「全て予定通りです、ホウオウ様」


偵察に行っていたライコウがホウオウの前に傅き、結果を報告する。
その表情は確かな自信に満ちており、結果の良さが伺える。
しかし、ホウオウは冷淡な表情を崩さず、淡白な反応を返すばかりだった。


「創造主の使いがこのまま黙っているとも思えん…
 もしかしたらこの世界は既に捨てられたのかも知れんな」


ホウオウの前に傅いたライコウは目を丸くした。
ライコウはデンリュウほどホウオウに近い位置に居るわけではなく、
ホウオウの考えを丸々察しているわけではない。

ホウオウは少し怪訝な表情を浮かべ、水晶を覗き込む。
そこには地底遺跡を探索する『ミュウツー』と、それを追うユハビィ一行が映し出されていた。

彼女らが鉢合わせ、最終決戦に発展するにはまだ時間が掛かりそうだった。



その前に、ホウオウらの居場所について説明しておこう。

ここはホウオウが作った異空間である。
出入り口は誰にも気付かれないような岩に書かれた紋様で、
そこに手を翳すと吸い込まれるように中に侵入する事が出来る。
思いの他広いドーム状の空間の中心には、
表面だけを綺麗に磨いた氷柱のような水晶が無造作に置かれており、
涼しさを感じさせるが決してインテリアにはなっていない。

当然ながら、インテリアとして置いている心算はホウオウには無い。
ホウオウが望めば、それは世界を写す鏡になるのだ。


「捨てられた…とは?」


ホウオウの背後に立っていたデンリュウが問う。


「文字通りだ。ミュウが消えた今、
 この世界にあといくつの修正者が残っているのかは知らないが――
 それが何時まで経っても出てこないところを考えると、…という意味だ」

「……世界は無限に生まれるから、そのうちの一つが消えても…」

「創造主には、痛くも痒くも無いのだろうな」

「………」


デンリュウは顔をしかめた。
そんな簡単なことで、この星に生きる命は消されてしまうのだろうか。
全ては神の気紛れ――

気紛れに生かされ、気紛れに消され逝く存在たち………


「ふん、そんな感傷など何処で覚えてきたのだ。半身として情けない限りだ」


ホウオウは頭痛がするような素振りをしながら、デンリュウに侮蔑の目を向ける。
デンリュウはホウオウから顔を背け、水晶を見た。

相変わらずの光景が映っていたが、どうやら一足先にミュウツーは深層へと辿り着いたらしい。


「ふ…遺跡の防衛プログラムは、ミュウの遺伝子を継ぐミュウツーには作動しないようだ。
 だが、ユハビィたちは『敵』と認識されたようだな…」


ホウオウはニヤリと笑った。
その言葉の意味をデンリュウが理解したのは、数秒後。


「遺跡の住人が目覚めるぞ…」


水晶に映し出された遺跡の壁から、突如として謎のポケモンが群れを成して出現した―――










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迷宮救助録 #47
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地底遺跡の名に恥じることなく、その階段は地下へと進んでいた。
階段を降り、降り、時々長い通路を直進し、
どれだけ進んだのか分からなくなるほどの距離を経過したところで、
今まで何処に隠れていたのやら、『奴』が待ち構えていた。

「ケケケケッ、遅かったじゃねぇか。来ないかと思って心配したぜ」
「ゲンガー!どこ行ってたんだよ今まで!」
「ケッケ、勘違いするなよ。手は組んだが馴れ合う心算はねぇぜ」

特徴的な笑い方が耳障りな、黒く濁った身体を持つゲンガーだ。
イジワルズの他の面子は見えない。あれからずっと単独行動をしているのか、
興味と言う程ではなかったが、ワタシは気になった。
両脇に控えたあの二匹が、なかなかオイシいからではない、悪しからず。

「アーティ、新作だ。持ってけ」
「コイツは…」

ゲンガーは不意に振り返ると、アーティに『ポロックケース』を投げた。
アーティがキャッチしたときに中でポロックが跳ねる音が聞こえ、
――恐らくポロックが5〜6個入っているのだろう。

「ケッケッケ…いいか、今度のポロックは重ねがけが可能だ。
 ただし、3つまでにしとけよ、命が惜しければな。ケケケケケ」
「……分かったよ」

ワタシには暗に、『4つ以上使うと面白い事になるから是非使ってみろ』
――と言う風に聴こえたのだが、敢えてツッコミはしなかった。





――ズズズズズ……ッ


「――っ!?」
「何っ!?」
「地震か…地底に居るから、その振動が直に伝わるのだろう」
「キュウコン!落ち着いてる場合じゃないって!」

もしここで遺跡が崩れたら、全員生き埋めでゲームオーバーだ。
多分全員が同じ事を考えていたのだろうが、キュウコンだけはその様子が無い。
同じ無反応を見せるゲンガーとは違った意味で、彼は余裕だった。
その根拠の説明は、揺れが収まって全員が胸を撫で下ろした直後に行われた。

