麻布の、ボロボロのマントを風になびかせ、一匹のポケモンが荒野を歩いている。
かつての威厳も何も無い、ただの放浪者に見えた。。

そのポケモンの手には、古びた文書が握られていた。
一体何の文書だろうか?
それは古代に沈んだ遺跡の在り処を示す手がかりで――


――と、荒野の中で不意にそのポケモンは立ち止まり、何かの呪文を詠唱した。



…ズズズズズズ………ッ



呪文の詠唱の後に続くように、大地が鳴動する。
岩石が砕け、地面が盛り上がり、やがて巨大な建造物がそこに姿を現した。
被さっていた砂が全て流れ落ち、漸くその正体を明確にする。

それは、巨大な扉だった。

石で出来た扉は超古代の技術によって不意に空間の中に吸い込まれ、
地下へと通じる階段を外界に晒した。


階段の奥は漆黒の闇に包まれていたが――



「――地底遺跡…今、会いに行くからな……『ミュウ』」



マントを羽織ったポケモンは、迷うことなく階段を下りていった。



そのポケモンのその姿は、未だかつてこの世界で誰にも見られた事の無いもの。
しかし、その声は紛れもなく【あのサーナイト】だった――












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迷宮救助録 #45
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夜。

月明かりは雲で遮られ、岩に囲まれた大地は暗黒に包まれている。
よく目を凝らすと、ある岩場の隙間から明かりが溢れているのが見えた。
そこには集落があり、今は町のポケモンたちも帰省しているため、
普段の倍以上の活気があったのだろう。

いや、おかしい。
いくら人数が多いとは言え、ここまで明るくなることは無いはずだ。

耳を澄ます。
祭りでも開いているのか、少しだけざわついていた。
いい加減気になり、岩山を跳び伝って、その場所を目指す。
集落が活気付いている――その場所に辿り着くと同時に、事の真相にも辿り着いた。
パーティだ。
祭りと言うには簡素で、食事会と言うのが正しいかもしれない。
そこでは、住人が集ってのパーティが開かれていた。

それは、最後の戦いを前にアーティが発案したパーティだった。
アーティは一度言い出すと反対意見など受け付けない。
そんな彼の性格はユハビィ以外の全員もとっくに理解していたため、
渋々――と言うわけでもなく、満場一致でパーティを催すことが決定された。
昼間、ユハビィたちが久々にダンジョンに潜り、
そこで取ってきた木の実などをラティアスとピカチュウが華麗に料理していく。

何気に器用なラティアスはともかく、
あのお嬢様が料理が得意だったと言うことに、アーティは驚いた。

次々と高級食材に化けていくただの木の実が、皆の食欲をそそる。


「でも、魚と木の実なんだよね。コレ全部」

「他に何かあるのか?」

「んー、別に無いと思うけど…」


ユハビィの頭の中では、ここまでゴージャスに飾られた食卓には、
必ず肉料理が付き物だと考えられていた。
しかし、あいにくこの世界には肉牛など居ないから、
肉など魚意外では手に入らない。
当たり前と言えば、当たり前か。
この世界にいる牛は【ミルタンク】か【ケンタロス】…
種は違えど、ポケモンとして同じである以上、共食いになるような事は出来ない。

――そもそも、そんな発想自体過ぎらないのだろう。


「ふぅ…久々に疲れたわ」
「お疲れ、ピカチュウ」
「ふん…片付けはアンタたちも手伝いなさいよね」

「それじゃあ、皆さん揃ったようですし――」




「ちょーーっと待ったァーーーッ!!!」




「「っ!?」」


ラティアスも席に着き、さぁ始めようとしたその時、
何者かの声が、集落を囲む岩山の上から響き渡った。
明らかに聞き覚えのある、その声の正体は――


「俺たちを忘れてもらっちゃ困るぜ!なぜなら俺たちはァッ!」

「この世界の救助隊で、数少ないゴールドランクの…」

「F!」

「Lッ!」

「B…」

「――だからだァッ!!!」


岩山の上で、ポーズをビシッと決める三匹――チーム【FLB】だ。
忘れてもらっちゃ困るぜと言われても、何時まで経っても現れないから、
それは無理な相談だった。
それにラティアス、ラティオスに至っては初対面だ。

