「し、信じられるものか…ッ」


ディアルガは叫んだ。
それはそうだろう、D――ゲンガーの話が、
そう易々と信じられるほど現実味を帯びていないのだから。
しかしゲンガーの語った事は、
少なからずゲンガーにとっては確固たる真実であり――


「少々疲れました……」

「もうひと踏ん張りだ、ケッケケケ」


ミュウツーではない、
ゲンガーのパートナーたる【サーナイト】は、確かにそこに立っているのだ。

そしてゲンガーはディアルガが信じるかどうかすら度外視した様子で一歩前に出て――


「道を開けな、ディアルガ。てめぇの敵は、俺たちと同じはずだぜ」


いつも通りの高圧的な態度で、ディアルガに命令した。









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迷宮救助録 #56
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―――ドガァーーーーーンッ!!!




「――っ!?」

「あーぁー、アッチはユハビィの逆鱗にでも触れたか?ケケケ」



突如遺跡内に響いた轟音によって、ゲンガーは足を止めて呟いた。
ディアルガも固まっている。
何故なら、そこには扉を突き破った音だけではなく、
無様にも遺跡の壁面に突き刺さったパルキアの姿もあったからだ。

通路と部屋を隔離した扉を突き破り、そこに開いた大きな穴から、
ユハビィとアーティがやってくる。
ゲンガーは逆鱗に触れたかと言ったが、
ユハビィはさして冷静さを欠いている様には見えなかった。

「パルキアッ!」
「……ディアルガ…どうやらそっちも…片付いてはいないようだな」

究極神が二匹揃うと流石に圧巻ではあったが、ユハビィたちは臆す様子は見せない。
それどころか、もうこれ以上戦う事は無いと言う風にすら感じられる。
証拠に、ユハビィとキュウコンは【継承状態】を解除し、ゲンガーの隣に立ったからだ。
…そこに居るサーナイトに対して多少の驚きはあったみたいだが。

「おまえらが俺たちを消せない理由、教えてやるよ」

ゲンガーが究極神の前に立って言い放つ。
ディアルガ、パルキア双方言葉を発する事無く、ゲンガーの持つ解答を待った。
――待たざるを得なかった。消せないのだから。

「ミュウの力で守られているからだ」
「…まだそんな戯言を………ッ」
「待て、ディアルガ。……信じられないが、もうそれ以外に考えられないだろう」
「だが…」

パルキアは【継承状態】のユハビィに圧倒され、少なくとも戦意だけはもう無かった。
ディアルガはゲンガーを消せなかった苛立ちから冷静さを失っているようだが、
ゲンガーにとって隣にパルキアが吹き飛んできてくれたのは嬉しい誤算だっただろう。
頑固な究極神が納得するためには、やはりもう片方の究極神の同意が必要だ。

「…聞こえなかったのではない、聞こうとしなかったのだ。【声】をな…」





『いけない…彼らを消してはいけない――』






「………」

彼らは今現在地底遺跡のどこかに居るミュウの命令でここに居る。
だからこそミュウの言葉があっても、それに気付けなかったのだ。
究極神と称されながらミュウの失踪に気付けなかった事は、羞恥の極みだった。


「……だとすれば、あのミュウは…」

「ケッ、決まってんだろ。居るじゃねぇか、まだ姿を見せてねぇ神がよ」


ゲンガーが恨めしそうな言葉を洩らす。
神――それは多分、【虹翼のホウオウ】………。


「でも、パルキアとディアルガが究極神なら、ホウオウくらい…」


アーティの疑問は当然だった。
ユハビィも――キュウコンですら、
ルギア、ホウオウ、パルキア、ディアルガが【同格】である事を知らない。
ただ時空を操ると言うズバ抜けた特性故に、
伝承に語り継がれるうちに【究極】と言う冠詞が付いたに過ぎない事を。

【生命】と【無生物】を司るホウオウ、ルギアの能力も決して劣るとは言えないが、
正常な視線で見れば、確かにディアルガとパルキアの能力は群を抜いていた。







………





遺跡の深層――偽のミュウと、ミュウツーの居る空間――『全ての始まりが眠る地』。
アーティ、ゲンガーを先頭に、ワタシとキュウコンが、最後の扉を、押し開ける。

パルキア、ディアルガはミュウの事で考える時間が欲しいと言い残し、
時空の狭間に消えていった。
折角だから協力して欲しいところではあるが、
ワタシに関しては【世界の異端者】に変わりが無いため無理強いは出来ないし。

…そう、まだワタシだけが何故この世界に来たのか、謎なままである。

「……」

ゲンガーの話に偽りは無いだろう。
だとすれば、ワタシを――ワタシの町を襲ったロケット団は何者だったのか?
話の中に登場したニドキング使いのボス代行――それは間違いなくあの男だ。
記憶の中で最も忌まわしいあの男…今すぐにでも殺してやりたい感情は嘘じゃない。

…だが、時期が噛み合わない。
時系列に狂いが生じている。
ワタシの時代――ゲンガーとミュウツーの出会いからほぼ十年、
そこにロケット団は無いはずだ。
とっくにサカキとか言うボスは失踪して、
もう【終わった】組織なんじゃないか――そう思う。

もしかしたら、ロケット団は、
そこから10年の時を経て蘇ったのか?
……寧ろ、そう考えた方が自然だと思うくらいに――

ミュウツーの暴走を誰も止めなかったら、
ワタシはあの惨劇に見舞われることは無かったとでも言うのか…?


