その距離数センチ。
ワタシの伸ばしたツルが、
サーナイトの手と重なるまで要する時間は、もう1秒も掛からないだろう。
「そうだそれでいい、さぁユハビィ…我と共に」
「サー…ナイト…」
触れる――それは絶望、全ての希望が絶たれる瞬間。
誰もが目を覆いそうになったその時――
―――バシィッ!
「ぅっ!?」
「………」
突然、乾いた音が伸ばしたツルを叩き落とした。
サーナイトは平然としていたが、ワタシは思わず顔を上げる。
「…ユハビィの居場所はこっちだ…」
青い身体に、赤い背鰭を震わせるワニノコ。
「おまえなんかと一緒にするなサーナイトッッ!!」
―――ガッ!!
顔を上げたワタシが見たのは、アーティがサーナイトを殴り飛ばしている瞬間だった。
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迷宮救助録 #21
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ズザザァッ!!
サーナイトはアーティの思うように殴り飛ばされ、地面に倒れる。
全くダメージになっているように見えないのは、わざと殴られたからだろう。
余裕の現れだ。
「………ふん、殴って気は済んだか?」
「…まだまだ、おまえは後100回は殴ってやる」
「なら殴れば良い。貴様如きの拳、100だろうが1000だろうが、【0】と大差ないわ」
倒れたまま余裕を見せるサーナイトにアーティは握り拳を下ろすと、直ぐにこちらを睨み付けた。
怒りなのか悲しみなのか、よく判らないが――
「あ、アーティ…ッ、どうして出て来―――っぁッ」
鉄拳。
右から左に突き抜ける渾身のフックに、ワタシは言葉を遮られその場に突っ伏す。
一瞬何が起きたのかわからなかった。
硬直しているワタシに向かってアーティが叫ぶ。
「ユハビィ!おまえはキュウコンから何を聞いてたんだッ!
やる気が無いなら元の世界にでもどこでも行っちまえッ!」
「…そ、そんな言い方って…っていうか殴った!?」
起き上がってアーティに食って掛かる。
頬を押さえながら――殴られたところが熱い。
それで殴られた事を確信し、会話の趣旨をよく捕えないままワタシは感情に任せて文句を言った。
だが、アーティは怯まない。
「殴って解らないならもう殴らねぇよ!…おまえキュウコンと約束したんだろッ!?
もう背負っちまったんだよおまえは!!責任持ちやがれ!!」
「――っ!」
――この身体はもとはキュウコンのもので、さらに伝説の【ルカリオ】の魂をも宿している。
そしてワタシは彼らの遺志を継ぎ、この世界を救うことを――サーナイトと決着をつけることを約束した。
「……というか、見てたんだ…アーティ」
「ゲンガーが見てたんだよ。オイラは話を聞いただけだ」
「………アーティ、ワタシは、どうしたらいいのかな…」
「それは心に聞いてみろよ。おまえの中には、二人も【天才】がいるんだからな」
要するに自分で決めろとアーティは言っている。
今自分が何をしたいかじゃない、何をするべきなのかを。
「お喋りは済んだか?」
殴られ、倒れたままのサーナイトが漸く立ち上がり、アーティの前へ高圧的に迫る。
答えを待っているのだろう、ワタシを利用できるかどうか。
ワタシはロケット団は憎いし、潰せるなら潰してやりたい。
そのためにサーナイトが共に戦うというならこれ以上頼もしい事は無いと思ってる。
でも――
「サーナイト。ワタシは決めた」
「ほう、では行こうか。人間界へのゲートは直ぐにでも開いてやれるぞ?」
「…ユハビィ…」
ワタシにはこの世界でやらなきゃいけないことがある。
それはワタシの目的よりもずっと大事な事で、絶対にワタシがやらなきゃいけない事。
「ワタシは、ロケット団を倒す」
「ユハビィッ!?」
「ふ、――さぁ、行くぞユハビィ!愚かなる人間に――」
―――――裁きを―――――
「――――おまえにだッッ!!!」
「ッ!」
―――ザシュゥッ!!!
