ラティアスの頭上を通過していった流星は、
いくつもの山を越え、『ある場所』に落ちた。
ただし激しい爆発など一切無く、音も無く。

その場所にいたのは、サーナイトただ一人。
そしてサーナイトの前には、不思議に輝く石が置かれている。
――流星は、そこへ落ちた。


「…来たか」


それは星などではなく、奇妙な発光体であった。
不可思議な青白い輝きを放つそれは、
フワリと浮き上がり少しの間そこをさまようと、
サーナイトの前に安置された不思議な輝きを放つ石に吸い込まれていった。


サーナイトはさらに、その石の前に、【歌声の石】を置いて厳かに告げる。



「さぁ、目覚めろ…ジラーチ」



不思議な輝きの石が、突然その光を強めた。
周囲を激しい光が覆い尽くし、しかしサーナイトは目を背けずにそこに立っている。


制御を失って溢れ出した様な光は落ち着きを取り戻す。
それと同時に発光体を取り込んだ石が徐々に割れ、
そして、中から小さなポケモンが姿を現した。


1000年に一度目覚めるとされる幻のポケモン、ジラーチがそこに在った。


――しかし、今は1000年に一度の日ではない。
伝説に因れば、最後に目覚めたのは今からせいぜい数百年前だとされている。

こんな半端な時期に無理矢理起こせばどうなるのか、
それが分からないサーナイトではなかったが、しかしそんな事は如何でもいい。

友好的にジラーチと接する必要などどこにも無い。
取り込むか飲まれるか、それだけなのだ。
そして、サーナイトは自分の力に絶対の自信があり、それで十分だった。

ジラーチは、ユハビィたちとは違う。
それは当然ユハビィたちより圧倒的に強いが、【強さ】とは個々の力ではない。
そのことに何時までも気付かないサーナイトではない。

馴れ合い、助け合い、今でも吐き気のする様な言葉だと思っているが、
サーナイトはそれを侮ることをやめていた。
悔しいが、時としてそれらは信じられない力を発揮することを、知ってしまったから。
認めたくは無いが、それに何度も負かされてしまったから。

だから、ジラーチには負けない。
ジラーチがいくら強かろうと、所詮は孤独。
実力で押し切れるなら、負ける気はしない。


「…ボクは、まだ眠い…君が誰で何の権利があるのかは知らないけど……」

「御託はいい。さっさと掛かって来い」


まだ眠そうな目をこすり、ジラーチが起き上がる。
口調は幼さを感じたが、同時に年季すら感じた。

しかし、そもそも会話など不要だったので、サーナイトはそれをあっさりと切り捨てる。
ジラーチはサーナイトの潔さに一瞬驚いたような顔をしたが、
すぐに目つきを突き刺さるようなものに変えて言い放った。


「そう、じゃあ…シになよ、サーナイト」


紫色に濁った瞳で睨みつけられると、
流石のサーナイトも不意打ちを仕掛ける事が出来ない。

ジラーチの胴体にある第三の目がカッと開かれ、
目に見えるような波紋が空間を駆け抜ける。


それは波紋だと思っていたが、サーナイトは次の瞬間すぐに異変を目撃する事となった。


空が紫色の混沌に染まり、大地はいつの間にか見知らぬ荒野へと変わっていたのだ。
ジラーチ専用のバトルフィールドと言ったところだろうか、
その第三の目には空間を作り出す能力もあるらしい――



「喰うか、喰われるか…」

「既に、決まったようなものだけれどね」

「フン…行くぞ―――」













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迷宮救助録 #40
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「サーナイトはジラーチとお戯れ、か」


ヘラクロスが、退屈そうに夜道を歩く。
退屈のあまりアジトを抜け出したが、
だからといってやる事も無くただ星を眺めて歩くしかないのが、
余計に退屈さを実感させてくれて不愉快だった。

どうせなら今からでも敵対勢力に先制攻撃を仕掛けたいところではあるが――
と、不意に彼の脳裏に悪魔がささやく。

どうせサーナイトはジラーチと戦っているのだから、暫くは自由に動けないだろう。
デオキシスと一緒に、全ての分身体も取り込んでいるのだから、今自分が何をしようと、
サーナイトは邪魔することが出来ない。


