君は問う。
どうして――と。
それが世界の定めた、僕と言う生き物だったのか。

それは考えても仕方の無いことなのだが。
ただ一つだけ、どんな問いにも答えてくれる【何か】が居るなら、僕は敢えて問いかけよう。
『どうして彼女を守る事より、自分の立場を守る事を意識してしまったのか』と。
いくら掟に背いているとは言え、デンリュウやネイティオ氏がこんな事で僕を責めるわけ無いのに。

一つの事に固執してしまうと、周囲が見えなくなる。

いつまで経っても治らない、僕の最低の癖だ。
その癖の所為で僕はまた、大切なものを失う事になるのに――








――過去編4【連鎖】――








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迷宮救助録 #15
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「愚かなりキュウコン。
【炎の化身】に【氷の使い】を取り込んだ我が力に、
たった一人で敵う心算だったか?ククク」


想定外のサーナイトの強さに僕は苦戦していた。
ネイティオ氏の弟子である【ファイヤー】と【フリーザー】を取り込み、
その力を存分に振るうサーナイトの強さは、想定を遥かに凌駕していた。
【妖術】と【波導】の力を駆使しても、防戦一方である。

「ケッ…流石のキュウコンでも一匹じゃ無理かよ…」

地下室を破壊され、やむを得ずユハビィを守る形で立っている男が苦言を漏らす。
その男が思うように、一匹じゃ無理なのかといえば、実際はそうでもない。
【波導】を完全に解き放てば、あのサーナイトを倒す事もそう難しい事ではないからだ。
では何故そうしないのか、簡単なことだ。

それをすればこの【聖域】は完全に破壊されるし、僕の守るべき人も無事では済まされない。

僕自身もただでは済まないかも知れないが、それはこの際どうでもいい。
守るための力で、守るべき人を傷つけてしまうのだけは御免だった。





……




ユハビィは知っていた。

目の前で苦戦するキュウコンが本当は全力を出せずに居る事を。
そしてそれが自分の所為である事を。

同じように、トレーナーの男もそれに気付いていた。
気付いていた上で――ユハビィが一歩踏み出すのを制止し、男は言った。

「……おまえがやろうとしてる事は解ってる。しかしそれで本当にヤツが喜ぶと思っているのか?」
「別にワタシは彼に喜んでもらうために生き残る心算なんて無いです。
それに、どうせ一度は死んだ身……」

一度死んだ身――その言葉に、男は興味を持たなかった。
それが結果的に良かったのかどうかは、分からない。

「…わかった、そこまで言うなら俺も協力しよう。
ここで終わらせなきゃ、この世界は本当にあいつに奪われる」

ただ、本当に最悪の事態だけは回避できた――それだけは、紛れも無い事実だった。

男はユハビィを背後に隠し、ジッと戦いを観察する。
キュウコンが自分たちを庇うように戦っているので、時折サーナイトとの視界が遮られるのが辛い。
タイミングを逃してはいけなかった。
冷静沈着に、虎視眈々と、戦いの流れを読み取る。

「必ず、奴は隙を見せる。それは防御姿勢に入るキュウコンには、決して突けない僅かな隙だ」
「……そこしかない、ですね」

冷気を放つ青白い氷と、燃え盛る炎という非対称的な翼を持つサーナイトは、
それぞれの翼から炎と氷を繰り出し隙が無いように見える。
ただ、一瞬だけ隙ができることに、二人の人間は気付いていた。
それはサーナイトが、氷・炎の複合技【エレメンタルブラスト】を放つ瞬間だ。

【雷の司】も取り込んだ完璧な【エレメンタルブラスト】であれば、
その隙は限りなく小さくなり、この作戦は失敗したかもしれない。
不完全で有る【今】だからこそ、やるしかないのだ。
【今】ここで倒せなければ、もう先は無い。
どちらにせよ何もしなければ終わりだ。


「がっかりだよキュウコン。あの時の命を捨てた一撃は、
多少なりとも評価していたのだがな……今の貴様は腑抜けてしまったようだ」

「…そりゃどうも。だが僕を馬鹿にしていいのはユハビィだけだ、調子に乗るなよサーナイト」


息遣いの荒いキュウコンを追い詰めるように、サーナイトが地上へ降り立つ。
優勢だったとは言え多少の疲労は見えたが、キュウコンほどではなかった。


「ふん…まぁせいぜい安心しろ、殺しはしない。おまえは我に全てを提供するのだ」

「…ファイヤーとフリーザーを取り込んでおきながら未だ【実体】を持たないのは、
やはり僕の妖狐としての身体が目当てだからか」

「そうだ。おまえの強い妖力を持つ身体こそ我に相応しい。
それに我をも圧倒せし【波導】も兼ね備えている…素晴らしいじゃないか。
おまえにはもったいないッ」


徐々に口調が熱を帯びるのが、ハッキリと分かった。
この数年間、ずっと狙い続けたものが一度に手に入るのだから、
気持ちは分からないでもないが。


「おまえにも荷が重いよ、この力はな」

「それは我の決める事だ。……【エレメンタルブラスト】ッ!!」






「――――ぅぁぁぁあああああああああーーーーーーッ!!!!」




    ガシィッ!!!




「――ッ!?きっ、貴様!離れろッ!」
「ユハビィッ!?」



サーナイトが【エレメンタルブラスト】のエネルギーを掌に溜め、
それを翳して一気に爆裂させる瞬間だった。
二人の人間が、その腕を押さえ込み、そして――




「…ッ!ま、間にあわ――――










――ズドオオオォォォォォォォンッッ!!










