痛い、酷く痛い。


外傷こそ手当てされたが、波導でやられた身体の中がズキズキ痛い。
しかし、それ以上に心が痛かった。

「俺の頑張りって一体…」
「ほらほら、ジッとしてないと痛むよ」
「うぐぇっ」

癒しの力を持った光が身体の中を治療する。
目の前に居るラッキーは、おどけた態度とは裏腹に、
かなり腕の立つイヤシストだった。

ちなみにイヤシストと言う言葉は、このラッキーの師匠が作った言葉らしい。
語呂さえ良ければいいのかよ、と心の中で呟いた。


「癒しの達人だから、イヤシストだ」

「それは分かったから、そのナース服は何とかならんのか」

「趣味だ、気にするな」


趣味かよ。
そこはせめて形式とか儀礼的なものとか言っとけよ。

ラッキーはこれ見よがしにピンク色のナース服を着ている。
見間違いでなければ、明らかにこのラッキーは♂なのだが。


「……気にするな、か」

「貴方は現実を拒絶しているだけだ。全て受け入れれば、気になるものなど無い」

「…改めて言おう、無理だ」











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迷宮救助録 #44
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治療を終えたヘラクロスが、診療所代わりのコテージから出てくる。
普段ならそこには、群れの側近たちが控えているはずなのだが、
今彼の周辺は閑古鳥すら鳴かない。

彼の部下は全員、ラティアスをリーダーとした謎の組織に揃って転職した。
何故――かといえば、そんなのはこっちが聞きたいくらいだと、
内心ムッとしながら集落を散策する。

敵であるはずなのに、村の誰もが自分を迎え入れた事に関しては、
今更突っ込む事でも無いので、割愛する。
ユハビィが――と言うかそのツレが、馬鹿のつくほどお人好しだった。
それだけだ。


「あら、ヘラクロスさん」

「………」

「…何ですかその目は。挨拶くらい返してくださいよ、これでも元同僚じゃないですか」


心にも無いことを――
わざとらしく同僚などと言うラティアスに、
ヘラクロスはただ嫌な顔を向けるだけの挨拶を返す。
内心を代弁すれば、「出やがったな泥棒猫」が一番近い言葉だろう。

「どうですか、この集落は。と言っても、何か複雑な感じになってるみたいですけど」
「俺の所為だと言いたいのか?」
「責任を取れそうに無い相手に罪を擦り付けるほど小さい村じゃないですね。ここは」

何が言いたいのか、ヘラクロスにはその言葉の真意は分からなかったが、
ラティアスの言葉が事実であることは疑いようも無い。
たった数時間とはいえ、この集落を散策している間にいろいろと話は聞いているからだ。

例えば自分がサーナイトの部下だったことが、村人全員に知れ渡っていることだとか。


「責任取る気があるなら、まだ間に合いますよ」
「サーナイトは死んだ。
 もうこれ以上つまらない争いをする必要も無いのに、何が間に合うんだ?」


ユハビィ――キュウコンに勝てなかった時点で、ヘラクロスの夢は潰えた。
さらに追い討ちをかけるように群れがラティアスに乗っ取られ、
ヘラクロスにはもう生きる気力も殆ど無い。
それを知ってか知らずか、ラティアスは事在る毎に突っかかってきていた。
正直コレが無かったら、今頃は集落から遠く離れたところで、
自分の好きなようにのたれ死んでいたかもしれない。


じゃあ何故この集落に来たかと言えば、
好きにのたれ死ねとか言った張本人であるラティアスが、
あの後直ぐに戻ってきて暇なら集落に来いとか言って無理矢理引っ張ったからだ。


無抵抗の怪我人を好き放題引っ張り回す辺り、ラティアスはドSだ。間違いない。




「サーナイトは死んでませんよ」



「…どういうことだ」




前を歩く――と言うか、低空浮遊するラティアスが不意に止まり、
真剣な表情、強い口調でそう言い放ったから、
思わずヘラクロスも立ち止まって、困惑の表情を浮かべた。


ユハビィと決戦する直前、ヘラクロスは一つの勘違いをしていた。
蹲っていたラティアス――あれは寝ていたのではなく、【集中】していたのだ。

サーナイトから受け取った【+α】の力を失ったが、ラティアスの中では、
【夢写し】で世界を見通していた【あの感覚】だけは失われてはいなかった。
集中すれば、また出来ると踏んだのだ。
だからあそこで蹲っていたのは、たまたま霊的な力の集うポイントを見つけ、
そこに身体を這わせていたに過ぎない。
尤も、あまりに集中していたから、ヘラクロスの接近には全く気付かなかったが。

それで集中して、何を見ていたかと思えば、ヘラクロスの質問に戻る。


「どういうことだラティアス」


「サーナイトは死んでいません。…と言うか、生まれ変わった…?とでも言いますか…」


説明に困り、言葉を詰まらせるラティアス。
だから、確実に言える【死んでない】と言う言葉を選んだのだろう。

自分の頭以上に、ラティアスの記憶を混乱させないように、問う。
帰ってきた言葉は、ヘラクロスを驚かせると言うよりは、【予想通り】だった。

驚いた点があるとすれば、本当にそうだったのかと言う感嘆だけだ。


「…そいつは、『何』なんだ?」
「分かりません。見たことがありません。…ただ、どこかで感じたような『気』でした」
「どこかで?…しかし、この世界に居るポケモンなら、伝承に残ってるはずじゃ…」