「どうせ、チャンスはもう無いしな。サーナイトがジラーチを取り込んだら、もう終わりだ」


羽を広げると、ヘラクロスは夜の闇のへと飛び上がる。
目指すは、町のポケモンたちが逃げ延びた集落――そこに居るはずの、ユハビィ。


「俺も、やりたいことやらずに死ぬのはごめんだ。手合わせ願うとすっか」




………




微かな羽音を立て続け、もう30分くらい飛んだだろうか、
疲れては居ないが、いい加減飛ぶのも飽きてきた頃だった。


「…集落どこだよッ!!」


ヘラクロスの叫びが、闇夜を飛ぶ【ヤミカラス】を驚かせる。
流石に夜中だから集落も明かりが消えているのだろう。

空高くから探すのは流石に難がある―――

と、高度を下げたヘラクロスの眼下に、ラティアスの姿が映った。

マフラーを巻いた彼女は、小高い岩山の頂上の空き地で蹲っている。
あんな処で寝ていては風邪を引くだろうと思い、ヘラクロスはその場へ降り立った。

(そういえばコイツ、今はユハビィたちと行動してんだったな)

ラティアスが今ユハビィと共に行動していることを思い出し、
その周囲を見渡すとすぐに小さな集落を発見する事が出来た。

適当に降りたらラティアスが居て、その直後に集落が見つかるなんて、
まさに運命が俺を導いてくれたとしか思えない――
ありがとう神様、なんてヘラクロスはわざとらしく神へと祈ってみせた。


ヘラクロスはラティアスの傍に落ちていた毛布を彼女にかけなおしてやると、
すぐに集落に向かって岩山を降り始めた。
ユハビィを連れ出すのにいい口実も手に入り、
ヘラクロスは早くも気が昂っている。

集落には、コテージの様な簡素な木造建築物が点在していた。
皆は今日のことで疲れが溜まっているのか、もう寝静まっているようだ。
集落の入り口付近に見張りが居たが、
奇襲のように忍び込んだヘラクロスに対してそれは無意味である。

音を立てないように、櫓へと近寄り、そして手刀一閃、見張りを気絶させる。

これで邪魔者は居ない――コテージの窓から、ヘラクロスは中の様子を伺い始めた。




(ここも居ないか。くそ、ちょっと面倒だな…)


高揚した気分が、この面倒な作業によって勢いを失っていくのが解った。
だが、5か、6番目に覗いたコテージの中で、
ヘラクロスは漸くユハビィの姿を発見することに成功する。


そして幸いにも、そのコテージにはユハビィ意外に誰も居なかったのだ。
恐らく同じ部屋で寝るはずだったのは、外で居眠りしているラティアスだろう。
これもまた運命の導きなのか?
思わずそう考えたヘラクロスは、さっきよりは熱心に祈りを捧げてみたりしたのだった。


コテージの中へ侵入する。
夜這いを画策しているようで、あまりいい気分では無かった。

と、次の瞬間――






―――ガスッ!!





「………おふぅッ!」


下腹部に、物凄く耐え難い衝撃が走る。
恐る恐る視線を落とすと、眠っていたはずのユハビィの鉄拳が、めり込んでいた。

「ユハビィに近づくな。殺すぞ…」
「ヒッ…!」

ユハビィの顔が操り人形のようにガクンと持ち上がる。
その目は、何を見ているでもなく、ただ真っ黒に染まっていた。

そもそもお前がユハビィだろうとツッコミを入れる気力を、根こそぎ奪う表情だ。
思わずヒッとか情けない声を出してしまったことを、恥じる気力すら持っていかれた。

殺される。
このままじゃ殺されてしまう、このユハビィだけどユハビィじゃない何かに、


「こ、殺されるーーーーーッ!?」

「にゃっ!?」


絶叫――と言いたいが、あまりの恐怖に喉がかすれ、それは殆ど声になっていなかった。
だが、ヘラクロスの突然の発狂に、ユハビィらしき何かは突然予想外の反応を取った。


「……アレ?ワタシ、…え?ここ、どこですか?」

「……へ?い、な、何だってんだ、今の…?」

「…ヘラクロス!!何でここに!他のみんなは…ッ!?」


ユハビィが慌てて壁に向かって後ずさる。
簡素な作りで、高いところに小さな窓があるだけのコテージを、
ユハビィは牢獄か何かだと勘違いしたらしい。

ヘラクロスには知る余地も無いが、
ユハビィは結局、今の今までずっと眠っていたのだ。
だから目が覚めたときにたった一人、
見知らぬ場所でヘラクロスが目の前に居れば、あらぬ想像もするだろう。

「ヘラクロス…みんなをどうしたの!?」
「なっ、何の話だ!」
「とぼけないで!…ワタシには手を出すなって、サーナイトに言われてるからでしょ……」

薄暗い部屋の中、何だか物凄い勘違いをしているユハビィを見て、
ヘラクロスはもうどうでもよくなっていた。
そもそもユハビィと戦うために来たのだから、
誤解があろうが無かろうが関係ないじゃないか、と。

