「ちょっとーラティアスちゃーん、こっちの仕事がまだ終わってないよー!」
「はーい!ただいまぁーっ」
「それ終わったらこっちも頼むよーー!」
活気の戻った町の中で、商店街を忙しなく走り回る――正確には飛び回るラティアスの姿があった。
今までラティオスが盗みを働いた分だけ、彼女は一生懸命働いている。
もちろん、一方のラティオスも一時的に救助隊として活動し、
これまでの謝罪を兼ねてあちこちを飛び回っている。
事情を説明したら町の皆も受け入れてくれたので、一応の解決は見たと言えるだろう。
――ワタシはそんな兄妹を見てため息をついていた。
「…結局ただ働きだったね…」
「まぁまぁ、いいじゃないか。オイラたちは今は金には困らないだろ?」
アーティがワタシの隣でそう自信たっぷりに言う。
その手の指は、不器用ながら解りやすい円形を作っていた。
そう、あの戦いの後救助隊本部から謝礼はタンマリいただいたのだ、
アーティはその事をちゃんと覚えている。
勿論ワタシも覚えているが、しかしそうだねと頷く事は出来ない。
自業自得とは言え。
「あの謝礼金なら町の修復費用に全額寄付しちゃったよ」
「…………え?今、なんて…?」
「救助隊本部――デンリュウから貰った謝礼金は、全部町のために使っちゃいましたよ・って言ったの」
「…な、
ぬわんだってぇぇぇぇええーーーーーッ!?
つまりポケモンズは現在、無一文に等しい。
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迷宮救助録 #25
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「はぁ〜〜…」
ピカチュウとデンリュウの修行をそっちのけ――もとより度外視されていたが――で、
サンダーはため息をついていた。
その背後で氷の使いと炎の化身がヒソヒソと会話している。
「…ね、ねぇ、らいのし、どうしちゃったのカナ…」
「私が知るか。…オイ、ライノシ!」
痺れを切らしたファイヤーがサンダーの肩――もとい翼に手をかけようとした時、
それはサンダーの爆弾発言によって阻止された。
「…なぁファイヤー、初対面でぶつかった男女は恋に落ちるっていうジンクスって、マジなのかな」
「い、いや、知らない…」
「ら、らいのしがらいのしじゃないよーっ」
ヤバイよコレ――と、サンダーの哀愁漂う背中に、ふたりは心の中で突っ込みを入れた。
何時の間に撮ったのか、
サンダーの手――翼の中に見え隠れするラティアスの写真が余計に心の距離を感じさせる。
「…はぁぁぁ………決めた。俺会いに行くよ、愛に生きるよ!」
「「…はい?」」
「つーわけだおまえら、もう俺に構わないでくれ。じゃ」
「ちょ、まっ――…」
「ぅわぁ…」
実に簡潔な別れ台詞を残し、サンダーは大空へと飛び立った。
目的地は無論、ラティアスの居る場所だろう。
緩みっぱなしのその表情に軽く憎しみすら覚えつつ、置き去りにされたふたりは顔を見合わせて言った。
「…行っちゃったねらいのし…」
「…どうせ成就しないのにな…」
致命的な勘違いを胸に旅立っていった、唯一力を失っていない同胞の堕落した姿を、
ふたりはただ祈るように見送るしかなかった。
あの馬鹿に面白い結末が待ち構えていますように――と。
………
夢の中に毎日のように現れていたキュウコンが、何か危険を示唆していた。
サーナイトが動き出したのかどうかは解らないが、
再び大きな戦いが近づいている――そうキュウコンは言う。
チーム【ポケモンズ】として活動できる時間は、もう殆ど無いかも知れない。
一応アーティにその旨は伝えておいたが、覚悟は出来てるとは言え心中穏やかではなかった。
「ユハビィ!お疲れさん」
