休憩を貰い、町の一番高い建物――復旧した救助隊支部の屋上で、
ラティアスが町を見下ろしていた。
何か思いつめた表情で、ラティオスの写真の入ったロケットを握り締めている。
小さなロケットに入れた兄の写真に、一粒の滴が落ちた。




「………兄さん…私は…」




兄ラティオスはちょっと暴走しがちなところもあるが、
いつも自分の事を想ってくれていた。
それがこの町のポケモンたちから盗みを働く結果になったとしても、
決して兄への感謝の気持ちを忘れる事はないだろう。
そして、だからこそ護りたいのだ。
自分のためにいつも一生懸命だった兄の命が狙われているなら、
自分も手段は選ばない。




「ラティアスゥーーーーーーーッ!!」


「ッ!?」




突然背後から呼ばれた事に驚き、ラティアスは慌ててロケットをポーチにしまった。
彼女を呼んだのは、愛に生きると言い残して修行場を後にしたサンダーだった。
時刻にすれば、デンリュウとピカチュウの前にカイリューとイワークが、
ユハビィとアーティの前にヘラクロスが現れた頃と重なる。




「ラティアス、俺の熱い【雷】を受け取ってくれぇーーーーーッ!!」




どこをどう捻った結果辿り着いたのか知れない意味不明な殺し文句で
ラティアスに求愛する堕ちた雷神【サンダー】。
ただ、ラティアスはサンダーが自分に好意的なのは知っていたため、辛うじて誤解する事は無かった。





「…えと、…その…」

「返事はまた今度聞きに来る!絶対聞きに来るぞッ!!いいなっ!?トウッ!!」

「あっ、ちょ―――……」





ラティアスが呼び止めるのも聞かず、サンダーは激しい勘違いを抱えたまま再び飛翔した。
一応ラティアスも飛ぶ事は出来るが、
飛行速度に関してはサンダーの方が圧倒的に早く追いつくのは不可能だった。


「……私、どうしたら……誰か…助けてよ…」


その悲痛な言葉は誰にも届く事は無く、ラティアスはその場に座り込んだ。
その時、再び背後に気配を感じ、ラティアスはハッとした。


「何を悩む必要がある?」
「七星…ライコウ、エンテイ…どうしてここに…ッ」
「はろ〜ゥ、ラティちゃ〜ん」


背後に立っていたのは、この世界に君臨する【銀翼】の【ルギア】と対なす神、
【虹翼(こうよく)】の【ホウオウ】に仕える三獣神の二匹――【ライコウ】と【エンテイ】だ。
【ライコウ】は【迅雷の天皇(じんらいのてんのう)】の通り名を持つ電気タイプ、
【エンテイ】は【獄炎の皇帝(ごくえんのこうてい)】と呼ばれる炎タイプのポケモンだ。
三獣神は他に【水晶の暴君(すいしょうのぼうくん)】の名を持つ
【スイクン】という水タイプのポケモンがいるが、ここにその姿は見えない。

二匹の獣神は動揺するラティアスに語りかける。


「迷う必要は無い。お前は言われた通りにしていればいいのだ」
「その【夢写し】の力をサーナイト様のために振るうだけだぜ。
 チーム【ポケモンズ】の動向だけはしっかり探っておけよ、ラティちゃん?」



「……わかりました…」


ラティアスはふたりを睨みつけるように、ぼそりと呟いた。
エンテイはわざとらしく肩を竦めて笑い、その返答に満足して背を向ける。


「さて、一仕事だ。楽しく暴れようか」
「クック…どっちが沢山壊すか――競争だなエンテイ」


高い建物の上であることを厭う事無く、エンテイとライコウは飛び降りる。
見送るなりすぐに、ラティアスは【夢写し】を発動した。

モノクロでやや不鮮明な映像ではあるが、
ラティアスはこの瞬間だけ世界のあらゆる場所を見通すことが出来た。
本来の【夢写し】は【ラティアス】、【ラティオス】のみが互いに通じ合い、
そしてそれを第三者に見せる事が可能なだけの奥義であるが、
サーナイトの力を分け与えられたラティアスの【夢写し】はオリジナルを凌駕する。


