「敵襲ーーーッらいのし〜〜〜〜ッ!!」



フリーザーの声が、コテージの屋根の上で休んでいたサンダーの耳に届く。
敵襲だと?とは疑問に思わない。


「…来たか」


それは想定通りやってきたのだ。
ホウオウの手下で、未だその姿を見せなかった三獣神――




「やれやれ……抵抗しないで頂けると、嬉しいのですがね…」




【水の君主・スイクン】が、
100を超えるアンノーンの群れを率いて、集落を襲撃した。













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迷宮救助録 #57
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「アンノーン、全てを破壊してください」

「キリリロロロロロ…ッ」




奇怪な電子音を奏で、アンノーンの大群が集落のある谷に雪崩れ込む。
その直線状に、見張り番だったフリーザーが立っていた。


「おや…あれは【氷の使い】……構いません、破壊して差し上げなさい」


「ふふ〜ん、アタシをナメてるみたいね〜…」
「フリーザーッ!…アレはアンノーンか…ッ、なんて数だ!」
「いよいよ始まったという事だろう、アンノーンは我々が引き受ける」

美しい尾を風に靡かせ、
自信たっぷりにアンノーンの群れを見つめるフリーザーの背後に、
サンダーとファイヤーが降り立った。


「スイクンは水タイプでしょ?らいのし、頑張ってね」

「わぁってるよ!ここを突破されたら終わりだ、死ぬ気で守りやがれ!」

「無論だッ」




――その頃。


「お、終わりなんかじゃないぞ!集落はこのチームハイドロズが命に代えても守る!」
「な…、何突然叫んでいるの…?」
「いや、何となく馬鹿にされたような気がして……」


なんてことがあったとか無かったとか。



……



サンダーが飛び上がり、余裕を持って構えるスイクンに直進する。
スイクンも迫り来る【雷の司】には気付いており、フンと鼻をならした。


「弱点を突いて――か、愚かですね」

「自分のピンチが解らねぇ方が愚かなんじゃねぇのか?」

「?!」


スイクンの視界から、突然サンダーの姿が消える。
しかしその声だけは聞こえた――背後!

――バッ!

跳躍してアンノーンの後続にピッタリと並んだスイクンは、
振り向き様にサンダーの姿を探すがどこにも金色の翼を見つける事が出来ない。

「――早いですね」

今度はスイクンが先に言葉を発した。
当然その対象は、既に背後に居るサンダーである。

「見えたのか?」
「いいえ、ですが気配だけ探れれば十分ですよ」
「…やはり、おまえは愚かだな」

次の瞬間、天から豪雷が舞い降りた。

スイクンに向かって真っ直ぐ――
しかしその雷は突如進路を変え、近場の岩を粉砕した。

粉砕された岩場から、灰色の影が重い足取りで現れる。


「サイホーン…【避雷針】か」
「私の優秀な部下です。ホウオウ様の息のかかった、強力な手駒ですよ」

「グルルルルル…」


地面タイプに電気技は通用しない。
サイホーンは雷を一身に受ける、スイクンを守る鉄壁のボディガードと言うわけだ。
スイクンはサイホーンの隣に立つと、臨戦態勢をとる。
2対1な上、電気タイプ技は使えない。
フリーザーもファイヤーも、アンノーンの群れを相手に奮闘している真っ最中だ。


「ふふふふ…さぁ、抵抗しなければ楽に破壊して差し上げましょう」
「はっ…冗談も休み休み言え。笑いすぎて腹筋が筋肉痛になりそうだぜ」

「グル?」


再びサンダーの姿が消える――超高速移動で攪乱する作戦だろうか、
だがそれはスイクンには無意味であった。
何故ならスイクンは『視覚』に頼らずともサンダーを見つけることが出来るからである。
それがスイクンの特技――僅かな風の流れや、生物の放つ気配を察知するシックスセンス。


――だが、そのスイクンの確信は、
いとも容易く――実にシンプルに打ち破られる事となる。

スイクンが気配でサンダーの出現位置を特定しようと気を張った直後、
サンダーの嘴はサイホーンの表皮を貫いて吹き飛ばしていたのだ。

黒っぽい血が宙を舞い、サイホーンは遠くの岩に激突するとそのまま地面に倒れる。


――『ドリルくちばし』


「な……?」
「俺が電気技しか使わないと思ってるなら、
 今すぐ対策を練り直した方がいい――俺の飛行速度より早くな」


これには、流石のスイクンも冷静さを失った。
目を、口を開き、固まっている。

その驚きは彼の素早さではなく、サイホーンの表皮を貫いた彼の嘴の破壊力!


