「まだ着かないのか?」
見慣れぬ姿のポケモンの上に乗っている二匹のポケモンが口々にそう言うが、
下のポケモンは至って冷静に否定する。
地底遺跡の中層辺りを進行していた彼らの目的地は、
言わずもがな例の決戦の地だった。
「シバシ待テ…風ガ抜ケテイル…近道ガ出来ルカモ知レン」
見慣れぬ奇妙な姿のポケモンはそういうと、
レーダーの役割をするらしい奇妙なアームを動かしながら遺跡を突き進んでいく。
途中、激しい戦いの痕と思われるものがいくつもあり、
いかにここが危険な場所であるかを彼らに教えてくれてはいたのだが、
しかし彼らは怯む事も臆する事もせず、その場所を目指して下っていく。
丁度グラードンが突き破った地下通路を発見し、その足取りはさらに軽く――
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迷宮救助録 #61
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命が惜しければ、3つまでにしておけ。
ゲンガーはそう言って、このポロックをアーティに託した。
ワタシは、その言葉の意味を知っている。
ゲンガーは時々ふざけた事を言うが、
でも本当の意味での警告はちゃんとしてくれる。
だからこの最期の希望――4つめのポロックを食べて何が起きても、
ワタシもキュウコンも、後悔はしない―――
「ユハビィ!!」
ピカチュウが叫ぶ。
ゲンガーは何処に倒れているのだろうか。
部屋を見回しても、全員の姿が見えているわけではない。
最初の攻撃で吹き飛ばされて、それっきり彼の姿は見えない。
ゴーストタイプだから、気絶して霧散したのだろうか。
兎も角、ポロックの4つ目――ゲンガー曰く、命が惜しければ越えてはならない一線。
越えてしまったユハビィは、この世の全ての苦しみを一身に受けるように――
「うああああああッッ…がっあううぅぅッ…ゲホッ…くゥ…ッッ――」
『ユハビィ!しっかり――くっ…この力は……』
纏っていた波導が一気に何倍もの圧力に膨れ上がり、
制御を失ってユハビィの身体を切り刻む。
ポロックが身体の中で暴れるように、膨大な力を供給してくる。
それを抱えるだけのキャパシティを得るため、波導の力で肉体の強化を施すが――
『ゆ…ユハビィーーーーッッ!!』
「ふはははははははははッ!!
これはいいーーッ、まさか最期の最期で自爆とは…片腹痛いぞッ!!」
ホウオウが高笑いする。
自分の力の制御を失って自分を傷つけているユハビィを嘲笑し、
翼をバタバタと羽ばたかせた。
「ゲホッゲホッ…うえっ……つぅ…ッ」
耐えられない。
その絶大な力に、疲れ切ったユハビィは力の制御を失っている。
その場にしゃがみ込んで必死で力を押さえようとすればするほど、その苦痛が増大する。
いっそ本当に爆発させてしまえればどれだけ楽だろうか――
そんな事をしたら、死ぬけど。
…そう、死ぬ。
でもポロックを食べる前に決めたじゃナイカ…
やろう、死ぬ前に――
「ヤッテヤル……ホウオウ…ごほごほッ……オマエを……」
「―――ッ!?」
「全部…終わラせるッッ!!」
そう叫んだ瞬間、命燃え尽きる直前の最期の輝きは、
ワタシに力を貸してくれた――
…………
ズバァァーーーーーーッッ!!
「――ぐっ!…何なんだこの力は…ッ」
煙の中からホウオウが飛び上がる――それが、その場に居たものが認識できた光景だ。
次の瞬間にはその煙が全て霧散し、
ホウオウがそこから消えうせて天井が炸裂しているのだ。
「消えろ、消えろ消えろキエロキエロキエロ…ッ」
「がはッ――…」
炸裂した壁の中央に、ホウオウがめり込んでいる。
嘴からは赤い血が溢れ、虹色の羽根が何枚も散っていた。
(ま、まずい…このままでは――殺されるッ!!)
突然ホウオウが背を密着させている壁に穴が開き、彼はそこに逃げ込んだ。
――異空間だ。
ホウオウは神であり、それだけの芸当はワケが無い。
この力で、ジラーチの破滅の願いを無効化したのだ。
――だが、認識が甘い。
――行動が、遅い――あまりにも遅すぎる。
「そうだ逃げろ、無様に逃げ惑えッ!だが貴様はワタシが消すッ!!」
「なっ!!」
ホウオウは背中から異空間に入ったのに、
その背中から撒きついていたツルが万力のようにホウオウを締め上げる。
どうして、どうやって、何時の間に――
「何時からそこに居たァーーーーッッ!!」
「消えろォオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
波導で硬化されたツルが無数に集まり、回避不能の弾丸となってホウオウを直撃する。
ジラーチの断罪の願いの槍の雨など可愛いものだ。
だが、ホウオウはこの技を知っていた。
これほど凶悪な威力を引き出したものは他に居ないが、この技は――
――【ハードプラント】
草タイプに許された至高の奥義。
まさかこんなところでお目にかかろうとは――
「言…ってる場合かッ!!」
ハードプラントに巻き込まれつつも、
一瞬ユハビィから逃れた隙を突いて異空間に逃げ込む。
入り口さえ閉じれば、
いくらユハビィが強くても入ってこれない――その自信があった。
入り口さえ閉じれば、そこはホウオウだけの絶対領域。
どんな速度を以ってしても――
「ゲホゲホッ……時間ガ無い……早く消えろ…ホウオウ…」
――居た。
入り口は閉じたのに、ハードプラントの真っ最中だったのに、どうして――
『……我々を甘く見たのが運の尽きだったな、ホウオウ』
「ッ!!…まさか…まさかお前が――」
継承状態のユハビィに周辺環境の情報処理能力があるのをホウオウは気付いていた。
だかまさか、それがホウオウの想定以上の能力を発揮したとしたら――
『あのポロックの力…この世界なら遠慮なく振るえるな』
「く…ふざけるな…我は…神を…世界すら超えた『超界者』だッ!
