銀色に輝く羽毛が、月明かりに照らされて美しい。
そんなルギアの後方にファイヤーとフリーザーが編隊を組み、
ユハビィたちの居る集落へと飛んでいた。

ファイヤーとフリーザーを呼び出したのはルギア自身で、
(FLBはその隙を突いて集落へと赴いたワケだが)
ルギアの目的はこのふたりの治療であった。


「どうだ、力は馴染んだか?」

「うーん久々に氷が使えるよー、ありがとうルギア」
「ルギア『様』だフリーザー、神の前くらい敬意を払え」

「構わん、私は堅苦しいのは苦手だ」

「ほらほらー、ファイヤーは堅苦しくてダメダメ〜」
「む……」


炎の翼から零れる火の粉が空を舞う。
フリーザーに嫌な指摘をされたファイヤーは、
苦虫を噛み潰した様な顔でやや速度を落とした。


「どうした、呼び捨てで構わないぞ【炎の化身】」

「…なら、せめてそちらも通り名で呼ぶのは止めて下さい」

「ふふふ…いいじゃないか、何なら私のことは銀翼と呼べばいい」

「…………」


たまにルギアのノリについていけない生真面目なファイヤーは、
ただ黙するしかないのだった。







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迷宮救助録 #46
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湖面に浮かぶ月を狙い、竿を振るう。
ポチャンと言う音を立て、湖面の月は一瞬歪むも、また元に戻る。
そうするうちに、釣り糸の先端に付けた錘が暗い水の中に沈んでいった。
真っ赤な浮きだけが月明かりに照らされた湖の中に浮かび上がる。
風に流され、浮きは水面を踊った。

「釣れますか?」
「……見てて、分かんないか?」
「ウキ釣りにボウズが付き物かどうかは、私には分かりません」
「…この湖に魚が居るかどうか、って処がオイラは気になってきたよ」

ラティアスがそんな質問をするのは、
つまりアーティが先ほどからずっと同じ行為を繰り返しているからである。
竿を振り、踊る浮きを傍観し、適当に引き上げてはまた投げる。
えさはオキアミが付いていたが、それは最初につけたものが未だに健在だった。

「魚がコイツを突っついてる気配もまるで無いな」
「ですねぇ」
「単刀直入に言うが、ここに魚は居るのか?」
「教えません、夢写しで見たので知ってますが、教えません」
「…もう帰るか…」

笑顔でアーティの問いを棄却するラティアス。
ドSだ、アーティはそう直感し、竿を片付けた。
空っぽのバケツの中の水を湖に捨て、集落に向かって歩き出す。
背に受けた月明かりが、哀愁を感じさせた。

「一匹だけ、大きいのが居るんですけどね…」

そのラティアスの声はとても小さく、アーティには届かない。
湖の中から、二つの光が地上を覗いている。
魚影は途轍もなく大きい、アーティの持つ竿で釣るのは不可能なサイズだ。

「こんにちわ、じゃなくてこんばんわ…その前に初めましてが先ですね」
「…私を見て驚かないのか?」
「もう慣れましたよ、ここ数日で【伝説】だの【幻】だのは沢山見ましたから」
「そうか」

青い巨体が、湖面から背中だけ覗かせる。
グラードンのそれと酷似した、奇妙な紋様が赤く輝いていた。
それは、ルギアには及ばないものの【海の神】として崇められている、
かつて海を作ったと語り継がれている【カイオーガ】だった。

「海底遺跡の扉はこんなところにも続いているんですね」
「正確に言えば【地底遺跡】だがな」
「あの古代文明の…?」
「地上の者の云う【海底遺跡】とは、【地底遺跡】の水没した区域に過ぎない」
「それは初耳ですね」
「普通は気付くと思うんだがな…」
「仕方ありませんよ、誰も【海底遺跡】も【地底遺跡】も見つけられなかったんですから」

伝承に残っている【地底遺跡】に関する情報は曖昧で、
キュウコンですらそれの発見には至っていない。
カイオーガの棲むとされる【海底遺跡】も同様、
結局現時点で地上生活をしているポケモンたちは、
その二つの遺跡が同じものだとは考えもしなかった。
世界は広いし、遺跡など他にも沢山あるのだから仕方が無いと言うラティアスの見解は正しい。

「最後の戦いは、地底遺跡で行われます」
「……何故そう思う」
「【観た】からとしか言えませんね」

ラティアスは、あれから時間を置いて何度か、サーナイトの動向を探っている。
世界の全てを見通せる【夢写し】のおかげで地底遺跡の入り口も発見しているし、
後は機を見て皆に打ち明け、決戦に赴くだけだ。

サーナイトに時間を与えるのは癪だが、最後の戦いになるなら万全で挑む必要がある。
ベストメンバーを揃えて、何時でも全力を出せるようにしておかなければいけない。
負けたら全てが終わる――ユハビィたちは、ラティアスにとって最後の希望だった。