「………ま、まさか…サイホーンの胴を貫くなんて…?」
「これで残るはおまえだけだ、降参するなら終わりにしてやるがどうする?」
「…まだだ…アンノーン!コイツを――」






――『極みの絶対零度――アブソリュートゼロ』ッ!!!





――ビシィィィィッ!!



「…なッ…!」

スイクンが命じると同時にアンノーンはすばやく方向転換したが、
どんなに瞬時に命令を受理できる優秀な部下でもフリーザーの攻撃の前には無力だった。
絶対零度――マイナス273.15度で襲い来るフリーザーの冷気攻撃に、
全てのアンノーンは一瞬で氷塊と化し、次の瞬間――


「『極みのゴッドバード――フォーリングサン』ッ!!!」



――ズガシャアアアァァァァァァンッッ



ファイヤーの炎を纏った究極の突進攻撃『フォーリングサン』に、
氷塊と化したアンノーンたちは無残にも木端微塵に粉砕された。

文字通り太陽が堕ちて来たかのような光景に、スイクンは思わず目を奪われた。

アンノーンを一匹たりとも逃す事無く、僅か数分の間に――全滅。
全てのアンノーンが消滅すると同時に、スイクンの背後にサンダーが立った。


「終わりだな」

「うぅ………く………………ホウオウ様…すみません…」


抵抗をやめ、スイクンは大人しく縄につく。


――だが、それは降参ではない。
いわば、戦略的――撤退は出来ていないが、これも彼なりの判断だ。


何故なら、まだ負けてはいないのだから。
三獣神の残り2体――エンテイとライコウは今、
あの防衛網をすり抜けて集落へと侵入している。

集落を制圧して、無力な奴らを人質に取れば、
このルギアに使える鳥どもを一掃出来る。
それこそ、ホウオウ様のために出来る事―――故にスイクンは、
此処は敢えて大人しく捕まり、チャンスを待つことにしたのだ。


そして目論見どおり、エンテイとライコウが集落へと足を踏み入れる――





………




集落の守りは、いくつかの救助隊チームとラティアス、ラティオスが受け持っている。
しかし、この中で三獣神クラスの敵を相手にまともに戦える者といえば、
ラティアスとラティオスくらいなものである。

だが、それでもラティオスはまだ実力が足りていないし、
ラティアスも既にサーナイト(ミュウツー)から与えられた力が無く、
もしも此処で三獣神が2匹以上踏み込むような事があれば、
集落の存亡は絶望的になる――それを理解したからこそ、
サンダーたちに集落の外を守らせて、ラティオスは飛んでいた。

ラティアスは三獣神の能力を知っているから、
かつて程の力が無くなっていても、救助隊たちと共に少しは戦うことが出来る。

信じるという事。
それはとても辛く厳しい決断を要するが、それでもラティオスは信じて――飛んだ。

精霊の丘――賢者ネイティオの許へ。






……………





「―――ふっ、大した力だ…」


偽のミュウが呟く。
遺跡のコントロールルームは破壊され、あちこちで切れた配線が火花を散らし、
モニターも叩き割られ黒い煙を上げている。
照明だけは破壊されずに、この惨状を照らしていた。

ミュウツーの姿は見えない。
煙に紛れて、ミュウへの攻撃の隙を狙っている。


「おまえがどれ程の力を持っているのかは理解した。ここまでだ」

「――させるものかッ」


ミュウツーが地を蹴る。
音速に近い速度で迫るミュウツーを、しかしミュウは動かずに見据えていた。
そして――



ドシュッ!!



ミュウツーの音速の拳がミュウを貫く。
終わった――しかしミュウツーは怪訝な顔をした。
動かなくなった偽のミュウを見つめ、違和感を覚えている。


「偽者……っ!」


――『個体間意識移行制限解除限定常駐コード』、このミュウの殻には、
別の何かが入っていたと言う事―――!


