「クククッアハハハハハハハ!どうした雷の司!
 おまえは私を殺すつもりじゃ無かったのか!?ククッ!はァーっはっはっは!」

「が、……かはっ…、…貴様…何をした…何者なんだ貴様はッ!」

「何者ォ?」


ニヤリ――と口の端を吊り上げ、炎を吹いているような【紅い目】がサンダーを侮蔑するように見下して咆哮した。


「ユハビィだよォーーーッ!!おまえがッ!おまえがッ!
 クックククハハハハハハハハハハ!!
 許されるべきではないと決め付けたこの世界の異端――私はユハビィだッ!!
 アハハハハハハハハハハ!!」

「がっ…ぐあああああああッッ」


脳髄に響き渡るおぞましい高笑いを上げ、ユハビィを騙る【何か】がサンダーを容赦なく攻撃する。
アーティはそのあまりに怖ろしい光景に、ただ震えている事しか出来なかった。


「…ゆ…ユハビィ…?やっぱりあれはユハビィなのか…?」


【紅い目の何か】はサンダーを圧倒していた。


「うそだ…」


スピード、パワーなどと言う根本的な次元の話ではない。
サンダーは最初から最後まで、その場所から一歩も動くことも叶わずに嬲られ続けただけだった。


「あんなのユハビィじゃない…」


それほど、その【何か】は強かった。
そしてアーティは、その暴走する【何か】の正体を薄々気付きながら、その現実を認める事が出来なかった。


「…もう、やめろ…ッ」


伝説たる【雷の司】が地に伏し、その命の炎を消されかけたその瞬間まで…











「――――――やめろっ…やめてくれユハビィ…オイラは…そんな姿のおまえなんか見たくない…ッ!」











「―――――ッァ……ア、…ティ……―――っ」






サンダーの前に立ち、鋭利な刃物のようなツルを振り翳す【何か】をアーティは後ろから抱きしめた。
その瞬間、彼女を包んでいた【赤】が吸い込まれるように消え――
そのチコリータは、アーティの名を呟き、気を失って倒れた。
彼女の身体を支えて荒げた呼吸を整えていると、騒ぎを聞きつけたシルバーランクの救助隊【ハイドロズ】がタイミングよくそこに到着した。

彼らのの手を借りて、気を失っているサンダーと、同じく気を失ってしまったユハビィを町の病院へと運ぶ。
事情の説明やらなにやらは全て後回しにしたが、ひと段落ついたころには既に月が高く昇っていた。


どんなことがあっても、世界は変わらずに回っている。
その事を実感しつつ、ユハビィが眠る病院の屋上で、アーティは独り星を数えていた。




「……元には戻ったのか…?最後の最後で……なァ、ユハビィ……」




結局ユハビィかどうかわからないソレは目覚めることなく、ついに3日が経過した。





「誰なんだよ…オマエは……」








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迷宮救助録 #8
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ユハビィの自宅は普段どおり、流れる風に屋根を揺らしていた。
牧草のベッドで眠る彼女を一瞥し、アーティはその場を後にする。
閉めたドアに寄りかかり空を見上げると、ちょうど大き目の雲が屋根に隠れていく所だった。

目を閉じれば嫌でも甦るあの光景――あの惨劇から3日が経ったのだ。

サンダーとの交戦の最中、突如として目覚めた【狂気】。
そして、一向に目覚める気配のないユハビィ。
いや、仮に目覚めたとして、それが元のままのユハビィである保証はどこにも無い。
もし目覚めたユハビィがまた【紅い何か】だったら




…殺すしかない。




サンダーは無事に回復し空へと帰ったし、サンダーに捕らわれていた【テングス】も無事に帰還した。
騒ぎの後に、ワタッコの仲間たちも無事に保護したと【ハイドロズ】のリーダー、【カメックス】から聞いた。
依頼は全て解決されたが、同時に今回のユハビィの事は当然の如く救助連盟に伝わってしまった。

下された決断は、【ポケモンズ】の解散処分とユハビィの処分。

処分――前者は解散、まぁあれだけのことをすれば、適当な処分かと思われる。


後者は――


殺害、だろう。


決定は覆らない。


しかしそれも仕方の無いことだと思う。
どんな理由であれ、神として崇められている【サンダー】を危うく殺してしまうところだったのだ。
この世界は神を崇める事に関してかなり真剣で、ユハビィのしてしまった事は絶対に許されない。
だから納得せざるを得ないのだ。


