そこは草木も生えない岩山であったが、一面の煤焦げた色が寂しさを感じさせなかった。
散乱する岩石、抉られた大地、露出した地層が、そこで起きたすべてを物語っている。
いや、もしかしたらこれですら一部かもしれない。
――酷い、有様だった。
尤もこの世界には指定文化財などと言う物は無いから、何が壊れようが関係ないのだが。


「…一足遅かったか…」
「まさかもう決着が?」
「ある意味ではそうだろう。だが違う。…まんまと出し抜かれたよ」
「…?」


ヘラクロスには、サーナイトが何を言っているのか分からなかった。
ただその怒りに震える表情から、今は非常に不機嫌であることくらいしか。


「ラティアス!見ているだろう!【虹翼】と【三獣神】の居場所を映し出せ!」


虚空に叫ぶが、ラティアスからの返答は無い。
それもそのはずである。
丁度今と言う時間は、ラティアスがサンダーに追い詰められていた頃なのだから。
返事の無い同胞に、サーナイトはチッと舌打ちをし、町の方向を振り返った。

不機嫌なオーラを浮かべるサーナイトに、ヘラクロスが低く笑いながら呟いた。


「……今頃は町の襲撃がユハビィたちに食い止められているころだな。
 くっく…動かせる駒はもう無いぞ、サーナイト?」

「『まだ』だ。私にはまだ駒がある…最後の七星賢者、【デオキシス】が…ッ」


サーナイトは必死だった。
生まれて初めて、『計画』と言うものが発動する前から崩れ始めていたのだ。

ヘラクロスは同情とも嘲笑ともつかない表情で、サーナイトの横顔を眺めていた。









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迷宮救助録 #32
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七星賢者―――ユハビィとの戦いに向け、
そして己が目的の達成のため、サーナイトが集めた7匹で構成される特殊部隊。
このヘラクロスを筆頭に、虹翼のホウオウから預かったエンテイ、ライコウ。
そしてトップアイドルからスカウトしたカイリュー、イワーク。
さらに強制的に加えたラティアス、ここまでの段階ではこの6人が姿を見せている。

現在、エンテイとライコウは雷の司に敗れ敗走し、
さらに彼にはラティアスも抑えられている。
カイリューとイワークは救助隊本部長のデンリュウを襲撃するが、
見事に返り討ちに遭い生死不明。
ラティアスの夢写しも無いので探せず、殆ど行方不明状態だ。

残ったヘラクロスは、七星賢者とは名ばかりの自分勝手な役立たず。
その高い実力はサーナイトも認めるところであり、実際彼が仲間であるのは心強いのだが、
それ故にお互い【主従】では無く【対等】と考えているため、使うに使えない。
だからコイツは駒じゃなく、もうひとりのプレイヤーと言うのが正しい。
サーナイト自身、このヘラクロスに動いてもらうために頭を下げるのは癪なので、
実質折角の特殊部隊も壊滅状態である。




――最後の一人を除いて。



【デオキシス】。
宇宙というフィールドで生存するそのポケモンは、
地上の生ぬるいポケモンとは比較にならない強さを秘めている。
サーナイトですら、
宇宙にはこんなポケモンがゾロゾロ居るのかと冷や汗をかかされるほどに。


「…アイツか…いけ好かねぇな…」
「強ければ問題ない。駒は駒だ、チェスの駒は所詮プレイヤーに噛み付くことは出来ん」
「はッ、変な例えだな」


転がる岩石の破片を蹴飛ばし、ヘラクロスが悪態をつく。
彼がいけ好かないと言ったのは、
裏にサーナイトのそういう部分も好かないという意味を含ませていた。
駒は駒――兵法は、非情に徹するのが道理といえばそうかも知れないが、
少なくともヘラクロスはそうは思わない。
ひとつの群れを統率するものとしての、彼とサーナイトの意見は180度違っていた。


「【夢写し】が途絶えれば、不審に思って勝手に動き出す…
 奴に与えた命令はユハビィ以外の邪魔者の排除…
 こうなっては仕方ない。面倒な工程は省いて計画の最終段階へ移行するぞ」

「…ただの【時間稼ぎ】が【計画】とは、つくづく単純な奴だな」

「強さとは、最終的に単純なものだよ。我が君臨し、世界は傅く。それだけだ」

「……」


だからオマエはユハビィに勝てないんだ、と言いかけたが、
ヘラクロスは代わりに石をひとつ、思い切り蹴飛ばした。
その石が大きな岩山を越え、視認出来なくなってからさらに数秒後に、
漸く何かが砕ける音が聞こえた。







