「こ・れ・で・も・くぅぅらぇええええええええッ!!!」



「δΘλ――――!」








ガギリィイイイーーーンッ!!





ヘラクロスのツノが、レジロックの胴体に走った亀裂の最も大きいものをさらにこじ開ける。
アブソルはもう、目の前まで走ってきていた。



「ツノごと持ってけッ!やれぇぇぇーーーーーーーッ!!」


「シャドークロォォーーーーーッ!!!」


全てのエネルギーを凝縮した右腕はおぞましいオーラを纏っていて、
そのオーラはまるで滾る炎のように全てのものを溶かしていく。

伊達にデンリュウの部下として世界を旅したわけではない―――
アブソルの『攻撃力』は、今まで活躍の場こそ無かったが、決して弱くは無いのだ!

ドス黒い炎の中で、レジロックの身体が見る見るうちに真っ赤に染まり膨張している。
凄まじい熱を帯びたオーラがレジロックの隙間から体内に直に叩き込まれ、
身体を構築する岩石がそれに耐えかねているのだろう――

やがてヘラクロスのツノが亀裂から抜け、
レジロックにしがみ付いたアブソルはさらに火力を強め、


次の瞬間――










=======
迷宮救助録 #48
=======











「っ……ぅ…」



「オイ、ヘラクロス…無事か…?」



呻き声を洩らすヘラクロスは、何とか生きている以外に何も情報を与えてくれない。
吹き飛ばされて石柱に叩きつけられたアブソルは自分の骨が何本折れたか数えるよりも、
レジロックにどれだけのダメージを与えることが出来たのかを確認するほうが先で、
でもそれより先にヘラクロスの無事を確かめるのが先だと思っていた。

シャドークローのエネルギーの体内照射による強烈な攻撃は確かにレジロックにダメージを与えていた。

それはレジロックの上げた理解不能な機械言語の絶叫からでも判断できた。
しかし、もしかしたらそれが『合図』だったのかも知れないと、アブソルは自分を責める。

『大爆発』だ。

体躯からして岩石で出来たレジロックが
『大爆発』を使えることは不思議ではないはずなのに、
アブソルはそれを完全に想定から外していた。
理由は無い、ただ不覚だったとしか言えないだろう。
例えレジロックの強さに正常な思考能力が削がれていたとしても、
それらを差し引いて、自分の未熟さを噛み締めずには居られなかった。

神殿は石柱が何本か折れていたが、それは全体から見るとほんの一部で、
ここが崩れる心配は感じられない。
アブソルが立ち上がり、動かないのが後の左足だけである事に安堵し、
ヘラクロスに近寄る。
ツノはすっかり情けない事になっているが、名誉の負傷だと思えば立派に見える。

「……ちっ」

アブソルは舌打ちをした。
ヘラクロスはすっかり気を失っており、
これでレジロックが立ち上がって来ようものならもう手の打ちようが無い。
祈るようにヘラクロスの身体を抱き上げると、アブソルはゆっくりと後退する。


――希望は、打ち砕かれた。


「Θδ…」


アブソルが凝視していた瓦礫がゴトンという音を立てて崩れ、
中から再びレジロックが現れる。
大爆発を使っておきながら立ち上がってくるゴーレムの根性はもはや賞賛に値するだろう。
憎たらしいほど頑張り屋さんなレジロックを前にして、
アブソルはさてどうしたものかと周囲を見回した。

しかし、窮地を切り抜けられそうなものなど、何も無かった。


レジロックは焦げた身体に構うことなく、こちらへ向かってくる。
ストーカーに相応しい機敏な動きは無く、かなり消耗しているのは確かなのだが、
それを言うならこちらはもう満身創痍だ。

冗談じゃないとアブソルは身を翻し、走り出そうとして驚愕した。


「――嘘だろ」


行き止まりだった。
だだっ広い広場に出たと思ったから、
真っ直ぐ行けば反対側に通路があるだろうと言う発想自体浅はかだったが、
それに気付かない自分の未熟さにはほとほと参る。