…処分の本当の理由が、その力を脅威に思った議会の保身的な決断だとしても。









………








「…オイラはどうしたらいいんだ…」
「…ふん、随分情けないカオしてるじゃないアーティ」

人気の無い川原で項垂れているアーティに声を掛けたのは、【トップアイドル】のピカチュウだった。
セバスとミルフィーユ…もといカイリューとイワークの姿は見えない。
アーティはピカチュウの声に一瞬だけ顔を上げるが、また俯いてしまう。

「ほっといてくれ…これはオイラの…ポケモンズの問題だ…」
「何よ…」

ピカチュウは反論しようとするが、アーティの様子を見て口篭った。
痛ましい――とでも言うのだろうか。今のアーティは、とても見ていて耐えられない。

そしてだからこそ、彼女はそれを放っておけなかったのも事実だ。
今まで彼をからかったの回数は、もう両手の指では数え切れない。

アーティはからかうたびに向かってきて、――いつも真っ直ぐで馬鹿みたいに明るかった。
救助隊でも何でもないくせに、何かあれば野次馬よりも早く現場に急行し――

…変な話ではあるが、アーティはどの救助隊よりも一番救助隊を解っていたような気さえするのだ。

自分が理想とする仕事について、何時までも初心を忘れないでいられるやつなんていない。
誰もが…あの【FLB】のフーディンでさえ、今や初めてスターターセットを手にした時の気持ちで救助に臨んではいないだろう。

誰もが現実を知るのだ。
誰もが理想と現実のギャップに打ちのめされるのだ。

そして出来るだけ自分が傷つかない――自分の理想の、100%ではない、せいぜい60か70のところで妥協し、いつの間にか磨り減っていく。

初心とは消耗品だ。
【トップアイドル】を結成してから、そろそろ3ヶ月になる。
しかし、結成から数日足らずでピカチュウはそれに気付いてしまった。
そしてそれが当たり前だと、仕方の無いことなんだと自分を納得させてしまった。





     アーティは違った。





まだ救助隊じゃ無いから――と言えばそれまでかもしれない。
ただ、アーティはずっと救助隊の真似事をし、何時までも初心を持ち続けていた。
いつか自分のパートナーを見つけ、救助隊を結成する事を夢見ながら――
アーティはずっと、頭の先から足のつま先まで、いつまでもアーティのままだった。




ピカチュウはそんなアーティが好きだった。




本当は【トップアイドル】を結成したとき、パートナーにアーティも入れたかった。
この時ほど、彼女は自分の意地っ張りな性格を呪った事は無い。



時にはその何時までも変わらない初心を持ち続けるアーティが憎いと感じた事もあったが、彼をからかいに行く理由は他でもない。
自分も初心を忘れずに居られるような気がしたから――もちろんそれだけだと言えば嘘になるが。



「…らしくない。小さい事でウジウジと。折角からかいに来たのに、これじゃ張り合い無くてつまらないわ」
「…そりゃどーも」


―――バシッ!


「あでッ!」
「アンタ…いい加減にしなさいよ」


自分の問題だ――
そう言いながら、如何見ても何も考えてないようにしか見えないアーティに、とうとう我慢は限界を迎えたピカチュウが張り手を叩き込んだ。


「な、なんだよ…んな怖い顔すんなよ…」


突然殴られて動転したアーティは思わず顔を上げ、怒りに震える幼馴染を見てまた肩を竦めた。
それを見てピカチュウはため息をつく。

自分の知ってる――理想のアーティは、こんなんじゃない。
きっと今頃、何か方法を探してあちこち駆けずり回っているはずだ。
敵味方も関係ない。
放っておけば、あのサンダーのところへ再び行ったかも知れないほど――
彼の取り得は、常識では測りきれないその行動力なのだ。

そんな事を考えつつ、ピカチュウは本題を切り出した。

「………大いなる峡谷」
「あ?」
「大いなる峡谷の奥地【精霊の丘】に暮らす【ネイティオ】なら、何か知っているかもしれないわよ」
「ネイティオか…そういえば昔はこの町に住んでたんだっけ。最後に会ったのは…もう5年も前か」


―――ガツンッ!