……

…………






「サンダー、それにラティアスじゃないか。どこ行ってたんだよ、探してたんだぞ?」
「ビビ…デート、カ?」

「ま、そんな感じか?くははは」
「え、えぇ、そうですね」

エラルドと合流し、襲撃者を退け終わったアーティの元に、
サンダーとラティアスが現れた。
自分に用があってきたのか偶然なのかに、興味は無かった。
アーティはこう見えても他人が表情の下に何を隠しているのかを察するのが得意なので、
敢えて訊こうとしなかっただけだ。

付け加えて、『探してた』と言うのは嘘である。
ユハビィたちは戦っているし、
アーティも襲撃者を押しのけて今し方エラルドと合流出来たところだ。

「…んじゃあ改めてみんなと合流しよう」
「…改メテ?」
「んああ、何でもない。な、サンダー?」
「……?」

サンダーの瞳の奥を覗くように目を細めて、しれっと言い放つアーティ。
サンダーはまるで見透かされたのではと内心焦ったが、
アーティに悪意が無いことが分かったのであぁと頷いた。
ラティアスはそんな二人の見えないやり取りを不思議に思ったが、気にしないことにした。

サンダーの言うとおり、誰も責めはしない。
考えてみれば当たり前か。後々明かす必要はあるだろうが、
まだ現時点でラティアスが七星賢者だった事はサンダー以外誰も知らない。

「んじゃあ行くか、もう終わってる頃だな。
 オイラはもう少し準備運動したかったんだけど…」

ヘラクロスの軍勢の襲撃を、準備運動と言ってのけるアーティ。
だが、誰もからかいはしなかった。
何故だろうか、つい先日と比べ、彼は一段と大人びた余裕を持っている。
そしてその余裕と強さが、比例していたのだから文句のつけようもない。

『何故』の答えはユハビィとの戦いで吹っ切れたと言うだけの事だが、
この中ではそれを知るのは本人だけだろう。


「アーティ、悪イガ先ニ行ッテテ貰エナイカ?」


ふと、エラルドが何かを思い出したように言った。
アーティは少し考えてからそれを思い出し、あぁと頷いた。


「まだ近くに仲間が居るんだったな、早く連絡つけて来いよ」
「アァ。…ダガ、戦況次第デハ合流出来ンカモ知レン」
「そん時はしょうがないさ。適当に落ち着いてからまた落ち合おう」
「承知シタ」






………




町の中心部、山積みになったヘラクロスの部下の前に、
欠伸をするピカチュウが座っていた。
その目に涙を浮かべている辺り、よほど退屈で眠かったのだろう。
その隣にも、同じようにウトウトしているユハビィとアブソルの姿があった。

アーティとサンダー、ラティアスが戻ってきたのに気付いた3人は、慌てて飛び起きた。


「…いや、寝るなよお前ら…」

「違うわよ…ふああ……このクサイハナをぶっ飛ばしたら変な粉が……辺りに散って」
「そうそう…敵も味方もへろへろ〜って感じで……ふあぁぁぁ…」
「どちらかと言えば、睡魔との闘いだったな。こいつら自体は大したこと無かった」


極めて冷静を保っているようで、アブソルが一番眠そうだった。
布団と枕を用意したら、きっと目を放した隙にその中に潜り込むに違いない。

「んで、サンダーとラティアスが一緒に居るって事は――…もう大丈夫なんだね?」
「ん、あぁ。多分大丈夫だろ。余計な事は、本人が話すまで待とうぜ?」

ユハビィが囁く。
オイラは率直な自分の感想を述べただけだが、ユハビィはそれで納得してくれたらしい。

それよりも気になったのは、
この中で一番強いはずのユハビィが一番負傷していると言うこと。
前から気づいてはいたが、どうも波導を使う事に消極的になっている気がする。
…前の戦いの時に無理させ過ぎただろうか…?

