サーナイトの腕が変形し、食虫植物の口のようになってユハビィに喰らいつく。
そのキバが身体に喰い込むが、血は流れない。
霊的にその力を取り込むから肉体には傷がつかないのだ、
殺してしまっては取り込む事が出来ないから――


「っッッ――――!!!」


目を見開いたユハビィが声にならない悲鳴を上げる。
サーナイトもまた歓喜に目を見開いて、その口が耳まで裂けるほどおぞましい笑みを浮かべた。






「ユハビィ!波導を使えーーーーッ!!」






フーディンが叫びが耳に届き、ユハビィが何とか冷静さを取り戻して波導を構える。
だがサーナイトの腕は決して離れることなく、さらに深く喰いこんでいき、ユハビィの表情に苦痛が浮かぶ。

――刹那。




「………何?」

「…ぐ…っ…捕まえたぞ、サーナイト」




ユハビィが居たはずのその場所にフーディンが現れ、サーナイトの腕をしっかりと捕まえた。






ユハビィとフーディンが、忽然と入れ替わっていたのだ。














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迷宮救助録 #22
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何が起きたのか、一番最初に理解したのはサーナイトだった。
同じエスパータイプ、【それ】が使える事は不思議ではない。
寧ろ救助隊として便利な技ゆえに、フーディンはそれを扱いなれていると言う事だ。


「――テレポートかッ」

「気付くのが…遅かったな…ユハビィを…見習え…ッ」


サーナイトの口と化した腕を自分の身体に食い込ませ、
その上から両手で押さえることでサーナイトを捕まえたフーディンの背後から――

「うおおおおおおおおおおッ!!!」
「くッ離れん――」

――今までで一番強く輝く波導を纏ったユハビィが、最後の一撃だと言わんばかりの気迫で特攻してきた。
サーナイトは即座に回避を試みるが、それは問題視していなかった者達に阻まれる。



「逃がすかよッ」



バンギラスとリザードン、ピカチュウ、アーティがサーナイトの身体を捕まえて、決して離さない。
今にも死にそうだったくせに、どうやら死力を振り絞っているらしい――腕力だけなら、
数の差でユハビィたちが優勢だった。


「……な、何だこの力はッ!こんなモノ―――」


「遅いッ!!終わりだサーナイトォーーーーーーーッ!!!!」


焦り始めるのが、少し遅かった。
サーナイトが【サイコキネシス】で枷を振り払おうとするより早く、




――ドズンッッ!!!




鈍い音と共に、波導を纏うユハビィのツルが――




「が…ぐはッ…」



サーナイトの身体を貫いて大地に磔にした。






誰もが我が目を疑い、サーナイト自身は時が止まったのかと思った。
…本当に止まっていたのかも知れない。
ワタシは、これまでの【時】を止めてやったのだ。
この世界で、新たな【時】を刻むために――


「あ、ア、あア……!?」
「サーナイトッ!……終わりだッッ!!」
「ぐォ、さ、させるか――――ガァッ!?」


炸裂する【波導】がツルを流れ、サーナイトに向けて疾走する。
サーナイトはそれを阻止すべく【エレメンタルブラスト】を放とうとしたが、
何者かの力によって収束する力は打ち消される。


「え、エレメンタルブラストが……ッ!?」


【エレメンタルブラスト】を相殺する力――それはルギアの【エレメンタルブラスト】だった。
町の住人に支えられて立っているルギアが、死力を尽くしてサーナイトを抑え込んでいる。
最後の力を振り絞って立ち上がった、FLBとピカチュウ、アーティの様に――


「ルギア!」
「やれ…終わらせるんだッ!おまえの手でッ!」
「………ッ」


対極の力をぶつけられて相殺されたエレメンタルブラストの光の向こうから、波導が特攻してくる。
成す術もなく、眼前に迫る死の閃光にサーナイトは恐怖で顔を歪め、




…そして波導はサーナイトを貫き、断末魔が轟いた。








「ぎゃあがァああーーァああおああおあアアーーーーーーッ!!?」








神聖なる【波導】の力にサーナイトの身体がボロボロと崩れる。
腕、足、次々と身体を失い、亡者サーナイトが力の拠り所を全て失うまで時間は掛からなかった。
村人たちは一瞬たりとも【それ】から目を離さない。
戦いの最後を見届けるために、彼らは戻ってきたのだ。

