「【クロスメガホーン】ッ!!」


「っ!?」


影分身を含むヘラクロスが、一斉に【メガホーン】を放つ。
【クロスメガホーン】と名づけられたその技が、ヘラクロスの得意技だった。
【メガホーン】とは虫タイプでも最高クラスの破壊力を秘めた一撃で、
これを扱えるのは――ワタシの知る限りではヘラクロスを除いて他に居ない。



(いくら僕でも、これほど巧妙な影分身は見切れない。全部薙ぎ払うんだユハビィ)

「無茶…言わないで――よっとッ!!」



【波導】で硬化したツルの鞭を、限界数の6本伸ばし、
何とか全てのヘラクロスを薙ぎ払おうとする。
しかし、それらは空しく宙を切り、背後から痛烈な一撃が命中した。


「――くっ」


いや、ツルがヘラクロスの足を掴み、ギリギリのところで直撃を阻止していた。


「ちッ、面倒なツルだな」

「お互い様でしょ…厄介な影分身だね」


ユハビィはツルを振り回してヘラクロスを投げ飛ばす。
しかしヘラクロスは空中で体勢を立て直すと、直ぐにまた影分身を広げた。
ヘラクロスの表情に疲労感は感じられないが、ユハビィは既に息が上がっている。


「…攻めなきゃ、勝てないか…」


ヘラクロスが滑空を始めるのと同時に、ユハビィが大地を蹴った。
予想外の行動に一瞬戸惑ったヘラクロスの隙を突いて、
ついにヘラクロスとユハビィの攻守が逆転した。

波導を込めたツルの鞭は暴風を巻き起こし、
影分身を一掃するとヘラクロスを捕らえる――



「いっけぇぇぇぇえええええええええッ!!」














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迷宮救助録 #42
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――目を、覚まして――



…?



――あなたは……を知らない――



また…、またこの声が…



――よく考えて………は、…なんて出来ない――



やめろ!私はサーナイト…サーナイトなんだッ!!






『本当の記憶を拒んでいるのは、君じゃないか…あははははははははは』





う・あ・・・・あ あ あ あ  ああ あああ あああ ああッッ!!!
 









「っ………」


暗闇が割れる。
視界に、混沌の空と大地が映りこむ。
どうやら意識を失っていたのか――それか、深層心理の中に吸い込まれていたらしい。

そう、そしてそこから帰ってきた、そんな感覚が、サーナイトだった者を襲う。




封印していた、忌々しい記憶を引っさげて。







「…偽りの記憶を剥がしただけの心算だったんだけどね…軽率だったかな」



ジラーチが言う。
その頬を、冷や汗が伝った。

遥か下方に居たはずのサーナイトの姿は既に無く、
代わりに奇妙な形のポケモンが立ち尽くしている。
戻った記憶の整理が付いていないのか、動き出す雰囲気は感じられなかった。



「やるなら、今か――」



ジラーチの姿が消える。
消えるより早かったんじゃないかと思ってしまうほどの速度で、
ジラーチはサーナイトだった『それ』の背後に回りサイコウェーブを放つ。


だが、直後ジラーチはそれが無意味だった事を知る。




――ズバァァアアアアアンッッ!!!




――ジラーチと『それ』の立場は、完全に逆転していた。

『それ』はサイコウェーブを右手の甲で、蝿でも払うように弾き返す。

軽く本気だったのに、まさかこうもあっさりと打ち返されるのか――?

ジラーチはその理解不能なカウンター攻撃を受けないために、
再び『それ』の正面に瞬間移動して身構える。

しかし、『それ』は動かない。
何やら口元が動いているが、混乱した記憶が口から漏れているだけのように見えた。

やがて、その奇妙な形のポケモンは天を仰ぐ。


「……ゥ、…ウ………ュ………」

「…?」


天を仰ぐ【それ】が何かを言っているが、聞き取れない。
ワケが分からない。

サーナイトを騙る何かの全ての記憶を覗き、
深層心理に封じられた全てを見た上で、
【それ】の行動が理解できなかった。
もしかしたら、自分は【全て】を覗いた心算で実は、
本当に隠したい何かを隠されていたのではないか――そうとすら思った。


実際そうだったのかもしれない。
だが、もはやそんな事を気にしていられる状況ではない。
あの得体の知れない力が何であれ、
それが目覚めた以上余裕を見せている場合では無くなった。






「消えなよ…」





ジラーチが両手を突き出して、今までで一番大きな魔法陣を描く。





「空間ごと、消えて無くなれぇえええええええええええッッ!!」





乱暴に叫び、全身のエネルギーを放出し、ジラーチはその魔法陣を爆発させた。

その陣の中には、未だ何かを呟く【それ】が立っている―――





――【破滅の願い】





ジラーチの作り出した空間の中で、それ自体を破壊し、全てを無に帰す究極奥義。
ジラーチは流星の化身である―――しかしそれは決してロマンチックなモノではなく、
本当は災厄の象徴だったのかも知れない。

