「…どうなってる?おいラティアス、ちゃんと【夢写し】をしろ」


サーナイトが喚く。
ラティアスは焦りながらも兎に角色々な角度から夢写しを試みるが――


『やってます、やってますが――写りません、見えません……こんな事初めてです…』



(くそ……虹翼か?いや、いくらアイツでも【夢写し】を直接操作することは…
 …一体何がどうなってる……)



ラティアスの【夢写し】で全てを監視していたサーナイトは、
ある地点の映像が急に途絶えたことに不信を抱いた。
そこにはデンリュウが映し出されていたはずで、
さらに言えばもう直ぐホウオウが到着するかしないかの頃だ。

物凄いバトルが期待できるのではないかと、
サーナイトの横に立つヘラクロスも横目で見て期待していたのだが。


「…行くぞヘラクロス」

「…ふ、こういうのは直接に見たほうが面白いからな」

「…?何を言ってるのかわからんが――あの場所で何かが起きている。
 この私を差し置いて…許せん」


ツカツカと不機嫌そうな足取りで、サーナイトは部屋の出口へ向かう。
微妙なすれ違いはあったものの、
ヘラクロスは文句を言うことなくサーナイトの後ろに付いた。

【何かが起きている】

サーナイトは、普段敵が何をしようと気に留めることは無い。
それが今までちょくちょく敗因になっているにも拘らず、未だ直っていない。
直っていないが――


「イライラする……何なんだこの不快な感覚は…」


ファイヤーとフリーザーを取り込んだ時の記憶を元に【翼】を形成し、
サーナイトは【その場所】へ向かった。
ヘラクロスもまた、持ち前の翼…と言うか翅でその後を追う。





戦いが、始まろうとしていた。











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迷宮救助録 #31
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――痛い。


如何して…何故…ラティアス…


…ダメだ、俺はまだ死ねない、絶対に…
…救うんだ……もうあの悲劇は繰り返さないために…






「サンダーッ!!起きろってのッ!!」


「――っ!!」



怒鳴り声に、思わず上体が跳ね上がった――と同時に激痛が走り、顔が歪む。
最初に視界に入ったのは自分の身体だった。
ラティアスに刺された傷口に包帯が巻いてある。
それに、よく見ればベッドの上だ。

状況を整理しながら、サンダーは周囲の顔ぶれを窺った。

ユハビィ。
アーティ。
ピカチュウ。
アブソル。

一部、まるで死人が動いたかのような顔をしているのが気がかりだが、まぁいいだろう。


「やれやれ、やっと起きたか…」
「…アーティ、これは一体…」
「聞きたいのはこっちの方だよ。何があったんだ?」
「それは、ラティアスに――…」


ベッドに身を乗り出して聞くアーティに、
思わず真実を言いそうになって、慌てて口を――嘴を閉じた。
ラティアスにはきっと何か事情があったんだ。
ここでわざわざ彼女の立場を悪くする必要は、無い。

余計な事は言っても、混乱を招くだけだろう。


「ラティアスにでもやられたの?
 仕方ないよね、サンダーに求愛されたら思わずころ…断らざるを得ないもん」

「今『ころ』って言った!何!?求愛したら殺されるの俺ッ!?」


ユハビィの指摘に思わずツッコミを入れるサンダー。
そして再び傷が痛み、翼で腹部を押さえて身を屈める。

「…求愛したのね」
「し、シテネーヨ!」
「サンダーもアーティと同じですぐ顔に出るね」
「オイラ、そんな風に見られてたのか……はぁ…サンダーと同格か…」
「ぇえ!?何でそんな嫌そうな顔すんの!?」

喋れば喋るほど悪くなっていく立場。
とりあえずここは手当てをしてもらった礼だけして退散しよう――サンダーはそう思い、
もう一度ラティアスに会うためにここから出て行くことを決めた。