この広場は、多分古代のポケモンが謁見の間にでも使っていたのだろう、
入り口など一つあれば十分、御尤もである。

相変わらずピクリとも動かないヘラクロス。
こいつが起きててくれないと、不安の増大の仕方がシャレにならない。
試しに頬をひっぱたいてみたが、反応は無かった。


「ёиΩ…」

「ちっ……こっちに来るなッ!『かまいたち』ッ!!」


ヘラクロスを瓦礫の山に置いて、アブソルはかまいたちを放つ。
真空波が物理的破壊力を持って、レジロックに直撃した。
ガギィンという金属音こそしたが、レジロックは一瞬その足を止めただけで、
別段ダメージらしいものは無いように見える。
相変わらずの硬さは、爆発後も健在なようだ。

と、不意にレジロックが右腕――の様な身体の一部を持ち上げ、
アブソルに向けて真っ直ぐ伸ばしてきた。

先端には、波導に似たエネルギー…いや、見間違いでなければ、アレは波導だ。
レジロックは波導を右手に集め、何かの技を放とうとしている。

超古代なポケモンだから、波導が使えることにはイチイチ驚かないが――
その代わりと言ってはなんだが、構えた右手が真っ直ぐ、
アブソル目掛けて飛んできたのには、正直驚かざるを得なかった。

仮に、【ロケットパンチ】とでも名づけておこう。
ユハビィが喜びそうな名前だと、アブソルは自嘲気味に笑った。







――――ドスンッ!!







笑いながら目を閉じていたが、
自分に『それ』がぶつかるタイミングを計り違えるほど、
アブソルの脳内時計は狂ってはいない。

鈍い音は、アブソルの予想よりコンマ数秒早く聞こえ、
そして自分には当たらなかったことを悟らせた。

直後、聞き覚えのある声が聞こえた。
――と言うか、それは正直二度と聴きたいとは思わない声だった。





「ふむ…どうやら、間に合ったみたいだな」

「ゴゴ…直進。間に合うは、必然」



見ると、天井にぽっかり穴が開いている。
この巨大な岩蛇が開けたに違いない、そして直進したと言うことは、
ここで起きていた事を知っていたことを意味する。


「何で、おまえらがここに居るんだ…」


命拾いした安堵感を押し殺し、極めて敵意を込めた声でアブソルは言った。
当然だ、目の前に居たこいつらが何をしたのか、アブソルはよぉーく覚えている。
忘れもしないだろう。あれは、アブソルにとって一番してはいけないことだ。

デンリュウに反旗を翻し、襲撃をかけるなど。
なぁ、老紳士モドキのカイリューに何考えてるのかわからんイワークさんよ。

アブソルは視線にも殺意を乗せ、突然の来訪者を睨みつけた。

「ふむ。細かい説明は、この戦いの後でもいいか?」
「ゴゴ…問題無い筈。ここでの戦いは一瞬」

「な、何言って―――」


よく見ると、カイリューはレジロックの飛ばした右腕を未だに抱えていた。
強力な一撃であることは明白だったのに、
それを受け止めて平然としているのがアブソルには信じられない。
カイリューは抱えた岩石を投げ捨て、レジロックを睨んだ。
初めて見るポケモンに僅かながら興味があるらしいが、
当然それが進路を阻む敵である事も理解しているらしい。
コキコキと腕を鳴らし、彼はイワークと並んでレジロックの進路を塞いだ。


「ふむ…デンリュウが強すぎただけであって、決して我々が弱いと言うことではない」
「サーナイトの力…まだ失われていない…ゴゴ」

「……ッ…」


悔しいが、この二人が揃ったときの頼もしいの何の。
アブソルはその場にへたり込むと、無造作に投げ捨てられたヘラクロスに目をやる。
相変わらずピクリとも動かないから、早急に手当てをしたほうがいいのだろうが、
もうその体力すらなくただこの【トップアイドル】の忠臣の戦いを見守るしかなかった。


「δッ!」


レジロックがビームを放つ。
この二人がよければ、それは自分に直撃することをアブソルは悟った。
だが二人はその場を微動だにしない。
まるで自分を庇う様に、直立の姿勢を崩さなかった。

