ミュウツーは言葉を失っていた。
ミュウという『神の主』――シンシュポケモンの眼光の前に、
全ての行動が制限された気分だった。

「さて」

ミュウは自分のコピーに向かってそう言うと、
身を翻しながら重力の有無を無視した動きで部屋の奥へと進んでいく。
ミュウツーはそれに無言でついていき、ポリゴンたちはミラーゲートの中に消えていった。

ミュウが向かった部屋の奥には、巨大な機械施設があった。
モニター、大小様々なボタン、レバー云々…
機械音痴なヤツがみたら、三秒で頭痛を催すだろう膨大な施設にて、
ミュウはマイクの様なものを手に誰かを呼び出していた。

「パール、ダイヤ、聞こえるかい?」

子供の様な――非常に幼さを感じさせる声ではあるが、
どこぞの『流星』のように威厳だけはあった。


「うん、よし…それじゃあ手筈通りに僕がホウオウを消去する」

(ホウオウだと…?そういえばアイツはあれっきり…)


ミュウツーは思考をそこで中断した。
考えても無意味だったからだ。
七星賢者だのユハビィだの、今はもうどうでもいい。


今、本当に大事なのは、ゲンガーのことと、本物のサーナイトの行方…。
やっと自分の本当の家族たるミュウと出会うことが出来て、
でも、これからどうやってゲンガーたちに顔見せすればいいのか――
考えただけで難儀な事だと、ミュウツーは顔をしかめるしか出来なかった。


一方でミュウはそんなミュウツーを背に、
マイクの向こうに居るであろう何者かに、トンでもない命令を下していた。


「君たちは世界の異端…ゲンガーとユハビィを消去してくれ」


「――な……ッ…!?」










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迷宮救助録 #50
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「らあああああッ!!」

アーティが叫ぶ。
次々と現れる防衛プログラムが、ユハビィたちを襲っていた。
アンノーンでもポリゴンでもない青白い光の塊、
しかし形だけは古代ポケモンの姿をしていた。

「波導弾ッ!!」
「葉っぱカッターッ!!」

走る。
走りながら、前から後ろから現れる敵を薙ぎ払う。
幸い耐久力は無いらしく、どの姿を象った防衛プログラムも一撃で破壊することが出来た。

「ケケ…こっちだぜ」

ゲンガーも多少は戦いながら、的確に道案内をしている。
このとき、ゲンガーの不可解な行動を誰も疑問視することは出来なかった。
と言うか、そんな余裕は無かった。
何故ゲンガーはこうも的確に道案内が出来るのか――

「ドアだ…ッ」

行き止まりかと思ったが、一行はとうとう大きな扉の前までやってきていた。
装飾らしい装飾といえば、鉄で出来た扉にレリーフが刻まれているくらいだ。
ゲンガーは躊躇うことなくその扉を開ける。
アーティ、そしてユハビィがその扉の前で身構え、
キュウコンは未だ背後から来る防衛プログラムを牽制していた。


ギギ…ギィィィィ…


何とも耳障りな音である。
開け放たれた扉の向こうには、巨大な空間が広がっていた。
扉の前と後ろで空間が捻れている様な違和感を感じたのは、
ゲンガーを除けばアーティだけだった。

「ケケッケ…どうなってやがるこりゃあ…」

ゲンガーが想定した扉の向こうの景色とは違うらしい。
その一言だけで、それが十分理解できた。
理解できたところでどうしろと言うのだ。
扉の向こうには防衛プログラムの姿は無い。
休息も兼ねて、一先ず中へ逃げたいところである。



「オレが先に行く。お前らはそこで防衛プログラムと遊んでろ。ケケッ」

「あ!オイ!待てよ!」

アーティが伸ばした手をするりとかわし、ゲンガーは扉を潜った。
次の瞬間――



ゴトンッ



何の前触れも無く、扉が閉まる。
ゲンガーは扉に触れてはいない。
突然、勝手に閉まったのだ。

アーティが慌てて扉に手をかけ、開こうとするのと同時に、
ゲンガーも扉に手をかける。
そこでまた、信じられない事態が発生した。





「…アレ?」




間の抜けた声を上げたのは、ユハビィだった。
キュウコン(の人形)も、キョトンとして辺りを見回している。
しかし一番驚いているのは、アーティだった。
扉に手をかけ、開けようとした次の瞬間、周囲の景色が一変したのだ。


一変した――しかし、直ぐに思考を切り替える。
ここは知らない場所ではない。
さっき見たばかりだ、そう――


「ゲンガーッ!!」


アーティは振り返って扉を叩く。
開かない。叩いてみた時点で、壊すことも不可能だと悟った。
いつの間にか、いや『あの瞬間』に、ゲンガーと自分たちの場所が入れ替わったのだ。
今ゲンガーはさっきまでキュウコンが居た場所で防衛プログラムと戦っているのだろう。
あくまで推理だが、入れ替わったことが事実なら可能性は高い。
何より、今自分たちがゲンガーと入れ替わって、扉の向こうに来てしまったのだから。


