のままだそうだ。


「ゲンガーと言えば、イジワルズの連中もまとめて失踪したらしいですね」
「…ふふ、またきっと三人で悪い事考えているんですよ」


アブソルの言葉に、ホウオウは微笑みながら答える。
どこか確信に満ちたその表情は、
ゲンガーが世界のどこかに居る事を悟っているかのように見えた。
それがミュウツーを元気付けるためなのか、
それとも本当に本当の事なのかは計り知れないが。


「さて、もうルギアが会場の準備を終える頃じゃろう」
「それじゃあ、行きましょうか」


ネイティオの言葉に頷き、ホウオウは別荘の中庭に向かう。
この別荘の誇る広大な中庭は儀式やパーティには
持って来いの広さで、それ故に今回の会合はここが選ばれたのだ。


「ルギアがひとりで準備しているのですか?」


既に銀翼を呼び捨てにする事に抵抗を覚えなくなったアブソルが問う。
ネイティオは少し間を空けて答えた。


「グラードンが手伝っているらしいがの」
「…………」


いいようにパシられているなぁ…と、
アブソルは心の中でまたツッコミを入れた。

グラードンに、と言うか、ルギアも含めた意味で。





………

……………




「あう〜〜〜〜……フーディンのおじちゃんはドコ行ったのかな〜〜〜…」
「フリーザー、いい加減諦めないか?」
「ぇえ〜〜〜?もっといっぱい奢って貰おうと思ったのに…
 しょーがないっ、他の金持ち探そ〜っと」

「………」

フリーザーの外面と内面のギャップの激しさを知るのはファイヤーのみであり、
たまにその内面の黒さが恐ろしいと感じるのもファイヤーだけだった。
一応、他の連中にはただの我侭なお子様と言う印象しか与えてないようだが、
実際はそんな可愛いものではない。


(……良かったなフーディン、お前…破産せずに済みそうだぞ)


過去、フリーザーに目をつけられた男が何人も破産に追い込まれたことを、
第三者ではファイヤーだけが知っていた。
因みに当事者は皆、フリーザーの吹雪で記憶がトばされている。





「……ぅうっ」
「?…どうしたよフーディン、風邪か?」
「…フーディンは馬鹿じゃないからな」
「ぅおい!?バンギラス!そこで何で俺を見ながら言うんだ!」

FLBはフリーザーの魔の手から隠れるように、今もどこかで旅をしているとか。
因みに数ヶ月前にナマズン村長の意向で映画を撮ったのだが、
その時主演を勤めたのがFLBであり、
映画のタイトルは――まぁ、如何でもいいのだが。

その映画の撮影中にフリーザーに見つかってしまったため、
そこから逃げるべくFLBが放った究極奥義は、
早くも伝説として町に語り継がれている。


それこそが、古代遺跡のゴーレムをも粉砕した必殺技だったり。
彼らは、イマイチ本編では活躍できない星の下に生まれたようだ。

――他の世界でもそうであるように。




………

……………



見渡すばかりの荒野の真ん中を、3つの影が進んでいた。
大きな影がふたつ、小さな影がひとつ――【トップアイドル】である。

「あーーもう!まだ次の町には着きませんの!?」
「ふむ、もう数日程かと」
「ゴゴ、もう直ぐ…」
「ドコがッ!?数日って…セバス!あたくしを乗せて飛びなさい!」
「ふむ、しかしミルフィーユは如何なさいますか」
「…う……」

カイリューの背中にしがみ付いて
その背をバンバン叩いて喚きたてていたピカチュウは、
その一言に表情と手を止める。
流石に仲間を置き去りにする事はできない。
それくらいの良心は、高飛車なピカチュウも持ち合わせていた。

「うぅー…し、仕方ありませんわね……」
「ふむ、では気を取り直して旅を続けましょうか」
「ゴゴ…お嬢も、ガンバる…」


この旅の目的はアーティのストーキングだったのだが――
アーティが途中でラプラスと知り合ってしまった辺りからだろうか、
追いかける事が不可能になってトップアイドルが道に迷い始めたのは。