いや、本当は彼らも戦いに参ずる為に戻ってきたのだ。
救助隊にばかり頼らず、世界を守るために――




「あ、ああああ!?きっ、きさ、ユハビィーーーーッ!!何故だ!何故こんな…がぁァァァァ…ッ」
「…ワタシはロケット団と戦う。真実を知って、ワタシはやらなきゃならないことがあるって気付いた」
「だ、だったら…我と、我と共に神の鉄槌を……ッ」



支離滅裂である。
サーナイトの記憶は時間を遡ったのか、
ユハビィを仲間に引き込むところまで会話がリセットされている。
そこへ、黒い影がサーナイトとユハビィの間に割り込んだ。
ゲンガーだ。


「ケケケケ。見苦しいぜ相棒」

「あ、主………」



慈悲の目を向けるゲンガーに、サーナイトは言葉を詰まらせた。
まだ、この二人の過去に何があったのかは知らない。
ただサーナイトがロケット団を憎む事が、それに関係しているのは確かだろう。

――見守るしか出来ない。

消え行くサーナイトの怨念を、見送るゲンガーを…
後はこの二人が解決する事だろう――その場の全員がそう思っていた。


「……俺の所為でおまえは歪んでしまった…。
 ロケット団の教えだったな、【力が欲しければ、奪い取るしかない】って」

「そうだ…ッ!だから我は言われたとおりに…
 この世界から全ての力を奪い…主の望みを叶えようと…ッ」

「違う…欲しいものを奪うのは、――ロケット団と何も変わらない。
 俺は、そんな戦い方はして欲しくなかった」

「違うだとッ!?…人間など皆そうでは無いか!?
 奪い合い、殺し合い、――理解できないッ!
 誰かが統率し導かなければならないんじゃ無いのか!?」






「…サーナイトは、本当はゲンガーのことを…」
「言うな、ユハビィ。どんな理由でも、サーナイトは許されない」



ワタシの言葉を、アーティは遮った。
彼らのやりとりは、サーナイトの野望をこの場の全員に理解させるのには十分だった。
サーナイトは、ただゲンガーの望みを叶えたかった――それだけだったんだ。
ゲンガーの望み、それはだいたい想像がつく。

きっとゲンガーは人間だったころ、ロケット団の構成員だったんだろう。
そして、組織のやり方についていけず、パートナーだったサーナイトとともにロケット団を辞め――

でもサーナイトは既に、ロケット団の思想に染まってたんだ。
主であるゲンガーの命令には従えるが、奪い、殺し、蹂躙することでしか何かを得られない――


「俺の所為で歪んでしまったおまえは、俺が…」

「――っ」


ゲンガーがその手に光を纏う。
それは紛れも無く、【波導】である。
ゲンガーもまた、キュウコンの【力】を引き継いでいたのだ。


「―――許せ」

「ぁっぁぁあああああああああああ――――――――




悪鬼の悲鳴が、時間にして2秒半、世界中に轟いた。
そして前触れも無く、途絶えた。
ゲンガーの波導の一撃がサーナイトを消滅させ、…戦いが終わったのだ。

全てに、決着がついたんだ。

皆が戦いの終結を見届け、少しの間の後に歓声が響き渡った。
ある者は隣の者を抱きしめ、ある者は間近でルギアを見られることを感激し、
またある者はふぅとその場にへたり込んだ。
そこにはサーナイトから解放されたファイヤーとフリーザー、
そしてグラードンの姿もあり、アーティやFLB、
ネイティオ、トップアイドル、これまでに出会った様々な救助隊や住人たちが勝利に酔う。


