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迷宮救助録 #30
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「ユハビィか」

「アブソル!どうしてこんな所に!」

ヘラクロスの警告で町まで急ぐ事数分、
正面から歩いてくるアブソルの姿に思わず足を止めた。
なにやら冷や汗を流しているが、一体どこで何をしていたのだろう。

「あぁ、デンリュウさまに頼まれて…拷問器具の用意をな…」
「…そ、そうなんだ…理由は敢えて聞かないよ…」

あのデンリュウの考えそうな事だ――ワタシの中でキュウコンが呟く。
苦笑いを浮かべるワタシの背をアーティがつついて言う。

「急ごうユハビィ。時間がない」

「うん?どうしたと言うのだ」

「うん、実は――」




アーティだけ先に行かせ、ワタシは事の次第をアブソルに伝えた。
一刻も早く行かなければならないが、
だからこそこうして仲間内での連絡は取っておいたほうがいい。

…ワタシの考えがそこまで至ったわけではなく、キュウコンがそうしろと言うからだが。

そしてその結果アブソルから黄ばみネズミとデンリュウの話を聞くに至り、
ワタシは驚いた。

「……」

アーティを先に行かせたのは正解だったかも知れない。
トップアイドルのふたりが裏切ったなどと言えば、アーティも気が気ではなくなる。

「拷問器具の用意は後回しだな。私も町へ向かおう」
「うん、心強いよ。行こう!」

アブソルが走り出し、その後ろをワタシが続く。
波導で走ればもっと早いが、その力は迫る決戦のためにとっておく事にしていた。

…これも、キュウコンの指示だ。

放っておけばワタシはあちこちを波導で駆け巡り、
あっという間に消耗するだろうとキュウコンは言う。
確かに自覚はあるので否定できず、
戦闘中でも極力波導は使わないようにと決められてしまった。

使いたくても使えないのだ。
今波導のコントロールをしているのは、あくまでワタシの中のキュウコンなのだから。

こんな事なら【継承】なんかしなければよかったと、ワタシは内心ムッとしていた。






………







遥か空の向こうから降り注ぐ光が周囲の岩山を照らし、
岩ばかりの殺風景な景色に僅かながらの芸術性を作っている。
ここは他に野生ポケモンの姿など無く、
たまに空を鳥ポケモンの群れが過ぎていくばかりだ。
生き物の気配などまるで感じられない――こんな場所を敢えて修行場に選んだのは、
どれだけ暴れても被害が出ないからという理由が在る。
デンリュウのような、ルギアの【エレメンタルブラスト】に匹敵する威力の
技を連発する者が修行すると言ったら、必然的にこういう場所が望ましい。

だから本気で暴れられるし、何かあっても全力を出す事に躊躇いはない。
隣に居るピカチュウなら、きっと避けられることも想定している。



そう、ホウオウと言う強大な敵が襲撃してきたとしても、
周囲に甚大な被害を出さずに済むと言うものだ。



「ホウオウはもう行ったみたいよ…ったく、アンタは本当に考えなしなの!?」

「あらあら、これでもちゃんと考えていた心算……ふふ、【心算】じゃダメでしたねぇ」



【虹翼のホウオウ】――ルギアがこの世界を支える神ならば、
彼はこの世界の【命】を司る神だ。
ルギアと共にこの世界の神として君臨し、
その配下に【スイクン】、【エンテイ】、【ライコウ】を持つ不死鳥のポケモン。
彼の得意とする炎タイプの技、
全てを灰塵に帰す【聖なる炎】は恐らく全ての技の中でも最強の威力を誇る。

幸い、今のところ彼は【火炎放射】しか使ってきてはいないが。


そんなホウオウの襲撃を受けつつもここまで凌いだデンリュウは、
やはり天才の名を持つに相応しいとピカチュウは感じていた。

アブソルがまだここに居たら間違いなくやられていただろう――
いくらアブソルが強くてもそれは周囲のポケモンや救助隊から見て少し突出しているに過ぎない。

波導使いのユハビィやデンリュウ、雷の司、
サーナイトの様な天才たちには、まだまだ及ばない。

デンリュウがそれを踏まえた上で彼をここから遠ざけたのなら、
その判断力と勘の良さも花マル以上の評価を与えたい。

――いや、逆に不自然なくらいだ。

だが、そこまで考える余裕は、ピカチュウには無かった。


「ヘキサボルテックス…でしたっけ。
 一日に一度しか使えないなら、もっと考えて使いなさいよね…」
「年は取りたく無いものですね。でも年を取るほどカンは冴え渡るものですわ?」
「えぇい何の話よ!」