「〜〜〜ッ!何すんださっきから!オイラ何か悪い事したかっつーのッ!」

ネイティオの名前を出すと同時に思い出に浸り始める幼馴染を、ピカチュウは今度はグーで殴る。
頭上からの一撃は重く、アーティは前のめりになって倒れた。
そこへすかさずピカチュウは言葉の追撃を加え――その手には、高圧電流がバチバチと火花を散らしていた。

「気分が悪くなるのよ!アンタがそんな風にウジウジしてると!感慨に耽ってる暇があるならさっさと行きなさい!」
「…っ!わっ、わかった!行くからその手に溜めてる電気をしまってくれ!オイラ死ぬから!そんなん喰らったら!」

追われる様に走り出すアーティの後姿が見えなくなるまで見届けたところで、ようやく【トップアイドル】の残り二人が姿を見せた。
ミルフィーユは怖い怖いと言いながら笑っていたが、それとは違う意味を込めてセバスもニヤついていた。

「ふむ…素直じゃないですなぁお嬢様も」
「ふん。素直じゃないのはあたくしのアイデンティティですわ。さ、行きますわよ」
「ゴゴ…?どこへ…?」
「決まってるじゃない、救助隊連盟本部よ。まったく、ホントに最近の連盟は見る眼がないわ」

フンと鼻を鳴らして歩き出すピカチュウの後ろを、セバスとミルフィーユがついていく。
このピカチュウの相方の二人は、毎度毎度のお嬢様の突発的な行動にはもう慣れっこだった。
そればかりか、今日アーティに会いに行くと聞いた瞬間から、既にこの行動に出ることまでも予想通りといったところである。

「ふむ、まぁ…だからこそ世話の焼き甲斐が有るというものでしょう」
「何よ、何か言った?」
「ゴゴ、別に何も…」





………





アーティが【大いなる峡谷】に辿り着く頃には、日が傾いていた。
オレンジ色の光が谷の隙間を照らし、ただ美しいの一言に尽きる、そう彼は考えていた。

思考を切り替え、前を見る。
早めにここを突破しないと、夜になってからの探索は危険が付き纏う。
ここは今までのダンジョンよりも敵が強いし、何より今回は自分一人しかいないのだ。

「やってやる…ユハビィがあんな事になったのも、元はといえばオイラがサンダーに捕まったからだ…」

両手の拳を付き合わせ、一歩足を踏み出した時、遥か後方から機械音声が響いてその足を止めさせる。



「アーティ!アーティー!!」

「エラルド!どうしてここに!」



ダンジョンへ挑もうとするアーティに声をかけたのは、チーム【ポケモンズ】のエラルド=コイルだった。
尤も、救助隊は解散処分になってしまったため今はエラルドとはただの友達でしかないが。

「…スマナイ。本当ハ我々コイル一同モ協力シタイノダガ、今アーティト共ニ行動シテイル所ヲ見ラレルノハマズイノダ」
「仕方ないよ。今オイラは救助隊活動をする事を禁止されてるし…」
「ソウジャナイ!事態ハ一刻ヲ争ウノダ!」
「!?」

半ば諦め気味にアーティが言うと、すかさずエラルドが機械音声を荒げた。
エラルドは救助隊の解散処分を受けて現在フリーとなっているが、その決定に納得がいかず本部へ直訴しようとしたのである。
しかしこの町の救助隊支部には運搬役の【ペリッパー】たちしか居ないため本部まで足を運ばねばならず、往復するのに3日を要してしまった。
いや、本来ならばもっとかかっただろう――こんなに速く戻ってこれたのは、どうしても伝えなくてはならない事があったからだ。

本部に辿り着いたエラルドが偶然聞いた役員たちの立ち話。
内容は、救助隊【ポケモンズ】の抹殺だった。
そのシャレにならない事態に、彼は直訴も忘れて急いで戻ってきたのだと言う。
エラルドが【ポケモンズ】へ加入したと言う報告はまだしていなかったため、彼がターゲットになっていなかったのは不幸中の幸いだった。