と言うか、顔を赤らめて渋々参加しているようなバンギラスが、不憫だ。
フーディン意外とノリノリじゃないか――アーティは、心の中で突っ込んだ。


「えぇと…どちら様ですか…?」
「関わっちゃダメだラティアス、アレは不審者の臭いがする」
「はぁ…」


ラティアスが一歩前に出て問うが、
すかさずラティオスが正面に回り込み、彼女を後退させた。
そんなやり取りは無視し、FLBは岩山から飛び降りてパーティ会場の領域に踏み込む。
岩山はかなりの高さがあったので、特に空を飛べる訳でもないバンギラスが、
苦悶の表情を浮かべつつ堪えている様が、堪らなく不憫に思えた。

「ちょお待てぃ!不審者って何だ!ゴールドランクだぞ!ゴールド!金!」

やり取りを無視し切れなかったリザードンだけが、尻尾の炎を猛らせて吼える。

「落ち着けリザ、初対面だ」
「む…そうか」
「……(足が…痛い…)」

フーディンの静止により、リザードンはとりあえず冷静さを取り戻す。
そして三匹で簡素な自己紹介を済ませると、ごく自然に席に付いた。
これまで町がどんなにピンチになっても駆けつけなかっただけあって、
周囲の視線はそれなりに冷たかった。

「しっ、仕方ないだろ!こっちは修行中に大変だったんだぞ!」
「修行が大変なのは当たり前だろ」
「うおっ、サンダー!何でおまえがここに!」

喚くリザードンの肩に嘴を乗せ、サンダーが冷たく言う。
それに驚いたリザードンは、思わず転倒してサンダーの方を向き直った。

「お前が居なくなった所為で、俺たちがどれだけ苦労したか…」
「はぁ?…俺とお前らは別々に修行してただろうが…」
「お前がファイヤーとフリーザーをしっかり引きとめておかないから!
 修行の空き時間はずっとあいつらに扱き使われまくったんだぞーーッ!!」

「…なにぬ…?」

ポカンとするサンダーの背を、バンギラスがつつく。
サンダーが振り返ると、バンギラスはなんとも悲痛な面持ちで呟いた。


「…隙を見て、逃げてきた」


その一言が、全てを語っていた。
それ以上の言及は、必要なかった。
ファイヤーとフリーザーに扱き使われるFLBを想像し、
サンダーは少しばかり反省するのだった。

と、不意に風が止む。
FLBの面々が思わず辺りを見回すと、そこには奇妙な光景が広がっていた。
住民や、あのお嬢様のピカチュウでさえ、箸を、フォークを構え、食卓に向かっているのだ。
一体何が始まるのか――リザードンが振り返った先に簡素な作りの台があり、
そこには町の長老である【ナマズン】が立っている。

水タイプの魚類のくせに、なかなか頑張るじゃないか、なんて事はさて置き。


「皆のもの、準備はいいか…?」

「な、何だってんだ…この空気…?」


誰も口を開くことなく、並べられた料理を睨みつけている。
そして、ナマズンの口が再び開かれた。


「…食事は、戦いだ!いざ…いただきます!」

「「「いただきますッ!!」」」

「――ぅお!?」


開戦の合図と共に、全員がほぼ同時に箸を――フォークを伸ばし、料理を取りに行く。
リザードンも周囲の空気に流されて、慌てて料理に手を伸ばす。
高級食材のオボンの実をスープに浮かべた、オボンスープがそこにある。
食べ方としては、先ず浮かんでいる実を取り、皿に乗せるのが一般的だ。


――シュバッ!!