ホウオウをやり過ごすため、彼の放った【火炎放射】に紛れて崖下に隠れたピカチュウは、
同じく隠れているデンリュウにツッコミを入れる。
ホウオウが喚きながらバサバサと飛び回っていた音が聞こえなくなったのを確認し、
崖から上がろうとするピカチュウを、デンリュウは乱暴に引っ張って元の位置に戻した。


「いたた…ちょっと何するん――」

「お静かに。気付かれてしまいますわ?」

「――ん!んんーーー!?」


デンリュウは慣れた手つきでピカチュウの口にテープを貼る。
実に素早い。アブソルも苦労しているに違いない。

口にテープを張られたピカチュウが呻くが、
デンリュウは何食わぬ顔で手持ちのカバンを漁り始めた。
そしてそこから青く光る神秘的な玉、
――通称【ふしぎだま】と呼ばれるものを取り出すと、ピカチュウの前に翳す。
目を丸くしたピカチュウが、ハッと我に返ってテープを外し叫んだ。


「それ【あなぬけのたま】じゃない!在るなら最初から――」

「あなたの修行は終わりました。
 キュウコン…ユハビィと合流して、世界を救ってくださいね?」

「…え?ちょっと待っ――――


青白い光を放つ玉がその輝きを強め、岩陰から全ての影を取り払う――刹那、
デンリュウの前からピカチュウの姿は忽然と消え去った。
【あなぬけのたま】は、使えば町まで一瞬で帰る事のできる便利なアイテムである。

本当はデンリュウも一緒に帰る事が出来たのだが――




「ホウオウの狙いは私…だから私が逃げる事に、意味は無いのですよ」





………





突然目の前からデンリュウの姿が消え、ピカチュウは驚いた。
しかし消えたのがデンリュウではなく自分であることを周囲の景色から判断し、
それによって今度は怒りが込み上げてきた。
ピカチュウは町に向かう道の脇にある茂みの中に居た。
葉っぱがチクチクと当たってちょっと痛いので、それが余計に腹立たしい。
口に貼り付いたテープカスを拭い取る作業さえ、その怒りを増長してくれる。


「…どいつもコイツも……そんなにあたくしは信用なりませんの!?」


バンと地面を叩くが、ここでそうしていても意味は無いので茂みから路地に出る。
腹いせに何かを壊したいところだが、生憎壊すものが無いので町を目指す事にした。

周囲を伺うと、少し離れたところに町を囲む外壁が見えた。
あなぬけのたまの効果は見事にピカチュウを町まで飛ばしたと言うわけだ。

兎に角気分を落ち着けるために歩き出そうとしたその時、
不意に背後に何かが近づいてくるのを感じて振り返ると――


「ピカチュウ!?」
「…あら元気そうね爬虫類」


後ろから物凄いスピードでアーティが走ってきていた。
ちょっと勘違いして嬉しくなりそうだったが、
ピカチュウは極めて冷静な態度を装って挨拶する。


「そんなに慌ててどうし―――」
「今はそれどころじゃないんだ!後でな!」


ピカチュウを、その言葉と一緒に素通りするアーティ。
土煙だけが無駄に立ち込め、ピカチュウは思わず咳き込んだ。


「げほっげほっ、ちょ…待ちなさいよ!…まったく。何なんですの一体…」


ピカチュウはまるで自分だけが除け者にされているようで、
思わずムッとする――その瞬間に、今度は後ろから来たアブソルに頭上を跳び越された。


「ッ!?ピカチュウ!!何でここにッ!」

「あらアブソル、アンタ拷問器具は――」

「どいてぇぇぇぇーーーッ!!」

「え?」



――バゴス!!



