例の騒ぎから数日――町の修復も終わり、
住処へと帰っていくグラードンを見送ってからさらに数日。
グラードンが暴れていたという事実は全部サーナイトの所為だったという事に捻じ曲げられ、
町の住人でその真相を知るものは少ない。

数少ない真相を知るものであるワタシは一方で、
完成したポケモンズの救助基地の前に立ちそれを満足げに見ていた。


「んーーーっ、良い、良い、良いねぇ〜…」
「なぁユハビィ、どうしてそんなにテンション高いんだ?」
「秋だから」
「ぜんぜん意味が解らないよ」


呆れるアーティをよそに、ワタシは掻き集められた落ち葉の中に特攻する。
自分でも何をやってるんだろうという感じはするが、草タイプの本能には逆らえない。
寧ろ逆らわない方がこれは快感だ。


「はぅーーっ、落ち葉落ち葉っ、たぁんのしーーーぃ」

「もはやキャラが違うよユハビィ…誰だアンタ…」

「ニュータイプです」

「…もういいよ」


一向に姿を見せないサーナイトに神経をすり減らすのは止め、
ワタシは感情の思うがままに楽しむ事にしていた。
町のみんなは知らないだろうが、いずれワタシは人間の世界に還る。
唯一それを知るアーティのためにも、出来るだけ楽しく過ごしたいのだ。
度を超えれば還りたくなくなるから、ある程度はわきまえているが。





「たっ、たいへんだーーーーーー!!」






「………なんかデジャヴ」
「とりあえず行ってみようぜユハビィ!」


町のほうからのお馴染みの事件発生のサインが響く。
この救助基地まで報告に走ってきたポケモンに連れられ、
今日もチーム【ポケモンズ】の救助活動が始まるのだ。
何も変わらない、非日常も今となっては日常――こんな日々がいつまでも続けば――…

思考を中断する。
それ以上は考えてはいけない。








でももし許されるなら、ワタシは必ず帰って来よう。


もう一度、この場所に。










=======
迷宮救助録 #24
=======










事の発端は、夜中の内に店の商品が無くなると言う、
【カクレオン商店】の【カクレオン】の証言だった。
ちなみにカクレオンとはカメレオンが二足歩行をしているようなポケモンだ。

「ホントなんですよ〜、おちおち夜も眠れませんわ〜」

とはカクレオンの当時のセリフ。
町のみんなはどうせその辺の野生ポケモンが勝手に持っていってるのだろうと言い、
カクレオンに商品管理を徹底するように言うだけだったのだが、
次の日もその次の日も商品が消えていく様に、カクレオンは見る見るやつれていった。
グラードン――及びサーナイトによる破壊から復興した直後だけに色々と物騒なことは多かったが、
ここまで連続して盗難が発生する事に町のポケモン達も漸く危機感を感じ始めた。

そして、今日はついに――



「ウチもやられたわさ!倉庫に預かってたアイテムがごっそり!」

倉庫を営業している【ガルーラ】が言うと、銀行を経営する【ペルシアン】が続く。

「うちもよ。預かってたお金が…これじゃ銀行としての信用ガタ落ちだわっ」

町中のものが一同に会し、広場で会議を開いていた。
犯人は必ず、みんなが寝静まった夜に現れる。
今夜もきっと現れるだろう―――そこを捕まえてやる寸法らしい。







「―――で、アーティ。これは一体どういう事?」
「オイラに言われても」


町のみんなが寝静まった頃、
広場の影――最も狙われる【カクレオン商店】が見えるところに身を潜め、
ワタシとアーティは犯人が現れるのを待っていた。
今日は薄い雲が空全体に広がり、星は見えない。
風はすぐそこまで来ている冬を感じさせる。
思わず身震いをし、町の住人から貰った毛布を頭から被った。

「……来ないなぁ」
「来ないね」
「………」
「………」

夜が深まるにつれ、気温も徐々に下がっていく。
思わずくしゃみが出そうだったが、犯人が近くで隙を窺っているかもしれないので気合で抑えた。

―――と、その時。

商店を見張るワタシたちの視界に、人のような形の黒い影が入り込んだ。
サーナイト?とも思ったが、そもそもヤツはこんなセコいマネはしないだろう。
人の形をしたポケモンなんてこの町には居ないが、とにかくこいつが犯人で在ることは間違いない。
何故なら商店の中へ入って行ったかと思うと、ごっそり商品を抱えて出てきたからだ。



―――ガチャン!!



