「救助隊やらないか?」

突拍子も無くアーティがそんなことを言うものだから生返事で承諾してしまい、
今更やめてくれなどと言えずにワタシは救助隊チーム【ポケモンズ】を結成した。
我ながら、このネーミングセンスは素晴らしいと思う。色んな意味で。



ポケモンになってしまってから一夜明けた。
ツルでコップに木の実ジュースを入れながら、アーティに提供された家の中で朝日を気持ちよく浴びる。
この家は必要最低限の荷物と共に譲り受けたので、今は自分の家として好き放題に寛いでいる。
どうにもこの草木に囲まれた住居は、水タイプのアーティにはソリが合わないとかどうとか。

そんなワタシも人間の頃だったらこんな場所に住めるものかと文句を垂れるはずなのに、ポケモンになってしまった体が本能的にこの家を気に入ってしまったらしく苦笑するしかなかった。




「…で、アーティ。キミは一体そんなところで何をしてるんだい?」

当のワニノコ…アーティはといえば、何故か玄関先でいびきをかいていた。



…いつから、居たんだろう。







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迷宮救助録 #2
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「いやー、やっとまともな救助隊としての活動が出来るかと思うと眠れなくてね」
「気持ちはわからなくもないけど、ちゃんと寝ないとダメだよ…」
「面目ない…」

頭をかきながらアーティは玄関前に設置されたポストを覗き込んだ。
そして一気にテンションが上がったのか、その大きな口をさらに大きく開けて喜び始めた。
テンションの勢い任せにこっちに走ってきたので、とりあえずその口につっかえ棒をはめてやったら怒られた。

「いっいきなり何するんだよ!」
「ごめん、入るかと思って」
「…ゴホン、とりあえずやったよユハビィ!救助隊スターターセットだッ!」

そういうとジャジャーンと自分で効果音を言いながら、
アーティは【救助隊スターターセット】と書かれた箱をポストから取り出した。
どう見ても胡散臭い。
そうでなければアホ臭い。

だが、救助隊結成を申請すると【ペリッパー】という救助隊本部の伝達係が運んできてくれるらしく、
大真面目にそういうシステムなので納得せざるを得なかった。
このとき人間だった頃の記憶が少し戻ったのだが、それは魔法使いセットを買ったのに魔法使いになれなかったという子供独特の苦い思い出だ。

救助隊結成の申請には条件がある。
まず【人数が2人以上であること】と、【これまでに救助経験があること】、そして【推薦があること】である。
やっと人数が揃ったアーティは、先日の救助とバタフリー親子の推薦を得て申請したのだ。
申請のため本部には同行したが、どこを見てもペリカンのポケモン、【ペリッパー】の姿しかなかった。

「バッチの充電はこの町の支部ではやらないんだ。その代わり依頼を受けるとそのたびに充電済みのものと交換してくれるんだよ」
「ふぅん…でもそれ、便利な仕組みだよね。一般配布すれば誰も救助される必要なんて無いんじゃない?」

そうワタシが呟いた瞬間、アーティが今まで見せたこともないような真剣な顔でワタシの肩を掴んで言った。

「ユハビィ、この世界にはお約束っていうものがあるんだよ」

「…あぁそう」

ずっと救助隊に憧れていただけに、アーティのそれに関する知識は凄かった。
何せ家についてからも延々と救助隊について聞かされ続けたからだ。
救助隊には功績に応じたランク付けがされており、今一番凄いのはゴールドランクのチーム【FLB】だとか、救助隊の中には金にがめつくてあまり評判のよくないチームもあるとか。
始めたばかりの自分たちのランクはノーマルで、これから頑張ろうだとか色んな話もした。

で、それが2時間ほど前の話。

「う〜〜〜〜〜〜〜ん…」
「……」
「…うう〜〜〜〜〜〜…」
「ねぇアーティ、いつまでそうしているつもり?」

アーティはそれから2時間の間、ポストの前を行ったり来たりしていた。
その間に道行く人…というかポケモンにぶつかったり、わき道に逸れて川に転落したりもした。

「早く依頼が来ないかな〜って、楽しみじゃないか?」

アーティはわくわくした様子で言う。
あいにく今の自分はあまり乗り気じゃないので、依頼は無くていいんだけど…
それに依頼が来るっていう事は誰かが命の危機に晒されてるわけだから、それを心待ちにするのもどうかと思う。
なんて考えていると、空から翼のはためく音が聞こえる。
見上げた先に居たのは、救助隊支部に居た【ペリッパー】だ。


バサッバサッ

…スコン

バサッバサッ


「…」
「…」

思わず固まっているワタシをよそ目に、ペリッパーが手紙をポストに入れていく。
アーティもそれを見つめていたが、いざ初の依頼が届いたのを目の当たりにして声も出ないようだ。
仕方ないので自分で手紙を取りに行った。

「なになに、助けてください…依頼主…エラルド=コイル」

「ソノトオリ、助ケテクダサイ。トイウカ「エラルド」ナンテドコニモ書イテナイデス」
「ぅひゃあっ!?」

手紙を読み上げると、突然背後から得体の知れない機械音声が聞こえて驚いた。
振り返ると、そこは2匹のコイルが浮いていた。

「ソノ手紙ヲダシタノハ我々デス、トニカクスグニ来テクダサイ!」
「…いや、じゃあ手紙出さないで直接来なよ・・・」
「ユハビィ、そこは触れちゃいけないんだよ」
「オ約束、トイウヤツデス」
「……」