「傷の手当てをしてもらった事には感謝する。もう俺は行く」
「ちょっと、行くってどこに?」
「風の呼ぶ所だ」

ニヤっと笑い、カッコつけて窓から――出ようとしたが、
直ぐ背後に迫っていた殺気に、自然と足が止まる。


「……サンダー、どこ行くの?ねぇ、聞かせてよ…ねぇ…?」
「……ひィっ!!………え、えと…と、トイレ…かな」

ユハビィだった。
手に包丁が見える。いや、気のせいだった。
あまりの迫力に、包丁の幻覚が見えた。
ユハビィって、こんなにバイオレンスだったっけ?
ひィっとか言っちゃったよ…俺。

自己嫌悪に陥りそうになるサンダー。


結局この場はトイレに行くと言う事で誤魔化されが、
サンダーはトイレに設置されていた小さな窓に身をねじ込み、外へと脱出する。
最終的に言えば脱出できたわけだから、サンダーとしては結果オーライだった。






………









『…ユハビィ、ラティアスが怪しい』

心の中で、キュウコンが呟いた。
ワタシは気持ちを落ち着けて集中し、意識を自分の中に落とす。
そうすれば、キュウコンと対話できる。

(どういうこと…?)
『かすかだが…サンダーの傷跡にラティアスの波導を感じた』
(波導って…まさかラティアスも波導使い!?)
『いや、もともと波導は誰もが持つ生体エネルギーだ。
 気を高めて放つ技であれば、少なからず波導が含まれる』

ラティアスがサンダーを襲ったと言うのは、冗談の心算だった。
だからキュウコンが何を言っているのか、最初は理解出来なかった。
自分の言葉を思い出してキュウコンの言葉の意を解し、ハッとしてワタシは叫ぶ。

(…って、じゃあラティアスがサンダーを襲ったって事!?)
『さっき自分で言ってたじゃないか』
(いや、アレは冗談のつもりで――)

と、不意にキュウコンがどこかを指差す仕草をした。
…正確には指じゃない、鼻先をツンと向けただけだが、
まぁつまり何かに気付いてワタシの意識をそこに向けさせようとした。


「おいユハビィ!サンダーが逃げたってば!聞いてんのか!?」

「え?あ、うん…」


アーティに呼ばれていた。
意識を自分の中に落とすから、つまり外ではボーっとしている状態に近い。
半分気絶してるようなものだ。


「まったく、何ボケっとしてんのよ」


キュウコンとの会話中は外への意識が上の空になってしまう。
気をつけないと、顔に落書きされても気が付かないかも知れない。
ムッとするピカチュウの顔を見ていると、思わずワタシはそんな事を思ってしまった。


サンダーがトイレから逃げたらしい。
戻りが遅いので見に行ったアーティがサンダーの逃亡に気付いて慌てていたが、
ピカチュウはそれほど慌てた様子は見せなかった。ワタシも同じだ。
なるべくしてなったと言うか、サンダーならそうするだろうと予想していたから。
止めようと思えば止められたけれど、止めちゃいけない気がしたんだ。


「しかし…これからどうするんですの?」


椅子にドカッと腰掛けたピカチュウが、テーブルの上の赤い花をつついて言う。
どうしてこんなに余裕が在るかと言えば、
ヘラクロスの忠告通り町に戻ったものの、誰も町を襲撃している者が居なかったからだ。
町はいつもどおり活気に溢れ、どこにも襲撃者の姿が無い。
強いて言えば、町外れの草原が焼け野原になっていたが…

