――目を、覚まして――



…?



――あなたは……――



何だ、何の話だ?



――よく考えて………は、…なんて出来ない――



誰だ、お前は…誰だ、私は…ッ



――本当の記憶を拒んでいるのは、あなたの方――



…やめろ…



――あなたは……――






「やめろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」





















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迷宮救助録 #39
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行き場を失ったエネルギーが拡散する。
周囲にこれ以上壊れるものが残っていないから、
遠くから見る分には何が起きているのかは分からない。

何とか木の陰に舞い戻り、ヘラクロスが町の方を見る。
いや、既に町はない。
建物など、どこにも無い。
荒廃した褐色の大地が、剥き出しになっていた。

グラードンが暴れた後よりも、さらに酷い有様だった。


「…どうやら、終わったみたいだな」


木から飛び降りる。
足元に散らばっている何かの破片が建物のそれだと解った時、
ヘラクロスはあの衝撃の強さを理解した。


…と、不意にヘラクロスの前にサーナイトが降り立った。
それはさっきまで一緒だった分身のサーナイトだが、
一体何があったのか、全身を酷く負傷していた。

その背に担がれたデオキシスは、負傷と言うよりは残骸と言った方がいいかもしれない。
しかし既に息絶えているのかどうかは、見た目で判断するのは難しい。

それはコアさえ残っていれば、再生してしまうのだから。


「コレの回収は成功した、帰るぞ」
「ルギアはいいのか?」
「……」


サーナイトはふわりと飛び上がる。
ヘラクロスは、質問の答えが返ってこないことに怪訝な顔をしつつ、
その後を追うように飛んだ。
負傷している所為か、それほど飛行速度は速くないサーナイトが、ポツリと呟いた。


「予想外の邪魔が入った………」

「…?」


サーナイトの表情は曇っている。
それが負傷によるもので無い事は、ヘラクロスには容易に理解できた。

分身体である以上、負傷に対してあれこれ考えるのはナンセンスだからだ。


だが、その表情が何を意味するのかを察する事は出来なかった。









……

…………








時は、星と隕石の衝突に遡る。

デオキシスの最終奥義メテオフォルムの一撃を、
ルギアは至極の奥義エレメンタルブラストに波導の力を加えた攻撃で受け止め、
アーティとサンダーの助力により、何とか均衡を保っていた時だ。


均衡が続いておよそ数秒――

世界で一番長い数秒の後、デオキシスの身体にとうとう限界が来てしまった。
既に限界は突破している心算ではあったが、生物としての、真の【限界】を越えたのだ。

【ディフェンスフォルム】で硬化した両腕の先端から亀裂が入り、
それはあっという間に全身に及び、そして――デオキシスは砕け散った。

メテオフォルムによる衝撃波は、そのソースを失った事と、
突如として崩された均衡、何より、
デオキシスの中に秘められた膨大なエネルギーとあわせ、大爆発を引き起こす。



核兵器を遥かに越えた衝撃が、今度こそ星の終わりを告げたかと思われたその瞬間、
巨大なエネルギーシールドが爆発を包み込み、まるごと何処かへと消し飛ばした。



――【テレポート】。



こんな使い方があったのかと、神たるルギアですら、その光景に目を奪われた。
そして、そんな事が出来るのは、
同じく神の領域に踏み込んでいるものだけだと肌で理解した――次の瞬間。




