「止まれ、アーティ」
「アーティさん!」
「【FLB】!それに、キャタピーちゃんにトランセル君!どうしてこんな町の外に―――」
町へ帰って来たアーティを出迎えたのは、【FLB】とキャタピー、トランセルだった。
吃驚したアーティが慌てて駆け寄ると、リザードンの巨体の影からもう二人出てくる。
エラルドと、見知った顔。
どれだけ心配しただろうか、もう目覚めないんじゃ無いかと何度不安に思っただろうか。
「…おはよう、アーティ」
「ユハ…ビィ…?」
何時に無く真剣な顔つきの――元のユハビィが、三日ぶりに彼の前に姿を見せた。
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迷宮救助録 #9
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「で、どうしたんだよみんなして」
ユハビィとの再会もそこそこに訊ねるが、正面に立つフーディンは口を開くのを躊躇っていた。
険しい表情の【FLB】の面々、それに他の全員も複雑な顔をしている。
アーティはそこで漸くハッとした。
「……そっか…。エラルドの言ってたのがマジになったんだな…」
「アーティ…」
「アーティさん…」
ふっとため息をつき、アーティはそれでも表情を曇らせはしなかった。
なるべくしてなった――その覚悟が決まった眼光に、フーディンも思わず口の端が持ち上がる。
「何時の間にか、随分逞しくなったようだな」
「まぁ色々あったしな…で、如何するんだ?オイラをここで捕まえたいってワケじゃ無さそうだが」
「そうだ。今日我々は『救助隊として』ではなく『おまえたちの友として』、この町から逃げるおまえたちを見送りに来たのだ」
今日は友として―――つまるところ、いずれは『救助隊として』捕まえに来ると、フーディンは言葉の裏に含ませた。
「ボクたちは信じて待ってますよ、アーティさん…絶対、無事に帰ってきてくださいです!」
「【ポケモンズ】ノ救助基地ノ事ハ我々ニ任セテオケ。死ンダラ承知シナイゾ」
「…おう、約束だ!」
粗末なお別れ会――ただ、それでもアーティは嬉しかった。
死ぬわけにはいかない。
絶対に諦めないで、最後の最後まで逃げまくって、身の潔白を証明してみせる。
そう心に誓いを刻みつけ、アーティは拳を握り締めた。
不意に町のほうを見ると、夜の闇に包まれた町の中を沢山の炎の灯りが動き回っている。
もう捜索が始まっているのだろう、町に戻って逃亡の準備というわけにはいけそうになかった。
「行け。今頃町の連中は血眼でおまえらを捜している」
「いいか、次に会うとき俺達は【ゴールドランクの救助隊FLB】だ。見つけたときは…手加減しないぜ!」
無口なバンギラスが言うと、それにリザードンも続く。
その口調はどこか楽しそうで、まるで自分たちと戦いたいという気持ちを持っているようだった。
「喧嘩好きなのもいいが、今回は【仕事】だからな。そこの所は誤解するなよリザ」
「へーいへい。ほれお前ら!さっさと行け!」
「アーティ、行こう!」
「お、おう!」
リザードンの言葉に息を呑むアーティの手を引き、ユハビィが言う。
その後ろから、フーディンが餞別として道具箱を投げ渡した。
中には、冒険に必要な食料や薬などが入っていた。
「持っていけ。きっと役に立つだろう!」
「サンキュ!…ここまでしてくれるなら匿ってくれてもいいのにな」
皮肉を言うアーティにフーディンも一瞬だけ笑うが、すぐに真剣な表情に戻る。
「我々はゴールドランクとして、皆の前で規律を守らねばならない立場にある。…悪く思うな」
「わぁってるよ。オイラだって救助隊の端くれだ」
「…いいか、逃げろ。――逃げて逃げて…生き延びるのだ。真実を掴み取るまでは」
「あぁ、…わかった」
本当は握手の一つでもしたかったが、既に手が届く距離ではなかったので握りこぶしをバッと突き出した。
フーディンも拳を突き出し、隣に立つリザードンが空に向かって叫んだ。
「絶対に俺達以外のヤツには捕まるんじゃないぞ!!」
「うぅ…グスっ、アーティさん…ボク、信じてるですから!」
「!…町ノ者ガコチラニ近ヅイテイル!フタリトモ急ゲ!」
泣きじゃくるキャタピーの頭を撫でながら、エラルドがレーダーで追っ手の接近を知らせる。
(……みんな……オイラ……必ず無事に帰ってくるから、…その時まで…)
