「パル…キア…?」

もうワケが分からない――それがユハビィの思考の全てだった。
百歩譲って、そんな凄いものが目の前に居る現実を許容しよう。
しかし、それが自分にちょっかいを出してくる理由を許容するには、
あと百億歩ほど足りないし、だいたいそんなに譲れそうもない。

「我が名はパルキア。【空間の操り手パルキア】だ」
「空間?」
「そう」

パルキアは首を傾け、視線をずらす。
その先に突然穴が開いたかと思うと、
周囲の景色を押しのけて出来た隙間に真っ白な空間が誕生した。


「まさか侵入者風情が全ての始まりの地まで来ようとは…だが我らが居る限り、
 おまえたちは永遠に全ての始まりの地へと至る事は出来ない」

「………」


パルキアはまるで感傷に浸るかのようにそう呟いて、
作り出した真っ白な空間を再び握り潰した。
キュウコンは少し考え込むような顔をした後、
何かを思いついたかのようにパルキアに問いかける。


「まさかとは思うが、あのドアの先にあった『本来の空間』こそが、…そうなのか?」

「察しが良いな。その通り、あのドアこそが、全ての始まりの地へと通じる最後の隔たり。
 今、我らの居るこの空間は、ドアと部屋の間に割り込む形で作られた空間だ」


パルキアはそう言いながら、空間を自在に歪めて見せた。
自慢か余裕か、そんなものを見せ付けるために此処へ来たわけじゃないくせに――
ユハビィの苛立ちの矛先は、結局はその張本人へと向けられることとなる。

「どうでもいいよ…」
「うん?」

ユハビィは小さく呟いた。
パルキアは圧倒的な余裕があるのだろう、
ユハビィのその先の言葉を促すように聞き返した。
それをしっかりと挑発として受け止めたユハビィは、有りっ丈の力で叫び返す。

「おまえが敵なら、ワタシは容赦しないッ! それだけだッ!!」
「ユハビィ…」

その目に迷いは無かった。
パルキアと言う絶対的な存在に困惑したものの、やるべきことは一つしかないから。
まさかこんな大それた事を言うことになろうとはと、ユハビィは心の中で苦笑する。


――世界を守るためなどと。


しかし、パルキアは冷淡に切り返した。
それこそ迷いの無い――呆れさえ感じさせる口調で、ただ一言。


――『思い上がるな』と。








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迷宮救助録 #51
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「世界の敵はおまえだ、本来ならここに干渉の余地を持たない者…
 おまえは消えなければならない。世界を元に戻すのは我々の仕事、安心して消え逝け」

「っ!」


反射的に背後に跳躍する。
見えない何かが迫るような気がして、本能でそれを回避したのだ。
案の定、もし跳んでいなければ空間の狭間に捨てられていたことだろう、
地面が何かに抉られたかのようにクレーターを作っている。

「なっ、一体何が…ッ」

叫んだのはアーティだった。
突然始まったらしい戦いに、アーティは巻き込まれていない。
それもそのはず、アーティはパルキアにとって削除対象では無いからだ。
世界を元に戻す、それに必要なのは余分な駒を除くだけでいい、
だから、正規のキャラクターと言えるキュウコンもアーティも、パルキアの敵では無かった。

「ジッとしていろアーティ、キュウコン。我はおまえらには危害は加えん」

パルキアは足元をちょこまかと逃げ回るユハビィを一瞥し、言葉を続ける。

「直ぐに終わる」
「っ…これは…」

突然、アーティとユハビィとの間の空間に、半透明な遮断膜が張られた。
アーティがそこから出ようと右往左往するが、出口は何処にも無い。
パルキアは『削除』が終わるまで、彼らに邪魔をさせる気は毛頭無いらしい。


「――そう簡単にワタシを消せると思うなッ!!!」
「…」

逃げ回っていたかと思えば、次の瞬間ユハビィはパルキアの眼前に居た。
波導で硬化したツルが飛んでくる。
流石のパルキアでも、これは避けられないだろうと誰もが思った。
キュウコンでさえ、そう思ったのだ。