海を越えていってしまったアーティの後を追えず、
渋々町へ戻る途中で見事に道に迷った彼女らは、
全然知らない場所で、しかしカイリューが何とかその地域の地図を手に入れ、
ポケモンズの救助基地の在る町まで何とか戻ろうと思索しているところである。

――のだが、如何せん地図が中途半端で、
しかもどうやら進む方向も間違っていたらしく、
一行は余計に知らない場所へと迷い込んでいくのだった。


「ああ〜〜〜ッ!何であたくしがこんな目にぃ〜〜〜ッ!!」
「ゴゴ、叫ぶと、また喉渇く…ゴゴ」






……

…………





「…チェック」

「ぬがーーーっ!ま、また負けたーーー!」


氷雪の霊峰の奥地――以前キュウコンが暮らしていた場所に陣取って、
人間界からキュウコンが持ち帰っていたボードゲームを堪能しているのは、
ラティオスとヘラクロスだった。
地下施設は健在で、漁れば色々と珍しいものが出てくる事が判明したので、
いつも誰かしらがここに遊びに来ており、
今ではすっかり整備されて簡素な家も数件建っている。

家を建てたのが誰かと言えば、
元ヘラクロスの部下であり現『ラティアス親衛隊』なる謎の組織の
メンバーと化した野性ポケモンの群れである彼らだ。

彼らもまたいつもここに居るため、小さな村程度の賑わいがある。

そのうちの一つにラティ兄妹が住んで居たのだが、
ラティアスは今は別の家でサンダーと共に暮らしている。
兄公認のカップルだそうだ。


「……平和って退屈だって思ってたけどよ、やっぱ良いよな」
「…そうだな、チェック」
「ぎゃーーーッ!お前強すぎんだよラティオス!」


これで両手の指でも数え切れないほどの勝利を手に入れたラティオスだが、
ヘラクロスが勝つまで止めないとか言い出すので嘆息していた。


「喧嘩は強いのにな。…チェックメイト」
「ぬぉぉぉ…し、瞬殺……」


ラティオスはテーブルの脇に置かれたカップにお茶を注ぎ、
一気に飲み干してヘラクロスの方を見た。
ヘラクロスは盤上で起きる惨劇を解明しようと躍起になって駒を弄くっているが、
あの様子ではあと半年は無理だろう。
そしてとうとう諦めたらしく、また地下室で
新しいゲームを探してくると言ってその場を後にした。

ヘラクロスが座っていた小さな椅子の後ろには、
既に遊びつくされたゲームが山積みになっている。
…勿論、全部ラティオスの勝ちに終わっていたが。


「…平和か…」


あの事件が嘘のように、今は敵も味方も存在していない。
ジラーチは眠りに就いたらしく、
あれから一度も見かけなかったが、デオキシスはたまに遊びに来る。
ホウオウの使いである三獣神も、
現在はホウオウ(デンリュウ)の跡継ぎとなって救助隊本部を支えている。

他の仲間たちとも、救助隊の救助依頼を運ぶ
ネットワークを介して定期的に連絡が取れている。

トップアイドルの連中は世界を飛び回っていたぺリッパーの情報によると、
ここから遠く離れた大地を邁進しているらしい。
相変わらずと言うか、お嬢様の我侭に
よくまぁ飽きずについていくものだと、ラティオスは感心する。

感心しつつ――


「王手」
「ぅっ…ぅぅうううう〜〜ッ!?」


ヘラクロスの持ってきた将棋なるゲームのルールをあっという間に覚え、
ラティオスは通算987度目の勝利を収めるのだった。


あと数時間もすれば、ラティオスは1000連勝に届く事だろう。
今夜辺りラティアス親衛隊のメンバーにパーティか何か催され、
ヘラクロスは盛大に辱められるに違いない。