「うん、今日はこの辺にしとこうか」
いつもどおりの救助活動を終え、報酬で手に入れた木の実を夕飯代わりに屠る。
夕日に照らし出された道を歩くと、それだけで感慨深いものがあった。
貧乏だけど食うには困らない、ならそれで十分じゃないか――そんな達観的な考えも通るほどに。
隣を歩くアーティは目を閉じていて、それでも躓くことなく歩いているのだから器用なものだ。
ワタシが風に揺れる頭の葉っぱに違和感を感じなくなったのはいつだったろうか、
思えば今日まで色々なことがあった気がする。
アーティと出会ってポケモン【ユハビィ】の全てが始まった。
キャタピーを助けて
救助隊を結成して
エラルドと出会って
トップアイドルと戦って
FLBに助けられて
不思議な夢を見て――そこから、ワタシの真実を求める旅が始まったのだ。
それからエアームドと戦った事もあったな。
あぁ、あとダグトリオの――いや、これは思い出さないでおこう。忘れたい。
テングスとワタッコの騒ぎを見て
ゲンガーと…イジワルズと出会って
サンダーと戦って、――ワタシの中の何かが目覚めたんだ。
そして逃亡生活を迎えて
――真実を手に入れた。
それはとても残酷なものだったけど、氷山の一角だったと言う事にはまだ気付いてなかったんだ。
サーナイトと戦って、知ってしまったワタシの罪に――
今、こうしてまたふたりで歩いている。
もしもワタシがこの世界に来なかったら
もしもキュウコンに出会わなかったら
もしもポケモンに転生しなかったら
ワタシは、この掛替えの無い宝物に出会うことは無かっただろう。
それは偶然なのか運命なのか、
サーナイトと言う巨悪が存在した事による必然なのか――ワタシには解らない。
いや、解る必要なんて無い。
どんな理由であれ、みんなと過ごした楽しい日々に、ワタシは確かに存在していたのだ。
だから守りたい。
例えワタシがその輪から外れると解っていても、その輪を壊す事だけは絶対に許さない。
この輪は、もう一つのワタシ――
………
「………」
夜――それもかなりの深夜だ、ワタシが不意に出かけたくなったのは。
行き先は決めてはいない。
ただ足の向くまま歩くのみだ。
それで気が付けばそこはワタシが一番最初に目を覚ましたあの場所だったわけで、
これも偶然なのか運命なのか――何かに導かれていたと言えばそうかも知れない。
――あの日、突然ポケモンになって、アーティに出会って、ワケが解らなくて――
それでも風はあの日のままに穏やかで、ワタシは思わずそこに倒れこんでみた。
風が気持ちいい。
ここは、町外れの獣道。
今は、ワタシを呼ぶものはいな――
「…何やってるんだユハビィ」
「む…アーティこそ、なんでここに」
あの日の虚ろな思い出と今を重ねて楽しんでいた時だった。
手ぶらのアーティが、頭の上からワタシを呼んだのは。
…正確に言うと楽しんでいたわけではない――いや、それはどうでもいいか。
起き上がるのが億劫だったのでそのままアーティの質問に質問で答える。
すると見上げていた星空の中に、さかさまのアーティの顔が入り込んだ。
その顔は直ぐに引っ込み、それと同時に隣に倒れ込むような音が聞こえた。
「確かこうしてるのはこれが初めてじゃないな」
「確かも何もついこないだじゃん」
「そうだっけか。…なぁユハビィ」
「何」
アーティが何か重要な話がしたそうだったのは気付いていたが、
思いの外早くそこに踏み込んできた事にワタシは少しだけ驚いた。
…アーティは行動的だから、当然と言えば当然なのだが。
だが、何も驚いたのは話のタイミング云々だけではない。
その内容が、まるで予想もしなかったものだったから、余計にワタシは言葉を詰まらせたのだ。
何せ――
「ユハビィ、オイラと戦ってくれ」