パルキアは、その場の誰の思考をも凌駕した。



「ぅわっ!?」


声の主はユハビィだ。
ツルの鞭が虚しく空を切り、空中でバランスを失っている。
パルキアが消えたのではない。
瞬間的にユハビィが、背後の空間に吸い寄せられたのだ。
そして無様にも地面に落下するが、直ぐに起き上がり距離を取った。
一体何が起きたのか、何をされたのか、ユハビィはパルキアを睨みつけ、
その些細な動きやオーラの流れを感じながら考えた。
しかし先に答えを出したのはユハビィではなく、キュウコンだった。

「空間…ユハビィの背後の空間を消し、
 無くなった空間を埋めようとする周囲の空間の流れにユハビィは引き込まれたんだ」

「な…そんなのアリかよ!?」

アーティが驚きの声を上げる。
遮断膜を両の拳で叩き、ユハビィを助けたい衝動だけを募らせるが、
その遮断膜のなんと丈夫な事だろう――今アーティに出来る事といえば、声を上げて喚き散らす事だけだった。
そして行動にこそ現さないが、キュウコンも同じ思いを強いられていた。



「くはッ…っぅ」

消された空間に引き込まれ、壁に叩きつけられる。
こうやってジワジワとなぶっているのかと思うと、ユハビィは余計にムカを覚えた。
――覚えたが、現状を打開する術が無いのもまた事実。
無力感を徹底的に教え込んでから消す心算なのだろう、本当に腹が立つ。


「いい趣味してるよ、そうでなきゃ…神なんかやってらんないんだろうけどさっ」


何とか立ち上がって、再びパルキアを睨みつける。
立ち上がる間だって攻撃のチャンスはあったはずなのに、
正々堂々としているのか、パルキアは手を出さない。

やはり余裕をかましているのか、流石は神、
だったらもうその傲慢さを神たる証にでも何でもすればいいさ――


ユハビィは、パルキアが余裕を持っているのだと思っていて、それを疑わなかった。



だが、それは違った。



この中で一番焦りを感じていたのは、他でもないパルキアだった。



「………どう言う事だ………」



――消せない。


ユハビィを消すことが出来ない。
それはパルキアの自由意志を無視した、未知の妨害因子によるもの。

嬲っているのではない。

無力感を教える必要など無い。

『削除』対象に、何を教え与える必要があるというのか!

空間削除と言う世界の管理者が行使する絶対編集スキルが通用しないなど、
同じ立場に立つものか…それ以上の力を持つものの干渉を受けている以外ありえない!

そして、後者は絶対に在り得ないし前者もありえない!

ミュウや、自らと対成す【時間の操り手ディアルガ】が邪魔をするはずが無い!
自分たちの上には、もう何も無い【無】が存在しているだけだ!

…だとすればこの妨害因子は、未だかつて見たことの無い【脅威】である。
ここまでされて、焦るなと言う方が無理なのだ。


「消えろ…」


パルキアは我を――自身が神である事を忘れ始めていた。
思わず感情が言葉になって出ていることすら忘れて、幾度となく空間削除を行使した。
その度ユハビィではなく少しずれた場所で削除が発生する。


「消えろ、消えろ…ッ」



――削除


妨害。


――削除


妨害。


――削除削除削除削除!


妨害。



空間削除をし過ぎるとこの部屋の存続が危ぶまれる、
だから適度に空間エーテルを補充しつつ、削除削除削除――


妨害。

削除不能。



「何故だ…何故貴様は消えないッ!!貴様は一体何者だッ!!」


「…?」


パルキアの変化に最初に気付いたのは、ユハビィだった。
究極神の頬を汗が伝っている――その氷のように冷徹で、何も感じさせない表情が、
何時の間にか、焦りと、未知なる何かへの『怯え』に支配されている――


「消えろォーーーッ!!!」


「うあっ………」



――ドガァッ!



部屋の半分を消し去るほどの削除が起きても、ユハビィを消すことは出来ない。
消えた空間に戻ろうとする空間の流れは再びユハビィの身体を持ち上げ、
閉じられた扉に叩きつけた。
これまでの比ではない威力の吸い込みによる衝撃は大きく、
今度はユハビィはなかなか立ち上がろうとしない。


「いたた……」

「ユハビィ!」


アーティとキュウコンが駆け寄る。
今の一撃で遮断膜が消えたのを、アーティは見逃さなかった。

思わずハッとして我に帰ったパルキアを、アーティが睨みつける。
アーティもキュウコンも、消される覚悟はできているらしい、
このパルキア曰くの『改竄された世界』――それを守る事を選んだようだった。
いや、そこまでは考えていないかも知れない。
ただ目の前で仲間が消されるのを黙ってみているほど、彼らは非情ではない、
――それだけだ。



