海岸付近に流れ着いたアブソルは、全身の水を飛ばすように身震いをした。
デンリュウやネイティオに戦力外通告を受けた彼は、
しかしショックから直ぐに立ち直るとやるべき事を探し始める。
と、その時だった。
彼が崖下の洞穴に入っていく、緑色の影を発見したのは。

(…あれはまさか、サーナイト…?)

岩陰に身を潜めその様子を窺う。
洞窟の中へ消えていったサーナイトの後をつけるため、忍び足で洞窟の壁にくっついた。
コケの感触が気持ち悪いが、今はそれどころではない。
何故なら、そこにもう一匹――コイルがやってきたからだ。
彼は【ポケモンズ】の隠れメンバー、【エラルド】だ。
アブソルはその事実を知らないが、サーナイトの動向を探るためにコイルに接触する。

「そこのコイル、止まれ」
「ッ!…ビビ、アナタハ…?」
「私は救助隊本部の者だ。今のサーナイトは?」
「本部ノ…イヤ、コノ辺リデハ見カケナイ者ダッタカラ後ヲツケテイタノダ」

コイルが怪訝な顔をした…ような気がしたので、
アブソルは念を押して身の上を説明したが、それはどうでも良いので割愛する。
互いに簡潔な自己紹介を済ませ、アブソルは彼が【エラルド】と呼ばれている事を知った。
エラルドとしては、もうそのあだ名に吹っ切れてしまったらしいが、アブソルはそれを知る余地は無い。

それよりも、サーナイトだ。

アブソルは既にあの気紛れな上司からサーナイトの存在を聞き、知っていた。
今さっき洞窟に入っていったサーナイトが【それ】であるかどうかは解らないが、
用心するに越した事は無い。
彼は即座にそう判断した。

「……何かを企んでいるかも知れない。私がヤツを見張るから、
 君は誰か他の…戦えそうなヤツを連れてきてくれ」
「アァ、ワカッタ…トイウカ、私ワ戦力外ナノカ?」
「……それに関しては、ノーコメントだ」
「…ソウカ」

今し方物理的な戦力外通告を貰ったアブソルは、コイルから顔を背けると呟いた。








=======
迷宮救助録 #18
=======








「―――グゥゥゥオオオオオオオオッ!」

「ッのやろうッ!これでも喰らえッ!」

リザードンの渾身の【ブラストバーン】がグラードンを直撃する。
しかしそれは皮膚を少し焦がす程度のダメージにしかならない。
あの丈夫な皮膚は神経が通っていないのか、どんな攻撃にもグラードンは怯まなかった。

「くっそッ、効いてるのか効いて無いのかわかんねぇなッ」
「…いくらヤツとて、目や口の中ならば効くはずだ。そこを狙っていくぞ」
「オーケイ、やってやるぜ!」

空中を旋回し、背中にフーディンを乗せたリザードンは再びグラードンに接近する。
眼下ではデンリュウ達がグラードンに攻撃を仕掛けていた。
…だが、どれも効いている様子はない。
効いていないからと言ってムキになって連続攻撃を仕掛けると返り討ちに遭うので、
それがまたストレスを溜めるのだ。
大抵の攻撃はフーディンとネイティオの【テレポート】で回避可能だが、それも限度がある。
時間稼ぎも限界が近づいていた――それが分からない彼らでは無いが、手立ては無かった。


「ゥぅぅぉぉおおおおおおおおおおおおッ!!」

リザードンが叫び、ブラストバーンがグラードンの顔面を襲う。
それに続きデンリュウの【かみなり】、
バンギラスの【破壊光線】が放たれたが、グラードンは平然と立っている。


「…微温いな。その程度の火力が我に通ずると思っているのか」

「ッ!ヤベぇフーディン!噴火だッ!」


グラードンが大きく息を吸い込むのは噴火のサイン、
それをネイティオたちは戦いの中で刷り込まれていた。
未来予知で見える数秒後の未来の映像も噴火が全てを飲み込んでいるので、
ネイティオとフーディンすらそれを疑わなかった。

結論から言うと、それはグラードンの狡猾なトラップだった。
彼は野獣の様な外見を盾に、頭脳で天才たちを出し抜く事に成功したのだ。

大きく息を吸い込んだグラードンは、それを吐き出すと辺り一面を炎の海に変える。
そして大地を砕き、溶けた岩石を自分の周りに集る小さき者に向けて爆裂させた。
【炎の渦】と【原始の力】の複合技だ。
無数の溶けた岩石が雨のように降り注ぎ、それを回避する術は【テレポート】を除いて他に無い。
ネイティオとフーディンが瞬時にそれを判断し、テレポートで全員をグラードンの背後に移動させた。

そこへ、漸く未来予知により見えていた未来が現実に追いついた。

グラードンは複合技を回避される事を想定し、
テレポートで回避させた直後に【噴火】をぶつける準備をしていたのだ。








―――ドオオオオオオッオオオオオオオオオンッッ!!!!