頭上を通過して着地したアブソルがその場で急停止し、そこにピカチュウが駆け寄った。
その次の瞬間に小さな影がピカチュウを覆い隠し、――衝突した。
小さな影の正体は、ユハビィだった。

ベシャリと顔面から地面に崩れ落ちたピカチュウの上に乗るユハビィ。
潰れたピカチュウから黒いオーラが出るのは、割とすぐだった。


「ユ〜ハ〜ビ〜イ〜〜〜ッ!!」
「うわわっ、どいてって言ったじゃん!」
「まずアンタがどきなさいッ!」


ユハビィからしてみれば、『ピカチュウが動かなければちゃんと飛び越せていた』。
――という感じだが、ピカチュウがそれを知る由は無い。

とりあえず厄介な事になる前に、ユハビィはピカチュウの上から飛び降りて駆け出した。


「待ちなさいッ!今すぐここで焼き払って差し上げますわッ!」
「ちょっ、先行ってるよアブソルっ!事情説明よろしくッ!」
「あ、オイ待て!」
「うがーーっ!ボルテッカァーーーーッ!!」


後頭部を踏み台にされた事で前のめりに倒れたピカチュウの顔は土で汚れ、
ちょっと鼻血まで出ていた。
逃げるユハビィを追いかけ、アブソルをその場に置き去りにし、
ピカチュウはボルテッカーで走り出す。

見る人が見れば、きっと彼女の上にはドス黒いオーラと
【ズゴゴゴゴゴゴゴ…】という効果音が出ているに違いない。


「許しませんわ!絶っっっっっっっっ対に許しませんわーーーーーー!!!」


どこから出したのか知らないが、お約束のハンカチを噛み締めるピカチュウ。
もちろん、走りながら顔に付いた土と血を拭うのは忘れない。



「待ちなさぁぁぁぁぁい!!!」





「…そ、そうだ私も…ッ」



呆気に取られて言葉も出なかったアブソルが再び走り出したのは、
そのやり取りから暫く間を空けてからのことだった。







………

…………………







「さて、これで心置きなく…ね。ホウオウ」
「…久しいな、流石と言うべきか…その力も狡猾さもな」


ピカチュウを町に飛ばしたデンリュウは、自らホウオウの居る岩山の上へ跳躍した。
その高さは、今まで彼女が見せてきた運動能力を遥かに超えている。



全てが偽りだった。
彼女はこれまで、一度たりとも真剣に戦った事など無い。



少なくとも、救助隊を設立してからは。



「ホウオウ…その様子だと、まだ考えは改めてないようですね」
「……」

ホウオウは薄ら笑いの表情を変えず、デンリュウの言葉を聴いている。

「……この際だからハッキリ断言しますけど、いいですか?」
「ふ。なんだ?」

無口な反応が気に入らないのか、デンリュウは口調を強めてホウオウに発言を促した。

「貴方が世界を超える事は不可能です」
「……それは聞き飽きた、何を今更」
「もう一度言えば、解るかと思ったんですが…残念ですわ」

デンリュウは嘆息する。
ホウオウはただ薄ら笑いを浮かべている。
均衡――お互いに戦う心算は無い事だけは、確かだった。
いや、初めからそうだったのだろう。
ピカチュウをごく自然にこの場から遠ざけ【させる】ために、
ホウオウはこの舞台を用意した。
デンリュウはそれに乗った。それだけのこと。

「本当に不可能だと言い切れるか?」
「……それこそ、『何を今更』ですわ」

翼を休めたホウオウは跳ねる様に移動し、
より高い岩の上に落ち着いてデンリュウを見下ろした。
デンリュウはそれを見上げる形になったが、
やがて首が疲れるのかホウオウを見つめるのを諦めて視線を正面の岩山に移す。

「私は、この世界の神だ」
「知っています」

即答。
事実なのだから、別に否定する気はデンリュウには無かった。
ホウオウはそれが当たり前であるように肯定を受け取ると、続ける。

「ならば、何故私はこの世界を理想のシナリオに導く事が出来ない?」
「…?」

ホウオウが言いたいのは、
つまり神である自分の思い通りにならない世界にご不満があるらしい。
傲慢だが、別にいいだろう、神なのだから。

「ユハビィ…アレは多くの不幸に見舞われ続けている。
 不憫だと思わないか?…助け出してやりたいとは思わないのか?」

「さぁ…それは私やあなたが口を挟んでいい事では無いと思いますけど?」

「…無理だな。見て見ぬフリなど出来ない」

ホウオウは目を閉じ、腰掛けている岩を翼で殴った。
詭弁が熱を帯びてきたらしい――しかし、
今のホウオウの本心がどこにあるのかを探りたいデンリュウは、
その話を遠慮なく最後まで聞くことにした。


