何がどうなってんだよ…
どうして、ラティアスに殺されかけてるんだ?
やっぱり俺じゃ………ダメなのか?
くそ……まだだ、まだ死ねない…死ぬわけにはいかない…ッ
迷宮救助録Ex #2
雷の司、サンダー。
その生い立ちに多くの不幸を重ね、ネイティオの許で修行をするまでの間は、
サンダー一族が得意とする電撃すらまともに使えなかった。
本当は使えたのに、ある出来事の所為で彼は雷に恐れを抱いたのだ。
自分の両親を、自分の雷で殺害した。
自分の意思ではない。
両親がそう望んだから、無理矢理手伝わされた。
本当は嫌だったのに、やらなきゃ殺すと脅された。
平凡な日常だけで良かったのに。
特別なことは何一つ望んじゃいなかったのに。
過ちを犯してしまった両親の自害に手を貸すことになったのは誰の所為?
誰の所為でもない。
が、強いてあげるならば、このサンダー一族の全員だ。自分も含めて。
過ちを犯してしまった両親を許してあげる事は、ちゃんとやった。
でも、それだけじゃダメだったんだ。
最後に許すかどうかを決めるのは、自分自身――
両親は自分で自分が許せなくて、……その選択をしたんだ。
息子の手まで汚させて、責任が取れた心算?
残されたものの苦しみも考えないで、周囲を偽善者扱い?
独りよがりな罪滅ぼしなんか意味は無い。
みんな、何時もの日常を望んでいたはずなのに。
壊れてしまったんだ、何もかもが。
サンダーは飛ぶ事をやめた。
親殺しの罪をその翼に受け止め、飛ぶ事を自分で封印した。
だが、それ以上に彼は電気技が使えなくなった。
両親を殺す手伝いとして雷を貸した時…あの時の恐ろしいまでの破壊力が、
一種のトラウマのようなものになってしまったのだ。
そもそもあまり力の加減が上手ではなかったサンダーにとって、
自分の力がどれだけ在るのかを測りかねていたのに――
「恐れるな、サンダー」
老師――ネイティオはそう言った。
サンダーが雷を封印した所為で元服が迎えられないことを、
たまたま集落を訪れていたネイティオが聞いて、共に修行する事を提案してきたのだ。
そして雷を克服し、翼を取り戻す手伝いをしてくれた。
そう、最後に許すのは自分自身。
その言葉を教えてくれたのが、ネイティオ老師だった。
さすが天才と言うのは、彼には褒め言葉にはならない。それは解る。
だから、貴方に出会えてよかったとサンダーは言った。
多分、生まれて初めての、心からの感謝だった。
………
血が止まらない。
苦しい、幸い致命傷は避けたが、兎に角血を止めないと話にならない。
ここで死んだら、あのラティアスを誰が救ってやれる?
ユハビィたちには、悪いが、無理だろう。
ラティアスを殺す事はしないだろうが……。
ネイティオ老師なら或いは…
いや、ダメだ。
そんな悠長な事を言っている暇は無い。
説得のために老師の所まで連れて行く?
ラティアスが素直についてくるわけないだろ。
老師を連れてくる?
