始まりは些細な事だった。
何時ものように眠り、夢を見て過ごすだけの毎日。
死にはしない。私に死と言う概念は存在しない。

その代わり何時でも消える事は出来た。
もうその時期が近づいていたからだ。

神の座と言うのも退屈なものだ。
私に与えられた仕事は、私に仕える部下に出来るレベルのもの。
ならば私の存在意義は何だ?

あの時間と空間を操る同僚にしか出来ない仕事ではない。
私に与えられている私だけの力は、不死である事。
死なないから、世界の最後まで付き合うことが出来るだろう。
下らない。

数百年ぶりに、私の同僚の世代交代が始まった。
あのルギアとも、パルキアともディアルガともお別れか。
新しい、奴らの子が私の同僚となるわけだ。下らない。
実に下らない、究極神と崇められた奴らが如何程のものか。
下らない下らない。所詮奴らに死は越えられない。
寿命を迎える前に神の座を我が子に託し、消えていくだけの存在。

…いや、私も同じか。
不死であるのは、このホウオウと言う存在なのだ。
私の意志はじきに消える。
私の獲得した力と記憶を全て継承し、新たなホウオウに生まれ変わる。

何千年ぶりだろう。
こうして再び私は無に帰る。
やっと、終わる。
疲れた………



…?



誰だ、そこに居るのは…





「………」





待て、誰だ!そこに居るのは誰だ!
この世界で私の知らない奴など居るものか!
何故お前はそこに居る!
何時から!どうやってそこに現れた!


行くな!待てと言ってるのが聞こえないのか!








――私はまだ消えられない!奴の正体を暴くまではッ!










      迷宮救助録Ex   #4









私に神の座を与えたのはミュウだ。
ミュウはこの世界の全てを司るが、しかし表舞台には登らない。
奴は力を与え神を作り、この世界を監視させ、そして裏舞台へ消えていった。

奴は何者だ?
先ずはそれを突き止める必要がある。

こうしてみると、時間と言うものが如何に貴重なものか身にしみて理解できた。
足りない、もうすぐ私は消える、消えたくない。
私の意志を継いで、新たなホウオウがその正体を暴いてくれる?
それでは意味がないのだ!

今日まで生きてきた。
数万年のこの世界の記憶を全て継承した私にとってあまりに退屈だったこの世界で、
コレほどまでに心が躍ったことは在っただろうか?いや無かった!
やっと見つけた、私を楽しませてくれるものを!
その正体を暴いてやる、そして私は満足して消えていこう!

これが私の、最初で最後の戦いだ。
さらばだ世界。
神として私に出来ることは何もない。
私はこの世界に興味を失った。

ただ一つ、夢を見る私の前に現れた……………の正体を暴くのだ。
それが私の全て。文字通り全てだ。
たった一度舞い降りた『奇跡』が、この退屈に押し潰された不死の人形に活力を与えてくれた!

軽い。
体が軽い、世界はこんなにも広かったのか!

全てを知っていたが、これほど高揚した気分で飛び出すのは初めてだった。
空は高く青く壮大、あの山の何と絶景な事か、太陽光を浴びて輝く水面の美しき事――!
数万年の記憶のなんと浅はかなものかと、私は自分を、そして先代のホウオウを疑った。
世界の全てを知った気でいて、
この数千年の間に遂げた変貌に見向きもしなかった自分が愚かしい!
私に読めない古代文書も無い。
私の中の全ての知識が、この世界の隅々まで調べ尽くす!











「そこまでだよ、ホウオウ」





私の前にミュウが現れた。
私が世界を調べ、そしていざ奴を掴もうとしたその時、ミュウが邪魔をしてきたのだ。
だが遅い、ミュウの力では及ばないところに私は辿り着いた。



「…ミュウ…やっと出てきたか。だが遅い、私を止める事はもう不可能だ」

「……終わりだよ、君は消えて、世界はやり直される」


「他の世界のホウオウなら、
 お前の言っている事が理解できずにただ粛清されていただろうな」

「……!?」


ミュウの顔に動揺が走る。
ふふ、顔に書いてあるぞ?
“こんな事は、今までどの世界の歴史でも起こりえなかった”と。

どうやら奴と言う存在はミュウでも制御が利かないらしいな。
奴の気紛れが私に活力と言う力を与えてくれた。

その活力は私を突き動かし、他のホウオウでは不可能だった事を全て可能にした!
そして私の最も疎ましいと思っていた無限に近い知識が、別の方向から役に立った!
まだ知らない事が解らないなら、知らない事実は知っている事実を否定して作り出せる!

そして私は平行世界とその渡り方を知った。
本来ならミュウがやっている事を私も出来るようになったのだ!
救助隊本部総帥としてミュウが他の世界へ救助隊を派遣していたように!
私もまた他の世界へ渡りホウオウと接触した!

