「ふ…これまで苦労した甲斐があったな」


紅く染まる空の中に一点、地上を見下ろす影が呟いた。
それは天才たちの宿命の敵であり、いくつもの死を乗り越えたサーナイト…
幾度と無く亡霊の状態を経過したため既に元のカタチから大分離れているが、
それは紛れも無く【あのサーナイト】だった。
彼女はグラードンを遥か下に見据え、次に自分の指先に目をやって呟く。


「――しかし分身を飛ばしすぎたか…後で【回収】せんとな」


今、この世界に存在する【この】サーナイトは彼女だけではない。
ユハビィの中に一匹、ゲンガーが所有するモンスターボールの中に一匹、
そして世界中の操られた救助隊の中に一匹ずつ――尤もそれは、とても小さな欠片だが。

彼女の計画の【最終目的】は、いずれ全てを取り込んで【最強の王】に成る事。
グラードンを目覚めさせる事に成功したサーナイトは、それを誰かに倒させ、取り込むことを考えている。
また仮にグラードンが倒されなくとも、それに倒された奴らを取り込んでしまえば問題は無い。



「…まだ時間はある、先に【扉】を当たっておくか。クククク…待っていろ人間め…」



最強の王として君臨した後、サーナイトが何を望むのか



それは、サーナイトにしか解らない。









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迷宮救助録 #17
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「こ、これは…」
「ケッケ、随分派手にやってるな…流石の俺もここまでなるとは思わなかったぜ」

「むぅ、バンギラス、リザードン、行くぞ!」
「おう!」
「……」

町を見下ろす高台までやってきたアーティたちは、その惨状を見て驚愕した。
FLBが出撃しようとしたところへ、救助隊支部長のペリッパーがやってくる。

「みなさん!ご無事で!」
「ペリッパー!」
「すみませんアーティさん、我々は何者かに操られていたようで…
 今はもうチーム【ポケモンズ】の抹殺処分は取り消してあります!町を…救ってください!」
「ペリッパー……へっ、逃げろって言ってくれないなんて気が利いてるな。
 行くぞみんな!【ポケモンズ】【イジワルズ】【FLB】救助隊同盟、出撃だッ!」

「…待て、アーティ」

勢いよく走り出すアーティをバンギラスが止める。
言葉の不意打ちを喰らい、傾斜で派手に転ぶアーティにバンギラスが追い討ちをかけた。

「…どちらかと言えば、【FLB】が一番前だろう」

「「「どっちでもいいよッ!!」」」

ゲンガーを除くその場の全員が同時にツッコミを入れたが、
バンギラスはその意図が分からないのか首をかしげている。
同時にアーティは、バンギラスが実は軽いキャラなんじゃないかと心配になった。









―――その頃、対グラードンの最前線。
巨獣の猛攻を幾度と無く防ぎ、これまでの被害を最小限に食い止めてくれていた
ネイティオの結界がいよいよ限界を迎えようとしていた。


「ここまでか…可能な限り遠距離攻撃で戦うぞ!ヤツに捕まったら終わりじゃ!」
「あらあら、困りましたわ。私遠距離攻撃苦手ですのに…」
「で、デンリュウさま…」


どこまで来ても未だ緊張感の無いデンリュウにアブソルはほとほと呆れていた。
ただ、下手に慌てふためかれるよりはよほど冷静でいられる。
デンリュウがそこまで考えているかどうかはわからないが、
実際アブソルは彼女のおかげで今も冷静に周囲を分析できている。
グラードンの火砕流攻撃をどこに避ければいいのか、
溶けた地面の中に潜むグラードンが次にどこから現れるか――
必殺の一撃に集中するデンリュウの目となり、アブソルは的確に指示を出していった。

「右舷45度から火球!本体は真下を移動中!ネイティオ氏!」
「うむ、了解したッ」

空中から念力で支援するネイティオは、
グラードンの攻撃が物理的に回避不能と判断される瞬間だけ、
【サイコキネシス】で二匹を跳ね上げる。
アブソルとデンリュウが空中に跳ね上げられると、
その下をアブソルが予測した火球がすり抜けてゆく。
そして同時に地面が真っ赤に染まり、咆哮しながらグラードンが姿を現した。
まるで大地を海のように移動する【大地の神】は、全てがケタ違いだった。

「―――ネイティオ氏ッ!【噴火】が来ますッ!!」

燃え盛る大地に霞んで見えるグラードンが大きく息を吸い込むのを、アブソルは見逃さなかった。
【噴火】とはグラードンが誇る最強クラスの技で、この溶けた大地を全て爆発させる大技だ。
地上だろうが地下だろうが、空中でさえお構い無しに攻撃するその凄まじさは惑星の創生を想起させる。



「グゥゥゥォオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」





―――ズドドドォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオンッッッッ!!!!!