「――ッ!?」


突然の手錠の音に、黒い影が慌てて手を引っ込めるが既に遅かった。
繋げられた左手を抑える何者かの腕に、影は動揺を隠せていない。


「――ぇー、午前2時45分、犯人確保、犯人確保、
 犯人と思しき者の身柄を現行犯逮捕しました、どうぞー」

「ユハビィ、それ何のマネだ?」


こちらの世界には無いらしい警察の真似事をしながら、
ワタシは影の正体を知るべく顔を覗き込み、驚愕した。
そして同時に覗き込んだアーティもまた、声を上げた。


「に、…人間ッ!?」
「………」

「なんで人間がこんな所に」


黒い影の正体は人間だった―――しかしそれは3秒で覆された。


「ふ、ふふふ…ふはははははははははははははッ、僕は人間なんかじゃない」

「なっ、なんだってーー!?」


高笑いを上げながら影はその形を変えていき、同時に手錠から腕がすり抜けた。
ワタシは慌ててその影を掴みにかかったが、間に合わなかった。
こんな事ならMMRの真似事なんかしてないでしっかり掴んでおけばよかったと心底後悔しつつ、
面倒くさいのでとりあえずノシておく事にする。


「―――私は怪盗ラティオス!諸君、また会おう!はーーーーっはっはっはーーーーーーー!!」

「【波導弾】ッ!!」

「っ!ぐぼぉッ!!」


―――ズドォォォォォン…


おかしな笑い声を上げながら飛び立とうとする【自称:怪盗】に、
ワタシは容赦なく波導の力をぶつけてやった。
不意打ちだったと言うのも在るだろうが、
それ以前に手加減しなかったので【ラティオス】は商店脇の――
しかも復旧作業の終了したばかりの広場の噴水に叩きつけられた。
噴水は再び破壊され、あふれ出す水の中に【ラティオス】は沈んでいく。
死んだかなと思い覗き込むと、すぐさま彼は水から飛び出し地面の上を転がり始めた。


「うぎゃああああああああああっ、死ぬ!死ぬ!死んでしまう!痛ぇええええええええええッ!!」
「はい、捕まえた。事情は署の方で聞くから、カツ丼でも食べてきなさい」
「いやだぁぁぁぁああああああッ、俺は天丼が好きなんだあぁぁぁぁぁあああッ!!」
「五月蝿い!」
「へぶしっ」


――【ラティオス】、夢や幻を操るエスパー・ドラゴンタイプのポケモン。
その希少性から伝説のポケモンや守り神として人間の世界では崇められていた。

…その実体がまさかこんな変態だったなんて――そう思うだけで涙が溢れそうになる。

他のラティオスは違う、こいつだけだ、
そう自分に言い聞かせるのがいい加減虚しくなってきた頃に漸く、彼は一連の事情を語りだした。




「妹を――ラティアスを助けたいんだ…」
「助けたい?…何があったんだ?」
「あれは数日前の話だ。俺とラティアスは普段通り世界中を旅して回っていた――」



…以下、この変態の回想。




………




この近辺の岩山を、二匹の夢幻ポケモンが誰にも見つからないように姿を透明にして飛んでいた。
その岩山は【奈落の谷】という険しいダンジョンの入り口になっており、
さらに霧も深いため空を飛んでいるのも危険な状態である。
早いところ抜けてしまおうと、二匹の飛行速度は自然に上がっていった。

その時、前方に物凄い速度で飛来する物体が見えた。

物体は、近づくにつれてその姿をハッキリと現してくる。
霧の中から現れたそれは、【雷の司】として有名な【サンダー】そのものだった。

――何故泣いていたのかは知らないが、この時姿を透明にしていた事を二匹は後悔した。

サンダーはこちらを認識する事が出来ず、
ラティアスと空中で接触しそのまま谷に墜落してしまったのだ。
ラティオスも慌てて追いかけたが、
霧が深く1秒にも満たない時間の内に二匹の姿を見失ってしまった。
辺りには目印になるようなモノなど無く、
ラティオスは谷に消えた妹を探して毎日ダンジョンに挑んでいるのだと言う。