一方でユハビィは、心の中でキュウコンを問い詰める。
しかし、狸寝入りを決め込むキュウコンから、結局何も聞きだせずにいた。

ここでも一つの小さな誤解が生じていたが、誰もそれに気付いてはいない。
キュウコンは勝手にユハビィの身体に憑依して動き回ったことを本人に問い詰められているのだと思い、それがバレた時に面倒ごとが起きることが分かっているから、狸寝入りを決め込んでいる。
ユハビィが問い詰めているのは、何故今自分がここに居るのか――つまり、ベッドから離れたところに居たことについてではなく、あの騒ぎの後一体何が起きたのかということだ。

微妙なすれ違いの所為でユハビィの混乱は解けないまま、ヘラクロスがとうとう我に返った。
ヘラクロスはそれなりに頭がキレるので、
混乱したユハビィを逆手に取る手段を思いついたのだ――


「他の連中は無事だ。奴らを助けたいなら、俺の言うとおりにしてもらおうか?」

「えっと…お断りします」

「………」


が、頭がキレるからこそ、まさかこんな返答が来るとは思わず、間を作ってしまった。
まずい、このままでは非常にまずい。
如何にも怪しいじゃないか、この『間』は。


「…なら、他の連中がどうなってもいいんだな?」

「大丈夫。ワタシがここで貴方を倒すから」

「………」


なるほど、とヘラクロスは納得した。
ここで目撃者を消してしまえば、問題は起きない――そういう事だ。
理由や過程はどうあれ、戦えるならそれで一向に構わない。
後は、ここは暴れるには狭いから外へ連れ出すだけだ。

外――集落については、自分の部下の隠れ里だとでも言えば、通るだろう。


「ついてこい、ここじゃ狭すぎる」


「………」


一足先にコテージから出る。
妙な展開だったが、戦えるのだから文句は言うまい。
それに、早くしないとサーナイトの方も終わってしまうかもしれない。

集落から離れる。
ラティアスが外で眠っているので、それに悟られぬよう逆方向の岩山を登った。
そこに、適度な広さの空き地があったのは好都合だった。







………







前を歩くヘラクロスから少し離れ、ユハビィはキュウコンと相談する。
何だかんだで歩いている間に事の顛末を聞き、
ここまでの流れからヘラクロスがただ自分と戦いたいだけだと言うことは理解していた。

「…どうしても、避けられないかな」
『無理だな。奴の目を見たろう、あれは覚悟を決めた目だ』
「はぁ……寝起きなのに…でも、おかげで体調は万全だ」
『相手が相手だ、波導を使うことを許可しよう』
「そこでしないなんて言ったら、死刑宣告と意味合いが同じだよ」
『…まったくだ』

キュウコンが苦笑する。
そして例によって継承状態に入ろうとした時――ユハビィが、それを遮った。

「ワタシがやるよ…
 ヘラクロスがワタシと戦いたがってるなら、ワタシも自分の力で応えたい」

そもそも波導の力がルカリオのモノである事はこの際触れないものとして。
ユハビィは、ユハビィなりに気を遣っていた。

継承状態が、
キュウコンとルカリオの魂にどれだけの負荷を与えてしまうのかを知っていたから。


空き地に到着して、とりあえず見晴らしの良い所に立ってみる。
目の前には、ヘラクロスが腕を組んで立っていた。
そろそろ下手な芝居にも疲れたらしく、さっさと始めたいオーラを滲ませている。


「勝負は、一本勝負だ。立ち上がれなくなった方が負け、これで良いな?」

「わざと立ち上がらないのは?」

「…サーナイトとの約束もあるしな…。
 少しでも俺の独断の罪を軽くするために、生け捕りにしてサーナイトの許へ連れて行く」

「あらら…負けらんないね」


ツルを伸ばし、いつでも動き出せる体勢を取ると、
ヘラクロスもまた何かの武術の様な構えを見せた。
腕の間から垣間見える表情は、虎視眈々と獲物を狙う狩人のように見える。


風が駆け抜けた。
冬の訪れを感じさせる風が、どこからか枯葉を運んでくる。
それが、睨み合う両者の視界を同時に遮った、その瞬間――




「っぁぁあああああッ!!」

「やああああああッッ!!」


――ドゴォォオオオオッ!!





ヘラクロスの望み続けた、最高の戦いが幕を開けた――!








つづく


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