「戦いは終わる。そして、新たな始まりを紡げ…」



ネイティオはそう呟いた。
その様子を、捕えられた三獣神と共に見つめる、サンダーとラティアス。

彼は、今何を見ているのだろうか?


この戦いの未来だろうか?


それとも、もっと別の何かだろうか?



精霊の丘に居る時はもう既に老衰でその力が失われていたが、
サンダーは今のネイティオにかつて以上の力を感じていた。

もともとネイティオは過去の――例の事件以後、
なかなか本心を表に出さず、味方にさえ自分の力を隠していたような節がある。


「…老師」

「案ずるなサンダー。我は、ずっとこの世界の味方じゃ」


その言葉の裏に、一体何があるのだろうかと疑わざるを得ない――それでも、
サンダーはただ『はい』と頷くのだった。










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迷宮救助録 #59
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「こんなところまで来るなんて…逞しくなったわね、アブソルちゃん」
「デンリュウ様……生きておられたのですね……ッ……」
「えぇ、死んだ事になっていた方が、色々と都合が良かったものですから」





―――『逃げなさいアブソルッ!!』





「――っ!!」



その声に反射的に飛びのいたアブソルの鼻先を、【雷パンチ】が掠めていた。
しかし声の主は目の前で、雷パンチを外した事に舌打ちしている。
アブソルには理解しがたい光景だった。


「なんで………」
「ふふふ…大丈夫ですよ、心配しないで――さぁ、いらっしゃいアブソルちゃん」
「あ、…い、嫌だ……違う…!誰だ、誰だお前はっ!!」


アブソルが後ずさりしながら、恐怖に震えた声で叫ぶ。
デンリュウは怪訝な顔をしながら、尚もアブソルに接近した。


「ふふふふふ…どうして逃げるの?ほら、こっちへ―――」


デンリュウの右手に、雷が集められる。
【ヘキサボルテックス】が来る――カイリューとイワーク、
そしてグラードンは、そこから動く事が出来ない。
そしてアブソルに逃げ場が無い。
追い詰められたアブソルは、豹変したデンリュウの視線に縛られ、
迫る死の閃光をただ見つめるしか無かった。
ただでさえ負傷していて、まともに動けないというのに―――


「怖いのね、アブソルちゃん…今、楽にして差し上げますわ」




―――『逃げて!早くそこから逃げなさいアブソルッ!!!』




「で、デンリュウ様……」

逃げろといわれても怪我をした足がそう易々と言うことを聞くものではない。
そんな泣き言を言っているうちにも、
ヘキサボルテックスが足音を立てて近づいてくる――





「っゥぅぅううううおおおおおおおおおおおおああああああああッ!!!」





「…?」

「ッ!!カイリ…」





ズドオオオオオオオオォォォーーーーーーーーンッッ!!!






ゆっくりとした動作でヘキサボルテックスが放たれなければ、
アブソルは跡形も無く消滅していただろう。
デンリュウの中で、まだ正常な意識が何とか戦っているんだと思いたい。
殺すならさっさと撃てばよかったのだから、
これはわざとカイリューに止めさせたのだとしか考えられない。

それくらいのタイミングでデンリュウの威圧から抜け出したカイリューが、
デンリュウをドラゴンクローで吹き飛ばしてヘキサボルテックスの阻止に成功した。


「……痛いですね」

「ふむ………それで痛い、で済む方が驚きだ」


壁に叩きつけられてクレーターを一つ作ったデンリュウは、
しかし何事も無かったかのように二本の足で立ち上がると、身体についた埃を掃った。
ドラゴンクローをまともに受けた右腕は少し赤くなっていたが、
さほどダメージになっている様には見えない。

「ふふ…いけない子にはお仕置きしなくちゃね……」

「っ!セバス!伏せろッ!!」
「――ッ!」

イワークが叫ぶと同時に、デンリュウとカイリューが動いた。
デンリュウはその手に纏った電気を光線状にして放出、
カイリューはそれを避けるように地面に身をかがめる。



――ドジュウウウゥゥゥゥゥウッ!!



――チャージビームと言う技だったろうか、当たれば岩をも砕く威力の技だが、
それによって生じたのは、明らかに岩が砕ける音では無かった。

見れば、地底遺跡の壁がドロドロと溶け出していた――
カイリューの頬を冷や汗が伝う。

カイリューには二つの不安があった。
このままでは間違いなく殺されると言うことと、
これだけ深層で派手に暴れれば、遺跡が崩れてもおかしくないと言うこと。

実際は崩れたりはしないが、カイリューはそんな事は知らない。
この遺跡がミュウの作ったものだと知っていても、
そう簡単に崩れるように設計されていないとまでは考えなかった。