勿論その中に神であるルギアが居る時点で、
全世界の命運を背負っていることには変わりないのだが。


「もしもの時は、助力を期待してもよろしいですか?」
「良いだろう、だが期待はするな。私は地上に出ることは出来ない、
 【地底遺跡】の中も、限られた区域でしか活動できないからな」
「いえ、もしもの時は地底遺跡を全て破壊して、
 敵対勢力諸々海の底に沈めてくださいと言う意味です」
「…意外と過激だな」
「敵が、そうさせるんですよ」


視線を少し傾いた月に向け、ラティアスは呟いた。
本当は戦いなど好まないのに、どうしてこうなってしまったのだろう――
その表情は、ラティアスの悲痛な思いを代弁するに十分だった。

カイオーガは小さく頷くと、そのまま湖底に沈んでいく。
あっという間に暗闇に溶け込んでしまうので、
見送りを諦めたラティアスは集落へと飛ぶのだった。




………



「ら・い・の・し〜〜〜〜〜っ!!」

「ぎゃああああああああッ」


ルギアの帰還が意味するのは、頼もしい戦力の増強だけではなく、
特にサンダーとFLBの者たちにとっては地獄の再来だった。

【氷の使い】の名を冠する、頭の中がニギヤカなフリーザー(♀)と、
無自覚ドS系の【炎の化身】ファイヤー(♂)が、ルギアと一緒に戻ってきたからだ。

「見て見てーっ、ほら【吹雪】ッ!【冷凍ビーム】ぅーッ!」
「ぎゃああああッ効果は抜群だッ!」

サンダーの悲鳴が途絶える頃にはきっと担架が必要なのだろうなと嘆息しながら、
あのユハビィですらかなりの距離を置いていたのだから、
そのテンションの高さの危険性は折り紙付きだろう。

「にゃ?そういえばフーディンおじさんは?」
「おじさんとか言うな…あぁ見えてまだ若いんだぞ、多分」

お前らが帰ってきたのを知って身を潜めました、とは口が滑っても言わなかった。
サンダーは自分がどこまでお人好しなのだろうと、ただ嘆息するばかりである。

「いや、って言うか…、ちょっといいか?」
「じゃーらいのし、さっそくこの集落を案内してよっ、ね?」


「聞けよ……何だよ、この首輪」


サンダーの首に、派手な鎖がジャラジャラ鳴る首輪が、何時の間にか装着されていた。





………




翌朝は、誰に言われるでもなく、全員がキュウコンのコテージに集まった。
タワー状態だった本は全て片付けられており、
どこへ保管したのやら部屋の中は閑散としている。

「で、ラティアスはその様子だとまだ誰にも言ってない様だな」
「機を見て言えと云ったのはキュウコンさんですよ」
「そうだったか」

咳払いをするキュウコン。
その姿は藁人形ではなく、ラティアスお手製のキュウコン人形だ。
結構可愛い出来上がりのためキュウコンが何をしようと威厳など無かったが、
ふざけている場合でもないので誰もツッコミは入れない。
ワタシは一番に床に座ると、キュウコンに問いかけた。

「何か分かったんだね?」

「あぁ、サーナイトの正体と、恐らくではあるが現在の居場所がな」

ハッキリ言って、十分だ。
それ以上のことは実際会った時にでも聞いてやればいい、
問答無用で戦闘になるかも知れないが、
その時は叩きのめして問い詰めればいい。
推理モノのサスペンスだって、
追い詰められた犯人は頼まれなくても勝手に語り出すと相場が決まっているのだから。


「奴の正体は【ミュウツー】…全てのポケモンの祖とされる幻のポケモン、
 ミュウの遺伝子をベースに作られたポケモンだ」

「作られた…!?」


ワタシは驚かなかったが、他の皆はそうでもない。
このポケモンの世界に於いて、新しくポケモンを作り出すなど信じられないからだ。
ワタシの知る限りでは【ポリゴン】と言う人工ポケモンが存在しているが、
この世界に来てからは一度も目撃していない。
人工だけあって、この世界には居ないのだろうか。


「ポケモンを作るって…そんな事出来るわけ」
「いや、可能だ」
「…ルギア?」


窓の外から顔を覗かせているルギアが、アーティの反論を否定する。
身体が大きい事が疎ましいと自身を呪っていたみたいだが、
中の話はしっかり聞いていたらしい。


「よく人間界を見に行くが、奴らは凄いぞ」
「人間って、そんなに凄いのか?」
「あぁ、例えばお前と同じくらいの大きさの箱で、この集落一帯を爆破する事も出来る」
「っ!…マジなのか、ユハビィ」