「まさかとは思うが、サーナイトの罠なのではないか?
 ここで我々を足止めさせて、他のところを…」

アブソルが言う。
アーティがまさかと言って慌ててこちらを見るが、ワタシはそうは思わない。

「サーナイトはそんなことしないよ」
「何言ってるのよユハビィ。…アンタ、バカじゃないの?」

ワタシの言葉に、ピカチュウが突っかかってくるが気にしない。
ワタシは、サーナイトに対して一つの確信を持っているからだ。


「……サーナイトの次の狙いはワタシ…わざわざワタシを足止めはしないはずだよ」
「確かにな。アイツだったら、ユハビィ一人を誘き出すような罠を張るだろうし」


ピカチュウは納得しないようだったが、アーティは一人で頷いていた。
キュウコンもその通りだと心の中で言ってくれる。

だから今はキュウコンの言うとおり、ラティアスを探しに行こう。
ラティアスが怪しいというなら、探し出して訊いて見れば解る。


「サンダーのことも気になる。ラティアスを探そう」

「…仕方ないわね」
「それしかないな」


ピカチュウが椅子から降り、渋々ながらアブソルも立ち上がる。
満場一致かと思ったが、アーティはふと思い返したようにベッドの上から飛び降りた。

「オイラは、ちょっと外していいか?」
「アーティ?」
「いや、万が一って事もあるだろ?エラルドに連絡つけておこうと思って」

アーティにしては、考えている事は深かった。
なるほど、一理ある。
宣戦布告を受けた以上、あらゆる手は尽くすべきだ。


「…そうだね。じゃあアーティは無人発電所方面に行ってエラルドに連絡。
 ついでにラティアスとサンダーを探しながらでお願い。
 ワタシ達は町で聞き込みをしよう」

『ユハビィ…どちらかといえば先にサンダーを探した方がいいな。
 彼もラティアスの元へ向かっているはずだ』

「そっか。じゃあサンダーを先に探そう」

「…?ユハビィ、何一人で納得してるんだ?」

「へ?あ、あはははは、とにかくサンダーを先に探そう!」


いけないいけない、またやってしまった。
ワタシの中にキュウコンが居るのは周知の事だけど、
その声が聞こえるのはワタシだけだから勝手に会話しちゃダメだった。






………





「うわああああああああっ」

「キャアアアアアアアアッ」








「「「――ッ!?」」」


いざサンダーを探しに町へ出て、各々散らばる直前だった。
程近い場所から突然悲鳴が聞こえ始め、爆音が響く。
慌てて現場へ駆けつけると、そこは謎のポケモンたちが町を壊している最中だった。
逃げ惑う住民を、周囲の建物を破壊しながら追い回しているのは――


「――ヘラクロスの部下ッ!!」


「おッ、見つけたぜ!ユハビィとその一行だ!」
「ヒャーーーッハハハ!!此間の借りを返させて貰うぜ!」



こいつら、何をしてるんだ?
ワタシに借りを返すと言いながら何をしている?
目の前にワタシを捉えながら、どうしてそんなにも壊し続ける?

……よくも町を…
…よくもみんなの平穏を…

許さない許さない許さないうあああああッ!!


『落ち着けユハビィッッ!!』

「っ!」

『心を落ち着けろ。理性を保たないと、波導は消耗が激しくなる』

(……ごめん。もう落ち着いたよ)


今のが多分、頭に血が昇るってヤツだった。
生まれて初めて感じる、思い返せば気分の悪い……
全身の血が一気に凍りついて、理性なんてモノが一瞬で崩壊する…
あの状態で波導なんか使ったら、もっと被害が拡大するだろう。
反省しないと…


「あいつら…なんて事をッ」


内心ワタシよりも激昂しているだろうアーティが【みずでっぽう】を構えるが、
それを撃つより早くピカチュウが先陣を切った。
低い姿勢、且つ目にも留まらぬ速さ。
不意打ちならば、その姿を相手は完全に見失っていたに違いない。


「オイ!下だッ!」

「あぁ?」


ヘラクロスの部下の一人が、仲間に向かって叫ぶ。
叫ばれたリングマが足元を見ようとしたが、既に遅かった。




「【ボルテッカー】ッ!!」


「ぐあああああああああああッッ」


ピカチュウが走った後の地面が、白い煙を上げている。
そして、高圧電流を纏ったピカチュウの体当たりを無防備な状態で受けたリングマは、
民家の垣根を突き破って断末魔を上げて倒れた。
【ボルテッカー】…ピカチュウがその技を使う事は身を以って知っていたが、
これほどの威力だとは思わなかった。
アレは、波導にも引けをとらない。

