「――死ね」






サーナイトの掌から凶弾が放たれる。
アブソルは最後の意地で決して目を逸らさず、より強くサーナイトの右腕を噛み締めた。


(せめてこの腕の一本……ッ)


しかしサーナイトにとって腕の一本や二本など、どうでも良かったのかも知れない。
自分の腕が巻き込まれるのは避けられないにも拘らず、
その【エレメンタルブラスト】には微塵の手加減も感じられなかった。










―――ゴウウゥゥゥゥン………






………





「…!?」
「今のは……【ナマズンの池】の方から聞こえたようだが…?」

何時目覚めるとも知れないグラードンを見張っていたフーディンとバンギラスが
地響きに似た音を聞いたのは、ネイティオたちと別れてからすぐだった。
現在ネイティオとデンリュウ、【トップアイドル】にリザードンを加えたメンバーは、
気絶した救助隊たち、そしてアーティを連れてここから程近い場所の救助隊支部に向かっている。

相変わらず群れるのが嫌いらしいゲンガーは、人知れずどこかへ消えていた。

音の聞こえたほうを調べに行こうとバンギラスが立ち上がった瞬間、
再び――今度はさっきよりも激しい音が鳴り響いた。
そしてグラードンが暴れた所為で半壊になっている【ナマズンの池】の方角から眩い光が放たれ、

その中から――






―――バサッバサッ






銀色の光を纏う翼が、空へと昇り、静止する。




「あ、あれは……【銀翼】ッ!?」




【銀翼】の名を持つ、真なる海の神【ルギア】が姿を現した。









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迷宮救助録 #19
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突如として光の中から連れ出されたアブソルは、漸く視力を取り戻して自分が空を舞っている事に気付く。
次に首筋に痛みを感じて振り返り、そこにルギアが居ることを認識した。
先ず驚きに支配され、アブソルはそれ以上思考を続けることは困難だった。



「…チッ…ここでおまえが出てくるとは、完全に想定外だな…
 サンダーを取り込めなかったおかげで最悪の事態だ」



エレメンタルブラストにより崩れ去った洞窟の中から、サーナイトが飛び上がる。
炎と氷の二翼を持つサーナイトは、ルギアを睨みつけて忌々しそうに呟いた。


「…サーナイトか。私の知る限りでは、
 サーナイトというポケモンは慈悲に満ちた神聖なものだったはずだが?」

「ならその乏しい頭脳によく刻んでおけ、我は王――この世界を統べるべき存在だとッ!」


ルギアの皮肉に対し、サーナイトは拳を握り締めて叫び返す。
エレメンタルブラストで消え去ったはずの右腕は、既に再生していた。


「……愚かな。その程度で神たる私に歯向かうなど、笑止千万。来い、粛清してやる」


ルギアとサーナイトが空中戦を開始すると同時に、アブソルは空中に投げ捨てられた。
幾らルギアが神でも、この扱いは酷いだろう――アブソルはそう叫ぼうと思ったが、
次の瞬間サンダーの背中に着地していた。
銀翼を呼ぶことに成功した彼はどこか誇らしげに、アブソルを背中に乗せてその場から離れる。


「雷の司…!」
「遅くなったな」


海から飛び出した直後にコイルと会話していなければ、ルギアは間に合わずアブソルは死んでいた。
コイルもまたアブソルに言われて仲間を呼びに行く道中でサンダーと出会ったのだから、因果なものである。
サンダーの背に乗せられたアブソルは、近くまで来ていたフーディンとバンギラスに合流した。
負傷したアブソルはバンギラスの肩を借り、顔を上げてルギアの方を見る。
サーナイト対ルギア、その戦いは、あのグラードンすら寄せ付けない激しさを伴っていた。


サーナイトの不完全な【エレメンタルブラスト】に対し、
ルギアは真空波を発射する【エアロブラスト】で対抗していた。
いや、逆だ。
ルギアの一方的な攻撃に、サーナイトが必死で抵抗しているのだ。

サーナイトは強い。
どれくらい強いかといえば、完全な状態ならあのグラードンを一人で屠る事も可能なほどに。
しかしルギアはそれを圧倒する。
ルギアはこの世界に存在する【本当の神】だ。
太古の昔、【グラードン】を倒した者である
【カイオーガ】もまた現在【海の神】として語り継がれているが、
グラードンもカイオーガも自分が最初から神であった覚えは無い。
この世界の神とは、【銀翼・海の神のルギア】を除けば【不死鳥・大空の神のホウオウ】だけである。
広い世界を探せば同じく【神】として生を受けた者も居るだろう、
しかし公に神を名乗るのはこの二匹だけだ。