またお約束か。
お約束で巡り巡っている世界ほどやりやすく、そしてやりにくい世界はない。ワタシの自論だ。
胡散臭いイメージは拭えそうに無いが、依頼である事に違いは無いので、目的の場所【電磁波の洞窟】に向かう。
ここは近頃の災害によって磁場が乱れており、そこをたまたま通りかかったコイルが2匹でくっついてしまったのだと言う。

「我々ノ進化ハ三身一体、2匹デクッツカレテハ困ルノデス、イロイロト」
「イロイロ…その理由も触れちゃダメなんだよね」
「あぁ、ユハビィも解ってきたじゃないか、はっはっは」

いいさ、不条理には慣れてる。人間様のリアルワールドに比べたら可愛いものさ…

余計な思念を振り払い、洞窟へ入っていく。
ちなみに磁場が如何のとかで、コイルはついて来てはいない。
アーティはアーティで「オイラは水タイプだから、なんかあったら頼むぜユハビィ!」とか言ってワタシの後ろに隠れている。
そんなことを自信満々に言われても困るんだ。

寄ってくる凶暴な野性ポケモンを排除しつつ目的地に到達すると、噂通り2匹で連結してしまったコイルがいた。
これはこれで、アリな気もする。
次回作辺り、進化の中継として登場したりしないだろうか…と、一体何を意味不明なことを口走っているんだろうワタシは。

「ゥゥゥ、不覚デアリマス」
「ようっし、救助隊としての正式な初仕事クリアーっ」

連結してしまったコイルを引きつれ、アーティはご機嫌そうだ。
ご機嫌ついでに、ワタシは素朴な疑問をぶつけてみた。

「これ、連結した状態でも助け出せばいいんだよね?」
「そうなんだけど、やっぱり元に戻してあげたいよなぁ」

いいえ別に。

と言いたいのを必死で飲み込んだ。

「でも戻すったってどうすればいいのさ?」

「んー…それはやっぱり…」


結局アーティが閃いたのは単純明快なものだった。





「せぇーのっ!」
「カバディ!カバディ!カバディ!」
「グギギギギギギッ!チッ千切レル!!」
「頑張レー!頑張ルンダ兄弟ー!」



引っ張って千切る。


アーティ曰く、千切れば元に戻る…らしい。
実際本当に大丈夫かどうかは解らない。



「ウオオオオオオオオッ!千切レルゾオオオオオ!ンパアアアアアア!」
「カバディ!カバディ!カバディ!」
「なぁユハビィ、それ何の掛け声だ?」
「人間界のスポーツの掛け声だよ」
「ふーん。ヘンなの」
「踏ン張ルンダー!兄弟ー!」
「カバディ!カバディ!カバディ!」



奇声を上げるコイル、ノリでカバディを唱えるワタシ、自慢の大顎でコイルを銜えているくせに普通に喋っているアーティ。
傍から見ればこれ以上奇怪な光景は無いかも知れない。
よく見たら噛まれているコイルが微妙に変形しているが、それも触れてはいけないのだろう。
などと考えているうちに…



メキメキメキ…――ブチンッ!!


「おっ」
「オオッ」
「オオオーッ!」


千切れた。


二体の連結したコイルは、その真ん中より少し左に寄った位置から見事に千切れた。


片方のコイルの磁石が一つ多くて、もう片方は逆に一つ少ないような気もするが兎に角千切れた。
千切れたコイルは何事も無かったかのように元に戻れた事を喜び合い、アーティはそれを見て笑っていた。
話しかけてくるアーティの表情はとても満足そうなものだった。

「これこれ、救助隊の生き甲斐ってやつ?」
「…お人好しなんだね」
「ユハビィは嬉しくないのか?」
「嬉しい?…よくわからないよ」
「…そっか。まぁでも、あのコイルたちを見て良かったなって思える気持ちって言うのか?そういうのってなんか爽やかっていうかなんていうか…」
「何言ってるのか全然わからないよ…」
「ぁー…オイラもだ。小難しい事はニガテなんだよな」

アーティは頭を掻いて再びコイルの方に目をやる。
ワタシもまた同じ方向を向くが、見ているのはずっと遠くの空だった。

…アーティが何を言いたいのかなんて本当はわかってる。
ただ、まだ素直になれないだけ。
誰かを助けて、その感謝を喜びとして受け入れる資格がワタシなんかにあるのかどうかが、まだ解らないから―…


初任務は無事終了した。
コイルたちは暫くこの村に留まり、主にアーティの所為で変形した体の修復をするという。
アーティは報酬を山分けにすると、今日は宴じゃーとか言ってワタシに突っ込んできたので次の朝まで起きないように眠らせておいた。
最近覚えた【眠り粉】で。




「…そういえば…もしかしてレアコイルもああやって千切ればコイルに戻るんじゃ…」




ふと浮かんだ疑問を再び心の奥に押し込め、その日は眠りについた。







…………



"…ビィ、ユハビィ"



…誰かがワタシを呼んでいる…?



"……"



誰?
どこから呼んでいるの?
待って、話を――





見える。すぐ側にいる。
解っているのに、触ろうとすれば届かない陽炎の如く。
ワタシを呼んだ声は消え、そしてワタシ自身も深い眠りへと落ちるのだった。

そしてこの日を堺に、ワタシの中に真実を求める渇望が生まれる。
全ての謎を解く、真実という鍵を手に入れたい――






その道がいずれ、どんな不幸を招く事になろうとも…







つづく

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