木々、大地、生物無生物を問わず、ラティアスの視神経は【世界】とリンクする。
ユハビィとアーティがまだこの町に戻っていない事を感知し、
それを他の七星、そしてサーナイトに伝達する。







――ライコウの【かみなり】が放たれたのは、それからすぐの事だった。








………




「―――ちょっと待てッ!返事は後でって、考えてみたら即聞かないで何やってんだ俺ッ!!」


空中で緊急停止をすると、物理法則に則って自由落下しながらサンダーは叫んだ。
勝手に告白しておきながら速攻で返事を求めるのもどうかと思われるが、
今のサンダーに理屈は通用しない。


「うおおおおおおッ!待ってろラティアス!今行くぞォーーーー!!……って、何だ今のふたりは?」


音速に近い速度でラティアスの元へ逆行する中、
サンダーは町のほうへ向かう見かけないポケモン二匹の姿を見つけた。
赤いのと黄色いの、という程度の認識でしかなかったが、
それは彼の勘違いを増徴させるには十分だった。


「な、な、何だ今の…―――ハッ!!サンダー電波キャァーッチ!!」


サンダーは視覚から送られる電気信号を改変し、意味不明な情報として自分の脳へ伝達した。
それをキャッチした脳は、さらに妄想を爆裂させ、
在り得ない空想が真実かのように彼の精神に伝達する。







===ここから一部サンダーの妄想が入ります、予めご了承ください===








「ようラティアス、また来たぜ」
「そ、そんな!今月の分はもう払ったはず…」
「オイオイ、あれだけ町のもの盗んどいて、そりゃねーんじゃねぇの?」

可憐な少女を囲むように、二人組みの男がズイとにじり寄る。
少女は逃げようとするが、一歩下がった所で背中に壁がぶつかり、追い詰められてしまう。

「へっ、まぁ今都合よく金を持ってないって事もあるしな。
 とりあえず明日同じ時間にここに来るぜ、しっかし用意しとけよ!」
「もし用意できなかったら――そん時はわかってるよなァ?」
「わ、わかりました……必ず…用意します…」
「お利口さんだ。じゃあな!ひゃーっはっはっはー!」

少女の解答に満足したらしい二人組みは、笑いながらその場を立ち去る。
へたり込んだ少女は、涙ながらに呟いた。

「誰か…助けてよ…」








………………







「なんて奴らだァーーーー!許さん!絶対に許さん!
 もし金が用意できなかったらあんな事やこんな事を…なんて羨ましゲフンゲフン…
 おのれ外道め!この俺がぶちのめしてやるッ!!」






再び緊急停止をしたサンダーは、今度は落下するより先に物凄い速度でふたり組を追いかけた。
所々、サンダーの妄想は間違ってはいないのだが――彼がふたり組に追いつくのと、
ライコウが【かみなり】を放つのは同時だった。












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迷宮救助録 #28
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「おい、こいつ確か【雷の司】じゃ…」
「サーナイト様が取り逃したっつーヤツか。何でこんなトコに」

突如進路を塞がれたふたりはサンダーを見て、確認するように会話する。
サンダーは、ライコウの【かみなり】を自らの電力で自分に向け、吸収してそこに降り立った。
もしサンダーがこうしなければ、その狂気の一撃は平和な日常を送る町を再び地獄に変えただろう。

「あぶねェ事しやがるな……それにおまえら、どっかで見たかと思えば【虹翼】の…」
「お、意外と俺ら有名人じゃーん?
 嬉しいねぇエンテイ、これまでクソ真面目に仕事やってきただけはあるなァ」
「……ライコウ、余計な事はいい。
 我々はサーナイト様の計画を滞りなく遂行する責を負っている。無駄な時間は過ごせんぞ」
「へいへい、ならコイツは俺に任せナ。どっちの電力が上か白黒つけてやるぜ」

低く構え、ライコウがサンダーの前に立つ。
エンテイはそこから一歩下がると、弧を描くようにサンダーの横をすり抜けていく。




――――バリィィッ!!