…ほんの一握り、ごく一部の超例外を除いて。



「くそがぁぁぁぁッ!どいつもこいつも邪魔ばかりしやがってッ!!」

「……教えてやる。真のエレメンタルブラストを。……消え去れ、亡者よ」















―――――エレメンタルブラスト―――――















サーナイトが技を唱えるより遅く、しかしそれが放たれるよりも早く、
ルギアの【エレメンタルブラスト】がサーナイトを吹き飛ばした。

――圧倒的だ。
水鉄砲の水飛沫を、消防車が全力の放水で吹き飛ばす感覚に近い。
膨大な熱量と共に吹き飛ばされたサーナイトは何とか自己の存在を保ち、大地に叩きつけられた。


「ぐ…げほッ…」


サーナイトは、今までに苦戦した事が1度だけあった。
あの憎い、【波導の勇者】ルカリオだ。
それ以外の敵に対しては、負けはした事もあるがすべて実力的には勝っていた。

それなのに、目の前の【神】はまるで、自分をあざ笑うように――

埃を払うように、自分を軽くあしらう。




信じられない。




認めない。




これは何かの間違いだ。






「ぐっはぁあああああッ!!!!!」








―――ドオオオオオオォォォォォォン………







再びのエアロブラストで吹き飛ばされ、数キロは離れているであろう場所に叩きつけられる。
だが、まだ気は失っていない。
このままではルギアに消され、野望も何もかもが終わってしまう――

「………?」

ふと、妙に冴え渡る何かを感じた。
自分の手が何かに触れている。
それは強い力を秘めた超古代の遺産――
そして次の瞬間にはそれが何なのかハッキリ分かった。



「――――ハッ!フハハハハはハハハハッ!フハーーーッ!!」


「……!?」


気が狂ったかのように笑い出すサーナイトを、ルギア他数名は傍観している。
ここでその笑いに違和感を感じれば、惨劇は回避できただろう。
しかし、圧倒的なまでにルギアに追い詰められたサーナイトの気が狂ったのだと思えば、
その場の誰もがその笑い声を異常には感じなかった。

サーナイトは左手で顔の半分以上を覆い隠し、大きく裂けた口を指の隙間から覗かせながら、
肩をガクガクと震わせて不気味に笑っている。



「神、神、神…五月蝿いゴミだ!おまえが神なら、我はおまえを殺してその座を奪い取ってやるッ!」



サーナイトが吹き飛ばされた果てに、辿り着いた場所。
正確には戻ってきたと言うほうが正しいだろう。

そこには、【進化の扉】が瓦礫の中から顔を覗かせていた。

まるでサーナイトが来るのを待っていたとしか思えないほど、扉は絶妙なタイミングでそこに在った。
そして、サーナイトは確信する。
今の自分ならば、この扉の力を奪い取れる。


――勝てる。


ボタボタと流れ落ちる赤を気に留めることなく、サーナイトは呪文の詠唱を開始した。
ルギアはサーナイトが何をするのかわからず、手を止めている。

その時、サンダーはサーナイトの【能力】をルギアに伝えていなかった事を死ぬほど後悔した。







――――ドッッ!!!






「………ッッ!!?」

「…わ、笑いが止まらない…クククックク…おまえは我を侮った。
 知らなかったようだな、勝利の女神は正義、悪に関係ないッ!
 土壇場で大逆転を飾れるのは正義の味方気取りの奴らの特権だと思うなよッ!!」


扉の力を吸い尽くしたサーナイト――いや、既にサーナイトではない。
サーナイトの面影を少しだけ残す、得体の知れない別のポケモンだ。
それが手を翳した瞬間に真空の刃でも飛んだのか、ルギアの胴から血飛沫が舞った。

傷は見た目以上に深いかもしれない、サンダーはそう直感しルギアに向かって飛翔したが、
落下するルギアが地面に衝突するのを食い止める事は出来なかった。
倒れたルギアの脇にサンダーは着地し、その肩を揺するが返答は無い。
止まらないルギアの血が、地面を赤く染めていく。
勝利に酔いしれるサーナイトが、気でも触れたかのような高笑いを続けながらこちらに向かって来ていた。