………

…………





救助隊ポケモンズの基地は誰にも使われることなく、
今はクモの巣が貼り放題のお化け屋敷と化していたが、
ポケモンズが借りた友達エリア【無人発電所】は、
今でも彼らの友人の溜まり場になっている。
そこに、バタフリーに進化したキャタピーの姿もあった。
この半年ですっかり男前になった彼の前に居るのは、
見慣れない――しかしどこか見覚えの在るポケモン『ジバコイル』の姿。


「そういえば聞きました?ダーテングが宗教活動を始めたって」
「ビビッ、今度ハ何ダ?」
「お金なんかに価値が無いことを広める活動だって」
「…前ノ映画デ懲リナカッタノカ」
「あはは。でもあの映画は大ヒットだったじゃないですか。
 ナマズンさん今度二作目を作るって張り切ってましたよ」
「アンナ大惨事ニ関ワルノハモウ勘弁ダ…」


前の戦いで何時の間にか失踪し、
その行方はピカチュウだけが薄々感づいていた――エラルドだ。

かつてデオキシス襲撃の最中、
瀕死の重症を負ったピカチュウを救ったのが、彼だった。
電気タイプとしてその力をピカチュウに与え、
死を超越させた代わりに自らが犠牲になって――しかし、彼は死ななかった。
彼を仲間と呼ぶ別のコイルたちが集まって、そして奇跡を起こした。

【ジバコイル】――レアコイルに
特殊なエネルギーを加える事で進化するコイルの最終形態。
仲間ふたりの協力を得て、エラルドはジバコイルとなって復活し、
アーボとチャーレムを連れて地底遺跡に向かった。


「…一緒だったんですよね、イジワルズのふたりと」

「……アア」


地底遺跡に向かう途中で、
ゲンガーを追って来たアーボとチャーレムに出会ったのは偶然だった。
そして彼らを背中に乗せ、エラルドは地底遺跡を全力で駆け抜けたのだ。
地底遺跡の最深部に辿り着いたのは、
丁度アーティたちが戦いを終えて帰っていった時で――

そこにあった僅かな【奇跡】に、
イジワルズのふたりは駆け込んで…それっきり会っていない。


「ミュウの幻影…興味惹かれますよね。
 もっと修行して強くなったら、俺地底遺跡の調査に行きますよ」

「…ソノタメニハ、早ク親離レシナクテハナ」

「うげ…だ、誰から聞いたんスか、それ…」


指摘に狼狽するバタフリーを笑いながら見つめていたエラルドは、
不意に当時の光景を鮮明に思い出した。

――『ゲンガーは無の世界に居る』

荒廃した全ての始まりが眠る地で聞いた、ミュウの言葉。

そして迷う事無く、次元の亀裂に飛び込んだイジワルズのふたり――
イジワルズの持つ絆は、誰も知らなかっただけで、
本当は物凄く強かったのだと、思い知らされた瞬間だった。

エラルドには不確かな確信があった。
また会える――そんな気がすると。
そうでなければ、あのミュウの幻影が余計な事を言ったばかりに、
不運な犠牲者をふたりも生む手伝いをしてしまった事になるのだから。

「…早ク戻ッテクルト良イナ」
「そうスね」

バタフリーは違う誰かを想像して相槌を打ったが、エラルドは言及しない。
エラルド自信、どちらに対してもそう思っていたから――



ホウオウを地獄に導いた死神と、

人間界に向かった、勇者――







………

…………







――人間界、シンオウ地方。


表向きは、バッジをひとつも持たない新米トレーナー。
しかして、野生史上で最強クラスのキュウコンを従えた一人の少女が、
ロケット団の残党を追って旅を続けていた。


とは言え、いくらキュウコンや向こうの世界のポケモンが強くても、
トレーナーのもとで育てられたポケモンはもっと強い場合もある。
少女はこの世界で色々な人とのバトルを通じて、それを実感した。