ヘラクロスが首をかしげた時、その後ろから小さな影が顔を覗かせた。


「それが、そうとも限らないんだって」

「ユハビィさん」
「ユハビィ…傷はもういいのか」

「波導で全部治したってキュウコンが言ってた。で、話の続きなんだけど――」


ユハビィはツルでたくさんの書物を抱えている。
物凄く不安定で、放っておいたら崩れそうだ。


「少し、この本の山を運ぶの、手伝ってもらえないかな」

「……何で俺が」
「あんまり冷たいと、部下を返して上げませんよ?」
「なっ!」


すれ違いざまに爆弾発言をし、ラティアスがユハビィの支える本の山の一部を持ち上げた。
超能力でも、この量全てを運ぶのは難しいらしい。
本を1冊1冊認識しなければ、念動力で浮かすことが出来ないからだ。

発言の真意を聞こうにも、
本を抱えたラティアスは逃げるように上空に飛んでいってしまったため、
聞くことが出来ない。
怪我による包帯巻き状態でなければ追いかけるのに――と、ヘラクロスが上を見ていると、
顔面に1冊の本が叩きつけられた。

「サーナイトのことを調べるために必要なんだから、手伝ってよね」
「ぐ……」

それを言われると、手伝わざるを得ない。
渋々本の山の一部を担ぎ上げる。
紐で縛ってあるのが、唯一の救いだった。


…この時は気付かなかったが、もしユハビィの要請を断っていたら、
ユハビィの遥か後方を歩いているアーティ、アブソル、ラティオスの三匹に
コレより遥かに多い量の本の運搬を手伝わされていただろう。
二つの意味で、ヘラクロスは救われていた。





…………………





「これ、全部伝承に関する本みたいだけど…一体何の本だ?」
「読んでみればいいじゃん」

本を運び終えたアーティが、皆の集まる部屋の中に座る。
その脇に、大量の本が積まれていた。

天井まで届くほどの本の塔が、10や20、いやそれ以上ある。
ユハビィの命名、バベルタワー。なるほどご尤もだ。


「…『トキラス族伝承』1…2…こっちは『トケルトの詩集』…何か頭痛くなるな」
「数学とかの難しい文献より、ある意味やらしいな」


ドサドサっと最後の本の束を適当にその場へ投げ置き、アブソルも着席した。
最後にラティオスが外から戻ってくる。
途中で落とした本が無いか、
キュウコンの『氷雪の霊峰の聖域』をもう一往復してきたのだ。


「ちなみに、トキラスとトケルトは同じものだそうだ。地方によって発音が異なるらしいな」
「そ、そうなのか…」


アブソルも少しは知識があるらしい。
全く以ってその手の事に疎いアーティは、ただ首を傾げるしか出来なかった。


「これ、全部キュウコンの本なんだ」

『そうだ、と言っても――殆ど焼けてしまってな。
 これが運良く地下書斎に保管していた全てだ』


ユハビィが感心した声で言うと、
それに反応するように部屋の片隅に置かれた人形が喋る。
いつだか、キュウコンが内密に人間界に言ったときに持ち帰ったらしい、
奇妙な伝統工芸品だ。

その工芸品に、ユハビィは見覚えがあった。
藁で出来た奇妙な人形――通称藁人形、主に誰かを呪うときに使う、アレだ。
次回作には、それをモチーフにした新しいポケモンが恐山辺りに――
…なんて意味不明な事を考えながら。



現状を説明すると、現在キュウコンの魂はこの藁人形に収まっている。
本当はやろうと思えば出来たらしく、控えていた理由は魂がどうのとか難しい理由だった。
でも、多分ユハビィから離れたくなかったって言うのが本音だと思う。

要するに、今は離れることさえ厭う事が出来ない事態になっているという事だ。

ちなみに、そのままじゃあまりに愛嬌が無さ過ぎるので、
ラティアスがキュウコンを模したぬいぐるみを作ると言ってその場を後にしたのだが、
彼女が笑いを堪えているように見えたのは、多分気のせいじゃない。
案の定、部屋の外から微かに笑い声が聞こえていたし。

ラティアスの笑いのツボの広さは、誰にも理解出来ないだろう。
この喋る藁人形は、その手の文化を知らない者でさえ不気味だと感じていたのだから。


『僕は、何か面白いことでもしたか?』

「…してない…と思う」


藁人形の問いに、顔を背けて難しい顔で答えるアーティが、シュールだった。
やがて藁人形――キュウコンは、棚から飛び降りると本の中に突っ込む。
崩壊するバベルの塔から逃げるようにヘラクロスとユハビィはバッと身を引いたが、
逃げ遅れたラティオスが犠牲になった。


「アベシッ」


文字通り本の山の頂上で、本を漁る藁人形。
そして、その下のほうで、腕と翼だけ出してピクピクしているラティオス。
これもまた、堪らなくシュールだった。


「なぁユハビィ、何このカオス」

「……さぁ…」


折角本を集めてきたのに、
藁人形は調べ物をするから適当にダンジョンでも潜っててくれと言って、
全員を部屋から追い出した。

…尤も、本で何かを調べさせるのならキュウコン以外の誰が居ても足手まといだろう。
本の中からラティオスを救出するのを忘れたような気もしたが、
食料集めをかねて久々にダンジョンに潜ることにした。


「そうそうヘラクロス。群れのみんなは、あっちの湖のほうの家に居るからね」

「そ、そうか」


ヘラクロスは虚を突かれた様な感じで頷いた。
こうして教えておかないと、多分面倒な事になるだろうというユハビィの配慮だった。
どっちにしても、軽く面倒な事にはなるだろうが。


「行こうぜユハビィ、久々にポケモンズ発進だ!」
「エラルドが見当たらないけどね」
「ホントだよ、あいつどこ行ったんだ?」


エラルドが時々居ないのは何時もの事だから―――



特に、彼については何も心配はしなかった…。







つづく



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