「なっ!」

「へっ、ゴールドランクだか何だか知らないが、兄ちゃんそんなスピードじゃぁ…」
「ここでは料理を食べることなんか出来ないぜ?」


リザードンが取ろうとしたオボンの実は、両サイドから伸ばされた箸に奪われていた。
速い、そして正確だ。
そしてリザードンは、自分がこの両サイドの【ラッタ】と【コダック】のカモにされている事を確信した。
――と言うかこの【コダック】、無駄に速い。


「面白ぇ!やってやるぜ!」

「全く、落ち着いて食事も出来ないのか」


リザードンが熱くなっているのを尻目に、バンギラスが料理に手を伸ばす。
竹の子の煮付けは、バンギラスの大好物だった。
箸が、それを掴む――が、既に竹の子は無い。

いつの間にか正面に座っていた【ヒノアラシ】が、竹の子を口にくわえていた。


「おにーさん、そんなんじゃダメダメ。あはははは!」
「……ほう…」

「バンギラス!そのエビフライを取れ!」

「フーディン!?」


戦いに身を投じる決意をしたバンギラスに、フーディンが叫ぶ。
宙にはエビフライが舞っている。フーディンの超能力で、跳んでいるのだ。
肝心のフーディンは、【モンジャラ】と【ガルーラ】に取り押さえられている。
そして、【エイパム】がその脇をすり抜け、エビフライ目掛けて跳躍していた。


「貰ったァーーーー!!」

「させるかァーーー!!」


ガキィーーーン!!


ふたりの箸が交差する。
激しい火花が炎となり、何故か爆発した。


「うおおおおっ!?何でだーー!!」

「言い忘れましたが、皆様の箸は衝撃を加えると爆発しますので、慎重にどうぞ…」


平然と料理を口に運ぶナマズンが、黒焦げになったバンギラスの後ろを通過していく。
その皿の上に随分と料理が乗っている辺り、彼は相当なやり手だ。






これが、この集落に伝わる伝統のお食事会なのだ………




……

…………





「ユハビィ、いい加減決着を付けようじゃないか」

「…ワタシに勝てるつもりなの、アーティ?」

「ふふん、あたくしが居ることをお忘れかしら?」

「俺だって居るぜ!頑張るぞラティアス!」
「え、えっと、あの…が、頑張ります…」


5匹が円を描くように立っている。
その中央のテーブルには、テーブル上の最後の料理『マツタケ』が乗せられている。
やはり世界は違えどマツタケは高級品――恐るべし! マツタケ!

その大外には彼らを囲むように、
『これから始まる世紀の決戦を見届け隊』が集っていた。
…ユハビィ命名だ、言うまでも無く。


「…5」

「…4」

「…3」

「…2」

「い、…1」



――頂きますッ!!


ユハビィが一歩、抜きん出る。
速い。
これが『波導』の力だ。
しかし、それ以上に身体では無く、『ツル』を伸ばしたのが一番効果的だった。

――こんな事に波導を使う自分が、馬鹿らしいとは思わない。

ユハビィは今、真剣だった――マツタケを屠るために。


「ユハビィ!おまえならそうするって、信じてたぜ!」
「――えッ!?」


ツルの先端に、誰かが掴まっている――アーティだ!
隣に居たはずのアーティは、開戦と同時に料理ではなく『ツル』を目指して跳んだのだ。
そして、ツルのスピードに任せ、一気に加速する。
そこから自慢の腕力で、ツルを思い切り引っ張り、前に向けて飛び込む。

誰よりも早く、アーティが料理の皿に手をかけた――しかし。


――スパァーーーン!!


「ぐぇッ!」
「させないよアーティ!マツタケはワタシのものだ!」


ツルの鞭が遅れて、しかしアーティの次にテーブルに届き、アーティを後ろから叩き落とす。
その衝撃でテーブルがひっくり返り、マツタケが宙を舞った。


「ここよ!待ってましたわこの時をッ!」
「ピカチュウ!何時の間に!」

前方宙返り状態のアーティの背中を踏み台に跳躍し、ピカチュウがマツタケに飛びつく。
しかも、膨大な電気を纏っている。
――『ボルテッカー』だ、コレでは接近戦で勝ち目が無い。


「頂きましたわーーーッ!!」


「ラスターパァーーーージッ!!」


――ドガアアアアアンッ!