「ルギアッ!しっかりしてくれ――目を開けてくれッ!!」

「ふん、無駄だ。胴体に風穴を空けてやったからな。
 …まぁ、完全に即死コースだったのにまだ生きてる辺りは流石【神】様か?ククク」

「て、てめぇッ!」


来るなと叫ぶサンダーの言葉を流し、サーナイトは二匹の前に立つ。
その目は瀕死のルギアよりも、サンダーに向けられていた。
当然、エレメンタルブラストを完全なものにするためにはサンダーの力が必要だからだ。


「まずい!止めるぞバンギラス!」
「…あぁッ」

フーディンがテレポートを使いサーナイトと二匹の間に割ってはいるが、
サーナイトはどこ吹く風でサンダーに詰め寄る。
サンダーは【かみなり】でサーナイトの進撃を阻止しようとするが、
それは見えないバリアで全て防がれていた。

「止まりやがれッ!【破壊光線】ッ!!」
「【炎のパンチ】ッ!!」

フーディンとバンギラスも至近距離からサーナイトを攻撃する。
サンダーの雷撃より強力なフーディンの攻撃でサーナイトは漸く足を止めたが、それも一瞬だけだった。
メラメラと燃えるフーディンの拳が身体に密着しているのも気にせず、サーナイトは呟く。


「五月蝿い小蝿だ…FLB。おまえらの出番もユハビィを殺せなかった時点で終わっているというのに」
「な、なんだと…ッ!?…おまえはどこから…何時からこの世界をッ!」


フーディンが叫ぶ。
それに対し、サーナイトはニヤリと口を吊り上げた。



「…この世界の…自然災害もまさか…」

「…あぁそうさ。古代のポケモンを目覚めさせるためのトバッチリだ。悪い事をしたな?クッククククク」

「き…きさま…」


フーディンは、普段無口であるバンギラスよりも、ずっと冷静な男だった。
【リーダーたるもの、いつも冷静で周囲を分析できるべきである】
それがフーディンの信条であり、これまでもこれからもずっとそうであり続けようと誓っていた。
――しかし、この時フーディンは腹の奥から込み上げる怒り、悲しみ、悔しさを我慢できなかった。



「うあああああああああああッッ!!殺すッ!殺してやるッ!!」

「…寄るな。蝿が」






「ダメだッ!やめろ!行くなフーディーーーンッッ!!!」






「エレメンタルブラスト」

「――――ッ」







………

……………














「…ディン、フーディン」




暗黒に飲まれた意識の中、かすかに誰かが呼んでいるのが聞こえる。
聞き覚えがあり、幻聴では無いことが分かった。

「フーディン!目を覚ませ!」

今度は、最初に呼んだ者と別の者が自分を呼んでいるのに気付いた。
漸く、遠のいていた意識が返ってくる。


「…ぐ…ワシは…生きているのか…?」
「考えてみてよ。死んでるなら、今こうして話せるわけないでしょ?」



最初に呼びかけてくれた者の言葉に促され、恐る恐る目を開けると、
そこには直前に見た景色がそのまま広がっていた。
ただ、決定的に違うのは暖かく穏やかな空気が自分たちを包んでいること。
そして、その感覚が初めてでは無い事をフーディンは直ぐに気付いた。

そう、これは【氷雪の霊峰・聖域】にてチーム【ポケモンズ】を追い詰めたときにも感じた輝き。




「…ごめん。すっかり遅くなっちゃったみたいだね」




その輝きを放っていたのは元・人間で、今はポケモンという奇妙な経歴を持つ者。
真実を受け止め、砕けぬ強き心を持った【魂の継承者】。

【チコリータ】のユハビィが、サーナイトの腕をツルで捉まえて立っていた。



「サーナイト、もう終わりだ。おまえは王でも…まして神なんかじゃない」

「…つくづく邪魔が入る…だが今回は願っても無い」



エレメンタルブラストをかき消されたサーナイトは、しかし余裕を込めた口調で言った。
眼前の【それ】を睨みつけ、嬉しさすら感じていたのだ。
この時を待ちわびていた――そう言わんばかりに、サーナイトは一言だけ呟く。


「勝つのは私だ」

「ワタシは、負けないッ」


ユハビィの言葉に、気負いは無かった。








つづく


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