名残惜しい想いを断ち切り、アーティは振り返ることなく走り出した。
キャタピーの涙につられたわけではない。
ただ、わざわざ自分たちのためにここまでしてくれるやつがいる――
アーティは身体の奥底から、湧き上がる何かを抑えられなかった。
どうしてこうなってしまったのだろうなんて泣き言は言わない。
運命が自分たちの未来に立ちはだかるなら、それを打ち砕いてでも理想を実現してみせる。
待ってるだけじゃ何も変わらない事を、今日までの日々が――今日まで出会った沢山の者達が教えてくれたから。
………
すっかり町も見えなくなった森の中で二人は立ち止まっていた。
夜の森の中は虫の鳴き声と風に揺れる植物の擦れる音しか聞こえない。
月明かりを浴びて一際目立つ古びた巨木に、二人はわざわざ別々の方向を向いて座り込んだ。
自分が今どんな顔をしているのかわかっているから、顔を見せようとはしない。
「絶対に生きて帰ろう…こんな終わり方、ワタシは嫌だ…」
「あぁ、生きて帰れたら…そしたらまた救助隊やろうな」
お互いに顔を合わせないまま握り拳を突き合わせ、立ち上がる。
目指すは賢者【キュウコン】の住まう聖域、【氷雪の霊峰】だ。
そこへ辿り着くのは至難の技だが、もう後戻りは出来ない。
何としてもキュウコンに会って――いや、会えなくとも何か手がかりはあると信じて――
先ずは一路、そこへ向かうために通過する必要のある【群青の洞窟】を目指す。
………
時を少し遡る事アーティが見送られていた頃、【トップアイドル】は救助隊連盟の本部へと赴いていた。
受付は支部と同じく【ペリッパー】が担当している。
中に入ろうとしただけで止められたが、そこはゴールドランクの権限を乱用しどうにかお偉い方への謁見まで許させた。
受付のペリッパーに、中世のような装飾が施された立派な部屋に案内され、待つように言われる。
因みにイワークは部屋に入れないので、窓の外から顔をのぞかせていた。
ボディガードの様に立っているカイリューを背に、ピカチュウがソファに腰掛けて待つ事数分、彼女らの前に救助隊連盟のトップを名乗るものが現れた。
電気タイプの、ドラゴンのような姿をしたポケモン――【デンリュウ】だ。
彼女はテーブルを挟んでピカチュウたちの対面に腰掛けると、口を開いた。
「…チーム【ポケモンズ】のことを聞きたいのですね?」
「話が早いわね。今すぐポケモンズの解散を取り消しなさい」
ピカチュウはテーブルに身を乗り出し、ガンをつけるようにデンリュウを睨みつけて言い放った。
並大抵のポケモンなら思わず震え上がるような――いや、仮に並でなくともこの迫力に少しも反応を示さずにいるのは不可能だ。
ピカチュウは強い。
FLBのフーディンには及ばなくとも、【雷の司】と恐れられるサンダー程度となら互角以上に戦える。
――しかしデンリュウは眉一つ動かす事は無かった。
正確に言えば、それを見て少しも『恐怖』や『動揺』を顔に出さずに、逆に困った顔をして見せたのだ。
右手を自分の口元に当て、左手は右腕の肘を抱えるポーズ。
ピカチュウもお嬢様と言えばそうだが、何と言うかこのデンリュウには【気品】と言うものがあった。
「私もそうしたいのは山々なんですが、ねぇ…。…これを見てくださるかしら」
「…これは」
デンリュウが取り出したのは、ユハビィとアーティの首に懸賞金が掛けられた事を報じるポケモンニュースだった。
本部へ赴く旅の間に配布されたのだろう、それを見て初めて事実を知ったピカチュウは血の気が引いた。
「い、何時の間に…」
「どうして私に許可無く勝手に解散処分を下してしまうの?って、役員会を問いただそうと思った矢先のことなのよ」
「ふむ?と言う事は今は貴女を無視して役員が全てを決定していると言うのか?」
困った素振りをしているデンリュウに、今度はカイリューが問い詰める。
どこか貫禄のある言葉での問い掛けに、デンリュウはちらとカイリューに目を合わせた。
カイリューの目はデンリュウを射殺すほど鋭く光っていたが、彼女はまたしても気に留めること無く話を続けた。
「私はあくまでここを纏める立場にあるだけで、よほどの事が無ければ口出しはしなかったのよ。それでも今までは全部うまく回ってたのに…何時だったかしらねぇ…突然役員会がおかしくなっちゃって」
「ゴゴ…それで、今回こういうことになった…ということか…」