「よせよユハビィ」
「むぎゃっ」

不意にアーティの手がワタシの顔を捉まえた。
指の隙間から見えるアーティの顔は、いつも通りのよくわからない自信に満ちている。
その横からサーナイトがヒョイと顔を覗かせ、満面の笑みを浮かべた。
今まで散々戦ってきただけに、新鮮でありながらも毎回吃驚するので心臓に悪い。

「そんなリアクション酷いですよーぉ、私だって色々頑張ってたんですから」
「主にミュウツーの邪気からの脱出だったけどナ」
「うぅ…く、苦労したんですよ!?だいたい私がああしてなきゃ、あの戦いだって――」

サーナイトがわたわたと慌てながら釈明する。
キュウコンの人形はと言うと、
そんな彼女の腕の中でしっかりと抱かれ――と言うか捕まっていた。

赤い出っ張りが刺さっていて、人形だが痛そうに見える。
あぁ、そういえば一応痛覚はあるのだと言っていたような。
……さっきはごめん、あとでオレンの実をあげるよキューちゃん。

と、隙を突いてサーナイトの腕から抜け出し、
その頭の上に飛び乗ったキュウコンが呟いた。

「あの戦いですら、ミュウツーは本気じゃなかったという事か」
「あの戦い?」

アーティが怪訝な顔をする。
ワタシは折を見て伺っていたので知っていたが、
そういえばアーティは何も知らないままだ。
今は面倒だから、後々じっくり説明してやるとしよう。

賢者と呼ばれた者達の、――ルカリオの最期の戦いを。


「本気のミュウツーは凄いですよぉ…私なんか真っ向から向かったら一発KOでした」
「自慢すんな」
「痛いっ」


ガッツポーズで自信満々に言い放つサーナイトの額に、ゲンガーがデコピンを入れる。


「あん時おまえがもう少し足止めしてりゃこんな事にはならなかったんだよ。…多分」
「うー…すみません…って、多分ですか」

「あははは…なんか元気だね、ゲンガー」

「ケッ、この馬鹿の所為だ」


普段見せないような饒舌ぶりを披露するゲンガーにワタシがツッコミを入れると、
一瞬ハッとしたゲンガーはサーナイトから視線を外してツレない態度を取る。
やっぱりと言うか、ゲンガーなりにサーナイトをずっと心配していたんだろう。
…ゲンガーとサーナイトは、ワタシとキュウコンの関係に似ている。

割り込む余地の無いアーティには可哀想だけど、
そこは早くピカチュウの想いに気付いて欲しいものだ。

なんて下らない事を真剣に考えていたワタシは難しい顔をしていたんだろう、
突然アーティがワタシの顔を覗きこんで間近でグーサインを見せた。


「いいじゃねぇか、やる事はハッキリしてるだろ」


そうそう、もういっそワタシからアーティに直接伝えて――って、そっちじゃないか。


「…ホウオウを倒す……ね」


「………」


ワタシの呟きに、ゲンガーの表情が険しくなる。
何か思う事が――まだ話してない事があるに違いない。
だがそれを聞く必要はないだろう、
一緒に行動する限りゲンガーを信じていいと、ワタシは思う。









(やれやれ…どうやってホウオウを倒さずに終わらせるか…だな)


一方でゲンガーは、ただ闇雲に考える。
この世界を救うための手段はともかく、大まかにやるべき事は全てミュウから聞いた。
ミュウの独り言――この世界に飛んでくる時に、不意に流れ込んだ彼の思念から。


それはこの【世界】と【神々】、そして【眠れる者】の話。


ミュウはそれをゲンガーに話す心算は無かったのだろう。
たまたま心に浮かんだ事が、
世界間の移動中に思念としてゲンガーに伝わってしまっただけかも知れない。
何せ内容が内容だ。だがミュウが言うのだから疑う余地は無い。