尤も負傷と言ってもアブソルとピカチュウなどせいぜい砂埃を被っているだけで、
相対的に見てユハビィのかすり傷が一番目立つと言う意味なのだが。

「………」

じっとユハビィの傷を見て考えていたので、
ユハビィの顔が至近距離まで来ていた事に気付かなかった。
その大きな目は、真っ直ぐにオイラを見つめていた。

「……何さ人の事ジロジロ見て、アーティ?」
「おわぁッ」

思わず驚いて、オイラは尻餅をついた。
倒れて逃げ場を失ったオイラを、ユハビィはさらに追い詰める。

「なーに考えてたのかなー?アーティーくーん」
「ばっ!違うって!それより傷の手当てを――」

慌てて言い訳をすると、
ユハビィはそのまま前のめりになってオイラにのしかかり攻撃を仕掛けてきた。


―――ドフッ


「ぐぇっ!」

「アーティ!?ちょっとユハビィ!アンタ何してんのよ!」

ユハビィに潰されたオイラが腹から空気を噴出すような声を上げると、
ピカチュウが振り返って駆け寄って来た。
のしかかりと言うか頭突きだ。
ジダンも吃驚するような不意打ちの頭突きが、オイラの胃袋を押し潰した。
苦しいので勢い良く放り投げようとしたが、そこで漸くそれに気付いた。


「…くぅ……」

「…寝てるよ……」

「あらら…全く、だらしないわねポケモンズのリーダー様は」
「ピカチュウ…んな事言ってないでコイツどけてくれよ…」


眠ってしまったユハビィが地面に頭をぶつけないように支えながら呻くオイラを、
周囲の連中が囲む。っていうか見てないで助けてください。


「…ふっ」

「うぉい!アブソル!今の笑いは何だ!」

「くっく…」
「ふふっ」

「サンダー!ラティアスー!何の笑いだそれはーーーッ!!」


短い手足をじたばたさせ、逆さまの状態で文句を叫ぶオイラを覗き込んで笑うギャラリー。
眠っているユハビィの邪魔をするわけにもいかないので、
慎重に起き上がる必要があるわけだが、短い手足の所為でそれが叶わない。

故に起き上がれずに居ることを知ってか知らずか――いや、奴らは知っている。
あの目は、あの笑いは

―――その手に持った、マジックペンは!――――

慌ててユハビィを放り出して逃げようとするが、オイラの判断はコンマ1秒遅かった。
ダメじゃないかリーダーをほっぽって逃げようとしちゃ、
なんて棒読みなセリフをのたまいながらオイラを押さえつけるサンダー。

オイラの両手は屈強なサンダーの足に押さえられ、ユハビィはといえば呑気に眠っている。

そ、そして、目の前に、何か…アレは、鬼だ!

マジックペンを持った地獄の鬼が、悪さをしに地上へ這い出して―――




「おおおおい!やめっ!ちょっ!」













         ヤメテェェェェェェェェ…











……………………






「おー、すっかり男前になったなアーティ」
「おほほほっ、なかなか似合うわね!」
「……くくっ、いい感じだぞアーティ」

「お、お前ら…後で覚えとけよ…」

「アーティ、怒るのもいいが、これからの戦いの前に無駄な体力は使うなよ」
「そうですよ、ふふふっ……あ、お、お茶入れて来ますね!」

町の住民がラティアスのために誂えた家に、一行は集合していた。
顔に油性ペンで落書きされたアーティを中心に、
サンダー、アブソル、ピカチュウ、そしてベッドで眠っているユハビィ。
ラティアスは、お茶を入れてくると言って、部屋を後にしている。
肉、豚、爬虫類、低級ワニ皮etc…ある事ない事、
あらゆる侮蔑の言葉が書き込まれたその顔は、ラティアスのツボにはまったらしい。

「ぁーチクショウ…なかなか落ちねーよコレ…つーかラティアス絶対堪えきれてねーよ」
「…そうね。微かだけど、台所から笑い声が聞こえてるわ」

台所の方に聞き耳を立てるピカチュウが告げる。
ラティアス、多分リアクションではお前が地味に一番酷い――アーティは思った。

しかし、動けないのを良い事にアーティが散々な目に遭った中、
本当に一番ショックだったのはユハビィの呟いた一言だろう。

…アーティも男だし、それは嬉しいような状況ではあった。
寝ながらぎゅっとしがみついてくるなんて、
普段のユハビィからは想像もつかない行為だからだ。
これが俗に言うツンデレってやつですかと、アーティは胸がときめいたりしたのだ。
眠りながら、寝言で『キューちゃん』とか呟くその瞬間までは。


「ぁー…オイラは代用品、オイラは代用品」

「わーーーっ!アーティが変なスイッチ入っちゃったッ!」





「…アーティも罪な男だな」
「……いや、逆だろ」

アブソルの的外れな一言にツッコミを入れたのは、意外にもサンダーだった。










つづく


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