「アーティ…近イウチニポケモンニュースデ、君トユハビィノ首ニ懸賞金ガ掛ケラレルダロウ…」
「そんな!」

アーティは驚愕した。
わなわなと震える両手を見つめ、言葉を漏らす。

「…どうしてだ…おかしいぞそんなの…いくら救助隊がポケモンの平和を守るための組織だからって…今までの救助隊連盟だったら、そんな事は絶対にしないはず…」
「トニカク、伝エル事ハ伝エタ…イイカアーティ…コノ町カラ逃ゲルンダ…逃ゲテ逃ゲテ…最後マデ諦メルナ。必ズ、我々ガ…オマエタチガ死ナズニ済ム方法ヲ考エル」
「…わかったよエラルド。でもまだ時間はある。オイラも出来る限り抵抗してやるよ、じゃあな!」
「アア」

エラルドと別れ、単身【大いなる峡谷】に足を踏み入れるアーティ。
見送ったエラルドは町に戻り、無人発電所で暮らす仲間のコイルたちの所へと帰っていった――のだろう。





………




【大いなる峡谷】の敵は強かったが、アーティは決して負けてはいなかった。
眠ったまま目覚める気配の無いユハビィを看護しながら、彼はもっと強くなるべく修行していたからだ。
今日は朝から考え事をしていたため2日分の成果は微々たるものだったが――

「オイラは…絶対に諦めない!救助隊をこんなカタチで諦めたくない!」

その誰にも負けない燃え上がる闘志が、彼の力を今まで以上に引き出していた。








………







「…来たか、アーティ。そろそろ来る頃だと思っていたぞ…」
「ネイティオじいさん…久しぶりだな」
「まぁ座れ。疲れたじゃろうに…ってじいさん言うな!まだまだ現役じゃ!」
「ハッ、無理すんなよ」
「まったく、最近の若造は…」

アーティの来訪を事前に察知していたらしく、岩のテーブルには既に茶菓子が用意されていた。
紅茶でいいかとたずねるので、アーティは首を縦に振り岩の椅子に腰掛ける。
ネイティオも椅子――のような止まり木に止まると、超能力の一つである【念動】で紅茶を入れ始めた。なかなか器用だ。
エスパータイプで超能力に優れるどこかの民族の伝統工芸品のような出で立ちのその鳥は、この世界の全てを見通しているという逸話まで持っている。
ネイティオがこうして【大いなる峡谷】の夕日の見える断崖――【精霊の丘】でひっそりと暮らすようになってからも、時々その力を借りに町の者が訪れる事も有るらしい。

「さて、何が知りたい?ディグダの下半分のことか?」
「…そ、それはそれで激しく知りたいけど……意地悪言うなよ…オイラが何を知りたいかだって解ってるんだろ?」
「…ユハビィの正体か」

あっさりとアーティの心を見透かし、知りたいことを言い当てる。
ネイティオの力は本物だ。

「ユハビィは…本当に殺されなきゃいけないのか…?」
「殺すかどうかは別として、この世界から消す必要はあるかもな」

ネイティオは断言する。
ただ、まだ何か言いたげだ。

「…罪やその力の脅威ではない…あの者は、本当はこの世界には存在しなかった者じゃ。ここに居るべきではない、それが――この世界のルールなのじゃから」
「…人間だから?」
「そうじゃ」
「…そうか…じゃあキュウコンの祟りも…」
「キュウコンに祟りを操る力は――無くは無いが、わしはキュウコンの祟りの話は噂じゃと思っている」
「噂?それって……」


「………聞きたいか?」


アーティが訊き返すと、ネイティオはその口調を強めて――能面だが真に迫るような目でアーティをにらみつけた。
一瞬アーティは息を飲んだが、直ぐに身を乗り出して聞きたいと返事をした。
それを確認すると、ネイティオは茶菓子を念動力で一つだけ口に運び、再び語りだす。

「わたしのチカラは世界の全てを見ている」
「……そうらしいな」
「実際そうじゃった。わたしはこの【大いなる峡谷】の果て、【精霊の丘】から全てを見ていた」
「…じゃった?」
「いつからか、【ある場所】だけが、霧がかかったように見えなくなったんじゃ」

その【ある場所】とは、この世界でネイティオと並ぶもう一人の賢者、【キュウコン】の住む【氷雪の霊峰】だ。
その場所が見えなくなった数日後に、そこで大きな力のうねりが発生した事は確認できたが、現場に居たわけではないしそれを見ていたものもいないため、流石のネイティオも何が起きたのかはわからない。
キュウコンが最後にその場所に居たと言うことはわかるが、今もそこにいるのかどうかは解らない。