野性ポケモンが強くても、せいぜいレベル50を越えるところである。
トレーナーの下で綿密なトレーニングを積んだポケモンの方が、何倍も強い。


「カバルドン!地震攻撃!」

『――ぐぁッ』
「キュウコン!!」

「ここまでだね、戻れカバルドン」
『グルルォ…』


エリートトレーナーの青年はポケモンを引っ込めると、
少女とキュウコンのもとに歩いてくる。
そして手を差し出したので、少女もまたそれに応えた。

「いい勝負だったよ」
「うん、次は負けないよ?」
「あぁ、流石に次は勝てそうもないな」

青年は手を振ってその場を後にし、
それを見送った少女は突っ伏しているキュウコンをたたき起こす。
そして周囲に誰も居ないのを確認してから、
キュウコンの両耳を掴んで無理矢理顔を向き合わせた。

「キューぅちゃ〜〜ん…手ぇ、抜いたでしょ」
『…い、いやほら…最近ロクなもの食べてないから力が…』

少女は見れば直ぐわかるほどの不機嫌な表情を浮かべており、
背景にドドドとか言う効果音が浮いているのがわかる。
キュウコンは目のやり場に困りながら何とか言い訳をしようとしたが、
それが余計な惨事を引き起こす。

「食べてないのはワタシも一緒だもん!」
『ぎゃーーーっ!!千切れる!耳が取れるッ!!』
「耳って何かタンに似てるよね!?取れたら食べてあげるよッ!」
『いやああああああああああッ!』

耳を上下に引っ張りながら暴れ始めた少女を、
キュウコンが何とか宥める事で惨劇は回避された。

『だいたいこんな状態でバトルなんか引き受けるな…バカか君は』
「嫌なら嫌って言えばいいじゃない」
『人前で喋れるかーーーっ!!』

結構よく負けている。
負けることは珍しくない。
何せ手持ちがキュウコン一匹だから、
ハッキリ言って釣り人に勝った記憶はあまりない。
コイキング使いとかには勝ったような気もするが。

こんな状態でよくロケット団と戦えるなと思われるだろうが、それは心外である。
何故ならこのキュウコンのトレーナーは―――ユハビィなのだ。
今はキュウコンの妖術で人間に変身しているが、
いざとなれば波導の力を振り回す最強のチコリータになれる。

人の手で育てられたポケモンのレベルの上限を数値化して100とすると、
波導使いのチコリータのユハビィが70前後で、
【継承状態】になると250くらいだ。
越えられない壁を死と一緒にブッ千切った
ユハビィの力が伊達じゃない事は、既に証明済みである。

無論一般人相手にそんなことは出来ないし、
戸籍上はもう死んだ事になっているので、
トレーナーカードの発行手続きも出来ずリーグ戦には出場できない有様だが。

…する気も無かったが。


「半年かぁ。みんな元気でやってるかなー」
『………』



シンオウ地方は緑豊かな大地が広がり、そこはポケモンの世界を想起させる。
ふと見上げた青空は、あの日あの場所のそれと寸分の差異もなく――




「早く終わらして帰ろうね…」

『ああ…』








……





「ポケモンズのポストはいっぱいだね、新調したらどうだい?」
「イヤ、ソノママニシテオイテクレ」

ぺリッパーが手紙をポストに入れようとするが、
そのポストはアーティの出した手紙でいっぱいになっている。
たまたま通りかかったエラルドにぺリッパーが進言するが、
エラルドは首を横に振った――首が何処に在るかは想像に任せるとして。

その代わり、彼は手紙を丸ごとポストから取り出して、
その隣で山積みになっているダンボールの中に詰め込んだ。





手紙は、このままで良い。


「ユハビィガ戻ッテキタトキニ、ソコニ溜マッタ手紙ニスグ気付ケルヨウニナ」














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