――――赤。

空も大地も、見渡す限りを赤く溶けた大地が覆い尽くし、その中で巨獣の黒い影が咆哮する。
傍から見る限り、この世の終わりというものが具現化しているようだった。


「―――うわッ、何なんだよ今のはッ!?」
「…まさかとは思ったが、どうやらアレは本物の【グラードン】のようだな…」


【噴火】の射程外で悪夢の光景を見ていたアーティの言葉に、フーディンが答えた。


「グラードン!?今のが【大地の神】グラードンの仕業だって言うのか!?」
「間違いない。アーティ、ゲンガー。おまえらはそこに隠れていろ。
 グラードンが相手では、我々が行くしかあるまい」

「そういうこった。ゴールドランクはダテじゃねぇ!パパっと片付けてきてやるよ」

「ケケッ、じゃあ俺はそうさせてもらうぜ。頑張れよFLB」
「誰に言っている。せいぜい巻き込まれないように気をつけるんだな」

ゲンガーの軽口にはバンギラスが応え、FLBはテレポートでグラードンの方に向かう。

「…お、オイラは……」
「ケッケ、どうしたよ。隠れてろって言われただろ?」
「解ってるよ。でも、ユハビィは逃げなかった。
 あいつは絶対に勝てない相手にも立ち向かって、…勝ったんだッ!」
「――ッ!オイアーティ!てめぇッ!!」

ゲンガーの忠告を無視し、アーティもグラードンの方へ走っていく。
ゲンガーには、その彼がユハビィとダブって見えた。

彼は知っている。
あのグラードンには、サーナイトのような隙が無い事を。
自爆覚悟で突っ込んだ所で、あの溶岩の中で活動できる強靭な肌の前にはまるで無力であることを。
サーナイトが生きていると解った以上、自分はまだ死ぬわけにはいかないことを。

「ケッ、どいつもこいつも。真性のマゾ野郎だな」


―――ユハビィは逃げなかった事を―――


「…どうなってもしらねーぞッ!」


逃げようと思えば逃げられる、それすら解っていて、普段の自分なら逃げている事も承知の上で――

彼の足は、アーティの後を追うように走り出していた。
初めてユハビィが救助活動をした時のように――アーティの背中に引っ張られるように。




………



グラードンの猛攻は止まらない。
町周辺を一通り焼き尽くした後、逃げるネイティオたちを追って海の方へと直進していく。
山をも砕くデンリュウの【雷パンチ】は地面タイプのグラードンに効果が無いため、
流石の天才たちも苦戦を強いられていた。
もう一押し、圧倒的な火力――もとい攻撃力があれば、何とかなりそうではあるのだが。

「ダメもとで雷パンチを撃とうにも、多分当たる前に溶けてしまいますわねぇ?」
「うぅむ…そうじゃろうなぁ」

「デンリュウさま、のんき過ぎです」

天才的な二匹のボケを天才的に切り捨てるアブソル。
彼はこの戦いの中で、一回り成長したように見えた。
…無論、実践ではまるで役に立たない成長だが。

「せめて強力な水タイプ技の使い手がいらっしゃればいいのですが…」

デンリュウが首を傾げつつ、そんなことを言っている間にも溶岩の大地が巨獣と共に迫ってくる。
とうとう救助隊支部が建っている崖に、三匹は追い詰められた。
残された逃げ場は背後の海か、グラードンが通らなかった横の森か、空か―――死だ。

「森はこれ以上燃やしたくないですし、死は勘弁…ですねぇ。アブソルちゃん、あなた泳げたかしら?」
「えぇ、まぁ一応…」
「あらあら、それじゃあ飛ぶしかありませんわね?」
「え?ちょ、デンリュ―――――」



――ドパァーーン




悪戯に笑うデンリュウはアブソルを手早く持ち上げ、そのまま海に放り投げた。
落下しながら恨めしそうな顔をしている部下にデンリュウは笑顔を向け、再びグラードンの方へ向き直る。
…既に表情からふざけた感じは消え、グラードンとの決戦を覚悟した戦士がそこにあった。

「いいのか、ここに来て戦力を削って」
「あらあら、からかわないで下さいよ。もう【彼ら】はここに向かっているのでしょう?」

デンリュウの言葉に、敵わんな、とネイティオが笑う。
グラードンが迫っているが、そこに余裕が途絶える事は無い。
一歩、また一歩と近づいてくる大地の神が、空に咆哮する。
ビリビリと響く空気の振動に対し、ネイティオは何かを数えているようだった。
そして、そのカウントが0になったその時――






「【冷凍パンチ】ッ!!」





「【ブラストバーン】ッ!!」





「【破壊光線】ッ!!」






青、赤、白の光が大地の神に突撃し爆裂するのと、三匹がそれぞれ技名を叫んだのは同時。
突然の奇襲によろめいたグラードンから距離を取り、
フーディンとリザードン、そしてバンギラスが天才たちの前に着地した。
ユハビィとの戦いで受けた傷は既に癒えているらしく、絶好調だぜとリザードンが言う。


「お久しぶりですね【FLB】、と言ってもあなた方にとっては『初めまして』でしたか?」
「…そうじゃな、面と向かうのは初めてじゃ。微力ながら【FLB】、此処に助太刀致す」