「――ぐっ!」

「いかせん。ここから先は通さん、【雷の司】の名にかけてな」


隙を見て走り出そうとしたエンテイの前足を正確無比に電撃が貫く。
咄嗟に足を引いていなければ前足は焼き切られていたかも知れない。

――溶けた地面からそれを察知したエンテイは、思わず冷や汗を流した。

ライコウはそれを見て、ヒュウと口笛を吹く。
エンテイを攻撃しておきながら、それにも関わらずサンダーはずっとライコウと視線を合わせていた。
そのため、ライコウが動き出す隙はどこにも無かったのだ。

「ここは通さない、だが――それ以上にタダで帰れると思うなよ」
「怖い怖い…エンテーイ、コイツはちと計画外の事態だ。
 早くしないとユハビィちゃんが戻ってきちまうぜー?」
「仕方ない。気乗りはしないが、ふたりがかりで一気に叩き潰すぞ」
「おう、やってやるか。楽しませてくれよォ『ライノシ』君」

ライコウの挑発にサンダーの――タダでさえ吊り上っている目がさらに吊り上る。

「…潰す」

ボソリと呟かれた言葉の節々に、殺気が滲み出ているのは明白だった。








………









「【いわなだれクラッシュ改】!」

「【ドラゴンクロー】!」



―――ズドォォォーーーーン!!




「――ぅぐっ」

「ピカチュウちゃんっ!」

イワークの【いわなだれクラッシュ改】をかわしたものの、
空中で体勢を整える隙を無くしたピカチュウにカイリューの【ドラゴンクロー】が叩き込まれた。
ピカチュウの小さな身体はその衝撃で軽々と吹き飛び、崖っぷちに片手を引っ掛けて漸く止まる。
真下には底の見えない谷が大きな口を開けていた。


「っ……デンリュウ!あたくしに構ってる場合じゃなくってよッ!」


駆け寄ってくるデンリュウに、ピカチュウが咄嗟に叫ぶ。
すでにその背後にはカイリューの影が迫っていた。


「ふむ、いい判断だが遅い。【破壊光線】ッ!!」

「あぁもう…正当防衛ですからね?――【電磁砲】ッ!!」


放たれた【破壊光線】が当たるより速く、デンリュウはクルリと反転して【電磁砲】を放った。
【電磁砲】は命中精度に欠けるものの電気タイプ技の中では究極とも言える破壊力を秘めている。
それをまったくのタメ無しで撃てるデンリュウの能力は、やはり底が知れないとピカチュウは思った。

いや、いくらデンリュウが強くてもアレはタメ無しで放てる技ではない。
恐らく、デンリュウはここまでされても本気は出していないのだ。


「――やはり、コイツは――」




――ドカァァァーーーーンッ!!!




【電磁砲】と【破壊光線】が衝突し、爆煙が上がる。
カイリューの呟きはその轟音にかき消され、誰の耳にも届く事は無かった。

――相打ちか?

一瞬カイリューが手を止め――その直後に煙の中から【電磁砲】が飛び出し、カイリューを襲う。

「――くッ!?」

他のカイリューに比べると大きめな翼を器用に翻し、彼は【電磁砲】を回避した。

電磁砲はカイリューの後方数百メートル先へ一瞬で飛んで行き、一つの岩山を消し飛ばした。
音だけで何が起きたか理解したカイリューの頬を、冷や汗が伝う。


「ふむ…タメも無かったのにこの威力…ユハビィを除けば、やはり最強は貴女ですかな?」

「――調子に乗るなよ小僧」

「―――ッ!」


【電磁砲】をかわした時点で顎をなでていたカイリューの目の前に、
既に【かみなりパンチ】を放つデンリュウが現れた。
口調が、目つきが普段のデンリュウとは全く違う。

そう、デンリュウは表向きに温和を装おうとしていただけで、既にキレていたのだ。

あの爆煙で視界が遮られながらも、
カイリューの動きを正確に読んでいたデンリュウの渾身の一撃がカイリューの胴体に叩き込まれた。



――ドズンッ!!