「流石のルギアも、満身創痍だな」




彼らの目の前に、デオキシスの破片を背負ったサーナイトが降り立った。
もちろん、これは分身体であるが、それは誰も気付かない――気付く余地も無い。


「な…なんでこんな処にアイツが…ッ」
「いや、デオキシスはサーナイトの配下…奴が来ることは、不思議ではない」
「万事休す、か…」


それが生きていると言うことは既に七星賢者との戦いで分かっていた。
しかし、あまりに唐突なその再会にアーティは目を丸くする。

あの時の元の姿からかけ離れたサーナイトとは異なり、
それは紛れも無い【サーナイト】だった。


「さてルギア。取引をしよう」

「…取引だと?」

「強がらなくていい。どうせ限界で、一歩でも歩けば倒れてしまうくせに」

「………」


『黙れ』――ルギアはそう目で訴えるが、
サーナイトはどこ吹く風でデオキシスを地面に置く。

当然である。
サーナイトの言葉は全て事実。
ルギアも、それにアーティもサンダーも、既に『限界』だった。


「おまえが大人しく私の力になるなら、そこの二人は見逃しても構わない」
「っ!」


ルギアはその魅力的な条件に、言葉を詰まらせた。
正確に言えば、断る余地は無い。
サーナイトにとっては、断られた時は実力行使に出ればいいだけなのだから。
アーティとサンダーを殺し――或いはまとめて取り込んでしまうのが、奴の最善か。

いつぞやのユハビィと同じ葛藤をしつつ、ルギアは考えた。
そして次の瞬間には、思考を止めた。
ユハビィと同じ道を辿るのは愚かだ、神として出来る事がある。

ルギアは、気付いていた。


「さぁどうする?」


サーナイトが詰め寄る、返答の迫り方が巧妙だった。
上の上、そのさらに上から、下手に出ているのだ。

その場の誰もが、ルギアが迷っているのだろうと疑わなかった。
しかし実際は違った。
ルギアは返答に困っているのではなく、


時間を稼いでいたのだ。

それが到着する瞬間まで。









「我、至高を目指すもの―――」








サンダーが呟いていたのと同じ言葉が、どこからとも無く紡がれたその瞬間――






「――ッ!?」





――ズガアアアァーーーーーンッ!!





まるでデンリュウの雷パンチを思わせる強烈な一撃が、サーナイト目掛けて放たれる。
電気は光の速度に等しい。
サーナイトはそれが迫ることに気付くことは出来たが、避けるには至らなかった。


「ぐッ―――!?」


地面を抉り取るほどの雷撃がサーナイトを襲い、
そして容赦ない次の一撃でデオキシスの身体ごと吹き飛ばす。
電気のような形の無い破壊的な力を、喰らった上でガードする術など無い。

その間にも、何者かの追撃は続いた。


「見よう見まね…【ヘキサボルテックス】ッ!!」

「っ!!」



―――ッ!




痺れで瞬間的に動きが止まっていたサーナイトの、その一瞬の隙を【それ】は逃さない。

威力はオリジナルに遥かに劣るが、
ヘキサボルテックスと名づけられたその攻撃はサーナイトに致命的なダメージを与える事に成功する。


「ふふふ…このあたくしの事を、忘れてもらっちゃ困りますわね」


「…ピ、ピカチュウッ!?」


黄色い尾が、フワリと風に舞った。
全身に電気を纏い、貫禄すら感じさせるそれは、
チーム【トップアイドル】のリーダー、ピカチュウだった。

よく見れば、怪我一つない万全の状態でもある。
一体何がどうなってこういう事になっているのか、アーティには理解できなかった。


「…どうしてここに…」
「…何よ、あたしがここに居るのが、不満なワケ?」


ムッとする表情が、何もかも同じ。
この衝撃の中一体どこに隠れていたのか、
突如到来した安堵感に、アーティは思わずへたり込む。


――どうしてここに――


その質問に、ピカチュウは答えられない。
どうして助かったのか、何故生きてるのか…それは彼女自身、本当に分かっていないから。

分かっていることは、この湧き上がる電力を与えてくれた【誰か】が居たことと、
それが誰であったのかと言う事だけだ。




「さて、形勢逆転ですわねぇ?おーーーっほっほっほ!」


高笑いをするピカチュウを、漸く起き上がったサーナイトが睨みつける。
サーナイトとの身長差は大きいが、ピカチュウの気迫は決して負けてはいなかった。

それに、たったひとりとは言え、この加勢によりアーティとサンダー、
そしてルギアですら、また戦えるだけの気力が確かに湧き上がっていたのだ。

個々の実力では、まだピカチュウもサーナイトほど強くない。

しかし不意打ちで相当なダメージを与えたこと、
ルギア、アーティ、サンダーが、立ち上がりサーナイトを睨みつけていること――

これだけで、形成が逆転していると判断するのは安直だが、
精神力で負けてはいけない――それだけはその場の全員が理解していた。

ピカチュウ以外は知っている。
『波導』とは『心の力』、今なら、まだまだ戦えると!


