サーナイトの予言より少し時を遡る。

煙を上げ、半壊どころか全壊と言ってもいい有様の町の中に、
デオキシスの破片が散らばっていた。
その中には一際目立つ、彼の『コア』が在った。
そのコアには、辛うじて頭が付いている。



虚ろだった意識を取り戻すと、青空の光が彼の眼球に注がれた。
霞んだ視界が、徐々に鮮明さを取り戻す。




――不覚。




傷つき砕け散った身体より、あんな雑魚にしくじった心が、痛い。




「……くッそがぁぁぁぁぁぁあぁあああああああああッッッ!!!!!」




咆哮した。
そして、起き上がろうとしたところで、
彼は漸く自分の身体がどういう状態にあるのかを理解した。

頭と胴体――コアだけを残し、両手両足は無い――いわゆる、イモムシ状態だ。
まさか自分がリアルにコレを体現する羽目になろうとはと、
デオキシスは二重の屈辱に歯を食いしばった。

顔を持ち上げる。
幸い、コアにはヒビ一つ入っていない。
それを見て、彼はひとまず安堵した。


「……あのネズミ、必ず殺してやる…」


カッと目を開くと、瞬時に両手両足が再生した。
再生の直後、波導が消えてしまっていることに気付いたが、
そんなことはもはやどうでも良かった。
念動力で身体をふわりと持ち上げ、
再生した両手両足の具合を点検するように、コキコキと動かす。

「どこだ…どこに居る………」

血走った目がギョロギョロと動き回り、ピカチュウの姿を探した。


遠く離れたところに落ちている元自分の腕とあの憎いピカチュウの姿を見つけたのは、
僅かに数秒足らず後のことだった。





「…見 つ け た ぞ ぉ お お お お お お ッ!
 こ の ク ソ ネ ズ ミ が ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ あ あ あ あ あ あ あ ッッ!!!」












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迷宮救助録 #36
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怒り任せに撃ったサイコブーストが、周囲の屋根瓦ごとピカチュウを吹き飛ばす。
しかし、何の反応も帰ってこない。
軽々と吹き飛んだ黄色い身体は、瓦礫の山を越えて地面に落ちた。
デオキシスはそれの前に飛び降り、音も無く歩いて、凝視する。

もう死んでいるのか?

いや、だからどうした、殺しただけでは足りぬ。
まして、あんなワケの分からぬうちに、勝手に死なれていた事の方がよほど腹が立つ。


「この…クソがッ!!」


――――ドガッ!!


右足をアタックフォルムにし、すかさずそれを思い切り蹴飛ばした。
弧を描くことなく、それは直線的に瓦礫の中に突っ込んで土煙を巻き上げる。
人形か何かを蹴飛ばしたような空しさに、デオキシスは漸く冷静さを取り戻した。

「……ふ。何を熱くなっていたんだ私は。さて、冷静に…次の仕事をしなければ」

振り返る。
サーナイトから言われたとおり、消すべきものは全て消さねばならない。


アーティは倒した、放っておいても今は何も出来ないだろう。
後でゆっくり止めを刺せばいい。
ラティアスも論外、アレにもう何かをする力は無い。
同僚のよしみと言う事で、殺すのだけは勘弁してやろう。
ラティオスも問題ない。無力な妹と共に、王になるサーナイトを見届けるがいい。

…アブソルは、少しばかり頭がキレる。
早めに倒しておかないと、アレを中心にした部隊は例え烏合の衆とて脅威になりうる。

「邪魔が入ったが、当初の計画通りまずはアブソルからだな」

跳躍、そして空中でスピードフォルムに変身し、デオキシスは真っ直ぐ飛び出した。




――アブソルは、その直線状に居た。








……………










暗い、深い闇が、辺りを包んでいる。



浮遊感が気持ち悪い。
今すぐ逃げ出したいのに、動く事が出来ない。


出来る?
そうだとしても、その感情以上に今は動きたくない。

全身が、動く事を拒んでいる。




(…死ん…だ…?)




不意に過ぎった友の顔に、思考回路だけが正常に働いた。
極めて冷静である。

不鮮明な映像が、途切れ途切れに、周囲の暗黒に映し出された。
この映像はあの時の、デオキシスとの一騎打ちだ。


眼前に迫るデオキシス。
あの右腕と、物理的な圧力を持ったボルテッカーの電気が、衝突。

腕は、デオキシスの肩から、人形のパーツが外れるように吹き飛んだ。

――しかし、そこにはまだ腕があった。


【波導】だ。


ここまで間近に見るのは、初めてだった。
そして、こんな力を振り回すユハビィを、一瞬だけ羨ましく思った。




それは自分の纏っている電気の鎧をモノともせず、
豆腐か何かに包丁が突き刺さるように、ごく滑らかに――





記憶はここまで。
次は、眼前に、煙の隙間から見える青空。




呟いた、愛しき友の名前。










――電気が、足りない。


波導に対抗するために、波導を欲したりはしない。
自分には、自分の貫きたい、譲れないものがある。

この電気の力こそ、至高だと信じているから。



(ナラバ、詠エ)


「…歌…?ナンだっけ、…確か、昔話にあったかも…」


ピカチュウは、突然聞こえてきたその声に全く疑問を感じなかった。
それは最初からそこに在ったような自然さと、そして神々しさを感じさせる。

ウタ――電気タイプに許された、秘めたる力を解放するための鍵――




(最強ノ属性ニ愛サレタ我ラニ許サレシ伝承歌ヲ)