「仮にも『地底遺跡』だ、地震に対して何の備えも無いわけがないだろう。
 この程度で崩れるなら、今日までこの形を保ってはいないさ」
「それは…そうだけど…」
「ただし何故崩れないのかは、非常に興味がある。
 じっくり調べたいが、その暇も無さそうだな…」

壁に手をついたキュウコン(の人形)は、
何かに気が付いたのか元来た道を振り返り、低く身を構える。
地震の余韻で気が鈍ったか、
ワタシは薄暗い通路から何かが迫っていることに気付かなかった。

それは、なんと言うか、『ゴーレム』だった。
何と説明すればいいのか分からないが、機械仕掛けのロボットと言うべきか。
博識なキュウコンの解説が無ければ、
ワタシは最後までそれがポケモンであることを知らなかっただろう。



「…δζёбηπ☆Θ…」

「ちょっ…、キュウコン!何か喋ったわよ!?何ですのアレっ!」
「古代語か…それとも彼らだけが解せる信号なのか。興味深いな」
「い、いいい岩の塊ッ!こっち来るよ!?」


ピロピロとかピコピコとか、そんな風にしか聴こえない音を発し、
岩の塊がギリギリで人の形を成した何かが、こちらに向かって歩いてくる。
どうやら胴体と頭の役割を持つらしい中央の岩の、
これまた恐らく顔面であろう位置にポツポツと埋め込まれたような何かが点滅していた。
気味が悪すぎる、そして心臓に悪い。
ハッキリ分かるのは、これが味方なら遠慮しよう。
こんなのに隣を歩かれている間の心労を考えると、
今すぐにでもストレスで胃炎を発祥できそうだった。

「安心してユハビィ、アレは敵だ。この遺跡を守るポケモンだろう」
「安心の要素がどこにも無いぞキュウコン」
「そう、敵なんだ、安心した」
「アレ!?安心しちゃうの?!」
「ユハビィは安心したみたいね。あたくしもちょっと安心しましたわ」
「冗談はさて置き、アレは多分『レジロック』と言うポケモンだろう。
 手ごわいから、みんな気をつけるんだぞ」

キュウコンはそう言うと人形のまま波導を纏う。
その光景にユハビィは目を疑った。

「そ、そのまま戦うの…?」
「問題ない、この人形の身体なら――」

「待てキュウコン、ここは俺が引き受ける」
「ヘラクロス?」

問題ないと言いながら、
纏った波導を攻勢に向けようとしたキュウコンを、ヘラクロスが止めた。
彼の目は、退路を阻むように立つレジロックを見つめている。

「コイツは俺が壊す、時間が惜しいんだろ、てめぇらは行け!」

「だってさ、行こうぜフーディン、みんな!」
「しかし…」

リザードンの言葉に、フーディンが躊躇いを示す。
しかし、他の全員はヘラクロスに同意していた。
ヘラクロスの強さはユハビィがよく知っていたし、時間が惜しい事は全員分かっている。

「ヘラクロス、先に行ってるよ」

だからユハビィは率先して、ヘラクロスの肩を叩いた。
ヘラクロスならきっと追いついてくる、そう信じて背中を預けるのだ。
それが、今先頭に立つものの役目だと思ったから。

振り返ることなく走り出すユハビィにつられ、アーティも走る。
アーティはヘラクロスのことをどうとも思ってはいないので、
特に別れの挨拶は無かったがヘラクロスはそれに対し文句は言わない。当たり前か。
アーティに続き、気張りなさいよねと言ってピカチュウも走り出す。
ゲンガーは最初からレジロックとの戦いに興味が無かったのか、
ヘラクロスの判断にたいそう嬉しそうな笑みを浮かべて小走りに逃げ出した。
リザードンが走る。
フーディンは残ろうとしていたが、ルギアに引っ張られて無理矢理退場させられた。
キュウコンがその後に続き、結局残ったのはヘラクロスと――

「何してんだお前」
「監視。気にしないでバトルを続けてくれ」

アブソルだけだった。
シレっとした表情で通路脇に陣取ると、アブソルは無気力ながら応援を始めた。
どう見ても挑発にしか見えないアブソルの態度が気に喰わないが、
いよいよレジロックが本格的に動き出すので、ヘラクロスは構える。

以前ユハビィと対峙したときとは、少し違う構えだ。
広い場所と狭い場所では戦い方が違うのか――
アブソルにはそんな事を考える余地は無かったが、
せめて巻き添えだけは避けようと陣取った場所をあっさり放棄する。
その判断は、正解だった。



――ズドォォォーーーンッ!!