そこから新しい道が開けた!
過去の私から未来の、粛清される前や後のホウオウに接触し、
そして歴史を捻じ曲げてやった!
ある世界ではミュウに粛清される直前のホウオウを救出し、
ある世界では哀れにもサーナイトに導かれた人間に多くの試練を与え殺し、
…だが、まだやれる事は沢山あった!

平行世界を渡り、逃げる私を捕まえるのはミュウにも難しい事だったろう。
ミュウは私が破壊した世界をデリートし、
ガン細胞が転移しないようにするのが精一杯だったに違いない。

いや、ミュウの動向などどうでも良かった。
お陰で私は未来を知り、後はどうすればどうなるのかを試すだけだった。
それは非常に楽しかった。
絶望的な退屈の中で押し潰され、幾千もの年月を過ごした私に希望を見せてくれた。
解りやすいレベルで言い直せば、世界は解が幾何通りも存在するパズルだったのだ。
私にとって歴史を改変するのは、それくらい児戯に等しかった。

この世界は全ての生き物に平等であるはずだ。
そう信じていた、信じたところでどうにもならないのはわかっている。
だから信じる事に大した意味は無い。だから、否定する意味もないのだ。

だが信じるものは救われるとでもいうのだろうか?
その甲斐あってと言うべきか、やっと私にも相応の運が回ってきたのだ。

今思えば、他の世界のホウオウにもこういった活力を与えられるきっかけがあった。
それは本当に些細な事で、例えばサーナイトに導かれた人間との接触だったり、様々だ。

だが、私だけは違った!
私は全てのホウオウの中でチャンスを与えられた!
きっかけは“奴”、今は名もわからないが、いつか必ず捉まえて正体を暴く!
平行世界を渡り歩き、輪廻転生を打ち破り、未来さえも自在に操り!
それに比べたら時や空間を操る事の如何に陳腐で下らないことか!
お前が時を戻すなら、私は何度でも未来を紡ごう!
お前が空間を認めないなら、私は何度でも居場所を創造しよう!




「消えるのはお前だッ!我を侮った事を悔いて死ね!」




聖なる炎ではない。
その技は、他の『ホウオウ』が使う技だ。私は違う。

私は私に与えられた全ての力で、この世界に存在しない技を生み出す!
それが世界を自在に操れると言うことだ!






「【ディヴァインフレア】ッ!!」











灼熱の炎が全てを巻き込み、炸裂して凝縮し、対象を徹底的に焼き尽くす。
ミュウを一撃で倒すだけにしては強大すぎた威力だったかもしれない。

ミュウは死んだ。
それは光の結晶に変わっていくミュウの身体を見れば解った。
そしてミュウもそれを理解したのだろう。
消えるまでにまだ時間はあると、消えながらにしてミュウは呟いた。




“何時かお前は消される。僕にじゃない、僕の意思を継いだこの世界にだ。
 君が好き勝手している間に、僕が何もしてなかったと思ったかい?
 『種』は蒔いた。僕の意思が、君を消し去る、必ず………。
 僕は悔いる、己の理解度の低さを。だから認めよう、君は強い。あまりに強大だ。
 もしかしたら創造主に並ぶだけの力もあるかもしれない。
 だけどそれは許さない。君が創造主に並ぶ事は、即ち彼の目覚めを意味する。
 彼の目覚めは全ての世界の破滅だ。それは認めない、それが僕の存在意義だからだ。
 君には君の、僕には僕の、譲れない理由がある。
 …だから勝負だ。僕は負けない―――
 



「馬鹿め。手遅れなんだよ、我に勝てるものなど居ない!我が至高の存在だ!」




創造主――それが奴の立場か。

待っていろ創造主、直ぐに貴様を叩き起こして、
こんな場所に私を作り出したことを詫びさせてやる!








私は飛び立った。
兎に角高く、兎に角速く、私の勝利を世界に訴えるために。




「…お前の足掻きも余興の一つに加えてやろう。
 所詮消え逝く世界だ、好きにするがいい!」





それは既にホウオウではない。

ホウオウの中には、数千年ぶりの世代交代のために新たなホウオウが目覚めかけている。

だから、もうホウオウではないのだ。


では、彼は誰だ?





一つ解る事は、それが揺ぎ無い意思の塊だと言う事だけだ。





世界を大きく揺るがすほどの、『存在だけの存在』。
しかし皮肉にも、それこそが扉を開く鍵だったのだ。





創造主もまた、誰に認知されるでもない『存在だけの存在』。













今、二つの存在の存亡をかけた戦いが始まる。










その結末は、誰にもわからない。




未来など自在に変えられる、『存在』はそう言ったのだから。









我は無敵。

我こそ、この世界そのもの。






――世界を敵に回す事の恐ろしさ、思い知れ――











               迷宮救助録


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