「うわああああああッ」
「ぐあああっ」
「……ッッ」
「ぅぅッ」




狭い範囲に威力を集中させた【噴火】は、大地を抉り巨大なクレーターを作った。
その中心に、倒れた仲間たちを庇うように立つデンリュウの姿がある。
両手には、青白い稲妻が走っていた。

「…く…不覚でしたね……」

振り返るが、誰も応えない。
噴火の衝撃に対し【雷パンチ】の衝撃で相殺を図ったが、
全方向から襲い来る火砕流を防ぎきる事は出来なかった。
半分予想通りの結果にデンリュウはため息をつく。
やはり、現状の戦力――いや、戦力は足りていたのだ。
決定的に欠けていたのは、
戦闘に於いて最も基本的であり重要なファクター、【タイプ相性】だけだ。

「ふ、まさか我の本気の【噴火】を打ち破るとはな。
 自分が地面タイプでなかったらと思うと、ゾッとするわ…ふははは」
「本当に残念ね。私も自分が電気タイプじゃなかったらって思うと悔しくて仕方ありませんわ」

実際の所、デンリュウの【雷パンチ】はグラードンの【噴火】を超えていた。
それにも関わらず勝てないのは、
【地面タイプに電気技は効果が無い】という基本的な要因の所為である。
こんなことなら地面タイプにも効果があるような技も鍛えておけば良かったと、
デンリュウはほとほと後悔した。

そして後悔する事も止め、目を閉じた。

なまじ天才であるばかりに、この先の戦いは全て彼女の脳内で処理されてしまったらしい。
どんな手で、どんな技で戦おうと、
最終的に敗北の2文字しか残らない――それを彼女は認めてしまった、
薄れゆく意識の中、ネイティオはそれを解した。


「ははは!美味そうだ、久々の肉が食える…生きたまま喰らおう、どこから食ってやろうか」
「………」


グラードンが堪えきれない笑いを溢しながら、デンリュウの身体をその巨大な手で捕まえた。
それでもデンリュウは目を閉じたまま、何の反応も示さなかった。


「我が血肉として生きるがよい。我の知る限りで、2番目に強い――小さきものよ」


巨大な――この場にいる全員なら、
一度に飲み込んでしまえそうな大きさの口が、デンリュウを覆い隠す。
その口が右腕に狙いを定め、一気に食いちぎろうとした瞬間――




   「動くな」




一陣の風が吹き、大地の神は手――もとい口を止める。
動くなと言われただけなのに、グラードンは全身が凍り付いたんじゃないかと思った。
慌てて何とか首をほんの少し傾けるが、身体は無事である。

ただの言葉、突き詰めれば空気の振動が鼓膜を揺らしたに過ぎない現象――

動けばどうなる?
グラードンは恐怖と戦いながら思考をめぐらせた。
今背後に居るのは誰なのか、いや本当に背後か?

しかしどれだけ考えようと結局、
グラードンは自分の思考が停止してしまっている事には気付かなかった。

後ろを振り返る事も出来ず、ごく自然にデンリュウを手放す。
万引きをしようとして見つかった子供のような、たどたどしい動作だった。
いつ噛み殺されてもおかしくない、
こんな感情を抱く事は彼にとって初めてであり、そしてこれ以上ない屈辱だった。
普段畏怖されるべき存在であった自分が、初めて捕食される側に立っているのだから。

デンリュウは目を開け、真っ直ぐグラードンの方を見ていたが、
視線はそれより少し下。
グラードンの巨体の向こう、足の隙間から二つの影が見えた。
彼らは自分より小さく、決して強そうには見えないが――




「真打ち、登場だ」




そこに居た【ワニノコ】の方は、この世の全てを導いてくれそうな光を纏っていた。


「ケッケ、何とか間に合ったナ」
「…ゲンガー、下がっててくれ。多分この力は制御しきれない」
「ケッ、お前如きが制御できるほど生温く作った覚えは無ェ。想定の範囲内だぜ」


何の会話だろうか――
グラードンは恐怖と屈辱でそれどころでは無かったが、デンリュウだけは冷静に分析していた。
作るとか制御とか、それらが教えてくれる情報から、
あの力はゲンガーが作った何らかの機械か、薬かによるものだろうと。
デンリュウはそう判断し、とりあえず倒れている仲間を起こすのが先だと悟った。






……

…………






声にならない唸り声を上げ、巨獣は海に落とされる。
波飛沫が雨のように降り注ぐと同時に、超高熱の体温によって海水が蒸発し水蒸気が辺りを包む。
光を纏い戦うワニノコ――アーティは、
推定レベルでグラードンの倍以上、軽く70は超えている様に見えた。