「…っ」
「ふむ…大丈夫かミルフィ」
「ゴゴ…問題ない。【まもる】は正常に機能した」

ミルフィーユ…もといイワークは【まもる】と言う防御技で今の攻撃を凌いだらしい。
トレーナーの手により育てられたポケモンならまだしも、
野生でそれを正確に扱えるのは紛れも無い強者の証である。
カイリューが再びレジロックを睨みつけると、
無機質なレジロックが僅かにたじろぐ様に見えた。
あのゴーレムは、本能的にこの二人を恐れている。


「…気をつけろ、アイツは硬いぞ」


だからそう言った。
自分が全く歯が立たなかったレジロックを、
憎むべきこいつらが圧倒するのが許せなかったから。
勝手に裏切って勝手に戻って来て、
一体何がしたいのか分からなかったから。
カイリューはイワークに目配せすると、
瓦礫の上から飛び上がりレジロックの頭上を取る。

イワークは動こうとしない。
どうやら自分らを守る心算らしい、そこがますます気に入らない。


「ζёи!!」

「ドラゴンクローッ!!」


レジロックが頭上に向けて、恐らく『破壊光線』であると思われる技を放つ。
カイリューは空中でアクロバット飛行をする戦闘機のように身を翻しそれをかわすと、
両足でレジロックの両肩を捕まえて、至近距離から『ドラゴンクロー』をお見舞いした。

確か同じ技をラティアスも使っていたが、破壊力の桁が違うのが一瞬で理解できた。



ドズンッッ!!!



まるで失敗作の粘土細工を拳で叩き潰すように、レジロックの頭がぐにゃりとへこむ。
レジロックはふらふらと後退し、カイリューは肩を離すとレジロックから距離を取る。
巨体は糸を失くした操り人形の如く奇妙な動きをした後、ついに地面に崩れ落ちた。


ありえない在り得ないアリエナイ、だって、あのゴーレムは、
ヘラクロスのメガホーンですら壊せなかったと言うのに――――


レジロックは戦隊ヒーローモノでお約束の如く、その身体を爆発させて空中に霧散する。
地底遺跡の防衛プログラム一つが、完全に打ち破られた瞬間だった。


「ふむ…先ずは手当てだな」
「私はいい。ヘラクロスの手当てでも勝手にしてろ」
「ゴゴ…その怪我では、脱出は出来ない。デンリュウに会いたくば、従え」
「……ッ…それはどういうことだッ……」
「……」

イワークは何か口を滑らせてしまったような表情で、
手当てをするカイリューの手伝いをしている。
それきり何を問いかけても、ふたりは黙々と手当てをするだけだった。
デンリュウの動向について一番知っている可能性があるのはこの二匹のみ――
それが解ってしまったから、アブソルは苛立ちを募らせて喚いた。

「答えろ!デンリュウさまは今どこにいる!」
「………」

イワークが渋々カイリューの表情を伺う。
カイリューもまた仕方ないと言わんばかりに頷いて、
やっとイワークが口を開いたのは手当ても殆ど完了した頃だった。

「じきに分かる…我々は、お嬢様を守らなければならない」

「……じきって何時だよ」

「ふむ…『この戦い』が終わる頃、だ。行くぞミルフィ」
「ゴゴ」

「っ、待てって……っつぅ」

イワークとカイリューは、既に地面に穴を掘り始めていた。
その穴についていけば、すぐにでも合流できるだろう。
今は体力を回復するのが先だとカイリューは言い残し、穴の中へと消えていった。
去り際、自らが掘ってきた天井の穴を指し、『出口』とだけ言ってイワークも消える。

「……仕方ないな。ヘラクロスを担ぐのもごめんだ。少し休むか……」

眠い、という自覚は無かったが、
目を閉じて数秒足らずでアブソルは意識を失うように眠りに落ちた。
頭で感じる以上に疲れが限界を超えていたらしい。


彼が次に目を覚ますのは僅かに数分後だが、
目覚めた彼は眼前の光景に絶叫することになる。



当たり前だ。




なんせ目の前にいたのは、あのグラードンだったのだから。









つづく



戻る inserted by FC2 system