デンリュウの問いかけに、フーディンは振り返ることなく実に正確な答えを返す。
口調や容姿は大人びているが、まだまだ若いことをデンリュウは知っていた。
ゴールドランク認定式の場で緊張の面持ちを見せる彼らを、デンリュウは遠目に見ていたからだ。
確かその時は、このチームのリーダーに初恋の人と似た印象を受けたと記憶している。


「ふふふ、残念ですけど、まだまだ【彼】には及びませんわねぇ」
「……は?」
「……デンリュウ、冗談を言っている場合ではない。グラードンが完全に目覚めたようじゃ」


全く理解の及ばないデンリュウの発言には、流石のフーディンも変な顔をして振り返る。
かつての同胞とフーディンを見比べまだまだ物足りないなどと冗談を言うデンリュウを咎め、
ネイティオが顔を強張らせたのでフーディンの疑問は闇に消えた。
奇襲により完全に目を覚ましたらしいグラードンが、こちらを睨みつけている。
何と言う威圧だろうか、もしこのグラードンの眼力を100とするならば、
以前のピカチュウの眼力など存在していないに等しい。


「………我が、眠りを…妨げたのは…おまえらか………」

「ふん、…ウチのバカ弟子と似たような事を言いおるわ」
「あらららら、困りましたねぇ。ここは釈明しておくべきかしら…」

「ネ…ネイティオ氏!デンリュウ氏!そんなことを言っている場合では――」

「あらあらあらあら、私を呼ぶときはちゃん付けでお願いしますわ?」


何時までも余裕を忘れないふたりの態度はアブソルにとっては安心できるものだったかも知れないが、
真面目過ぎるフーディンには不安要素でしかないらしい。
それを悟ったのか、途端にデンリュウが表情を変える。
リザードンとバンギラスは何をしているかといえば、
最前列でこそこそと【ちゃん付け】の事について論議していた。
…デンリュウが表情を変えたのはそれが原因だというわけではない事を、念のため記しておく。

「仕方ないですね。…現状の戦力でグラードンを止めるのは不可能です。
 それだけは先に言っておきましょう」

「「ッ!!」」

厳しい口調で言うからには、冗談ではないのだろう。
デンリュウは普段冗談ばかり言っているが、真面目なときはこれ以上無いくらい核心を突く発言をする。
FLBのLとB、リザードンとバンギラスはその言葉に驚いたようだが、
フーディンとネイティオはさほど驚きはしなかった。
それは言うまでも無く、彼ら自身がその事実に気付いていたからだろう。

「…で、一体どのような作戦を考えているのですか、デンリュウ氏」
「んもう、真面目ねぇ。ちゃん付けにしてって言ったでしょう?」
「デンリュウ、実年齢バラすぞ」
「あう…」

ネイティオの辛辣な一言に、デンリュウが顔を歪める。
当然といえば当然か、このふたりが同期であるのならデンリュウの年も相応だ。
外見はまだまだお姉さんで通せそうな気がするが、一体どんな魔法を使ったのだろうか。

「…はいはい、えーと…今ネイティオさんの弟子のサンダーちゃんが、
 【銀翼】さんを呼びに行ってらっしゃるのよ。そうでしたね?」

デンリュウがそう言うと、ネイティオは頷く。
銀翼の力が強大なのはその場の全員が知る所ではあったが、フーディンが苦言を呈した。

「銀翼か…だがヤツは気紛れ――果たして時間内に此処まで連れてくる事ができるかどうか…」
「『時間内』すら怪しいな」

フーディンの苦言には、バンギラスも同意した。
そこへ、ご丁寧に作戦会議中は黙っていたグラードンが再び口を挟む。
まさに悪役の鏡と讃えたいところではあるが、口調は相変わらず不機嫌そうだった。

「……おまえらが我の眠りを妨げたのかどうか、もはやそんな事はどうでもいい」
「あら?それでは見逃してくださると言うのでしょうか?」
「いや、久々に食事にしようと思う。おまえらはなかなかに美味そうだ…」

デンリュウの問いに、グラードンは爆弾発言で返した。
しかもグラードンがその巨体で言うと、全くシャレに聞こえない――と言うか、99%マジだ。

「オイオイ、あいつ結構滅茶苦茶だぞ。ホントに神なのか?」
「神っつっても、伝説として残ってる話から後世の奴らが勝手に決めた概念だ。
 中身は案外、俺らと変わり無いかもな」

ついさっき不意打ちをかましたことは忘却の果てに置き、リザードンが文句を言う。
それに続いたバンギラスの言葉は、まさにその通りとその場の全員を納得させた。

神など存在しない。
神というのは、伝説や伝承から後の人間が勝手に決めた空想の概念に過ぎない。
グラードンも、今まで一度も自分の事を神だとは称していないのだから。


「…作戦は至って簡単です。死なずに、時間を稼ぐ。そして【銀翼】さんが来てくれる事を信じましょう」


痺れを切らしたグラードンが、大地を揺らしながら向かってくる。
五匹が各々それに備え、気を高める。





「―――せいぜい、我が噴火で消し炭にならないようにしろ。食べる部分が無くなってしまうからな」





グラードンが言うと同時に大地が爆発し、超高熱の溶岩が五匹を飲み込んだ。








つづく

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