だからつまり、扉の外にいたはずのユハビィたちは扉の中に居て、
中に居たはずのゲンガーは、恐らく外に出されてしまったと言う事――



『ユハビィ』



「っ!?」




遺跡の深層でミュウツーが聞いた声とは違う、
しかし空間全てに浸透するような声が『ユハビィ』と言った。

それはキュウコンにも、アーティにも聞こえている。



『幼少の頃、ロケット団に町を破壊され、精神が崩壊する。
 その後アテの無い放浪の旅を続けるうちに、この世界に迷い込んだ』

「………誰だ…っ」

『…改変された歴史によれば、そういうことになっているようだな。
 実に面白い。本来ならば、町と共に死んでいた名も無き人間だというのに』

「…何を…何を言って…」

『おまえの正しい人生は、本当ならもう終わっている。
 …だと言うのに、ここまで歴史を捻じ曲げるほどの力を、
 あのホウオウは得ていたと言うわけだ。ふふふ…大したものだ』

「だ…黙れぇーーーっ!!!」


波導で硬化したツルの鞭が、周囲を敵味方関係なく破壊する。
このまま放っておくのはユハビィの精神に関わる――
それを察したキュウコンが慌てて止めに入った。

しかし、ユハビィは止まらない。
まるでキュウコンの言葉が聞こえていないように、周囲を全て破壊していく。
キュウコンの魂の器となっている人形も、
それに巻き込まれて無残な状態になっていった。
それでもキュウコンはユハビィを止めようとしているのに、
ユハビィは止まる気配を見せない。

――アーティには、この光景は初めてじゃないように思えた。
いや、実際初めてじゃない。前にもあったんだ。
細かい違いはあるが、あの時も確かに、ユハビィは止まってくれた。

何て叫んだ?




「止めろユハビィッ!!」


「っ!!」



ビクっと身体を震わせて、ユハビィはツルの鞭を振り回すのを止めた。
潤んだ目が、こちらをジッと見ている。止まった。
我に返ったユハビィが自分のしてしまった事の重圧に潰されるより早く、

………どうすりゃいい。

アーティの思考も止まった。
何て声をかけてやればいいのか、皆目検討もつかない。
お前は悪くない、と言ってやるのか?
あいつの言うことなんか気にするな、と言うべきなのか?

「ぁー…ユハビィ、ちょっといいか」

間が持たない。
アーティはとりあえずユハビィに声をかける。
無残な姿になったキュウコンの人形はもう動かない。
代わりに半透明で青白く光るキュウコンが、その上で浮いていた。
どこか悲しそうな目をしている。
そんな目でオイラを見るな、とアーティは言おうとしたが、
今はユハビィを落ち着かせるのが先なので無視した。

「アーティ…ワタシ…ワタシは…」
「気にすんな」

おまえはおまえであってだな、他の世界のおまえの寿命が10年足らずな事とか、
本当はこの世界に来るはずじゃなかったとか、そんなことは関係ないんだ。
もし関係があるとすれば、
それは世界と世界を自在に行き来できる神だの何だのと言う超常的な存在だけなんだ。
おまえがそうなのか?――んなわけあるか。

…なんて長ったらしく説いてやろうと思ったが、結局気にすんなの5文字で抑えた。
途中から何を言ってるのか分からなくなりそうだと、アーティの頭脳が判断したのだ。


『……』

「…ただお喋りしに来ただけなら、帰ってくれないか?
 オイラたちは、ミュウツーを止めなくちゃいけないんだ」


声の主は、その言葉に少し反応を鈍らせた。
少し考えた上で、今度は声ではなく空間の歪む音を響かせる。
突然渦を巻いた景色の中央に穴が開き、
そこから見たことも無いポケモンが姿を現した。


大きな身体は、グラードンにも匹敵するだろう。
この大きな空間は、それが降臨しただけで小さな空間に早変わりした。

銀色の翼、真珠の様な色をした肌、それこそ真珠の様なものが肩についているし。
目つきは全てを見通すような、穏かさとも凶暴さとも違う。
見つめられると身動きが出来なくなりそうな――この感覚は、どこかで感じたことがある。

【圧倒する感覚】、【絶対的存在感】、これはまるで、
ルギアやグラードンに感じたそれと酷似している。
いや、それ以上だ。
この未知のポケモンと比べたら、ルギアやグラードンなど可愛いものである。

やがて、アーティとキュウコンは一つの結論に辿り着いて口をそろえた。



「「…究極神、『パルキア』…」」








つづく


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