いや、もっとダメだ。
説得のために呼ばれたと解ってる相手の話なんか、見向きもされない。
「俺なら…俺なら出来る……」
ラティアスは既にどこかへ飛び去っている。
確か、森の方へ行った様な気がする。第六感かも知れない。
負傷した身体に鞭を打ち、立ち上がろうとするが――
「がっ、ゲホゲホッゴフッ!」
以前、暴走するユハビィにやられた傷も完全に癒えた訳ではない。
たまたまその傷と重なったのは、運が悪かった。
意識が遠のいていく。
ダメだ、消えるな…ラティアスを救えるのは、俺だけなんだ――
「これも運命とは違う…もう彼は、僕の手から完全に零れ落ちてしまったのか…」
「――!?」
そこに居たのは、マントを羽織った影だった。
何時の間に居たのか、気付かなかっただけでずっと居たのか、
その只ならぬ気配に、サンダーは暫し自分の怪我の事を忘れた。
「いや、もしかしたら、零れ落ちたのは僕自身かもね。ふふふふ…」
「な、なんだ、おまえ……」
目を見開いて問う。
しかし影は無表情にそれを見つめ、問いには答えずに語りかけた。
「雷の司、君はまだやる事がある。ここで死んではいけない」
コイツは俺のことを知っている――サンダーは、得体の知れない何者かの顔を覗きこんだ。
逆光でよく見えないが、必死に見ようとした。
そして、見えた。
「なん…で……」
何でここにコイツが居るのかわからない。
コイツなら自分の事を知っていても不思議じゃないが…
「君は言った。ラティアスを救えると。僕は君を信じよう、だから、死なせない」
影が手を伸ばす。
その小さな手から、僅かな波導が感じ取れる。
「僕に残された力は僅かなものだ。死人を蘇らせる事も、出来て1回…」
「…れは、まだ、死んでない…」
死力を振り絞る。
この身体が朽ちていくのが解るが、それでも立ち上がろうとする強い意思は消さない。
たとえ目の前に居るコイツの手を借りて生き永らえても、嬉しくはない。
神の使いの使命などと言うふざけた鎖で一族を縛ったきり、
一向に姿を見せなかったとされているコイツの手は借りたくない――
しかし影は無表情。
その手に宿した癒しの波導を押し付けようとしている。
「無理をするな。君は死ぬ。だから僕が助けてあげるんだ。残された力で…」
残された力が何を意味しているのかは疑問に思う余裕が無かった。
ただ、目の前のコイツは、余力を惜しむことなく自分に使おうとしている。
死人を蘇らせるなんて馬鹿げた事をぬかしていたが、
コイツなら何が出来ても不思議じゃない。
なら、その出来て1回の奇跡、もっと大事にしてもらおうじゃないか。
それが、世界の修正の力を行使するおまえに残された力なら…
「俺は死なない…ッ!死ぬだと!?貴様は俺を誰だと思っている…ッ!!」
「なっ!!」
立てた。
まだコイツに何かされたわけじゃない。自分の力で立つ事が出来た。
死なない、まだ自分は死なない。
その強い意思が俺の身体を蘇らせる。お前の力ではない、俺自身の力で――
こんな事で死ぬはずが無い、雷の司はそう簡単には死なない!
「雷はッ、常に高みへ落ちるんだッ!」
強い心が、サンダーの内なる波導を呼び起こした。
それはサンダー自身には解らない事だが、それが奇跡の正体だったのは言うまでも無い。
サンダーは影の力を借りることなく、自分の波導で自分を助けたのだ。
「俺は――死なない!そのたった一度の奇跡、俺に使うくらいなら大事に取って――…」
ドサァッ…
傷は完全に癒えた訳ではないが、少なくとも放っておいて死ぬ状態では無くなっていた。
サンダーは強がりを言いかけて、そのまま気を失って倒れる。
影は初めて表情を変え、驚いた様子でそのサンダーを見つめていた。
「…驚いた……サンダーが波導で自分を治癒するなんて…」
こんな事は、どの世界の歴史にも存在しない。
やはりこの世界は狂っている。
既に大きく歪んで、在り得ない事が次々と起こっている。
ラティアスの裏切りも含めて、全てが狂っている。
「たった一度の奇跡、か」
大事に使えと言われた。
言われて見ればその通りかも知れない。
本当にたった一度の奇跡は、最後の最後まで取っておくしか無い…
「ありがとう、サンダー。
世界は歪んでしまったけれど、僕はこの世界…嫌いじゃないよ」
だから、どうか最後はみんな笑っていて欲しい。
僕は消えてしまうけれど。
どうか、アルセウスの加護がありますように。
僕が触れなくても『奇跡』は起きる。
サンダーがユハビィたちに発見され、助け出されたのも僕の介入した結果じゃない。
僕が介入したからサンダーは自分の力で傷を治癒する結果になったのかも知れないが、
少なくとも今までのサンダーでは起こりえない事だ。
この世界は、どの世界よりも奇跡に溢れている。
あの戦い、悔しいけれど僕は負けた。
彼を侮った僕の失敗だった――と言いたいが、それも違う。
正面からぶつかって、あの時本当に勝てた?
いや、多分勝てなかった。
あの者の運命を覆す力は尋常じゃない。
…しかし、今でこそその力は二分されている。
力の半減した状態なら、まだ希望はある。
僕の蒔いた『種』は、この世界で活動を続けている。
もう一度、勝負だ。
――世界を敵に回す事が如何言う事か、思い知れ――
迷宮救助録
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