ユハビィが叫んだその瞬間。
ユハビィの発した声の、空気の振動がサーナイトの耳に届くよりも早く、
【波導】で硬化されたツルがサーナイトの頬をかすめた。
「きさま…」
頬から流れる血を指でなぞり、サーナイトがワタシを睨みつける。
ワタシはアーティの隣に立ち、深呼吸を一つ。
「ふぅ……スッキリした」
「そーか、んじゃあスッキリついでに暴れるぜ」
ワタシは硬化したツルで地面を破壊しつつ、サーナイトを睨み返す。
迷いは無い。
罪悪感だけは最高潮だが、今はサーナイトを倒す事が先決だ。
――ここでサーナイトを倒す事が、キュウコンたちとの約束を果たす事が、罪滅ぼしだ。
「行くぞ!サーナイト!」
「………消してやる、おまえら全員消えてなくなれッ」
…………
気を取り戻したユハビィにアーティが加わり、しかしサーナイトが優勢である事は揺るがない。
波導の力が心の強さに基づくもので、ユハビィがさっきまでより力を発揮しているとは言え、
グラードンを取り込んだサーナイトには及ばない。
何よりアーティが本気を出し切れていないのだ。
その原因が例のポロックの反動である事をユハビィは知らないが、
故にアーティは今一つ力を発揮できていない。
「散れッ!」
「ぐあッ」
「アーティ…っ!?」
サーナイトの繰り出す強力な攻撃にアーティが吹き飛ばされ、
それを追ったユハビィがサーナイトに捕まった。
「こ、この…離せぇぇええッ!!」
――離せ…
(っ…?この波導は……)
ユハビィが喚く。喚くと同時に、青い輝きがいっそう強くなり、サーナイトの手が一瞬硬直した。
その隙を突いてアーティが特攻し、首を掴まれたユハビィを救出する。
「大丈夫か!?」
「くっ……ありがと、アーティ」
「………ふん、そういうことかキュウコン」
アーティの当身で弾かれた手を見つめながらサーナイトは呟き、次にその目をユハビィに向ける。
それは今までの威圧とは違い、ユハビィではなくその中のキュウコンに向けられているようだった。
いや、実際そうだったのだろう。
「差し詰めユハビィに手を出すなと言いたげだな、だがそんな不完全な状態で我を倒せるか?」
「不完全…?」
「気にするなユハビィ、アイツの言う事をイチイチ真に受けてたら埒があかねぇ」
サーナイトが恐らくキュウコンに向けて発したであろう言葉に反応するユハビィを、
アーティは無視しろと言って咎めた。
そして再び地を蹴り走り出す。
(ポロックの反動で力が出し切れねぇ…だけどな、サーナイト…オイラは――オイラにはッ)
サーナイトが虫を掃うように手を翳すと、大地が盛り上がってアーティに突撃する。
アーティは身を捻ってそれを回避し、サーナイトに急接近――
「遅いわ」
「う!?」
突出した大地を回避した瞬間、その影からサーナイトが現れた。
アーティのことを度外視していたように見せかけて、サーナイトは決して油断はしていない。
「【サイコブラスト】ッ」
「「アーティッ!!」」
赤紫色の光がサーナイトの拳に凝縮され、一気に放たれる。
アーティはそれを回避する事が出来ない――思わずユハビィはアーティの名を叫んだが、
それはもう一人の誰かの声と重なった。
「避けなさいッ!!【ボルテッカー】ッ!!!」
「――無理ッ!」
ズドガァァーーーーーーン!!