「………」

沈黙は、肯定だった。
思い出したくは無いが、
ロケット団に潰された故郷がどんな目に遭ったのか、ハッキリと脳裏に浮かんでいる。
モンスターボールほどの大きさの爆弾が投げ込まれた民家は
僅かな残骸を残して吹き飛ばされたし、
憩いの場だった公園を破壊したのは、アーティの身体半分より小さな爆薬の箱だった。

「………」

人間の凄さを知ったのか、アーティは急に押し黙る。
それを横目に、キュウコンが話を続ける。

「そしてサーナイト…もといミュウツーは今、地底遺跡に居る。そうだな、ラティアス?」
「えぇ、間違い無いです。場所はカミラ砂漠のほぼ中心…」

カミラ砂漠――【神等】と言う言葉と関連があるらしいと、キュウコンは記憶していた。
前々から『何かがある』と噂されていたが、
結局誰も証明する事が出来なかった、神秘の地である。
何かがある――その根拠は、カミラ砂漠が『何も無さ過ぎる』からだそうだ。

ただの砂漠なら、そこが砂漠と成り得た何かがあるはずなのに、それすら無かった。
植物を育む土壌が、或いは地上の水分を全て奪う熱が、
しかしそれらはどこにも無く、その環境が何故砂漠となったのかは誰にも分からない。

その答えが地下にあるのでは――そう一時期騒がれたが、そこから先は述べた通りだ。
誰も何も見つけることが出来ず、真相は闇の中である。

「ミュウが棲むとされる【地底遺跡】をミュウツーが目指すことは不思議ではない。
 奴の考えそうな事だ。夢写しでその場所が判明したのは、大きな成果だな」

「それじゃあ、最終決戦の場所は」

「地底遺跡深層…全ての始まりが眠る大地、文献にはそう記されている場所だな」

「……」

アーティは相変わらず難しい顔をしていたが、それはアーティに限ったことではない。
その場の全員が、そうであった。
あの【ルギア】でさえも。
それを察したのか、キュウコンは窓辺に座りルギアに向かって言う。

「良かったじゃないか」

どちらが年上なのかは知らないが、
キュウコンはどうもルギアに対して敬意を払おうとはしない。
ユハビィには、その理由は分からない。
まるで年下の者にアドバイスをするような立場で、キュウコンは物を言うのだ。
ただ一言、良かったじゃないか――と。
そしてそれに続けるように小さく呟くのもまた、同じように上からの発言だった。


「君の知りたがっている答えが、分かるかもしれないな」
「……相変わらずだな、その何でも見透かしてる物言いは」
「何でだろうね、最近勘が冴えるんだ…死期が近いのかな」


「――ちょあッ!!」


ズバシ!!


「痛いッ!」


キュウコンが呟いた次の瞬間、不器用な空手チョップが彼の脳天に直撃した。
キュウコンが振り返ると、そこにはユハビィが堂々と立っている。


「もう死んだようなもんなんだから、これ以上死ぬみたいな事言わないでよ!」
「あ、あぁ…すまない」


ユハビィはそれだけ言うと、再び元居た場所に戻って座った。
頭を撫でながらキュウコンがやれやれと溜息をつくと、
背後でルギアが口をニヤつかせている。


「…なんだい、ルギア?」
「くく…別に。人形でも痛いものは痛いんだな、とな。くくく」
「…慣れない嘘は付かない方がいいぞルギア…」
「くっくっく」


そんなやり取りを見て、ユハビィは思い直した。
この二人はどちらが年上だとか、敬意が如何のとかそういう関係ではなく、
どこか悪友染みたものを感じさせる、と。


実際このふたりは古い友人どうしなのだが、それはまた別の話として。




………



「出発か」

「あれ?サンダーは行かないのか?」
「いや、俺は…な」

サンダーが集落を振り返る。
今戦えるものが全員出払うのは危険だろうと、サンダーなりの考えだった。
同じようにラティオス、ラティアス、フリーザー、ファイヤーもそこで立ち止まっている。
これだけ居れば、サーナイト――ミュウツーの直接の侵攻でも無い限り食い止められるだろうと言う算段だ。

「…そっか、町を頼んだぞ」
「はい、任せてください。アーティさんも気をつけて」

アーティとラティアスが何だかいい雰囲気になっているのを
始終落ち着かない様子で見つめるピカチュウはさて置き、
まるで探していたおもちゃを見つけたかのような甲高い声でフリーザーが叫んだ先には、
FLBの面々が身を潜めていた。


「おじさ〜〜〜ん!帰ったらまた遊ぼうね〜〜〜!」


「リザ…無事帰るのと名誉の戦死、どっちがいい」
「………名誉の戦死…或いは、蒸発……」
「…終わったら、旅に出ようか…」


元気よく翼をバタつかせるフリーザーを遠い目で見つつ、
FLBは悲しい未来予想図を描くのだった。




かくして各々思う事を胸に秘め――
一行は地底遺跡の入り口が出現した【カミラ砂漠】へと歩を進める。







そこに何が待ち受けるとも知らずに――








つづく


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