到底解りかねる次元の話だとしても、
世界の命運が掛かっていると言われて蔑ろに出来るほどゲンガーはトチ狂ってはいない。




アルセウス――世界を夢想し、ただ眠り続ける――真なる神の存在……


そこへ至ろうとする、ホウオウの野望……


世界を守るためにはホウオウの協力が必要だと言うのに


ホウオウは、世界を壊そうとしている――……





………






ミュウは本当に、あらゆる責任をその身に感じていた。


『――ホウオウがあぁなってしまったのは、僕の所為かも知れない』


ミュウは疑問を抱いていた。それは、ルギアと同じ疑問。
僕が自分の世界を自分で管理すればいいのに――
でもそれが出来ないのもまた僕自身が原因で。


『何故、自分が神なのか…ルギアは疑問に思っている』


突然押し付けてしまった。


『この世界で、ルギアと言う種族とホウオウと言う種族、
 ディアルガ、パルキアと言う種族に目をつけ、その任と力を与えた』


……正確に言えば、押し付けたと言う方が、彼らにとってみれば正しいかも知れない。
少しばかり好戦的な種族だったディアルガ、パルキア種に関して問題は無かったが、
思慮的な者の多いルギア種には少なからず、この神の地位は負担だった。

特殊なのはホウオウだ。
ホウオウと言う種族は交配による世代交代はしない。
ある時期が来るとホウオウの中で人格が分裂し始め、
やがて新たな人格が【ホウオウ】を継ぐのだ。
こうして長きに渡って記憶の継承を続けるホウオウは、
ある意味では【不死鳥】と呼ばれるに相応しい。


『記憶の継承を続ける彼らの類稀なる知識量、
 その実力を見込んだのは、僕の思い上がりだった』


僕を除けば、この世界で最も多い知識を持つホウオウが、
僕と関わり【神】の地位に就いた時、
"アルセウス"の存在に気付いたとしても不思議じゃない。
そして夢の世界の住人である事を知り、その閉鎖的で自由な束縛から逃れるために…


『アルセウス…彼は"眠れる者"…数多の世界は、彼の夢…
 彼が目覚めたとき、全てが終わる…』


ホウオウは目覚めさせようとした?
そしてその瞬間を突いて、アルセウスと同じ境地に立とうとした?
不可能ではない。
夢の世界の住人は全て、言い換えればアルセウスの望んだもの。
アルセウスから分離して、そこに辿り着くものが居ても不思議ではない。


『僕はそれぞれの世界に一つずつ与えられたアルセウスの深層心理の写し…
 ――この世界の秩序を守るのが役目…だった』


今は違う。
ホウオウに敗れ、僕は――アルセウスの深層心理はこの世界から消える。
僕が消えても、彼が目を覚ますかどうかはわからない。
一つ言える事は、何かが起こる――それだけだ。


『何時消えてもおかしくないと知り、しかしそこから脱出出来るだけの力があるなら――』


ホウオウの行動は決して不自然なものじゃない。
誰だって死ぬかもしれない場所から脱出する術があるなら、…そうするだろう。
ホウオウは類稀なる知識を積み重ね、平均化し、


『この世界の誰よりも【普通】の精神を持っていた』


だから誰も彼を責めてはいけない。
この戦いに善も悪も無い。
ただ、『不運』――本当に、それだけだ。



アルセウスが夢を見続ける限りは世界は終わらないはずだ。
僕が消えても、それを穴埋めできるだけの力は世界に託した。


『そのためにも、ホウオウの“不安”を皆で拭ってあげて欲しい』


彼は、消滅を恐れている。
自分と言う存在がアルセウスの見る夢に過ぎないことを知ってしまったから、
アルセウスに並ぶ事――自らをさらに上位の世界に導く事を望んでいる。

でもそれはホウオウには『不可能』な事だ。
何よりもアルセウスに近い僕ですら『出来なかった』のだから。

無駄な事をして世界を壊さないで欲しい――だから僕らは世界を守る。
僕の力を継ぐホウオウ、ルギア、パルキア、ディアルガ。
そして僕のコピーであるミュウツー。

ピースは一つも欠いてはならない。



アルセウスの夢の子たちよ

己が手で世界を紡げ

標の無い運命を乗り越えろ



――神は、死んだ







………







「…今、何と…」

「ふふ…もう隠す必要は無い、私の勝利が見えたのだ…」



地底遺跡の全てをコントロールする最深部の部屋――そこに居るのはミュウとミュウツー。
ただしこのミュウは偽者でホウオウの分身だが、それはミュウツーの知るところではない。



(…【観】せてもらったぞD……
 つまりはこのミュウツーさえ消せば世界は壊れ…外に出るチャンスが生まれる…)



地底遺跡の深層周辺に忍ばせたアンノーンがゲンガーの思念を読み取り、
それをホウオウに伝達する。
つまり『全ての始まりの眠る地』周辺に居る限り、
ホウオウに対してどんな隠し事も無駄と言う仕組みだ。

尤も、全ての記憶を覗ける訳では無いが、
少なからず作戦会議などしようものなら全て筒抜けである。





「…もう一度言おう、さよならだミュウツー」





ミュウの手から生まれた凶刃が、ミュウツーへと向けられた―――








つづく




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