「てめぇ…やりやがったなッ!」

吹っ飛ばされた同族を見て、激情した仲間達が一斉にピカチュウを取り囲んだ。
ナゾノクサ――マッスグマ――別のリングマ――オオスバメ――その他諸々、
種族もレベルも違うポケモンが、しかし見事な連携でピカチュウを襲う。
改めてこんな荒くれ者を統率したヘラクロスの凄さが、ひしひしと伝わってきた。

――しかし、ピカチュウの前に、連携など無意味だった。


「イチイチ動きがトロいのよアンタたち…まとめて消えなさいッ!!」

「ぅうッ!そ、それは【十万ボル――」

「ぐぎゃあああああああああッ」
「があああああああ」
「うわああああああッ」


一掃――白い煙を上げ、ピクピクと痙攣するヘラクロスの部下たちの中心で、
ピカチュウはふうと息をつく。
周辺を襲っていたヘラクロスの部下たちは、
ピカチュウが殲滅した同僚の惨状を見て、その手を止めて恐る恐る後退し始めていた。
しかし、火の手は町中で上がっている。
猶予はない、救助隊として、この事態を見逃すわけにはいかない。

「…こいつらはもう平気だね。アーティはエラルドのほうを!」
「オーライ!」
「あたくしは長老様の所へ行きますわ」
「ならば私は救助隊支部の方へ向かおう」
「うん、広場はワタシが守る!」


「「「行くぞッ」」」



守る。
今度こそ――守る。
今のワタシには、それだけの力があるッ!






…………





(…始まって、しまった…)

【夢写し】は集中力を要するため、
ラティアスは町から少し離れた森の中に身を潜めていた。
心の目に写す景色は、火の手が上がり、突如として平穏を奪われた町。
街中で暴れるヘラクロスの軍勢の個々の実力は、
ユハビィやサーナイトに比べれば遥かに劣るが、
それでも町を襲うには十分すぎる戦力だった。
質より量、この作戦は、今のユハビィたちにとっては非常に効果的だろう。

それに、私が手を下さなくても済む―――いや、もう私の手は汚れてしまっているか。

サンダーを、殺したのだから…





「見つけたぞラティアス」

「――ッ!?」




声――見つかった!?
思わず振り返り、私はゾッとした。


確かに殺したはず、とは思わない。
死んだかどうかの確認は、敢えてしなかったのだから。
ただ、まさかこんなにも早くやってくるとは思わなかった。
こんなにも早く動けるようになっているとは思わなかった。

彼の巻いている包帯には、血が滲んでいる。
無理をして出てきたのだろう、だがアレでも簡単に動ける状態ではないはずだ。
やはり雷の司…その力は、伊達では無いと言うことだ。


「どうした?幽霊でも見たような面しやがって…」
「………」
「…残念だったな。俺を殺せなくて。さぁどうする?もう一度殺してみるか?」


ジリジリと詰め寄ってくる。
こいつが何を考えているのかわからない。
復讐?
まさかとは思うが、フラれた腹いせに?
いや、そもそも私は殺しにかかったんだ、殺されても文句は言えない。

――どうする。
もう一度殺すか?