ミュウツーが気付いて振り返るより早く、
天井を突き破ったホウオウが【ゴッドバード】で突進してきていた。
それはルギアのエレメンタルブラストを上回る威力で、
ミュウツーの背後に叩き込まれる――


「――ガッ…!」


強烈な一撃――口から血飛沫が散る、しかしミュウツーはそこから動かない。
ホウオウの一撃を背中で受け止め、耐えているのだ。


「ほう……流石だな。デオキシスを取り込んだだけはある」
「……【ディフェンスフォルム】を突破するおまえの力も、大したものだ」


ミュウツーの背中より少し離れた位置に、
デオキシスの身体に似た物体が粉砕されて散っている。
取り込んだデオキシスのディフェンスフォルムの力を具現化し、
振り返る直前に盾として張ったのだ。
結果的に破壊されたが、その威力をかなり軽減する事が出来た。
まともに受ければ、この地底遺跡ごと吹き飛んでいただろう。


「正気か?この遺跡でそんな大技を使おうとは…」

「どの道全て壊すのだ、先ずはミュウの根城だったこの地を破壊して開幕と洒落込もう」

「させない…我が家族の遺産は…我が守るッ!!」

「…ッ、これは!?」


ミュウツーが叫ぶと同時に、周囲の景色が一変する。
想定外のミュウツーの力に、流石のホウオウも驚きを見せた。

――取り込んだジラーチの力、第三の目の開眼による異空間の生成。
そしてここは、術者にとって圧倒的な優位を供給し続ける絶対領域。


「消え去れ…【断罪の願い】ッ!!」

「っ!」


ホウオウに向けて、紫紺の雲が渦を巻く空から無数の槍が降り注ぐ。
まるで流星群を想起させるそれは、次の瞬間にはホウオウの周囲を完全に埋め尽くし、
ミュウツーからすらその姿が見えないほどになっていた。

裁きが終わる。
宇宙から来たポケモン【ジラーチ】の想定外の力には、
流石のホウオウとてただでは済まなかっただろう――ミュウツーはそう考えながら、
ホウオウの無残な姿が落ちているであろう場所へ向かう。

一歩、二歩、次の一歩を踏み出す直前、
ミュウツーは超常的な反射神経で呪文を詠唱した。


「【隔絶の願い】ッ」



――【ディヴァインフレア】ッ!!





ズドォォーーーーーーーーーオオオオオッ!!!





「ぐあッ――!!」


【隔絶の願い】は絶対の盾、この絶対領域で破壊される事は先ず無いが、
それを超える威力にミュウツーは吹き飛ばされた。
【ディヴァインフレア】――それがホウオウの最強の技なのか、
何にせよ今の一撃でわかったのは【ゴッドバード】など可愛いものだったと言う事だ。


「っ……」

「ふふ…驚いた。これが【ジラーチ】の力か」


ホウオウが歩いてくる。
その身体には数本ばかりの槍が刺さっているが、
ホウオウは気にする様子も無く翼に刺さった槍を一本を抜き取って投げ捨てた。
行動の邪魔にならないものは刺したままにでもしておくのか、
それ以上槍に構う素振りは見えない。

吹き飛ばされたが直ぐに体勢を立て直したミュウツーは、
ホウオウから距離を置いて今し方起きた事を分析していた。


(【断罪の願い】から逃げる術は無いはず…だとすればヤツは…)


――まさか、槍を叩き落したのか?
その結論に至り、納得する。
先の【ディヴァインフレア】と言い、あれだけの力があれば不思議ではなかった。


「さぁ、次は何を見せてくれるんだ?くくく」

「もう見せるものは無い」

「そうか、残念だな。余興も…これで終いだ」


ホウオウが心底残念そうな目つきと正反対に、嘴をニヤつかせている。

しかしミュウツーの言った『見せるものは無い』とは、
ホウオウにはもう何も見えなくなるだろうと言う意味が込められていた。


――【破滅の願い】


この空間ごとホウオウを消滅させる。
ホウオウは自分が消えた事にすら気付かないまま、全てが終わる。


「さらばだ、ミュウの子よ」


皮肉にも最期を告げたのは、ミュウツーではなくホウオウだった。







絶対空間は、音もなく閉じられる―――その中に、ホウオウだけを残して……









つづく



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