それともこのジラーチだけがたまたま内に狂気を秘めていただけだとでも言えるだろうか?
いや、そんな事は最早如何だっていい。
このジラーチはただ、目の前に現れてしまった脅威を消し去るために、
己の持てる全ての力を出したに過ぎないのだから。



やらねば、やられるのだから。









……

…………






「ぜぇっ、ぜぇっ……」

「はぁっ…っ………」


ワタシとヘラクロスは、戦いを始めた位置に立っている。
仕切り直しをしているワケではなく、
何度かぶつかり、いったん距離を取ったらたまたまこうなっただけだ。
全身から噴出していた汗も、もう流れない。
脱水症状になったかも知れない。
人知れず決着が着けられればなんて甘い事を考えていたが、
やはり不可能だったようだ。

血がべたついて、気持ち悪い。

ヘラクロスも汗は流さないが、流れる体液が負傷の程を生々しく伝えてくる。


「―――っ」


もう足も動かせない。
悔しいけど、ヘラクロスがこんなに強いとは思わなかった。
ワタシはついに、その場に倒れた。

やっぱり、継承状態じゃないと勝てないのか。
その無力感にも打ちひしがれ、ワタシは目を閉じる。

ヘラクロスが歩いてくる、その振動が肌に伝わる。
抵抗する気にもなれない、完全な敗北だった。

寝起きとはいえ、ずっと寝ていたのだから万全だと思っていた。
でも、本当はここのところの無理が祟ったのかも知れない。
万全だったが、序盤の迷いで防戦一方だったのがいけなかったのかも知れない。
頭の中で巡る思念が、徐々に薄れていく。


「…勝った、俺の勝ちだ……」


ヘラクロスがワタシの頭の葉を乱暴に掴み上げる。
痛みすら感じなかった。


「あのサーナイトすら勝てなかったユハビィを、俺が倒したんだッ!!」


投げた。
岩にぶつかり、その衝撃が全身を駆け巡る。
そのおかげで失いかけた意識を取り戻すが、しかしとても動ける気分ではない。


頭だけヘラクロスのほうを向けておく事が、最期の抵抗だった。


「……向こうも終わったみたいだな。
 サーナイトの気は感じない…ジラーチに飲まれたか」

「…………」


サーナイトが歌声の石を持ち逃げした可能性があると聞いた時点で、
ジラーチを取り込もうとしていることは予測していた。
だからヘラクロスの言葉は理解できたが、信じることは出来なかった。

あのサーナイトが、みすみす取り込もうとした相手に負けるのか?

そして、自分の心の矛盾に気付き、戒める。
サーナイトに勝って欲しいなんて、思っちゃいけないんじゃないか。
ずっとサーナイトを倒すために戦ってきたのに、喜ぶべきことじゃないか。
それにあのサーナイトは、何だかんだで取り込もうとした相手に負けた事は少なくない。


「これで俺は自由だ、生け捕りにする必要も無い。お先にあの世で待ってろよ」

「………」

「俺がそっちに逝ったら、今度は死後の世界最強決定戦でも楽しもうぜッ」





ヘラクロスのツノが、振り下ろされる―――









……………

………








「………」


次元の割れ目から、ジラーチが姿を現す。
周囲の景色は、この世界そのもの――もとの次元に戻って来たのだ。

サーナイトだったモノの姿は無い。
破滅の願いで、あのジラーチの作り出した空間ごと闇の中に消え去った。


「ふ…これで…アレが何であれ、終わりだ…」


ジラーチが岩の上に腰掛ける。
それは、もともとはジラーチが眠っていた岩だった。


「後400年くらいか…?余計な事してくれて…まったく…」


再びの眠りを目指し、心眼を閉じる。
信じられないかもしれないが、ジラーチは本気ではなかった。
1000年の眠りは、ジラーチが全力を発揮するためのエネルギー充填期間と言える。
それだけのキャパシティをジラーチは持っていて、
今回不本意な形で目覚めた所為でジラーチは全力は出せなかったのだ。

何が言いたいのか、伝わらないだろうか?

つまり、ジラーチは今回は本気ではなかったのだ。
いや、そんな女々しい事は如何でもいいか。
何故なら、少なくとも、結末が違っていたかなんて誰にも解らない。

――ジラーチが本気だったからどうだと言うのか?
本気だったら、あの悪魔を本当に空間ごと葬れたというのか?




――空間が、歪んだ。















        『終わった心算か?』




「なッ――――!?」




『それ』は空間から腕を伸ばし、ジラーチを引きずり込む。
あまりの一瞬の出来事に、ジラーチの身体は硬直した。

その硬直が、全ての命運を決したと言っていい。
僅かに、1秒の時を以って―――













「………………ッッ!!」
















この世界から、ジラーチが消えた。



















つづく



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