…いや、無理だ。


「サンダー…さん…」
「なんだ」
「………私の、負けですね」


あの時は不意打ちだったから。
今、サンダーは襲われることを承知でここに来ている。
襲われると解っている彼なら、どんな素早い攻撃を出しても回避するだろう。
少なくとも、私の攻撃速度ではサンダーを捉えきれない。

たとえサンダーが負傷していたとしても、この気迫は…つまりそう言う事だ。
私は、この気迫の前で動く事が出来ない…。


「……殺して」

「……」


もういい、もうどうでもいい。
今更何をしても許されるワケが無い。
ヘラクロスの軍勢をここへ導いたのも、町の情報をサーナイトに流していたのも。

兄が私を使うための人質だとするならば、私が居なくなればその価値も失われる。
後は、ユハビィさんや、アーティさんが、何とかしてくれる…兄を助けてくれる…


「雷の司…私を、殺してください」



「…解った」


サンダーが翼を広げた。

少し、その反応に驚いたのは何故だろう?
まさかサンダーが、本当に自分を殺すはずが無いと期待していたから?
どうしてそんな期待をした?
許されるはずが無いって、解っていたのに。

これが当然の結末。

ただ脅されていたからじゃない…
本当は、心のどこかで、本心からサーナイトに加担してしまった、報い。





――ガシィッ!




「………っっ!」




両肩を捕まえられた。
そして思い切り引っ張られ、しかし私は抵抗しない。
好きにすれば良い、このまま雷で焼き殺すのか?それもいいだろう。




「正直、自信は無い…」


「………は?」


「俺は今少ない脳ミソ引っ掻き回して一生懸命考えたんだがな…」



何を、言っている?



「正直、お前を殺せるほどカッコいいセリフが思い浮かばないんだ…どうしたものか」



何をしている、こんなチャンスはないんだぞ?
そのまま雷で貫けば終わりじゃないか、タイプ相性なんて関係ない。
この至近距離で心臓を射抜けば一撃で終わるだろう、何なんだこの男は。



「く…情けないぜ俺……
 パッとカッコいいセリフの一つでも叩き込んで好きな女を殺せずに居るなんて…」


「…何の話よ!いいからその雷で撃つなり何なり、何でもあるでしょう!?」



勘違いを続けるサンダーに苛立ち、気が付いたら私は叫んでいた。
どうして殺してくれと懇願するのに、これほど熱くならなければならないのか。
どれもこれも、このサンダーの所為だ。やっぱりあの時、殺して置けばよかった。



「…そうだな、俺には強力な雷も鋭い嘴もある…全ての魅力でお前を惚れ殺してやる!」

「………はぁ?」



あぁ、やっぱりそうか。
そういう勘違いだったか、道理で可笑しいはずだ。

不愉快だ。
私がこれほどまでに苦労を重ねていると言うのに…

「いい加減に――」
「なぁラティアス」
「!?」

いい加減にしろと言ってやる心算だったが、
突然サンダーが表情を変えて呟いたので思わず口を噤んでしまった。
サンダーは私から翼を放すと、数歩離れて語りだす。

「責任の取り方って知ってるか?」

何の話だと思ったが、どうやらサンダーは勘違いだけで此処に来たわけでは無いらしい。
サンダーの鋭い目が、真剣さを語っていた。

「………私にどうしろって言いたいの?」
「…死ねば償えるとでも思ったか?」
「っ!」

核心を突かれ少したじろいだが、冷静になれば軽い言葉だ。
そんな偽善者の生み出した詭弁に、私が応えるとでも思ったのか?
お前が私に特別な感情を抱いているから、殺せない理由を適当に作りたいだけだろう。
偽善者め。私の事など何も知らぬくせに…
徐々に怒りが込み上げてきて、それが言葉と言う形で私の中から溢れ出す。
もう抑えることが出来なかった。


「もう私が生きている事はみんなの負担にしかならないのよ……。
 この夢写しの力も、私の兄さんのことも……ッ、全部私さえ居なければ巧く回るのッ!
 そんな事も解らないの!?アンタ本当に神の使いなの!?
 私はサーナイトに加担した裏切り者よ!殺しなさいよッ!
 迷ってんの!?情に流される程度の覚悟で神の使い!?笑わせないでッ!
 いいからさっさと殺せって言ってるでしょッ!!」