黄色い物体が高速で真横を通過した事に驚くユハビィを差し置いて、
次の瞬間突出した大地はアーティとサーナイトを巻き込んで大爆発した。
あの黄色いお嬢様は、どうも遠慮や加減と言う言葉を知らないのです。多分。
「ぴ、ピカチュウ…アーティを殺す気…?」
「アーティはあれくらいじゃ死なないわよ、ね?」
「…いや、あの…………後は頼んだ…」
土煙の中から満面の笑みで戻ってくるピカチュウの手には、アーティの尻尾が握られている。
その先には、勿論アーティの本体が土塗れで付属していた。
目が渦を巻いている。俗に言う戦闘不能状態だ。
「………」
煙の向こうにはサーナイトが立っていた。
【ボルテッカー】と衝突した【サイコブラスト】がかき消されたことに、少々の驚きを感じているらしい。
その手をジッと見ては、時々握ったり開いたりしている。
「おら、立ちやがれアーティ」
「リザードン!戻ったのか!」
「やられっぱなしで黙ってられるか!ゴールドランクをナメんな!」
アーティを無理矢理起き上がらせると、リザードンは咆哮して空に炎を吹いた。
フーディンとバンギラスもそこに立っている――ふたりはルギアが倒れたときに戻っていたが、
他の救助隊を空輸していたリザードンは今戻ったところらしい。
サーナイトは空を裂いた炎に気付き、漸くピカチュウとFLBの姿を認識する。
ピカチュウの登場で、ルギアの側から動く事が出来なくなっていたFLBも気力を取り戻したらしい。
フーディンとバンギラスの後ろにサンダーは居たが、
彼はルギアの傷を手当てするために敢えてそこから動かなかった。
「ふん、ゴミが集まってきたな…まとめて消えろ」
「オイラたちは消えない、おまえになんか消せない…
オイラは…オイラたちは救助隊だ!悪に屈したりしない!」
「アーティ……」
救助隊って、何時から戦隊ヒーローになったの――?
と言うユハビィの心の叫びは、多分キュウコンにだけは聞こえたはずだった。
どうでもいいが。
………
――現実は甘くない。
どれだけ数が揃おうとも、力の前に全ては無力なのだ。
そこに正義や悪など関係ないことなど、今更言う事では無いだろう。
「終わりだ、ただしおまえは我が力となれユハビィ」
「お断り…誰がおまえなんかに」
サーナイトの振るう強大な力の前に、FLBもピカチュウでさえも、なす術が無かった。
一番の攻撃力を誇る【ボルテッカー】とユハビィの【波導】のコンビネーションも、
サーナイトの【エレメンタルブラスト】に敗れている。
「つくづく、不完全な継承が悔しいなァ、キュウコン。くくくく…」
「ぅあ…ッ」
頭の葉っぱを捕まれ、軽々と宙に浮くユハビィを、アーティが何とか助けようともがくが無駄だった。
ポロックを使った事による反動が限界を迎え、アーティは早々と戦線離脱していたのだ。
「くっそ……ここまでなのか…?」
同じく倒れているFLBの脳裏には、あの強烈な一撃を持つデンリュウの姿が浮かぶ。
肝心な時に、彼女はいない。
何故こんな時にいないのか――しかし彼女の強さが絶対だと考えると、
今ここに居ないのは、まるで自身がいなくても何とかなることを知っていると言う暗示のようにさえ感じる。
デンリュウは全てを見通しているのではないか?
だとすれば何か、この状況を打開する手段があるはずだ。
――デンリュウの存在をどう捉えるか、それはデンリュウ自身が図っていたかは定かでは無い。
しかし、少なくともデンリュウの存在を超常的に感じていたフーディンは、
そのおかげでこの状況でも諦める事をしなかった。
そして、それが結果的に逆転の奇策を思いつかせる事になったのだ。
「さぁッ!大人しく我に取り込まれろッ!波導使い!!」
「うあああああーーーーーーッ!!!」
サーナイトの手が異形を宿す。
無数の牙を持つサメか何かの様な巨大な口に変形したその手は、
逃げ場の無いユハビィに襲い掛かる。
(そうか……ッ、これならば――)
フーディンが閃き、行動に移したのは、まさにその瞬間だった――
つづく
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