「がっは――――」



次の瞬間には、カイリューはむき出しの岩石を5つほど貫通し、
遠く離れた岩盤に突き刺さって血を吐いていた。
カイリューが何が起こったのかを理解すると同時に、デンリュウが再び放った電磁砲が彼を直撃した。

【破壊光線】を撃った時点で負けていたのだと悟った時、
すでにカイリューの身体は強力な電気によって自由を失っていた。


「ゴゴ…怖ろしい女…電磁砲をかわされる事、最終的にこうなる事…全部読んでいた…」

「うふふ…何の事かしら」


薄ら笑いを浮かべ、デンリュウは一歩ずつイワークに迫る。
とは言えイワークは地面タイプで、【電磁砲】も【かみなりパンチ】も効かない。
少なくとも、あの技の応酬の隙に崖から這い上がったピカチュウと、イワークはそう思っていた。


「…本当にそうかしらねぇ」


本当にそうかしらとは、恐らく地面タイプに電気技は効かないという基本の事を指していたのだろう。
デンリュウはふっと笑い、指先で小さい円を描く。
そして不意に目つきを細めると、その指をイワークに向けて突き出した。


「死なないように、お気をつけて………」

「ッ!?」











「【ヘキサボルテックス】」













聞いた事も無い技名――【ヘキサボルテックス】と呟いて、
突き出した右手と左手に電気を集めるデンリュウの姿は、波導を纏ったユハビィの姿を連想させる。
やがて、プラズマのような高エネルギー体と化した電気の塊がデンリュウを中心に六亡星を描いた。



―――ヤバイッ!!



崖から這い出したピカチュウが再び岩陰に逃げたのと、イワークの断末魔は同時。
ただし、イワークの断末魔はヘキサボルテックスの起こした鼓膜を裂くほどの轟音で全て掻き消えた。

ピカチュウがそっと岩陰から覗いた時、大地はデンリュウを中心に六亡星を描くように割れていた。
正面には、真っ黒に焦げ上がったイワークが横たわっている。


「電気も突き詰めれば、炎と変わりないですからね。あまり油断はしない事ですわ」


さも当たり前のように言い放つデンリュウに、やっとピカチュウが正常な思考を取り戻した。


「――ちょっ、アンタ何怖ろしい技だしてんのよッ!そんな技が在るなら使う前に言いなさい!」

「あらあら、使う前に言ってしまっては敵にバレてしまうでしょう?」
「そ、それはそうかも知れ……なくないでしょッ!死ぬかと思ったじゃない!!」
「でも生きてるじゃない、じゃあいいじゃありませんか。うふふふ」
「〜〜〜〜っ」


怒鳴りつけるピカチュウの頭を身長差で上から押さえ、デンリュウは惚けて笑う。
いかにも正しいような言葉でのらりくらりと言及をかわす彼女は、
ピカチュウが最も苦手とするタイプだった。

これ以上噛み付いても自分が疲れるだけだと悟ったピカチュウは、黒焦げになったイワークの方を見る。
まだ辛うじて息があるようで――だが岩タイプでなければ即死だっただろう。


「…セバス…ミルフィーユ…」


悔しさと遣る瀬無さに、思わず涙が込み上げる。
どうしてあの優しかったふたりが、サーナイトの軍門に下ってしまったのか。

それが解らないことや、こうするしか出来なかったことではない。
何か事情があるなら、どうして話してくれなかったのか。







「そんなに…あたくしは信頼に値しなかったとでも言うの…?」







そんなピカチュウの姿に昔の自分が重なって見えてしまうデンリュウは、
そっと目を空へ向けるのだった。







つづく


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