ユハビィの【波導】による速度に、ヘラクロスは付いて来る。
空、地を問わず、速度は全くの互角だった。

技の威力はユハビィが上を行くが、打たれ強さはヘラクロスが上を行き、
実質、全くの互角であると言ってもいい。

しかし、戦いとはデータで計れるものではない。

この戦いを待ち望んだヘラクロスが攻撃に、
仕方なく戦いに望んだユハビィは防御に、
それぞれの位置は、戦いが始まってから数分間、全く変わることは無かった。

防戦一方では、当たり前だが勝てるわけが無い。
実力が同じなのだから。




それと同じ頃、未だジラーチと戦っているサーナイトもまた、防戦一方だった。
これはヘラクロスとユハビィのそれとは違い、完全な実力の開きによるものであった。
ジラーチの支配空間に於ける強さは、ルギアやデオキシスとは比較にならない。
あのデンリュウのような、常識では信じられない強さである。

それもそうだ。
デオキシスと同じで、【これ】もまた宇宙に君臨する者なのだ。
それがこの星で眠っていたところを掘り起こしただけなのだ。

そう、つまりデオキシスと対等な空間で育ち、デオキシスより強い、ただそれだけ。
実に単純な理屈だ。
個々の力が強いだけ。
それだけのこと。


「だから、欲しいんだ。その力がなァ」

「…つくづく寝惚けた事を…君の存在には虫唾が走る。ボクがここで、消してあげるよ」

「くくくくハーーーーーっはっはっはははははは!!」



あどけない表情、幼い声、口調――しかし、毒舌を越えて、本当に口が悪い。
思ったことを、ただ感情に任せて喋っているとしか思えない。
そこがまた、サーナイトの支配欲を擽り、思わず高笑いした。

既に左腕が使い物にならないほど負傷しているのに、
サーナイトは何時までも劣勢を苦としなかった。





「やってみろッ!それが出来るのならなぁッ!!」





切った唇から流れる血を右手で拭い、サーナイトは咆哮した。











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迷宮救助録 #41
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サーナイトが【シャドーボール】を放つ。
ジラーチはそれに対し、右手を翳して呪文を唱える。


――【隔絶の願い】


ジラーチの右手を中心にして空中に広がった魔方陣が、
サーナイトのシャドーボールをあっさりと弾き返す。
あのシャドーボールはピカチュウのボルテッカーを凌駕する威力だと言うのに、
全く動じることなく防がれては笑いも込み上げると言うものだ。
自分のシャドーボールがシャボン玉の様に潰されるのは、
屈辱を通り越して面白い以外の何でも無い。


「やってみろ、か。いいよ、それが君の【願い】なら、ボクが叶えてあげる」

「ハッ、本当はおまえの【願望】だろう?
 私の所為にして、自分勝手に暴れたいだけじゃないのか!?」

「口の減らない奴だ…もはや哀れみすら感じるよ」

「口が減らないのはお互い様だろう。
 図星を言い当てられたから実力行使か!?くはははははははははッ!!」

「……はぁ……もういいよ、消えなよッ」


左手で頭を抑え、ジラーチはため息をついた。
隙だらけだが、そこに全く隙が無いことをサーナイトは知っている。
この戦いの中、幾度と無く奴は余裕を見せつけ、
サーナイトがその都度を叩こうとしたが全て防がれたのだから。

次は、何が来る?
挑発を続けながら、サーナイトは次の一手に対処するありとあらゆる事態を想定した。

そして、その殆どが【敗北】と言う決着である。
ここまで拳を交えれば、次に来るであろう一撃の強大さなど想像に容易い。


「……ボクも大人気ないのは承知の上だけど、
 最初からコレで決める心算ではあったんだよ。
 そこを勘違いしないで欲しい――これから存在ごと消えてなくなる君に、
 わざわざ言うことでも無いのだけれどね」

「いいや。それを言ってもらえれば私のおまえに対する評価も少しはマシになるさ。
 若干、手遅れではあるがな」

「天網恢々疎にして洩らさず…君の一番の罪は、己が罪に気付かなかった事だよ」


この戦いで初めて、ジラーチは『両手』を天に翳した。
今までなど、右手だけ、或いはその指先だけで全てを片付けていただけに、
これから発動するであろう技の威力は、もしかしたら想像を超えるかもしれないと、
サーナイトは唾を飲んだ。



