「ぐ……うっ……」



ワタシは膝をついていた―――自分で言うのもなんだが、どこが膝なのかは想像に任せるとしよう。
黄ばんだネズミの嘲笑う声すら遠のき、このまま倒れてしまえればどれだけ楽だろうと考えた。
すぐに頭を横に振り、再び対峙する敵を睨みつける。
立つのがやっとだとしても、ナメられたまま終わりたくない――これはワタシの意地だ。

「ふむ、やはり中途半端…その程度が限度と言ったところでしょうか」
「ふざけるな…ワタシは、まだ負けちゃいない…」

セバスちゃんことカイリューと対峙して、およそ3分。
今まででたった3分をこれほど長く感じたのは、カップラーメンの完成を待つとき以来かも知れない。
開始数秒で【ツルの鞭】や【葉っぱカッター】、切り札の【眠り粉】までも使って一気に叩き潰しにかかったのだが、どれも全く通用せず噂の【ドラゴンクロー】で返り討ちに遭ったという状況だ。
痛いなんてモノじゃない。
痛すぎて逆に熱い。
イタ熱い。わけわからん。

一つ確かなのは、…ヤバイかなっていう事くらいだ。

「ふふん、所詮雑草。セバスちゃん、ここで終わりにして差し上げなさい」
「ふむ、仰せのままに」



「…させない」



カイリューの右手に赤いオーラが集中し、再び【ドラゴンクロー】が来るかと思った時だった。




「お前らの相手はオイラだ。これ以上好き勝手にはさせない」




ワニノコのアーティが、ワタシとカイリューの間に割って入った。

…ぶっちゃけると、もう少し早く出てきてくれたほうが嬉しかった。









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迷宮救助録 #3
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「カイリューのおっさん、オイラを敵に回すと後悔するぜ!」


「ふむ?今更何を言うかと思えば――」


カイリューが鼻で笑った時、アーティが目を見開いて叫んだ。


「―――オイラは【冷凍ビーム】を覚えているッッ!!!」
「なんだとっ!?」



【冷凍ビーム】…氷タイプの技の中ではトップクラスの破壊力を誇る技であり、ドラゴンタイプ、飛行タイプに通常以上のダメージを与える事が出来る大技だ。
両方のタイプを兼ね備えるカイリューにとって、この氷タイプの技を受けることは即死に直結すると言っても過言ではない。
ハッタリかも知れないが、もし事実なら命の保証が出来ない。
それにアーティは水タイプだ。【冷凍ビーム】を実際に使えてもおかしい話ではない。
最悪の事態を考えているのか、カイリューの表情が凍りついている。
【冷凍ビーム】を喰らう前に凍り付く…なかなか面白い光景だ。

ところがそれも束の間、話に割って入ってきた黄ばみネズミの言葉にアーティの表情は曇った。



「だから如何したの?あたくしは電気タイプ。10万ボルトでアンタなんかあっという間に倒せるのよ?」

「…くっ」



…そう、敵のリーダーは電気タイプの黄ばみネズミだ。
どの道、ワタシたちだけでどうにかなる相手ではなかったという事か。
ここはもう、突然ポケモンになっちゃったワタシの【主人公補正】で未知なる力が覚醒でもしない限りは助からないだろう。
いくらお約束でも、そんな素敵な奇跡が起こるわけないか…

なんて思った矢先――

「【10万ボルト】!」

「ぎゃああああああああっ!…痺れたぜ…ガクッ」

強烈な閃光と電磁音――黄ばみネズミの【10万ボルト】で、アーティが地に伏した。
あまりの威力に、ふらつく足で立っているワタシの遥か後方へとすっ飛んでいく。

弱っ、アーティ弱っ!
せ、せめて遅れて登場してきたんだからもっと活躍してよ!
…一人くらい倒してよ!

「ふん、口ほどにも無いわね。ミルフィーユちゃん、そいつらを【岩なだれクラッシュ】で埋めときなさい」
「ゴゴ…了解した…」










…。











……。












―――ミルフィーユッ!?













言うに事欠いて、あのゴツゴツした巨体でミルフィーユ!?
…駄目だ、最初から勝てるはずが無かったんだ。
だってミルフィーユだもん…こいつら凄すぎる、色んな意味で。


ミルフィーユが巨体を振り回して辺りの岩石を砕き、それをコチラへと飛ばしてくる。
大迫力だが、CGなんかではなく現実だ。


「―――くっ」


これはマズったかと思ったその瞬間、飛来する岩石…【岩なだれクラッシュ】が空中で静止した。
一瞬、何が起きたのかまったく解らなかった。
こんな事、現実でありえるはずが無い。
…もともと人間で突然ポケモンになっちゃった自分で言うのもなんだけど、こんな事は超能力か何かでも使わないと――


「…超能力…これは、…【サイコキネシス】か!」


脳裏によぎった超能力という言葉。
そこから、ワタシはある結論に辿り着いたのだ。
現実ではありえないことを可能にするチカラ…
このポケモンの世界には、それが「ある」。