「なんと、アーティ…あの力は一体…」
「へッ、あんな力を隠し持ってたのかよアイツ…チーム【ポケモンズ】は、とことん化け物揃いだな」

ネイティオとリザードンが口々に呟く。
凄い――凄すぎて、何もかもが想像を超えていて、フーディンとバンギラスは言葉も出ないようだった。
…バンギラスはもともと無口だが。

あまり近づくと巻き込まれるので、遠くの丘からそれを見ている彼らのもとに、ゲンガーがやってきた。
ケッケといつもの通り奇怪な笑い方をしながら、戦いを凝視するネイティオの横に立つ。
そして、一言――

「久しいな、ネイティオ」
「…やはりおまえが、ポケモンにされた人間じゃったか…」

ネイティオの言葉にゲンガーは答えないし、ネイティオもそれ以上は口を閉ざす。
口に出さずとも、ネイティオには理解できるからだ。
そしてデンリュウもまた同じである。

「…キュウコンちゃんは、もう行ってしまったのですね」
「………」

その言葉にもゲンガーは答えないし、表情も変えない――いや、少し躊躇いがちな表情を見せた。
しかしそれは、その場の誰にも気付けないほど小さな変化だった。

「あの子は、結局最期の最期まで変わらなかった。変わってしまう私たちの中で、最期まで――」
「ふん、変わらない事ならアーティだってずっと変わってないわよ」

デンリュウの呟きに、ピカチュウが口を挟む。
漸く戻ってきたチーム【トップアイドル】の面々が、彼らの側に陣取った。
バックに控えるカイリューとイワーク…セバスとミルフィーユは、肩で息をして今にも死にそうだが。

「――お、おい師匠!アンタ年なのに…何やったんだ!?」
「ふむ、リザードンか…ふふふ、なぁに心配は要らん。
 ちょっとお嬢様の我侭に付き合っただけのこと…」
「ゴゴ…そ、それが……俺達の…生き甲斐…」

慌てて駆け寄ったリザードンの肩を借りると、老紳士カイリューはその場に座る。
ミルフィーユもセバスの横に並んでとぐろを巻いた。

「ケッケ、ドMばっかりだ」

ゲンガーのその一言が倒れても倒れても立ち上がるグラードンに対してなのか、
トップアイドルの副官達に向けられたものなのかは定かでは無い。
…両方かも知れないが、一方のグラードンは少なからずセバスとミルフィーユよりも疲弊していた。
基本中の基本の差、【タイプ相性】だけではなく、根本的に力の差が違いすぎる。
それでもグラードンは、神と呼ばれ仰がれ続けた誇りをかけてアーティに挑んでいた。


「グアアアアアアアアアアーーーーーーッッ!!!」

「うおおおおおおおおおおーーーーーーっっ!!!」



――――ズドォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!



これで18度目となる二つの巨大な力の衝突で、とうとうグラードンは立ち上がることを諦めた。
ちくしょう、と最後に呟き、そのまま気を失うグラードンを見て、アーティは背を向ける。
同時に光は消え、いつものアーティに戻っていた。

「………」
「アーティ!」

無言で歩くアーティを、ピカチュウが出迎える。
その後ろには、気絶した沢山の救助隊を運搬するリザードン、
バンギラス、カイリュー、イワークの姿があった。
…ポケモンズの逃亡生活中に狩った、追っ手たちである。
セバスとミルフィーユはそれらを運ばされていたため、疲弊していたのだ。
丘の上でピカチュウに強要され、リザードンとバンギラスもパシリと成り下がってしまったらしい。
カイリューたちと協力し、気絶した救助隊の面々を運搬させられている。

「ケッケ、よく耐えたじゃねぇか。俺の予想では、おまえはここで死ぬと思ってたんだがな」
「へ、言ったろ…オイラは、こんなところじゃ死なないってな……――――」

――ザシャァッ

「アーティ!?しっかりしなさいッ!アーティッ!!」

死なない、そういった直後、アーティは糸を切った操り人形のように崩れ落ちた。
寸での所でピカチュウが抱きかかえたが、既に意識は無く呼吸が荒い。
それを見たデンリュウは即座に治療の必要があると言い、道具箱から使えそうなものを探す。

その間、ピカチュウはゲンガーを睨みつけていた。

「………アーティに何をしたの?」
「ケケッ、知らねェなァ?俺はなーんも知らねェー、ケッケケケ」

――ガッ!