「我々はこの世界に、さらに我々の上を行く創造主が存在していると考えた」

「『ミュウ』でしたっけ?」


デンリュウは答える。
表情は不敵に笑っていて、それがジョークである事を示唆していた。

【ミュウ】とは、全てのポケモンの遺伝子を持つ、
【ポケモンの始祖】とされる幻のポケモンだ。

余談であるが、人間はミュウを【新種(しんしゅ)ポケモン】と分類したのだが、
この世界の古代史に寄れば【しんしゅ】とは【神の主】を指すらしい。
全ての始まりにして創造主――まさに、【神主(しんしゅ)】である。

デンリュウの言葉は強ち間違いではなかった事になるが、
それは彼らの間では通用しない常識だった。

彼らは知っている。
この世界が何であるのかを。
それを共に知ったのだから。


「私は世界を超える。計画は始まっているのだ」
「彼を殺した時にですか」
「厳密に言えば、……………が私の前に現れた瞬間からだがな」
「もしそうなら――」


「「その場しのぎにも程が――…」ある、か?」


デンリュウは言葉を被られ、ムッとした。
伊達にお互いの思考を読み合っている訳ではないと言う事だ。
ホウオウはニヤリと笑う。


「お前は知らないだろうな。私と離れてからの記憶は無い筈だ」
「当たり前ですわね」
「良い事を教えてやる。『ヤツ』の名だ」
「――なッ!?」


顔を背けていたデンリュウが、ハッとしてホウオウを睨み付けた。

その言葉がどこまで信用出来るのか解らない。
だがホウオウがそこまで確信を持って喋っていると言う事実は看過できない。

ホウオウは何を知ってしまったのか――それが、デンリュウの思考を支配する。


「この世界の上がミュウだ。だが、そのさらに上があり、そこにヤツは居た…」


ホウオウは空を見上げて、自説に酔っているかの如く喋る。
デンリュウはそれが気に喰わなかったが、
しかしホウオウが何を知ってしまったのかは重要な事だった。


「『アルセウス』…それがヤツの名前だ…あの日、私の前に現れたのは…」

「アル…セウス……」


名前だけで十分、その存在がどれだけの高みにあるのか理解できる感覚だった。
その名前を口にする事さえも禁忌であるかのようで、
デンリュウですらすんなりとそれを口には出来なかったのだから。

だが、反面どこか懐かしい響きですらある。
それが、上位の上位に居る創造主だからなのかは解らないが。


「私について来い、デンリュウ」

「ついていく…ですって?」


ホウオウは提案する。


「我の監視をしたいおまえと、
 おまえに我が理想の世界のシナリオを邪魔して欲しくない私。利害は一致だろう?」


大した論点のすり替えだ。
巧い事を言っているようで、その実デメリットが一方通行である。

――しかし虹翼の動向を探っておきたいデンリュウにとって、
提案は魅力が無いわけではなかった。


「……まぁ、私の方が強いわけですしね」

「それはどうかな、私とてサボっていたわけではないぞ」


遠まわしのデンリュウの承諾を、ホウオウもまた遠回りに認める。

救助隊の長として世界を見てきた彼女だ。
今ここでホウオウを取り逃がす事は避けなければならない。
たとえその所為で、
デンリュウがホウオウと交戦して死んだと町の者達に伝わるとしても、
今はホウオウと共に世界の表舞台から身を引いておく必要がある

――デンリュウはそう考えていた。


「…そういえばさっき、ユハビィを不憫だと言いましたね」
「それがどうかしたか?」
「本心ですか?」


その質問が音速で伝わった瞬間、ホウオウは今までで一番不気味な笑みを浮かべた。


「くくく…流石の私にさえ同情を覚えさせるほどの不幸を背負っていたからな…
 …特にその原因が……くく…これを皮肉と言わずして何と言う
 …くくく…ははははははははッ!くははははははははッ!!」


ホウオウのことをデンリュウが知っているのは、もう10年以上も前までの事だ。
それ以降、ホウオウが何をしたのか、していたのかは全く解らない。
どこぞの世界でその力を振るっていたのか、
それともこの世界であちこち飛び回っていたのか。
ホウオウに出来る事があまりに多すぎて、推測は困難を極める。

だがユハビィはホウオウの目に留まっていた。
デンリュウがホウオウから離れた後、人間界で多くの不幸を背負っていたユハビィは、
ホウオウの目に確かに留まっていたのだ。