窓の外からイワークが口を挟むと、デンリュウは今更その存在に気付いたらしく彼に笑顔を返した。
それがあまりに美麗なものだったから、イワークは思わず顔を背け、ピカチュウに何照れてんのよと突っ込まれた。
「原因を突き止めるために、近所の山奥に暮らしてる【キュウコン】さんの手を借りようと思っていたのだけれど連絡がつかなくて…困りましたねぇ…?」
「困りましたねぇ…って人事じゃないでしょ!」
ピカチュウがバンと机を叩くと、用意された紅茶のカップが跳ね上がった。
幸いこぼれる事はなかったが、それでもデンリュウはあらあらと言って口元に手を翳すだけだった。
「ふむ…賢者の一人【キュウコン】どのか。ならば同じ賢者の【ネイティオ】どのならば何か知っているのではないか?」
思えばアーティがそろそろ町に帰ってくる頃かも知れない。
もしアーティがこの記事の事をまだ知らなくて、のこのこ町に帰るような事をしていたら――そう思うとピカチュウはいてもたっても居られない。
そんなピカチュウの心境を見透かすように、デンリュウがFLBから受けた連絡を伝えた。
「ポケモンズのみなさんは、無事に町から逃げたそうですよ。FLBのみなさんには、このまま後を追う形で原因追求に尽力してもらう心算です」
「ふむ、既にFLBと連絡していたか。これならば安心ですなお嬢」
「…そ、そうね…って何言ってんの!?別にあいつらがどうなったってあたくしには関係…」
「でも彼らは真面目すぎるから、無茶をしないか心配だわ…追いつかないように追いかけろとは言ったけど、もしも追いついてしまったらその後を如何するかの指示、出し忘れちゃったのよねぇ…」
「「「――オイッ!!!」」」
とぼけた口調でトンデモ発言をかますデンリュウに【トップアイドル】は今だかつて見せた事の無いような連携で同時に突っ込みを入れた。
――しかしデンリュウはやあねぇと言いながら笑ってそれらをスルーする。
このデンリュウはそうとうなやり手だと一同を確信させるには十分なリアクションだった。
「まぁ、これだけ泳がせたんですから…もうすぐ尻尾を出す頃でしょう…ふふふ。見つけたら、軽くお灸を饐えて差し上げないといけませんわねぇ」
「――え?」
「あら?私、何か言いました?」
不意に遠くの空を見ながらさらっと怖ろしい事を呟いたデンリュウにピカチュウが聞き返すと、彼女はニッコリと笑って惚けた。
笑っているはずなのに笑っていないそのデンリュウの目は、チーム【トップアイドル】に一つのトラウマに近いものを植えつけた。
「いえ、…気のせい…でしたわ。ねぇ、セバス…」
「ふむ…何も聞きませんでしたぞ、間違いなく」
………
「そっちはいたか!?」
「いやいない。もうここらには居ないのか?」
「まだ遠くは行ってないはずだ。もう一度探すぞ!」
草陰に潜み、追っ手をやり過ごす。
相手の数や実力で言えば、今の状況は負けることも無いのだが――
無実を証明して帰る以上、誰にも手を出すわけにはいかなかった。
「【群青の洞窟】を抜ければ、追っ手もだいぶ減るだろう」
「…うん、急ごう。もうここも危ない」
ダミーや時間稼ぎに、罠を多数用意してその場を後にする。
役に立つかどうかは解らないが、気休めなので無いよりはマシだ。
「…みんな必至だな」
「うん」
「オイラたちのこと信じてくれたのは、FLBやキャタピーちゃんたち、エラルドたちくらいだ」
「うん」
「…なぁ――」
「大丈夫だよ。行こう」
アーティには最後まで喋らせなかった。
大丈夫とは言ったが、本当にそうかといえばそんなわけない。
キュウコンに会って、いや会えなくても――どちらにしても、全てが丸く収まるかどうかなんて誰にも解らない。
ただ、だからこそ大丈夫だと言っておきたかった。
自分が当事者なのだから一番不安を感じているはずだが、アーティもそれ以上に不安なはずだ。
――――大丈夫――――
その言葉が好きだった気がする。
自分の頭の――心の奥底でたまに見える懐かしい景色、匂い、言葉、声…
誰かにそう言ってもらえるのが好きだったのか、自分の口癖だったのかは知らないけど
今のワタシは、その言葉がとても好きだ。
「…そうだな。オイラたちなら大丈夫だ!」
「うん、大丈夫!何とかなる!」
釘を刺したんだ。
絶対に大丈夫にしてみせる
何とか丸く収めてみせるって
――逃亡生活1日目の夜。
二つの影は【群青の洞窟】へと消えていった。
つづく