「…アーティが死んだら許さないから。絶対に」
「ケッケ、怖い怖い。そいつはアーティに頑張って貰わねェとなァ」

アーティを抱えていない方の手で地面を思い切り殴りつけ、ピカチュウは殺気を込めて言い放った。
そんな様子を嘲笑する目つきで、ゲンガーは薄ら笑いを浮かべている。
薄気味悪い――ピカチュウはそう感じて、これ以上の対話を放棄した。

ゲンガーはアーティを殺すつもりは無かった事だけは、明示しておく。
いつも他人の感情を逆撫でするのが好きで好きで、
ゲンガーもまたアーティ同様に、【変わらない者】の一人なだけなのだ。



………



薄暗い洞窟の中に、熱気と冷気を含んだ不思議な風が吹き抜ける。
神秘的な力に満ちたその場所は、アブソルの不安を掻き立てた。

ここでサーナイトは何をしようと言うのか?
この先に一体何があるのか?

考えてもわからない、行くしかないんだと自分を叱り付け、尾行を続ける彼の足が不意に止まる。
サーナイトが洞窟の行き止まりにて、壁を眺めていた。

「……ふん、小賢しい真似を…」

「―――ッ」

サーナイトの呟きにアブソルは一瞬尾行がばれていたのかと思ったが、そうではなかった。
サーナイトが壁に手を当て、何か呪文のようなものを唱え始める。
次の瞬間、大地が鳴動すると同時に壁が崩れ落ち、巨大な【門】が出現した。
超古代的なその門を、アブソルは文献で読んだことがあった。
この世界のポケモンに大いなる力を授けるという、伝説の【進化の扉】である。

(まさか、サーナイトはあの門を使って…ッ)

「ふふふふ…これが伝説の扉か…だがこの扉の力を奪うには…【回収】せねばなるまい」

「待てサーナイトッ!おまえの悪事はここまでだッ!!」

「――ッ!?」

【回収】とサーナイトが言うのに反応し、アブソルは飛び出した。
サーナイトはこの世界に散らせた分身を回収し、分散した力を合わせようとしている。
今の自分では分身を取り込んだサーナイトを抑えるのは不可能だろう、
ならばせめて可能性のあるうちに止めにかかるべきだ。
割と直情型な彼は、思い立ったら即行動してしまう節がある。

「貴様…まさか我が尾行に気付かぬとは…チッ。…まぁいい。
 門の封印は解いた、回収さえ成功すれば全て滞りなく計画は進行する」
「させない。回収する前におまえを倒す」

アブソルはサーナイトを睨みつけて言うが、サーナイトはそれを無視して回収の呪文を唱え始めた。

「【シャドーボール】!!」
「くどいぞッ!貴様程度の実力など我が計画の蚊帳の外なのだッ!」
「ッ!?」

放った【シャドーボール】は空中で掻き消され、逆に自分は吹き飛ばされていた。
何の技を受けたのかわからない、見たことも無い技だ。
炎と氷が複合された何か、それ以上は彼にはわからなかった。

「我が分身が操る人形は倒せても、オリジナルの我を倒すのは不可能だと知れ。
 おまえの居場所は客席だ、指をくわえて見ていろ」
「ぐ、くそ……」

サーナイトの計画というシナリオに、自分は役が無い。
なめられたものだと思ったが、反撃する余力は既に無かった。
サーナイトが両手を振りかざすと、周囲から鬼火がぽつぽつと集まってくる。
あれらの一つ一つがサーナイトの分身なのだろう、
それが本体の中に次々吸い込まれていくのが見えてはいるが、体が言う事を聞かない。
指をくわえて見ていろと言われたが、指をくわえることさえ叶わなかった。


「ハハハハハハハッ!!!久しいなこの力ッ!!やっと…やっと完全なる王の誕生が目前だッ!」


悪魔のような高笑いが薄暗い洞窟の中で響き渡る。
鬼火を吸収し、サーナイトの透けていた身体は徐々に深みを増していった。
しかしと言うべきかやはりと言うべきか、まだ実体を具現化する様子は無さそうだが。
きっとこのまま【進化の扉】の力を取り込み、地上で暴れるグラードンをも取り込む心算なんだろう。


「……やめろ…サーナイト…ーッ!!」



――ガッ!!



ここでタダで死ぬわけにはいかない――その気力だけが、アブソルを突き動かしていた。
最後の、本当に最期の力を振り絞り、サーナイトの右腕に噛み付いたアブソルはサーナイトを睨みつける。
…しかし、サーナイトは動じなかった。

「…ふん、モノの情けで客席に招待してやったというのに…
 大人しく出来ない客にはさっさと退席してもらうか」

まるで汚いものを見るような目で見下すサーナイトの左手に、炎と氷のエネルギーが集められた。
不完全な【エレメンタルブラスト】だが、その威力は分身を回収した事で以前の数倍になっている。
アブソルの噛み付いた右腕から血が流れている。
そのうち何割かはアブソル自身のものだろう、
その根性だけは認めてやる――そうサーナイトは心のうちでニヤリと笑い




「―――死ね」




死の宣告を下した。









つづく


戻る inserted by FC2 system