声が、響く。
暗くて見えないが、確かにそれは近くに感じる。
やっと、少しだけ疑問を感じた。一体誰だろう、こんな時に。
誰が何のために――どこを見ても、暗がりが広がる空間に、自分は孤独。



「最…強……」



最強の属性――電気タイプは、この世のどのタイプよりも、破壊的で凶悪。





           砕けることを恐れるな





ウタが、聞こえた。
正確には、朗読と言ったほうが正しいほど――厳かなリズムが、何故か懐かしい。
身体の奥底まで染み渡るウタに、しばし身体を預けることにした。
その時は、自然と自分も口ずさんでいることに気付かなかった。


(このウタは…………)












         我、無より生まれ無に帰すもの













そう、人知れず生まれて、刹那に消えていくもの













         我、天より生じ大地に帰すもの













そう、あの空に浮かぶ雲の中で生まれて、大地へと落ちるもの












         我、神より生され魔に帰すもの













そう、厳かに輝き、畏怖と畏敬を与えるもの













            最も高い処から












『最高』に居て尚












           最も高い処へ堕ちる














さらなる『高』みへと『至』る












              我――













          「『至高を、目指す者』」















声の主が光となって、世界の闇を照らしたとき。






それは、死を超越した。












………………










アブソルはラティオスの背に乗り、瓦礫が散乱する町の中を飛び回った。
ピカチュウを探しながら、デオキシスを探しながら。

「さっき、奴の足の一部が見えた。
 バラバラになって死んだ――普通なら、そう考えるだろうな」
「どう考えても死んでるとしか…それに足一本でも無けりゃ、戦えないんじゃないか?」
「エスパータイプに手足の数など関係ない、念じるだけだからな。
 それに、奴は恐らく『再生』する」

アブソルの言葉に、ラティオスは怪訝な顔をした。
再生と言う言葉にピンと来なかったワケではない。
ただ、アブソルの言う再生の意味と、
ラティオスが思う意味が食い違っていたのは、確かだった。

「あれだけの速度で体の構造を作り変えられるんだ。
 腕の一本や二本、新しく作り直すのに手間は掛かるまい」
「…なるほど…。だけど何も無い状態から新しいパーツを作るのはそんな簡単な事じゃ…」
「【波導】は生態エネルギーだ。
 それを圧縮して体の材料に変換することも、恐らく可能だろう」
「…………」

いかにも自分の言葉のように言うが、
これはデンリュウから聞いた波導の話の引用である。
ラティオスはそれを知る余地が無いため、
半分理解に苦しみながらただ低空飛行を維持するしかなかった。


「…ッ、止まれラティオス!」

「っ!?」


時刻は、デオキシスが目覚め、アブソルに狙いを絞った頃に重なる。


「奴が来るッ!」











―――【サイコブースト】ッ!!











デオキシスは確かに速いが、もうその速さには慣れた。
対応して反撃にも転じれる――アブソルはそう考えたが、
【サイコブースト】はそれ以上の速度で迫っていた。

そうだ、何も直接殴りに来る必要は無い、こんな時に何冷静さを欠いているんだ!

アブソルは自分の浅はかさを呪ったが、
出来ることと言えばラティオスを真下に叩き落す事だけだった。
その反動で少しでも跳躍できればと思ったが、
どちらにせよ迫る【サイコブースト】を回避するには至らない。


「――くっ」

「アブソルーーーーーーッ!!」


突然叩き落されたラティオスが、叫ぶ。
自分が助けられたことに気付いていたらしく、目を見開いてアブソルの方を見た。

今からでも飛び出せば間に合う?
否、もう間に合わない!





(ここまでか――――)









――ズドオオオオオオオオオン…








膨大なエネルギーが爆発し、デオキシスはにやりと笑う。
デオキシスはアブソルと放たれたサイコブーストの直線状を飛行していたため、
アブソルにぶつかり爆発したものだと疑わない。



「………な」



…しかし、真下にいたラティオスは、デオキシスの想像とは違う光景を見ていた。
その光景が余りに現実離れしていたから、
一体どんな言葉がリアクションとして相応しいかとか、
そういう考えにすら頭が回らなかった。







「……おまえを助けるのは、これで二度目だな」


「あ、貴方は…どうして……」




――どうしてここに。


唖然とするアブソルは、彼を見つめたまま重力に任せて落下する。
彼は、そのアブソルの下にすっと回りこむと、
アブソルを背中で受け止めてそのまま地面に降り立った。

デオキシスの吊り上がった口が、元に戻る。
ラティオスはただ、声も無くその光景を見ていた。

夢か幻か――ラティオスが【彼】にこんな間近で会うのは、初めてであった。



デオキシスが異常に気付いたのは、サイコブーストが炸裂し、
任務完了を確認するために遅れてそこに到着した時だった。

デオキシスは空中で静止し、砕け散って死んだはずのアブソルを探すが、
代わりに見つけることが出来たのは殆ど無傷のアブソルと、
大きく口を開けて驚いた様子を見せるラティオスと、

さっきまでは居なかった、見慣れないポケモン1匹――




「……宇宙からわざわざサーナイトに協力とは、ご苦労だな」

「…誰だ、貴様……」




デオキシスが音も無く着地し、脳内でデータを照合する。
サーナイトから受け取ったデータの中に該当する一件を見つけたとき、彼は驚愕した。

そして同時に、歓喜した。

再び口をニヤつかせ、デオキシスはケイオスフォルムに変身する。



「その様子なら、自己紹介は不要のようだ」

「…くくくく…最高に面白いぞ…。
 そうでなくては、この力を貰った意味が無いと言うもの…」






―――ルギア。










『銀翼』は再び空へと舞い上がる―――!















つづく


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