――そんな事はどうでも良かった。
カイリューは愚か、そこに居た誰もが迂闊だったと自分を責める。
何故それに気付けなかったか――と。


「…避けても無駄ですよ、全部私が壊すんです…こうやって身近なものから――」


デンリュウが不意に方向転換すると、そこには気絶したミュウツーが横たわっていた。
当然動かないし、逃げる様子も無い。
このままでは、ミュウのシナリオは崩壊する――阻止しなければ――しかし、
身をかがめた状態のカイリューも、足を怪我しているアブソルも、
イワークもグラードンも、誰もミュウツーを助け出せる状態ではなかった。

例えば誰かが急いでここに飛んできたとしても、それはもう間に合わない。
都合よく正義のヒーローが来ても、時既に遅しなのだ。



だが、それは現れた。



測ったようなタイミングで、彼らはそこに集まっていた。
いや、必然だった。
ここを覗いていたジラーチとデオキシスが居たからこそ、
そしてここで少しでも時間を稼げたからこそ、
彼らは今このタイミングでここに現れる事が出来たのだ。



訂正しよう、ただ一つだけミュウツーを助け出す術があった。
それは遠く離れた距離も0秒で移動できる――


「……あらあら…?ミュウツーは、どこへ消えたのかしら?」

「何とか間に合ったよう、だね」
「あぁ……」


ユハビィとアーティが間に合った事に大きく息を洩らして安堵する。
その隣には、ミュウツーを抱えたフーディンが床に膝をついていた。

――テレポート。

フーディンの得意技で、過去にユハビィの危機を救った技。
それがまたしても、こんな風に役立つとはとフーディンは苦笑しつつ――

「気が触れたか…デンリュウ」

薄ら笑いを浮かべながら、
以前のサーナイト以上に凶悪なオーラを発するデンリュウを睨みつけた。





………





「気が付いたか、ヘラクロス」
「ってて……ここは…」

ヘラクロスが辺りを見回すと、そこは確かに地底遺跡だったのだが、
見慣れない水路をゆっくりと移動しているところだった。
自分が寝ている場所が地面ではなくポケモンの背中であることに気付いたのは、
もう一度その声が足元から聞こえてきた時である。

「うおおおっ!誰だアンタ!」
「失敬な。これでもグラードンと並び称される海の神だぞ」
「か、カイオーガ…?アンタがカイオーガなのか……は、初めまして…??」
「…驚かないか」
「なんつーか、慣れてるしな」
「………そうか」

カイオーガはヘラクロスに聞こえない小さな声で溜息をつく。
ラティアスと言いこのヘラクロスといい、
自分の正体を知って少しも驚いてくれないと、ちょっと悲しくなる。
知名度が低いわけではなさそうだが、
あまり信仰対象にはなっていないのだと自覚させられるからだ。
大昔に荒れ狂うグラードンを鎮める為に命を張った自分は何だったのだろうか、と。


「何でここに?」
「ラティアスに頼まれた。集落の守りを雷の司らに任せて、
 奴はずっと地底遺跡の内情を探っている」
「んで、置き去りにされた俺を助けたのか?」
「おまえを助けたのはオマケだ。
 あくまで私がここに居た理由が、ラティアスに頼まれたからに過ぎない。
 私がここへ来たとき、おまえを担いでいた者たちに頼まれたのだ」


担いでいたもの――記憶を辿ればアブソルしか居ないと思ったが、
他に誰か来たのだろうか?
そういえば何か大きなものが三匹ほど来たような気もするが、全く覚えていない。
ヘラクロスは思考を中断し、その者達についてカイオーガに訊ねた。
カイオーガは簡潔に応える。

「ジラーチとデオキシスと言うポケモンに導かれた一行だ。おまえの仲間じゃないのか?」
「…七星賢者……?いや、もうアレは……」

サーナイトことミュウツーに何があったかはヘラクロスが知るわけが無い。
ジラーチたちと合流したユハビィやFLB、ルギアはその話を聞いたが、
気絶していたヘラクロスにその記憶が無いのは道理だ。

「その者達に会って、おまえの事を頼まれた」
「…偶然か?」
「ラティアスが合流しろと言ったからだ」

ヘラクロスは苦笑する。
カイオーガがラティアスにいいように使われているような気がしたのもあるし、
何より自分が戦力外と言うことで撤退を余儀なくされているからだ。

「しゃーないな…ツノがこれじゃ、俺も文句言えないし…」



――頼むぞ、みんな――







………






デンリュウと対峙するユハビィとサーナイト。
その後ろにはアーティとゲンガー、グラードン、トップアイドル、
FLB、ルギア、ジラーチ、デオキシスが控え、
この世界で最強のパーティが結成されていたが、
それでもデンリュウの圧倒的な力を止めるのは彼らではなく、
ユハビィとサーナイトのさらに前には―――