それを知ってか知らずか、しかしピカチュウは冷静に考えて、最善手を導く。
彼女は一歩前に出て、サーナイトを指差し言い放った。



「見逃してあげるから、さっさとあたくしの前から消えなさい、サーナイト!」

「………」



無言のサーナイトが、ピカチュウを睨みながらデオキシスの身体を担ぎ上げる。
その間、隙があったように見えたが、誰も手は出さなかった。

これが、均衡なのだ。
ピカチュウはそう感じていた。

精神的に押しているはずなのに、サーナイトが飛び上がってその姿が見えなくなるまで、
ピカチュウは一歩たりとも動かず、サーナイトから目を離さなかった。



「………ふぅっ」


「大丈夫か、アーティ?」
「何とか…でも、流石にヘトヘトだ」
「乗れ、皆のところへ送ってやろう」


ルギアは神だけあり、既に動き回るだけの体力が回復していた。
アーティはルギアに咥えられてその背中に仰向けに倒れ、
サンダーも同じようにルギアの背中に突っ伏した。

最後にピカチュウも飛び乗る。
そしてサンダーの嘴を突っつきながら、悪戯に笑ってみせた。


「サンダーは電気タイプだから、あたくしの技でも受ければ回復するんじゃなくて?」
「やめてくれ、死ぬ」








………








アーティたちが暮らしていた町から少し離れた処にも、ポケモンたちの住む集落がある。
高い岩山に囲まれた盆地には、果物の豊富な森と湖まであり、
小さいながらも自給自足には困らない立派な集落だ。
救助隊の手を借りて町から非難したポケモンたちは、そこに身を寄せていた。
一部の救助隊がこの集落出身であったことから特に面倒な事にもならず、
全員が今夜の寝床を確保することが出来た事にラティアスは安堵した。

「…具合はどうだ?もう冷える季節だから夜に出歩くのは止めとけよ?」
「大丈夫よ兄さん、星を見ていただけだから」
「そっか」

デオキシスに力を吸い取られたラティアスは、
あの後ルギアから元あっただけの力を授かった。
流石に神だけあって、その程度の芸当に造作は無いらしい。



――だから、ピカチュウから聞いた話が本当であれば――

ルギアは、一つの確信に辿り着いていた…。
ホウオウはサーナイトに加担し、余計な力を授けたのだと。
ハッキリ言って、ホウオウの力は全ての神の中で特にズバ抜けている。
ただの不死である事を除いて、純粋に『強い』のだ。
だから、力を与えられたサーナイトは、あれほど強くなり得たのだと――…



集落を囲む岩山の頂上で星を眺めているラティアスに、
ラティオスが大き目のマフラーを巻いてやってからその場を立ち去る。
高級な毛糸でも使っているのか、そのマフラーは心地よかった。

「……」

ラティアスは知っていた。
本意ではなくとも七星賢者に身を置いていたから、
デオキシスの出撃が何を意味しているのかを。

もう、サーナイトに動かせる駒は無い。
次からは、いよいよサーナイトとの直接対決が始まる。
気まぐれなヘラクロスの動向も無視できない。

―――これからの戦いは、誰が死んでもおかしくないものになるだろう。

サーナイトは、恐らく誰の予想をも裏切る強さを秘めている。
以前にサーナイトを撃退したと言う話はアーティやサンダーから聞いているが、
ラティアスにはそれが信じられなかった。

サーナイトの事を思い出し、思わずマフラーを握り締める。
紛れも無い恐怖の表れだった。
アレは、サーナイトではない。
もっと恐ろしい【何か】だ。
それが何かは分からない。

怖い。


夜空に、一点の光が流れた。
流れ星だ。
それをぼんやりと見ていたラティアスは、慌てて皆の無事を祈る様に手を合わせる。








それが何の星なのか、そもそも本当に星なのか、
ラティアスには疑問に思う余地も無かった。









つづく


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