「…は?」
何ソレ、新手のプロポーズ?なんてふざけたリアクションは出来なかった。
風が、空気が、周囲の環境がアーティの心境を映し出しているかのように極めて厳格で、
そのプレッシャーにワタシは思わず息を呑んだから。
そして驚いた以上に、理解が出来なかった。
アーティが何を考えそのような結論に至ったのかは皆目見当もつかない、
それは当たり前だが、問題なのは『どうして』――そう聞き返すことすら出来なかった事だ。
このプレッシャーにワタシは飲まれ、故に言葉を詰まらせた。
「オイラは、ユハビィにずっとこっちの世界に居てもらいたい。
オイラだけじゃない、みんな――この世界が、そう望んでる」
「……」
それを察したのか、アーティは心境を語りだした。
「ユハビィ、賭けをしよう。
ここでオイラと戦ってユハビィが勝ったら向こうへ還る、オイラが勝ったら――こっちに残れ」
「…滅茶苦茶だね」
「解ってる。勝手言ってる事も。でも、もう理屈じゃないんだ」
半笑いで言うワタシに、アーティは至って真剣な表情で応えた。
真剣――いや、どこか悲壮感すら感じさせる。
よほどワタシに残っていて欲しいんだろう、その気持ちは何より嬉しい――が。
「それでも、ワタシにはワタシのやらなきゃいけないことがある」
「それは、こっちでサーナイトを倒して平和をもたらす事だ」
「そして人間界に戻って、ロケット団を倒す事――そこまで、そこがワタシのゴール」
「………」
「ごめん、気持ちは嬉しいけど、ワタシはここには残れない。
…全部在るべき姿に戻らなきゃいけないんだよ」
起き上がったワタシはアーティ以上に真剣な表情で応えた。
こっちだって、譲れないものがある。
世の中の全てが、妥協だけで回っているわけでは無いのだから――
「…いやだ」
だがアーティは否定する。
「いやだ!還るなッ、オイラは…【ポケモンズ】は、
オイラとユハビィが居て初めて【ポケモンズ】なんだっ」
「そうかもね。だったら、別の救助隊を作ればいい」
「ッ!!…ユハビィ、おまえ…」
喚きながらワタシから顔を逸らしていたアーティが目を見開き、物凄い勢いでこちらを振り返った。
言い過ぎたか?とも思ったが、もう手遅れだ、ワタシは踏み込んでしまった。
これ以上アーティの我侭には付き合えない。
…度を越えるとはそういうことだ。
ワタシの決意を鈍らせるものは、今はもう敵でしかない。
「もう一度言う。オイラが勝ったら、おまえは還らせない。絶対に」
「やだよ。そんなの戦う理由じゃない。ワタシは戦えない」
「……そう言うと思って、オイラは【覚悟】を決めてきたんだ」
アーティが救助隊バッグから何かを取り出した。
人間界でたまに見かけた事がある、ポロックケースだ。
「これなら、おまえだってそんな事を言ってられる余裕なんか無くなる」
「?」
アーティがケースの中から出したのは、ゲンガーの作った【特製ポロック】。
それはワタシの知らないアーティの【バトルスタイル】、
アーティがこれでグラードンを撃退した事を、ワタシは知らない。
あの驚異的な力を発揮するアーティのことを、何一つ知らない。
ここまでの経緯を正確に説明すると、
今アーティが手にとったのは以前にゲンガーから貰ったものの改良版である。
ほんの数分前、ユハビィがここに来る前、
ちょうどこの場所でアーティはゲンガーからそれを受け取ったのだ。
まるでこうなる事が解っていたかのようにゲンガーは彼をここに呼び出し、数種類のポロックを授けた。
ワタシは表情を崩さない。
そんなワタシを睨みつけ、アーティは手に取った何かを食べ、そして――
「―――悪く思うなよ」
「ッ!!」
ズドオオオーーーーーン!!!!
開戦の合図は、立ち尽くしているワタシへの【みずのはどう】だった。
つづく