世界の駒如きに……貴様如きに負けるはずが無いッ!」
「五月蝿いな…ワタシと…ゲホゲホッ…一緒に消えるんだよ…貴様は…ッ」
ホウオウの創造した空間の中は虹色の空が広がっているが、
その非現実性はユハビィと言う狂気による恐怖をより増長させた。
ホウオウには理解しがたい光景だ。
だって、本当なら勝っていた。
今頃はアルセウスを目覚めさせ、新世界を目指して飛翔していたはず――
いくつもの並行世界を渡り、全てを超越した存在となりえた自分の前に、
たかが世界の駒の一つが、こうして立ちはだかっているなんて、
在り得て良いはずが無い―――!
「ふざけるなふざけるな!認めん!世界を超えた我を世界の駒が倒すなど―――」
――あぁ――
「消えるのは貴様!そして我が君臨するのだッ!それが我の紡ぐ未来だッ!!」
――そうか、***はミュウツーの狂気によく似ているんだ――
「我は神をも超えた!我に出来ない事など何一つとして存在しないッ!!」
ホウオウは逃げる事をやめ、今までで一番の火力を纏ってユハビィに突進する。
負けじとユハビィも前に出て、その距離は一瞬で詰まる。
ユハビィの中から、怒りも憎しみも憂いも悲しみも痛みも、何もかもが消え失せた。
たった一つの感情を残して、不要な感情は消え去った。
ホウオウ、お前は哀れだ。
己の力に溺れ、
己が野望に飲まれ、
誰かを踏み台にする事でしか何かを得られなかった――
「世界にはみんながいる。ワタシと貴方は消えよう――でも、世界は消えない、絶対に」
微笑み。
それが、ホウオウが見たユハビィの顔。
――ユハビィは悟っていた。
何故、自分がこの世界に呼ばれて、
死んだはずなのに、最期まで此処に留まる事が出来たのか。
波導の閃光が虹色の領域を埋め尽くしていく。
ホウオウもまた、悟った――
次の一瞬の間に、自分は空間ごと消されてしまう事を。
新たな異空間を作ろうにも、もう何をしても手遅れだ。
「ああっああアアあああアあアァァあァアーーーーーーーーッッ!!!」
「ワタシの願う未来の邪魔をしないで。不要な駒はもう消えよう―――ホウオウ」
ホウオウという最大の異端と共に消えることが、
最初からワタシの使命だったのだと―――
全ての力をホウオウに向ける。
その力は敵も味方も全てを包み込み、まとめて破壊する力。
ワタシも消えるし、ホウオウも消える。
あぁ、そういえば、最期の別れだったのに、何も言ってないな。
でも、言う機会があっても、ワタシは何て言えばよかったのか、解らない。
…これで終わる。
全ての根源に居たホウオウの野望は、ホウオウの消滅を以って終結する。
それ以上はワタシが望んでも叶わぬ夢幻。
あのポロックを4つ食べた時から、ユハビィはもう死んでいたんだ。
ワタシの存在定義は、『消えた』。
最期に残るのは、キュウコンの魂だけ。
でも、…そうでしょう?
キュウコンの存在定義だって、あの日あの時、
ワタシに力を継承した日に、消えていたじゃない。
最期まで、一緒。ずっと、一緒―――
ふと、思い返す。
ホウオウを追っている間、自分はかなり感情を剥き出しにしていた事を。
…少し心地よかった。
ワタシは否定しない。
ワタシの中に宿る狂気を。
サーナイトの暴走に飲まれた時も、アーティと本気で戦った時も。
そして今も。
否定しない。
ワタシはこうして戦うのが好きで好きで堪らない――そうに違いない。
そして今、それだけの力を手に入れてしまった。
それはとても危険な事。
一歩間違えれば、ミュウツーやホウオウと同じ道を辿っておかしくなかった。
キュウコンやアーティに出会えなかったら、……数奇な運命も在ったものだ。
この世界は導を失った不安定極まりないモノ。
ワタシは本当は此処に来る事のなかった乱数。
安心して。
もう大丈夫、消えるから。
ホウオウも、そしてたった今、そのホウオウすら圧倒した新たな狂気も。
――さようなら
…ありがとう――
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