「我、望む。償い亡き罪を、断罪の刃を以て粛清せよ」







――【断罪の願い】








混沌色をした空から、流れ星が降り注ぐ。
そしてそれが星ではなく、無数の槍であったことに気付いた頃には、
既に胴体に無数の流星が突き刺さっていた。しかしそれでも止む事は無い。
誰かが止まない雨は無いと言ったが、
止む前に死んでしまえばそれは止んでないことと同義である。
サーナイトはそんな下らない事を考えながら、
次々と降り注ぐ【断罪の刃】を一身に受け止めた。

流石にこれは、死ぬかもしれない。
そんな事を考え、止まない雨に差す傘も無く――
操り人形のように、降り注ぐ星の中でサーナイトは踊った。

大地が槍で埋まっていく。
100や200などと可愛い数字ではない。
数えきろうとすれば数年は持っていかれるであろう膨大な槍が、これでもかと降り注ぐ。
突き刺さるスペースが無い槍は地面から零れ、宙を舞い、新たに降り注ぐ槍により砕け、
それが光を反射したりすれば美しいのだろうけれど、止め処ない槍が多すぎて、
そんな破片などどこにあっても視界に捕らえることが出来ない。

この全ての物理原則を一瞬で引っ繰り返す超絶的な必殺技は、
恐らくこの空間だからこそ出来る芸当だろう。
この空間は、全てが奴の意のままを顕現できる。
地上の岩の配置も、混沌の空に浮かぶ奇妙な色をした雲の流れさえも。

やがて、終わらないかと思われたその攻撃はジラーチが手を下ろすと同時に終焉を迎えた。
そこに無数の槍が転がっていれば現実だったのだと分かるが、
ジラーチの合図は全ての槍も同時に消し去ってしまったので、
さっきの攻撃は夢か幻だったのかと、サーナイトは現実を疑った。

現実だと教えてくれる証拠であるはずの自分の身体でさえ、
僅かな部分を残して殆どが砕け散ってしまっている。
もう少しで、証拠は完全に隠滅されるところだった。



「……しぶといねぇ…何なの、君?」



動かなくなった、ぼろ雑巾の様な破片だけを残すサーナイトの前に立ち、ジラーチが呟く。
その目は目の前のサーナイトの残骸を見ていたが、別に興味は無いようだった。
ただ目の前に落ちている何かを、ボンヤリと見つめているだけに見えた。


「…何なの、か」


ジラーチからも、その破片からも遠く離れたところで、サーナイトが呟いた。
サーナイトはあの攻撃の当たる瞬間、
分身体を残してテレポートで安全な場所に逃げていたのだ。

安全な場所とは、異空間である。
テレポートとは要するに異空間を通り抜ける瞬間移動の事で、
異空間にいればどんな攻撃も当たりはしない。

しかし異空間に居ること自体が相当な負担になるため、
【断罪の願い】を一身に受けるよりは遥かにマシとは言え、
サーナイトはかなり疲弊していた。


(対生物にこの異空間転送が使えれば良いのだが…
 生物を送るのは無生物を送るのとワケが違う)


無生物はそれに意識、自我が無いから、送ることは簡単だ。
デオキシスの引き起こした大爆発も、異空間に送り、そこで処分した。
異空間には壊れるものなど何も無い。

あの降り注ぐ槍を転送できればよかったのだが、
それをしなかったのはサーナイトの判断の勝利と言える。
あの槍が降り注ぐ大元を転送できればそれで終わりだったが、
そもそも大元がどこに在るのか解らないのでは、槍を1本1本送るしかない。
ところが、あの大量の槍を個別で捌けるほど、異空間転送は容易な技ではないのだ。
だから槍ではなく、自分を転送する方法を取らざるを得なかった。

ジラーチが大元である可能性もあった。
この空間がジラーチの制御下にあり、
あの槍がジラーチの望みで生み出されたものであるならば、
制御下に無い異空間ではジラーチは槍を創造出来ないはずである。
それが理論上、最も負担の少ない回避方法であった。