「誰よ!!こんなマネをして…ただで済まされると思ってッ!?」

ヒスのように叫ぶ黄ばみネズミ。
よほどこの技に自信があったのか、あっさりと止められてしまった事に動揺が隠せないようだった。

「ゴゴ…邪魔者…どこだ…!」
「ふむ…これほどの超能力…さては――」

セバスちゃんが辺りを見回し、適当な岩場を発見すると、そこに向かって【りゅうのいぶき】を繰り出した。
激しい炎の塊によって岩場が破壊されると、その煙の中から3匹のポケモンの影が現れる。

超能力の達人である【フーディン】、怪獣のような姿をした【バンギラス】、そして尻尾の炎が燃え盛る【リザードン】だ。
現れた3匹を見て、アーティは言葉を失くしていた。
目を丸くし、震える指を向けながら、ただ言葉にならない声を発していた。

その驚きようから察するに、恐らく彼らが――


「おまえたち、何をしている。事と次第によっては、タダでは済まさんぞ」

「ゴールドランク…チーム【FLB】ッ!アンタたちが邪魔しに来るなんて、あたくしもツキが無いわね…」
「ゴゴ…ここは、逃げた方が…良いと思う…ゴゴゴ」


チーム【FLB】…
今、この世界で最も勢いのある救助隊で、アーティの憧れの…

まさか、こんな所で会うとは思いもしなかった。
こんなカタチで会うことになるとも思っていなかった。
【FLB】の威圧に、その場は完全に収まったように見えた。
黄ばみネズミは歯軋りをしながら後ずさっているし、ツレの2匹も戦意は無いようだ。

「ようカイリューの爺さん、最近見ないと思ったが、噂のセバスちゃんとはあんたの事だったか」

フーディンの脇をすり抜け、リザードンが一歩前に出て言う。
どうやらこの二人は知り合いらしい。

「ふむ、大きくなったなリザードン。だが、まだまだ修行を怠ってはいかんぞ」
「あぁ、まだ【あの技】だけはマスター出来てないからな…ま、そのうち完成させたら、真っ先にあんたに見せてやるよ」
「ふふ、頼もしい事だ。して、ピカお嬢様?ここは一端退くのがよろしいかと存じますが?」

リザードンとの会話もそこそこに、カイリューは振り向いて黄ばみネズミに問う。
彼はまるで何かを企んでいるようで、あまり気の許せる相手という感じはしなかった。
一方の黄ばみネズミは、そうねと一言だけ言ってそそくさと退散していった。
それに続きイワークのミルフィーユも退散していき、セバスちゃんも歩き出す。

が、直ぐに立ち止まり、一言だけ何かを呟いてから飛び去っていった。


「…リザ、あやつは何と?」
「……さぁな。それより、そこのぼうずども、大丈夫か?」

「あ、あああ、は、ははい!だだ、大丈夫です!」
「ワタシは、ちょっと疲れた…アーティ、おぶって」
「それは無理だ」

…無理か。
どちらにせよ期待はしてなかったけど。
しかし、露骨にワタシとFLBとでは話すときの緊張具合が違うなアーティ。

「仕方ない、ここはわしらの救助バッチで家まで送ってやるとしよう」
「そそ、そんな!迷惑はかけられません!自力で帰ります!」

「アーティ…」

「はっは、じゃあこいつを使いな。【あなぬけのたま】だ。これで一気に家まで帰れるだろ」

リザードンが救助隊の道具カバンからあなぬけのたま――使えばダンジョンを脱出し、救助基地に帰れるアイテム――を取り出し、アーティに手渡す。
アーティは要らない要らないと手を横に振っていたが、最終的に断りきれず受け取っていた。
ところでさっきから一言もしゃべっていないバンギラスが気になるんだけど、それはまぁ今度でいいだろう。

「また何かあったら、わしらに言うといい。同じ救助隊どうし、力を貸そう。さらばだ」
「またなー、ぼうずどもー!」
「………」


「…行っちまった…カッコよすぎだぜ、チーム【FLB】!!」
「……」
「ん?どうしたユハビィ?」
「…バンギラス、一度も喋らなかったね」
「あぁ、あの人は【不言実行のバンギラス】っていう通り名があるくらいだからね。滅多に喋らないんだ」
「ふーん…」

ワタシの言葉にはちゃんと答えているが、未だアーティは彼らの去って行った方向を眺めていた。
アイドルか何かを見るような、キラキラした目で。
…これは、少しばかり覚悟した方がいいかもしれない。
あの【FLB】をナマで見たアーティが、明日辺りから物凄く張り切りまくってワタシを引っ張りまわすかも知れないことを。



FLBの介入により今回の難は去った。
しかしその時ワタシは、これで終わったとは思わなかった。

FLBの介入はいいだろう。
最後にカイリューが何と呟いたのか、そこだけが妙に引っかかっていた。
思い過ごしならばいいのだけれども――


「何か…まだ終わってはいないような気がする…」


干草のベッドに横になりながら、ワタシはそう呟いた。
まだこれからが始まりなような思いを抱え――


…そっと、目を閉じるのだった。










…その頃




「ビビ…我々ハ、コレカラ如何ナルノデショウカ…」
「…ペンタコイルトシテ生キヨウデハナイカ、兄者」
「…ビビビ…夜風ガ機械ノ体ニ凍ミルゼ…」




完全に忘れ去られたコイルたちは、明け方まで寂しく機械音を響かせるのだった。







ユハビィの懸念は、強ち間違いでもなかった…






つづく


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