「さっきオイラの記憶を覗いたみたいにして分からないのか?」
「現役だと強がっては見たが、わたしも年だ。今ではこの霊的な力の溜まる【精霊の丘】に居てすら対面している者の記憶を垣間見る事がやっとじゃよ」
「そうか…で、それとユハビィが何の関係があるんだよ」
「彼女がこの世界に現れたのは、ちょうどその事件が起きた直後じゃ」
「!」

霊峰の閉鎖、キュウコンの失踪、そして力のうねり…その直後に、もともとこの世界に存在していなかった【ユハビィ】は出現した。

「彼女がこの事件に関わっているのは間違いない――ならばキュウコンの祟りの話など単なる噂話と分かるじゃろう」
「……どうして、そう思うんだ?」
「キュウコンが祟ったと言うなら、それらの事件を引き起こした犯人はユハビィと言う事になる。人間にそんな力はない」
「…なるほど」

再びネイティオが茶菓子を口に運ぶと同時に、空から何者かの声が聞こえた。



「―――老師!」



サンダーだ。
すっかり傷は癒えたようで、飛び方は3日前と変わりない。

ネイティオを前にした彼に以前のような神々しさはなく、まるで弟子のようだった。

「どうした、雷の司?」
「上空であなた方の話を聴いていた。ユハビィが人間だというのは、本人の証言から間違いないだろう。だが…あの力の説明が付かない」
「…そこが問題じゃな。結局はキュウコンを探すしか無いじゃろう」

【あの力】と言われただけで何のことかわかった辺り、ネイティオはサンダーの記憶も読んだのだろう。
アーティは突然のサンダーの出現に驚いたが、すぐに気を取り直して詰め寄った。

「サンダー…聞かせてくれ。許されない罪ってヤツのことを」
「…いいだろう、よく聞け。キュウコンの祟りの話は老師の言うとおり噂に過ぎんかも知れん。だが、我が同胞のファイヤーとフリーザーを奪った【何者か】はこの世に確かに存在している」

アーティのほうを向き直ると、サンダーは再び威厳を取り戻した声で真相を語る。
それが本当に真実かどうかは分からないが、それ以上に解せなかったのはサンダーの使った表現だった。
奪った――『奪った』とはどういうことか。
心情を察してくれたネイティオが補足を加えてくれたおかげで、アーティはなんとか理解することができた。

実は、ネイティオが霊峰を見ることが出来なくなった日の少し前、ファイヤーとフリーザーが相次いで失踪していたのだ。


これまでの話を頭の中で整理しながら、アーティは考えた。

何者かがファイヤーやフリーザーの力を狙っていた。
憶測だが、その野望を止めるためにキュウコンが戦いを挑んだとしたら?

ユハビィは人間としてこちらに迷い込み、それに巻き込まれていただけだとしたら?

想像――願望に過ぎないのは解っているが、アーティは何か真に迫るものを感じていた。
サンダーが狙われなかったのは恐らく、伝説の鳥ポケモンの中で唯一寝床を地上に構えないからだろう。サンダーは普段雷雲の中で飛びながら眠っている。

「同胞が連続して失踪していた所為で我も少々気が立っていたようだ。アーティ、すまないことをしたな」
「いや、それはもういいよ。…ありがとうネイティオじいさん、ユハビィが心配だからオイラはそろそろ帰るよ」
「…待て」

礼をいい立ち去ろうとするアーティをネイティオは止める。
その目が鋭さを増している辺り、何かの未来を察知したのだろう。



「…危険が、迫っている。漠然とした予言で済まないが、このままでは何かよくない事が…おまえか、ユハビィの身に起こる…くれぐれも気をつけろ…」



未来に絶望を見たのか、ネイティオの声はかすかに震えていた。
ネイティオの予言は、時々世界とシンクロする彼の神経がアカシックレコードに触れるとかどうとかで、要するにかなりの的中率で有名だ。
その彼が言うのだから、運命はもう止められないのだろう。


しかし、振り返ることなくアーティは答えた。
サンダーとネイティオは、彼の意外な返事に言葉を失った。




「じいさん、その予言は外れるよ。オイラは絶対に諦めないからな。救助隊も、それ以上にユハビィのことも」








精霊の丘に吹いた一陣の風は、夏の終わりをみなに感じさせた。







つづく



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