「うおっ、ヘラクロス貴様私まで巻き添えにする気かッ!」

「オメーが勝手に残ったんだろうが!邪魔だからさっさと行けってーのッ!」

「だが断る!」

「あーもう!俺の邪魔だけはすんじゃねーッ!」







………

……………






正直言って、ここに残ったことを死ぬほど後悔しよう。
だが、後悔するのは――そうだな、生きてここから出られたらの話だ。
そういえばキュウコンは気をつけろとか言っていたような気がする。
自分はいつも冷静で、クールな洞察眼の持ち主だと思っていただけに、
この誤算はプライドに響いた。

何が言いたいのか、何が起きたのか――現在進行形で起きているのか、だな。
レジロックが凄い強くて、太刀打ち出来ませんと言えば、伝わるだろうか。
いやホントすまない。
生き残れたら、レジロックがどう強いのか、
出来るだけ明確に記録して出版しようと思う。
…ごめん、嘘だ。生き残れても、本は出版しない。

「アブソル、ちょっと耳貸せ!」
「お断りだ!私はまだ死にたくない!
 行方不明のデンリュウさまにもう一度会うまでは!」
「どうせホウオウと相打ちになって死んだんだろっ、
 それより今どこを走ってるのか分かってるのか!?」
「知るかァーーー!」

複雑に入り組んだ迷宮の中を、逃げども逃げどもレジロックは付いてくる。
鈍重な見た目や動作とは違い、
追跡に関しては影のようにピッタリと付いてくる徹底ぶりだ。
ストーカーさせたら天下一品だと思う。

「埒が明かん!ぶっ壊してやるッ!【メガホーン】ッ!!」
「オイッ!ヘラクロ――」
「…ёaζィ!!!」




物凄い轟音と共にレジロックの巨体が宙に浮いたかと思うと、
ヘラクロスはさらにメガホーンを叩き込む。
二連発、クリティカルヒットだ。
壊すまではいかなくとも、タダでは済まないだろう!



――そう、最初の段階なら考えただろう。
しかし、今は違う。
あのレジロックをどれだけ叩いたところで、
あの身体を壊せるとは――まして倒せるなどとは夢にも思わない。


「くっそ…硬ぇな!」
「オイ、ツノ。ツノやばいぞ」
「ぁあ!?どうせまた生えてくる!」
「そ、そうなのか」
「…すまん、嘘ついた…なぁ生えてくるかなぁ…」
「急にしおらしくなるなッ不安になる!」

ヘラクロスのツノは、PP(技を使うためのエネルギー残量)を使い切るほどの
メガホーンの連打により、古びた剥製のようにボロボロになっていた。
肝心のレジロックのボディには、いくつか亀裂こそ入っているものの、
どうもダメージを与えられている様子は無い。
なぜなら、レジロックはどんどん元気になるからだ。
攻撃されるほど元気になるなんて、よっぽどのマゾなんだろうな。

って、そんな遺跡の番人嫌だよ。

「仕方ない、もう一か八かだ」
「どうするんだ?」

遺跡の奥へ迷い込むと、神殿の様な柱が何本も聳える空間にたどり着き、
ヘラクロスと私は柱の影に隠れてレジロックの視界から逃れた。
レジロックは無闇な遺跡の破壊はしないらしく、
しかしながら謎のレーダーを使ってジリジリと距離を詰めてくる。

「…を、………だ」
「なっ……アホか!そんな作戦成功するわけ無いだろ」

トンでもない事を言いやがる――ヘラクロスのボロボロのツノを掴み、
私は唾が飛ぶのも承知の上で叫んだ。
しかしヘラクロスは表情一つ変えず私の反対意見も聞き流し、
立ち上がって身体についた砂埃を掃った。

「俺もあいつらに毒されたみたいだ。ずっとストーカーしてたからなぁコノヤロウ」
「ぉ、オイ!待てって!」

レジロックに向かって走り出すヘラクロス。
作戦――あの頑強なレジロックを壊すための、ラストコンタクト。

「『やってみなきゃ解らない』…ったく…
 お前そういうキャラだったのかよ、ヘラクロスッ」

作戦はもう始まっている。
余計な思考は全て停止させて、視野もレジロックが見える部分まであればいい。

味覚、嗅覚、触覚不要――停止。

目標は対象の破壊ではなく、持てる全ての力を出し切る事――

生体エネルギーより擬似波導構築、全神経フルスロットル、リミットブレーク。
全身系生体波導を右腕に集中――





「ウウウオオオオオオオオオアアアアアアアアアーーーーーーーッッ!!」





私は波導に似たオーラを右前肢に纏い、レジロックに特攻した―――








つづく





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