「己惚れるな夢幻龍のガキがッ!」



「――ッ!!」


心臓が跳ね上がるかと思った。
多分、誰の目で見ても明らかなほど、私は身を震わせたかも知れない。
その目の鋭さと、そこに込められた気迫……
サンダーの今までの雰囲気からでは、この迫力は想像出来なかった。
感情に任せて、何も考えずに言葉で押し切ろうとして、

…一瞬で黙らされた。

所詮感情任せの言葉では、強い意思の迫力には勝てないと言うのか。


「俺は、神の使いとして多くの死を見てきた。
 いや、もっと前…神の使いになる前から、ずっとだ」

「………」

「俺の両親は死んだ。…俺がガキの頃にだ。
 ほんの少し、道を外してしまっただけだったのに…死を以て勝手に責任を取った。
 その過ちは決して許されないものではなかったにも関わらず、だ。
 最後までその事を引き摺っていたのは、周りの連中じゃない…両親だったんだよ。
 死ぬしかないなんて口癖みたいに言っててな……それで死んだ。
 笑っちまうよな、お互いの雷でお互いを貫いて一緒に絶命なんて。
 それも、よりにもよって………俺の手を借りて、だ」

「っ!!」


言葉が出ない。
サンダーにそんな過去があった事にも驚いたが、
話しながらうっすらと笑っているサンダーが、本心から笑ってないのが心に響いた。


「……残された皆は、それからずっと苦しんだ。
 どうして助けてやれなかったんだって。勿論俺もだ。
 特に俺は、頼まれたからって、両親の自害に手を貸したんだからな…
 それから毎日は灰色で…全てが絶望に見えた。
 俺は自分で飛ぶ事を封印した。翼を使わないことが、俺の償いだと思った。
 両親を殺した自分の力が恐ろしくて、雷も封じた。
 最後には俺には何も残っちゃいなかったんだ…
 お前に解るのか?残されたものの苦しみが…死の痛みが…ッ!
 何も解ってないのはお前の方だラティアスッ!!」

「……ッ!!」


そうだ…
私は自分しか見ていなかった。
どうしたらみんなのためになるのかを、自分主観でしか考えてなかった…

『死ねば償えるとでも思ったか?』、と言う言葉は偽善者の詭弁じゃない。

偽善者は私だ。
みんなのためだと言って、私の独りよがりな罪滅ぼしを押し付けるところだったんだ。

何と言う愚かな私。
本当に死にたい、今すぐにでも死にたい、でも――


「…お説教は終わりだ。それでも死にたいなら、自分で死ね。俺はもう知らん」


フンと顔を背けて帰ろうとするサンダー。


「…待って、待ってサンダー!」


私は、頭で思うより早く無意識に彼を呼び止めていた。
どうしたらいい、私はこれからどうすればいい、助けて、助けて――

藁にも縋る思いで、呼び止めたんだ


「…わた、しは…許される………?」


「…もう一つだけ教えてやるよ。
 最後の最後で、許すかどうかを決めるのは自分自身だ」


「あ………」


サンダーの言葉が暖かかった。
今までの苦しみが嘘のように消えていく。



あの日から振り続けた私の中の雨。
ずっと降りしきって止まないものだと諦めていた雨。

止まない雨は無いなんて誰かが言っていたけれど、
私はこの雨が上がる前に、幕を降ろしてしまうところだった。

私は間に合ったんだ。



「苦しんでいるヤツを救えないまま終わるのは、もっと苦しいんだ。
 それをあいつらは教えてくれた。大丈夫、誰もお前を責めはしない。
 唯一の被害者だった俺が、お前を許すんだからな!」


「う、あ………っ」




長い長い雨が、やっと――




「うっ、ぁぁぁっ……うわああああぁぁぁぁぁん!」





「うおぅっ!ちょっ、やめっ、き、傷がッ―――」













………











   「それが、君の答えか。
        見せてもらったよ、雷の司…」





――狂ってしまったこの世界は、それでも奇跡で輝いている――






影はその光景を満足げに見据え、森の中へと消えていった。









つづく



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