決着が全ての傷を洗い流してくれるのも、時間の問題だろう。



………



いつも通り、ゲンガーは人知れずどこかへ消えていった。
この時ばかりは流石のゲンガーも堪えたのか、
最後に少しだけ見えた顔が見えた普段は見せない表情だったのを覚えている。
ゲンガーの後姿をただ一人見送ったワタシもまた、喧騒から逃げるように歩き出した。
アーティは町の住人たちに捕まって、胴上げされている。
疲れが溜まっていてされるがまま状態の彼は、ワタシが居なくなっている事に気付く余裕がなかった。


「…ワタシも、ちょっと疲れたな…」


肩の荷が降りた事に安堵し、ワタシはこっそりとその場を去る。
誰にも見つからないように、誰の邪魔にもならないように。
辿り着いた森の奥で、ワタシはキュウコンに呼びかけた。


「……終わったんだよね、全部。…キューちゃん」

「……」


自分の身体から光の玉が飛び出し、目の前にキュウコンの姿が現れた。
サーナイトの邪気が消えたことで、キュウコンにも少し余裕が出来たのだろう。
これからは本当に一緒に居られると、思わず彼を抱きしめようと思ったが、
どう見ても透けているのでそこは渋々断念した。

「キューちゃん、ワタシ、これから――」
「…ユハビィ…」
「?」

触れられない半霊体の身体に触れようとしながらのワタシの言葉を、キュウコンは牽制する。
まるで何かを探しているような、あるいは腑に落ちない点でもあるのかと思われた。
ワタシはキュウコンが心配しうる何かを模索し――

―――あった。

キュウコンのその態度は、間違いなくまだ終わっていない事を示唆している様に見える。
考えてみればまだ終わっていない事があるのだ。

「ユハビィ、君の中のサーナイトはどこへ行った?」
「―――いない……いないよ…ッ、ねぇ、これって…」

キュウコンが少し間を置く。
仕草がぎこちないのは、大きな不安があるからに違いないだろう。

「……僕が外に出てこれたのは……サーナイトが居なくなったからだ。
 もし居るなら、僕は君の身体が乗っ取られないように中に居続けなくちゃいけない………」

ワタシは記憶を辿る。
思えば、いつの間にか自分の中にサーナイトの【気配】が全く感じられない。
記憶の糸を辿ると、確か【継承】が済んだ後にも、微弱ながら【紅い何か】を感じていたはずだ。



―――今からおまえの閉ざされた記憶を解放してやる―――



ワタシの記憶が封印されたのは、
ワタシの中のサーナイトとキュウコンが対立し、互いに力を抑えあっていたため…
その記憶を解放するとは、つまり【対立】がなくなるという事で――


「まさか、…ワタシの記憶を解放したときに既に…」


ワタシが結論に辿り着くか付かないかのところで、キュウコンは大きく咳払いをして
ワタシの言葉を遮った。
キュウコンなりにワタシを気遣っているのだろう。


「……考えすぎかもしれないな、もう止めようこの話は。
 解放したときに分身を【回収】していたなら、今はもう消え去っているはずだ…」
「……そう…だよね…」


しかしワタシの不安は拭われない。
【あの】サーナイトだ。
幾度と無く【死】を超え、その執念でどんな危機をも乗り越えてきた――史上最強の悪魔だ。
そんなヤツが、こんなにあっさり消えるものかなのか?
例えば、考えようによってはゲンガーに消される直前に分身を飛ばす事だって――



「ユハビィーーーッ!!」



森の中に、アーティがワタシを呼ぶ声が響く。
いきなり居なくなったから探しに来たんだろう。


「…大事な友達が探してるみたいだよ。
 君の考えてる事は解るけど、もう暫くはこの世界に残って様子を見たほうがいい」


キュウコンはアーティと会いたくないらしくさっさと光の塊に戻り、
逃げるようにワタシの中へと消えた。



「……うん、…そうするよ」



誰も居ない正面の木に向かい、ワタシはそう呟いた。







つづく


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