商品の盗難は、そのためのものだったとか。









…回想終了。




「…なるほど、そんなことが」

ラティオスの話を、アーティは食い入るように聞いていた。
ワタシはまだこの男を信用していないので疑っていたが、
【雷の司】の名前が出てきたので少し興味を持った。

――泣いていた事とか。


「よし、ユハビィ。救助隊の出番だな!」
「うん、雷の司も助けてあげないとね。借りは沢山作っておこう」
「…今、ユハビィの後ろに黒いのが見えた」
「ふふふ、さぁ行こうかアーティ――明日にでも」


自信満々に寝床へと帰っていくワタシを、残された二匹は止めなかった。
というか、あまりにごく自然な流れだったため止められなかったのだろう。

こんな夜中に今すぐ行こうぜなんて無謀な発言をするほど、
アーティもその場任せではなかったらしいし。







………









出発の目処が立ったのは、翌日の午後だった。
【奈落の谷】という未開のダンジョンの情報を集め、協力してくれそうな仲間に連絡を取り、
――尤も時間を取られたのは、ラティオスが町の住民に事情を説明する事だったわけだが。

「ラティオス、ホント危なかったな。オイラが駆けつけなかったらやばかったんじゃないか?」
「あぁ、死ぬかと思った。この町の住民は皆凶暴だね」

――誰の所為だよ。
というツッコミは敢えてしなかった。
ワタシも、多分アーティも。

「それじゃ行くぞー!」

新調された救助隊バッグを持ち、アーティが先陣を切る。
【奈落の谷】は生半可な実力では生き残れないだろう――何故ならこのラティオスが
何度も挑んでは返り討ちに遭ったというのだから。

…ん?イマイチ説得力に欠けるような…。







さて置き、奈落の谷を目指してポケモンズは行進する。
途中何度か野生と遭遇したが、敵ではない。
ワタシもアーティも、あの逃亡生活の間に随分強くなった。
決して良い思い出ではないが、無駄ではなかったと言う事だろう。

「…ちょっと冷えるね」

谷底を歩いていると、直ぐに冷たい空気が辺りを包む。
上空にかかった霧が時間の感覚すら狂わせてくれて、いい迷惑だ。
周囲にはそれほど凶暴でもない野性ポケモンが群生していたり、
かと思えば霧の中から突然襲ってくる者も居た。



「―――遅いッ!!」


――ズバァァ!!


「グギャアアア…」




僅かな空気の振動を感知し、振り返り様に【葉っぱカッター】を喰らわせると、
襲い掛かってきた野性ポケモンは悲鳴を上げて逃げ出した。
追いかける必要も無いので、中盤までは威嚇――牽制のみで楽に進んでこれた。

――が、中盤を過ぎた時点で【奈落の谷】は豹変していた。


「アーティ、【奈落の谷】の情報、アレ本当に正しかったの?」
「…間違ってるから、こんな事になってるんじゃないかな…」
「うおおおおいっ!来てる!来てるってッ!」


これまで見たことも無いような――酷く興奮した野生の群れが、ワタシたちを追い掛け回していた。
あまりに多勢に無勢なので逃げ回っていたものの出口が一向に見つからず、
結局囲まれるまでに時間はかからなかった。


「どーする、ユハビィ。オイラこんなトコでやられんのイヤだぜ?」
「仕方ない、蹴散らそう」
「うえええッ!?無理だ!あれは僕を何度も返り討ちにしたやつらだぞ!?無謀すぎる!」


どうやらあれらがラティオスを返り討ちにした群れらしい、ここで逃げるのが余計に癪になった。
ギャーギャー喚くラティオスの口に砂をねじ込み、ワタシは一歩前に出る。
アーティはもはや定番となったワタシの突発的不可思議行動には慣れたもので、
後方でラティオスに水を与えていた。

