オイラが救助隊を目指すきっかけになったのは、アイツへの対抗心だったかもしれない。


オイラには親が居ない。
何時の間にかこの世界に居て、まるで用意された舞台の駒にピッタリ収まるかのように、
オイラはこの町の住人だった。

寂しいとは思わない。
あのバタフリーとキャタピーの親子を見ても、微笑ましさ以外に感じるものは無い。
それが当然の如く、気が付いたらオイラは在りのままを受け入れていた。



正義感は、人並み以上だったと思う。
この穏かな町ではさほど重要なものでもなかったが、何かあるたびにオイラは町を駆け抜けた。
お陰で野次馬アーティなんてレッテルを貼られた事もあったっけ。
何時の間にかみんなもオイラのことを理解してくれて、そんな言葉は皮肉にしかならないけれど。


チームFLBが史上初のゴールドランクになったのを聞いて、オイラは自分の事の様に喜んだっけ。


それでちょっとおふざけが過ぎて、町から飛び出して、……












                    迷宮救助録Ex   #1











「アイテテテ…」

「全く、君は無茶するね」


町外れの診療所は、オイラのもう一つの家。
なんて自虐を言えるほど、オイラはここによくお世話になった。

転んだり落ちたりなんて可愛いものじゃない。

凶暴化したスピアーの群れに喧嘩を売ったり、
我が子を見失って暴走するリングマを何とか取り押さえて宥めたり。

町の皆がオイラに無謀者アーティなんて新しいレッテルを用意してくれたくらい、
オイラの暴走は止まる所を知らなかったらしい。
止まったら死ぬ回遊魚かなんて、よくガルーラおばさんにからかわれた。

勿論、本気で怒られた事もあった。

いくら町の為とはいえ、何時だか暴徒化した野生の群れにたったひとりで挑んだ時は、
助けに駆けつけた沢山の救助隊のお陰で無事生還できたとは言え、散々な目に遭ったな。
あちこち傷だらけで診療所に駆け込まれたが、退院したときはもっと怪我が増えていたくらい。

手荒いお見舞いだった。
それに懲りて暫く大人しくしてたら、逆に気持ち悪いとか言われて、ちょっと落ち込んだ。

ピカチュウのヤツが一番、オイラの事を虐めてくれたな。あの見舞いは酷すぎる。
包帯で包まれてなかったら、あの時の電気ショックでオイラは絶命していたかもしれない。
オイラ、何か悪い事したか?
何だかピカチュウに目のカタキにされてるんだが…

アイツが救助隊を結成したって自慢に来た時は、流石のオイラもちょっと怒ったな。
いや、誘って欲しかったって言うのも在ったんだけど、先を越されたと言うか、悔しかった。

オイラも救助隊になろうって心に決めた明確な日付は、多分そこだ。


「ほらっ、もう大丈夫だ。このイヤシストに治せない傷は無い!」

「ははっ、死人を復活させる研究は順調か?」

「ッ!?アーティ!そ、その話をどこで…!
 …い、いいかい?これを上げるから、その話はくれぐれも内密に……」


時々、本当に時々だけど、オイラはこのイヤシストがどこまで本気なのか解らない。
確かこの間は黒魔術と医術の華麗なる融合とか言って、
医務室から怪しげな煙を発生させて患者から文句を言われていたっけ。

結局出来上がったのがただのピーピーマックスってんだから笑い話だよな。

…死人が復活できる病院なら、きっとここは協会にでもなった方がいい。
なんて、どうしてオイラはそう思うんだろうな?
多分、精霊の導きとか、そんなんだろ。お約束ってヤツだ。


貰ったのは風邪薬。
オイラが風邪なんか引かないのは、ラッキーも知ってるはずだ。
つまり、死人も復活させる研究は冗談だったって事だろう。
こんなモノ貰っても口封じにはならないからな。


それからオイラは町を駆け抜けた。
それで目に付くポケモン全てに声をかけたんだ。

ひとりふたりに断られても諦めず、隅々まで渡り歩いて――現実に直面した。





「ウホ!いいポケモン!救助隊 や ら な い か ?」

「な、何があった?アーティ…」

「ごめん…誰も首を縦に振ってくれなくて、オイラ疲れてた」



うん、確かにあの時はちょっと疲れてた。
ベンチに腰掛けていたオイラは、たまたま通りかかったハスブレロに声をかけたんだっけ。


「ところでハスブレロ。この背鰭、どう思う?」

「凄く、大きいです…って何この流れ!?」

「精霊の導き。だと思う」


ネタの最前線と言うか、ちょっと乗り遅れた感も否めないのはさて置き。
オイラはハスブレロが首を横に振るのを確認してから、思いっきり溜息をついた。

ハスブレロと別れて、またひとりになるとネガティブな気持ちがこみ上げてくる。


「ダメ、ダメ、ダメー、ダーメ。どうしてだろうなぁ…オイラがアーティだからか?」


じゃあアーティじゃなければいいんだ。
そうだな、よし、オイラは今日からカッパーフィールドだ、ナーウ!



「…アホらし…」



オイラは空を眺めた。
青い空に、白い雲がふわふわと流れていく。
誰か、オイラと救助隊やってくれないかな、そんな誰かが、ひょっこり現れたりしないかな。

誰もがヒーローの存在を信じている。
自分がそれになりたいと、心のどこかで思ってるはずなのに。


『アーティと救助隊!?あっはは、冗談はアゴだけにしろよ!』


オイラの自慢の大アゴは冗談だったのか。


『アーティと救助隊なんてやってたら、命がいくつあっても足りないよー』


命を救う救助隊のはずなのに、皮肉な話だな。


『アウ!ユーはミーの音楽性についてこれマスかー!?』


救助隊はバンドマンじゃない。


ダメだダメだ、どいつもこいつも。
どうせ自分は救助される側だって諦めてる。
いざ自分がヒーローになる事を恐れてる。

オイラはそれじゃダメなんだよ。

いつかガルーラおばさんが言ってたのは、間違ってないんだ。
オイラは止まったら死ぬ。
オイラの正義感は、動き続けないとダメなんだ。

本当にそれが正義感なのかはわからないけど、オイラはジッとしてるのだけはダメなんだよ。


「誰がおばさんだって?」
「――ッ!!………えぇと、ガルーラ…お姉さん…」
「よく言えました。口に気をつけな、アンタ声デカイんだからねぇ」


ゾッとした。
全身を毛虫が這うよりも恐ろしかった。

自業自得か。
今後はくれぐれも気をつけよう。












「気晴らしに散歩でも行こうかな」




全ての希望を失って、普通と言う存在に埋没しかけながら、
最後にオイラは町から離れた丘の上に向かったんだ。


意味は無い。



本当に気紛れだ。
もしかしたらまだ声をかけてないやつが居るかもって、些細な期待も抱いていたけれど。






その時初めて、こんな良い場所が在ったんだって知ったんだ。





だから、そこで**が眠っていても、全く疑問に思わなかった。








まさか、自分は人間だなんて言い出した時はオイラも頭を心配したけどな。






「おーい、お〜〜〜い、起きろよ。風邪引くぞー?」





でも、これは自惚れじゃないと思うよ。
お前もきっと、最初に出会ったのがオイラで良かったと思ってる。




「おーい、起きろって!お〜〜〜い!!」

「…ん、ん〜っ、…、……?」




オイラにしたってお前にしたって、これは最高の偶然……奇跡だったんだ。





「あぁよかった、全然元気そうで」





そうだろう? ユハビィ。











                     迷宮救助録


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