しかしそれをしなかったのは、異空間転送に架せられた制約の所為である。
生物を異空間へ送るためには、被転送者の承諾が必要なのだ。
相手が異空間への門を潜る事を拒絶してしまえば、異空間へ送ることが出来ない。

厄介な制約だが、それが【門】の定めた力なのだから、仕方が無い。
ここで言う【門】とは、あの【進化の扉】のことである。
テレポートを進化させた【異空間転送】は、
以前に取り込んだ【進化の扉】の力により生み出されたのだ。


「君が何であるか、少しばかり興味が沸いた。
 普通【サーナイト】は分身を飛ばしたり――まして【取り込む】などと言えない」

「何が言いたいのか、分からないな」

「それは、自分でも【理解していない】と、解釈していいんだね?
 君は自分自身で、自分が何者で、どうして存在しているのか…
 それを【理解していない】んだね?」

「下らん。そんなことはおまえには関係ない」

「そうだね…だが、【関係】はないが【興味】がある。
 …そう、或いは君は本当は何時でも知る事が出来る筈なのに、
 それを【拒絶している】のだとしたら、尚更にね」


サーナイトの頬を汗が伝う。
今まで、こんな感情になったことはなかった。
恐怖かと思ったが、…似ているが、違う。

隠していたものを――人に見られたくないものを、
一番見られたくない奴に探り当てられたような、胃がズキズキ痛む感じに似ている。

だが、その理由が分からない。
自分が何者であるか――そんなものは、【サーナイト】で、
とあるロケット団員のパートナーだった、それ以上でも以下でも無いはずだ。
そしてそれを証明するのは、形に成せるものこそ無いが、この記憶こそが証明してくれる。


あのロケット団員との、激動ながらも輝いていた日々が。


だが、もしかしたらユハビィと同じで、
この記憶は偽りのモノかも知れない――そう思ったことが無いわけではない。
自分の都合で生み出された、都合のいい思い出なのかも知れない。
そう思ったことが在ったからこそ、今、
ジラーチの言葉が心臓を抉られるように感じるのだ。



「私は…サーナイトだ。目の前に居るだろう…
 おまえは自分の目で見たものが信じられないと言うのか?」

「あぁ、ボクは疑り深いんでね…
 それに、目で見えるもの全てが正しいとは限らないだろう?」

「………」


ジッと睨みつけているサーナイトの目に、僅かに陰りが見えたのをジラーチは見逃さない。
サーナイトは、動揺している。
それはこの戦いの中、どれだけ追い込もうとも見れなかったサーナイトの弱みが、
初めて露呈しかけている事を意味している。

あのサーナイトは何かがおかしい――それを見破ったジラーチはこの瞬間、
興味に見合う対価としてサーナイトとの戦いを、今更ながら承諾した。

これまでの戦いは、決して無意味ではない。
あのサーナイトのようでサーナイトではない何かが、一体何なのか。
生きる上で、限りなくどうでもいい情報ではあるが、
あれほどの実力を持ちながら【サーナイト】に執着している【何か】を、
意地でも引き出してやりたくなった。そう、意地だ。

彼の身体の中心にある第三の目は通称【真実の目】と云われ、
偽りを見逃さないとされる心眼だ。
こんな便利な目を持ちながら目の前の偽りを見逃すことは、プライドが許さない。



「ボクの目は真実を映し出す…」



――ヒィィィーーーン…



「――ッ!これは……」


ジラーチの真実の目が、サーナイトの動きを封じる魔方陣を描く。
陣の中央に捉えられたサーナイトは、身動きが取れなくなっていた。
テレポートで逃れることも出来ず、枷を破壊しようともがく。
ジラーチはそんなサーナイトに照準を合わせ、真実の目からビームを放った。

サーナイトの額を、それが貫く。
しかし、血も流れなければ痛みも無い。
これは、ジラーチがサーナイトの中を見るための【道】なのだ。






「さぁ、いい加減正体を見せなよ…ボクはあまり、気は長くないんだ」



「っぐあああぁぁぁああぁああああぁぁあああッッ!!」







混沌に支配された空間で、サーナイトの絶叫だけが木霊した。
それは【理解していない】ではない事を、ジラーチに確信させるのに十分だった。








「ほうら…やっぱり、君は自分で解っていたんじゃないか」














つづく



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