「うぐっ!?」


マツタケに手を伸ばしたピカチュウを、念力の波動が吹き飛ばす。
【ラスターパージ】はラティオスだけが使える固有技で、なかなか強力だ。
弾き飛ばされたピカチュウは空中で身を捻って見事に地面に着地し、
再びマツタケに向かって跳躍しようとする。
しかし、ラティアスが背中からピカチュウの身体を押さえつけ、跳ぶことを許さない。

「ラティアス…アンタまさかッ」
「ごめんなさい、兄がどうしてもマツタケを食べたいって。
 私は別に、マツタケは好きじゃないんだけどね」
「ラティ…オスゥーーーッ!!」

悔しそうに叫び、ピカチュウが上を見上げる。
空を飛べるラティオスが、この空中戦に一番有利で在るように見えた。

「さぁカモーン!マツタケちゃァ〜〜〜ん!俺の口の中にフォーリン!」

マツタケの放物線が頂点を迎え、後はラティオスの口に収まるのを待つだけとなる。
ラティオスは大口を開けて、来るべき高級食材の到来を待った。
この無限とも思える待ち時間の間、ラティオスの口腔内は、
マツタケの芳醇な香りによって齎されるであろう至福の時をただただ期待していた。
まだか、まだ来ないのか――…幾らなんでも遅すぎて、ラティオスはやっと気付いた。


「……アレ?俺の堕天使が落ちてこないよ…?」


それは、本当に無限だった。
マツタケは頂点に達したとき、その姿を消した。
一体どこへ――ラティオスが周囲を見渡す。
下に居るユハビィたちが、マツタケを食べている様子は無い。
そう思った後、ラティアスが叫んだ。


「兄さん!上です!」

「上?……ぬぁーーーーッ!」


そこには、闇夜にその身を同化させたヘラクロスが、僅かな羽音を立てて飛んでいた。
口がもぐもぐ動いている辺り、ラティオスの愛すべき堕天使は、既に彼の口の中であろう。


「ここまで計算どおりになるとは、自分が怖くなるな」

「ヘラクロスゥーーーーッ!!返せ俺のマツタケ!」

「返せるか!もう食道通過したわアホ!」






……

…………





「いやー、楽しかったねー」
「そうですね、すみません手伝って貰っちゃって」
「いいよいいよ、オイラは救助隊だからな」
「なんて地味な救助活動ですの…」

パーティを終え、後片付けをするユハビィ、アーティ、ラティアス、ピカチュウ。
今は居候の身だから率先して雑用でもしようと言う事で、
その他大勢の住民たちには先に休んでもらっていた。

と言ってもすんなり受け入れてもらった訳ではなく、
結局ピカチュウが無理矢理休ませたと言うのが一番正しいのだが。


「…この戦いが終わったら、またやりたいな」

「……そうね」
「えぇ、やりましょう、またみんなで」


アーティの言葉に、ユハビィは応えない。
ピカチュウとラティアスは、それに対して特に何も思わなかった。
…ユハビィが、この戦いが終わった時に、人間の世界に帰ってしまう事を知らないから。
知っていたところで、どうにもならないのだろうが…

「ところで、ルギアはどこに行ったんだ?」
「そういえば、今朝から見てませんね」

洗い終えた食器を片付け、アーティが不意に言う。
濡れた手を拭きながら、ラティアスも同意するように応えた。

「神様の考えることなんか、どうせあたくしたちには分かりませんわよ」

ピカチュウはまるで興味が無いのか、突っ撥ねる様に言い捨てると、
スタコラとコテージに帰っていく。どうやら、もう眠いらしい。

「どうせキュウコンと一緒じゃない? ワタシが様子見てくるよ」
「ん、あぁ頼む。オイラは久々に夜釣りでも楽しむかな」
「そんな趣味、初耳だよ」
「おう、昨日始めた」
「全然久々じゃないですね…」

ユハビィは、窓から本が数冊零れ落ちているコテージに向かう。
アーティはどこからか釣竿を出すと、近場の湖に向かった。
ラティアスは釣りに興味があるのか、
それともアーティの単独行動に危険を感じてか、その後ろについていった。

「ラティアス、オイラひとりで大丈夫だぞ」
「私が大丈夫じゃないので、ついていきますね」
「…意味がわからんぞ…」








つづく


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