「よく聞けパルキアッ!!ユハビィを消すなんてオイラが許さん!」


もう後には引けないから自棄になったのか、アーティは声高らかに叫ぶ。


「世界がそれを望んでも!」


パルキアが何も言わないのをいいことに、さらに続けて叫ぶ。


「オイラはッ!絶対に認めないッ!!」


右手の人差し指をビシっとパルキアに向け、
ユハビィの前に立ったアーティはフンと鼻をならした。
キュウコンが何も言わなかったのは、
アーティが言いたいことを全て言ってしまったからだろう。
同じように並んで――と思ったら、不意にキュウコンはユハビィの方へ歩み寄った。


『立てるか?』
「なんとか」


そうか、と言ってキュウコンはニヤと笑うと、ユハビィの中に入っていく。

――『継承状態』だ。

今でこそ各々独立して動けるが、
その所為で折角の力を発揮しきれずにいた事を、ふたりは知っている。
何故独立してしまったのか――その答えはキュウコンは口に出さないが、

ただ、言える事が一つだけあった。




『「力を、合わせよう…波導は我らと共に在り」』




継承とは、そのための力だから――








………

……………





同じ頃、隔絶された空間の外――地底遺跡、『全ての始まりの眠る地』の前で、
パルキアと対成す神による削除が行われていた。

――いや、行われていたと言うのは正確ではない。
何故なら、ユハビィと同様に、ディアルガの意思を越えた何かが、
ゲンガーの削除を認めようとはしなかったからだ。


「貴様、何者だ…ただの異端者では無いのか…?」


パルキアに似ていると言えば似ているが、
対照的な美しさを持つポケモンが、ゲンガーに問う。
それは【時間の操り手ディアルガ】、
パルキア同様に異端者の削除を命とする究極神だ。

パルキアの【空間削除】と同等の力を持つディアルガの削除スキル【時間回帰】は、
対象の時間を高速逆再生し、存在を『0に戻す』技だ。
要するに対象を削除できる点では変わりなく、
0に戻して時を止めればその存在は同じ世界に二度と降臨しない。

「しない、と言うのに…何故貴様の時間は回帰しない…ッ」
「ケケケケケケケッ!知りたいか?ケケケッ!」

歯軋りを隠しもしないディアルガに、
ゲンガーは余裕たっぷりの態度でリアクションする。
しかし、ゲンガーの身体は決して余裕と言うわけではなく、
ディアルガが【時間回帰】に拘っているからこそ今まで生き残れているだけである。
それを言えば、ユハビィたちも同じではあるが。


「俺は消せねー…絶対だ。何故か?それが【神主】の望む世界だからだ」

「シンシュだと…?異端者がミュウを騙るか…下らん戯言を言うなッ!」

「どうだかね。本当は気付いてるんじゃないのか?
 気付いてないなら、アンタ相当キテるぜ?ケケケケケ!」

「黙れぇーーーッ!!」


ディアルガが叫ぶと、空気の振動が疾風となって突き抜ける。
なるほど、防衛プログラムが逃げ出したくなる気持ちも分かるというものだ。

ゲンガーを襲っていた防衛プログラムは全て、ディアルガの出現と同時に消滅していた。
ディアルガが消したのか、地底遺跡の意思がそうさせたのかは、
ゲンガーには興味が無かったが。

「ケッケケケケケケ…そろそろタネ明かしと行こうか?てめぇみてぇな馬鹿のためによ!」
「何を言っている…貴様はここで殺す。消さずとも、殺せば同じことだ」
「だから殺せねーっつってんだろ、わかんねーヤツだな」

半ば呆れ気味に言うゲンガーは、余裕を切らすことなくディアルガを睨む。
一方のディアルガは、究極神のプライドがゲンガーの態度を許せずにいるのか、
最初に現れた時よりはるかに激昂した表情でゲンガーを睨みつけていた。



ゲンガーが懐からモンスターボールを取り出してニヤリと笑うその瞬間までは。





「クライマックスはこれからだ、出番だぜサーナイトッ!」








つづく


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