『気をしっかり持つんだ、デンリュウ』

「忘れたか、我らと共有する記憶を」




――忘れたか、我らと共に在る『波導』を




伝説の英雄――波導の勇者ルカリオ
九尾の大妖狐――賢者キュウコン



あのふたりがこうして揃うだけで、
この大人数を相手に猛威を振るっていたのが嘘のように、
デンリュウの動きは止まった。



「………よく覚えている…あの時のこと……」



デンリュウが動揺している。
足が震え、前屈みの体勢でふたりを凝視している。
それは射殺すような殺意が込められた視線ではない。
必死でその衝動を抑えようとする悲痛なものが感じられた。




何故ルカリオがここに居るのか――
それはユハビィの隣に立つ本物のサーナイトの、影ながらの努力の賜物である。
ゲンガーは皮肉っぽく『自分が脱出するための頑張り』だといっていたが、
本当はサーナイトはDが死んだときに分離していて、
それをモンスターボールで回収されていたのだ。
その後邪気からの脱出に成功したサーナイトは、
ユハビィの中に入り込んで魂の再構成を開始した。

侵入はサーナイトとの決戦の直後、ユハビィが単身森の中に入った辺りである。
キュウコンと共謀してユハビィの中に身を潜め、
恰もサーナイトがどこにも居ないように見せかけた。
あの決戦の直後キュウコンが外に出てこられたのも、サーナイトの助力のおかげである。

その事を簡潔に聞かされたユハビィは、思い返して確かにと納得した。
『あの時』のキュウコンの態度がどこかぎこちなかったのは、
それを隠すためだったと考えれば納得できる。



サーナイトは先ずキュウコンの魂を再生した。
何時でもキュウコンが外に出られるようになったのは、これに起因する。
その代償として継承状態はアクティブスキルとなり、
一回一回、その気にならなければ使えなくなった。
継承とは魂を重ねること。
健全な魂は、そう易々と重なるものでは無いからだ。

ヘラクロスとの戦いを『決闘』だと考えたユハビィはキュウコンの力を借りる事を拒み、
『継承状態』にはならなかった。
それはある意味でキュウコンを救っていた。
魂がほぼ完全な状態に再生したキュウコンにとって、
継承状態は酷なものになってしまったからだ。

キュウコンの次はルカリオの魂の再構成を開始した。
ユハビィの中に居るキュウコンのその中での作業は、
いくらミュウの加護を受けたとは言えサーナイトにも大きな負担を与えた。
それはサーナイトだけでなくユハビィにも精神的負荷をかけ、
暫く眠っていてもらう結果になってしまったのは少し失敗である。
結局キュウコンとルカリオの魂の復活が終わった後、
彼らに黙っていてもらう事を約束してモンスターボールの中で休む事になった。



特別なことは何もない。
このサーナイトもまた、Dと共にミュウに導かれたのだ。
『ただの人間』であったDに代わり、
ミュウの特異な力を授かったのが、たまたまサーナイトだっただけの事である。

だからその力を行使して、
自分たちの所為で犠牲になったルカリオとキュウコンを救った。
死者は蘇らない。
死者を蘇らせるのは、ミュウにのみ許された『奇跡』。

だからこそ、その作業はサーナイトにも出来た。
ルカリオもキュウコンも、『死』んではいないのだ。
だからここに、魂だけのルカリオと
すっかりボロボロになった人形に宿ったキュウコンが居る――。







「………ルカ…助けて、………わた…私…は……」

『待ってろ。直ぐにお前の中のホウオウを倒して、お前を救い出してみせる』

「ぐ、ぅう…………」





デンリュウの頬を涙が伝う。


――会いたかった――


でもその言葉よりも今は、
ホウオウの意志を何とか抑え込んでいるデンリュウを救い出すことが先決――


「…私は……貴方の夢をっ…叶えるって約束…したのに…っ」
『大丈夫、デンリュウはよく頑張った。悲しみを乗り越えて、強くなった。
 その意思は、ホウオウに負けるほど安いものじゃないだろう!』
「うっ、ぅ…うああぁぁぁああああああああっっ」


ルカリオの言葉が、デンリュウの心をどれだけ救ったのだろうか。
それは当事者でなくとも、この光景を見れば一目瞭然だろう。


――だから、急ぐ。


デンリュウの中に居るホウオウの意識を倒すためには、
『波導使い』の力が必要なのだ。


デンリュウは自分の中に潜む『ホウオウ』の意識を、表に出すまいと必至で抗っている。
そのホウオウさえ消し去れば、全ては終わるのだ。



ミュウに託された未来――

そこに必要なのは、ホウオウの助力―――デンリュウは、ホウオウの写し身。
だから、デンリュウを救い出すことが、ゲンガー――Dにとっての、最良の形!



「キュウコン、そしてユハビィ、サーナイト。……波導を、私に貸してくれ」




蘇ったルカリオは、再び立ち上がる。




かつての惨劇から始まった全ての連鎖を断ち切るべく、




全身に強い輝きの波導を纏って―――




「終わらせるッ!そしてもう一度始めるために、私は此処に還って来たッ!」








つづく



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