――与え方が【みずでっぽう】だったから、たった今ラティオスの断末魔が聞こえたのだろう。


「偉大なる賢者の魂よ…死を超越し受け継がれたその力を解き放て!」
「おお、なんかカッコイイ台詞がついたな」
「もっとカッコ良い台詞は随時募集中!行くよッ!」


【波導】を纏い野生の群れの中に突っ込んでいく。

その瞬間的な行動に反応し切れなかった先頭の二匹が波導の圧力に吹き飛ばされ、戦闘不能となった。
ワタシの足が丁度群れの中央で止まったときには、
戦闘センスに長けた野生が数匹、既にワタシに襲い掛かっている。

だがそれすらも想定の範囲内だ。
ワタシは駆けながら伸ばしておいた【ツルの鞭】を飛び掛る野生目掛け撓らせて、迎撃した。
鈍い音と共に空中に居た4匹ほどの野生が群れの中に吹き飛び、そこでさらに戦闘不能者を量産した。
群れのポケモンは一瞬戸惑っていたが直ぐに我に帰り、ワタシ目掛けて突っ込んでくる。
10〜15、周囲を取り囲んでいるとは言え一度に攻撃してくる数はそんなものだ。
ツルの鞭で空中の野生を退けた瞬間には、ワタシは既に周囲を取り囲む群れの【隙】を見極めていた。

【波導弾】――そう叫ぶと同時に炸裂する光の玉が左方向から襲ってくる野生を蹴散らし、
右方向の連中はその光で足が止まる。
いや、その光より速く突き刺さった【葉っぱカッター】が直接の原因かもしれない。
波導を纏った【葉っぱカッター】の速度は、並のポケモンは認識する事すら出来ない。


「ふ…波導は反則だったかな?」

「…お見事、大した腕前だな」

「っ!?」


あっさりと第一波を退けたワタシの前に、群れのリーダー格らしいポケモンが立ちふさがった。
一本の大きな角が特徴的なカブトムシのポケモン、【ヘラクロス】だ。
大将格同士の決闘を望んでいるのか、群れのポケモンはそれを見て一歩、二歩と後退する。


「……強いな」
「当たり前だよ。何たってワタシはワタシ『だけ』じゃないからね」


ワタシの言葉の真意を理解しているのかは知らないが、ヘラクロスはふっと笑いワタシに背を向けた。


「突然襲い掛かって悪かったな。もしかしておまえら、最近ここに落ちてきた奴を探してるのか?」
「…知ってるの?」
「知ってるも何も―――」


ヘラクロスが背を向けたままパチンと指を鳴らすと、
霧の向こうから新たな群れがやってきて――【ラティアス】と【サンダー】を運んできた。
どちらも意識は無く、数匹のポケモンに担がれている。

「っ、ふたりに何を…!」
「心配するな。おまえらを迎撃する間に余計な事をしてもらいたくなかったから、
 少しばかり眠ってもらっただけだ。返すよ」


別働隊らしい群れはラティアスとサンダーをその場に置くと、逃げるように霧の中へ消えていった。
目を覚ましたラティオスと、後ろに控えていたアーティが眠っているふたりに駆け寄る。
ワタシは未だ、背を向ける群れのリーダーを睨みつけていた。


「もう用が済んだなら帰ってくれ、これ以上やられたら俺の群れが壊滅しちまう。
 ――それはアンタも本意じゃないだろ?」

「…腑に落ちないけど、仕方ないね」


先に手を出したのは厳密に言えばこちらなので、結局話を飲むしかなかった。
こっちとしても目的は果たせたわけで、戦う必要が無いのは最初から変わりない。

「行くぞおまえら」

ヘラクロスはそのまま群れを率いて、霧の中へと消えていった。
去り際、一言だけ『また会うかもな』と呟いて。



「また、会う―――か…」

「おーいユハビィー!ふたりが目を覚ましたぞー!」


アーティの声に振り返ると、視界には半分夢心地らしいサンダーとラティアスの姿が映った。
確かに無事なようで、ワタシはほっと胸をなでおろす。



――しかし、あのヘラクロスの言葉だけはいつまでも心に深く突き刺さっていた。









つづく



戻る inserted by FC2 system