神としての力を振るい…もしかしたら、こちらの世界に彼女を呼び出したのは――
デンリュウの推測が確信に変わる直前で、ホウオウがそれを察したように暴露した。


「そう、私だ。私が奴をこちらの世界に呼び寄せたのだ…
 …皮肉にも、今となっては私の障害だがな。…恩を仇で返された気分だよ」


皮肉にも――以下は小声でデンリュウにも聞き取れなかったが、ハッキリした事が一つ。
ユハビィを戦いの日々に巻き込んだ張本人が目の前に居る事。
デンリュウにとって、ユハビィと言えばルカリオを宿すキュウコンの器程度のものだが、
だからと言って勝手に他人の人生を歪めるホウオウに憤りを感じないわけではない。


「…なんてこと…」

「その言い草は無いだろう、奴は本当の歴史通りに行けばあの後直ぐに死んでいた。
 その本当なら死んでいたはずの悲劇のヒロインを助けるために、
 私がこちらに呼んだのだぞ?
 尤も、世界の定めた運命と言うのは流石と言うべきか…結局奴は一度死んだがな」

「……」

「神とは言え、他人の人生に口出しをするな――と言いたげだな」


デンリュウはジッとホウオウの目を睨む。
ホウオウもまた睨むような目つきを見せ、そしてフッと笑って反撃に出た。


「そういうお前こそ、神の座を捨てたくせに色々やったじゃないか?
 平行世界に救助隊を派遣して、正しい歴史に導こうなんてな」
「――ッ!!」


息を呑む。
反論できない。
バレていないとは思って居なかったが、今それを指摘されるとは思わなかった。
正しい歴史に――という文脈は身に覚えの無いことだが、
他の世界との橋渡しをしたのは事実だった。
そう、デンリュウはこの世界の救助隊を密かに【他の世界】に送り、
【他の世界の救助隊】を救助させていた。
それは誰に頼まれたわけでも無いし、
多くの世界を正しい歴史へ導く結果になっていた事を意識はしていなかった。
ただ、それを行う力があるなら、
きっとルカリオも同じ事をしただろう――と言う、使命感だけだった。


「安心しろ。ここではない他の世界に於いても、
 救助隊の総帥であった『あいつ』は皆同じ事をしていた。
 そういう意味では、私がどれだけ頑張ろうと歴史を歪ませる事は難しいと言う証明だな」

「………」

「話を戻そう。どの道我々とて、………に人生を狂わされたようなものだ。
 その復讐と言うワケではないが、気に食わないのはお互い同じだろう?」

「………っ」

ここではない他の世界では、………が生きているから。
その………の代わりに私が居て、同じ事をしている。

デンリュウは記憶の糸を辿って、己の無力さに初めて気付いた。
運命は覆せないのか、皮肉にも………を殺しても、逆らう事は出来なかった。
いや違う、逆らう事すら思い浮かばなかったのだ。
それほどまでにこの世界に定められた歴史は、強い強制力を持っているのだ。

疑問に思わないから、そのとおりになる。
絶対的な支配とは、支配されている事を悟らせない事。


だがホウオウは悟った。
デンリュウもまた悟っていたが、この十数年の間に忘れてしまっていた。
世界の強制力は何と強固なものか。
同じ力を持ちながら、ほんの少し意識を切らしただけで、
ホウオウとデンリュウにここまでの差が生まれてしまったのだ。


「来いデンリュウ。ここからはフェアに行こうじゃないか。
 駒は全て揃っている――我らが手を出すまでも無く、世界は動く、運命は狂う」

「どうかしらね…」

「これは確信だよ、今度こそ巧くいく――ふふふふ…」


ホウオウは地面の近くを飛び、ついてこいと背中で語る。
半分は納得しなかったが、デンリュウはついて行くことにした。

デンリュウとホウオウの関係――
それを知る者が、この世界にどれだけ居るのだろうか?

サーナイトもユハビィも、本当のことを知らないというのに。
いや、この状況において、
【本当】や【真実】と言う言葉が意味を持つかどうかすら怪しい。



真実は一つとは限らない。



一つの壮大な世界の裏が細かく切り刻まれ、
その一つ一つの事実は紛れも無い真実のカケラ



ユハビィはまだ、何も知らない。
その手に掴んだ真実が、ただのカケラである事さえも。





気付かなければ、支配から解き放たれはしないのだ。








つづく

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