眩い閃光が【聖域】を覆い尽くし、凄まじいエネルギーはその場で暴発した。
サーナイトがその痛み、その光景を眼にするのはこれで二度目だった。
一度目は目の前にいるキュウコン――当時はロコンだった――が、自分の腕の中で自爆をした時。
あの時は両腕を失った上に全身に修復不能な損傷を負ったものの、
せめて命だけを繋ぎとめるために亡霊となり、回復を待つ事でその場を凌いだ。

だがしかし、このザマは何だ?
何故、またしても――それも今度は人間如きにこのような屈辱を受けねばならない?

一度ならず二度までも、この世界の王たる自分がこのような目に遭わなければならないのか、
サーナイトには理解できなかった。
再び両腕が消し飛んだばかりか、
【実体】を固定しなかったために致命的なダメージを被ってしまったのは完全に想定外だ。




「あ、ああア…アアアあぁぁぁぁぁあがああああうぐうぅぅっぅぅぅうーーーーッ!!
このッ!クソッ!畜生ッ!畜生畜生畜生畜生畜生ッ!!
よくもこの我をこんな目にィーーーッ!!」

「…ユハ…ビィ…?どこだ…返事を…返事をしてくれ…」


完全に逆上し、これまで冷静かつ高圧的な態度で隠し続けた【本性】を曝け出し、
地面を這うようにもがき苦しむ【亡霊】を無視して【賢者】は【人間】の姿を探した。


そこに人間の姿は無い、――いや、あった。
既に息絶えた人間、サーナイトのパートナーだった男だ。
爆心地から遠く離れたところに倒れている辺り、直前にユハビィに突き飛ばされたんだろう。
結果的に救えなかったが、最期の最期でユハビィはその男をも助けようとしたのだ。



「―――貴様ァァーーーーッ!げふッ…我は…王だぞッ!!…この下衆がッ!
人間如きが…こんな…こんなァーーーーッ!」



「…ユハビィ、それに名も知らぬ人間よ。…あなた方は、昔の僕によく似ている――」



「キッキュウコン!おまえの…その身体をよこせ!
そうすれば…はー…その人間どもを…蘇生してやっても…ッ」



「そして、今の僕は少しでも…ルカリオに近づけているだろうか?」



「はァーッ、はぁーッ…キュウコン!早く貴様の身体をッ!我にッそうすればァッき、貴様も王になれるぞ!どうだ、悪い条件では無いだろう!さぁ――うぐゥッ…」



無視を決め込む僕に向かって、最期の力を振り絞り亡霊が叫ぶ。
だが、その瞬間もう一つの亡霊がそれを咎めた。


「アガァ…なんだッち、チカラが…我が身体が…消え…ッ」
「ケケケ…もう止めにしようや、サーナイト。仲良く地獄に落ちようぜ?」
「ぐァッ、や、やめろッ…
やめろぉぉぉぉおおおおおおーーーーッ!うわぁああああーーーーーーッ!!!」

男の亡霊がモンスターボールを翳すと、サーナイトの身体がそれに吸い込まれていく。
やがて、おぞましい断末魔と共にサーナイトは消滅し、そこに男の亡霊が立っていた。
その背後には、ユハビィの姿がある。
まだ死んだ事を認識していないようで、亡霊のまま気を失っている。

「……キュウコン。もう一つ頼みがあるんだが」
「…なんだ」
「俺も地獄に落ちて【コイツ】と一緒にやってこうと思ったんだが、
おまえなら出来るだろ?死者蘇生の秘術…」

コンコンとモンスターボールを叩きそう呟いた彼は、ユハビィの亡霊に視線を向ける。
僕には、彼が言いたいことは即座に理解できた。

「……それに、自分の魂を使ってくれと?」

死者蘇生の秘術――妖怪の類に伝わる秘術で、
一つの魂を肉体との橋渡しにして死んだ者を甦らせることが出来る。
橋渡しになった魂はどこへ行くでもなく、完全に消滅する事になるが。

願っても無い相談だ。
これで全てが丸く収まり、僕はまたユハビィと暮らすことが出来る。

全て丸く――ただ、僕はそれを望まない。
心のどこかで望んでいたとしても――





―――それ以上に、僕は尊敬する【ルカリオ】になりたかった。





誰かの犠牲の上に成り立つ幸せなんて本当の幸せじゃない。
残されたものが悲しむだけだ。
そんな事はもうだいぶ前に気付いている。
でも、どちらにせよそれしか手段が無いなら――

自己中心的といえばそれまでかも知れない。
僕は、自分を犠牲にしてこの二人に生き残って欲しい。






――【彼】なら、きっとそうしたから――





脳裏を掠めるルカリオの勇姿に自分を重ねてみる。
考えてみればいつもそうだ。
僕は僕でありながら、いつも僕以外の何かになろうとしていた。
ネイティオ氏のように気高く、デンリュウのように強く、
そして尊敬するルカリオのように誇り高い、【何か】に。

「大丈夫だよ、人間。おまえも生きろ、犠牲になるのは僕一人で良い」
「ケケケ…いいのかよ。俺はエンリョはしねぇぜ?」
「あぁ、その代わりといってはなんだが、僕の頼みも遠慮せずに聞いて欲しいな」
「…どうせ、コイツの事だろ?」
「あぁ。…僕は暫く亡霊として残りここでサーナイトの撒き散らした邪念を浄化する。後は任せたよ」

亡霊として残り――ルカリオの魂を受け継いだ僕ならば、
秘術により魂を削っても亡霊として存在できる――そういう算段だった。
何よりもう一度ユハビィと会えるかもしれない、僅かな希望を込めての判断だ。

ユハビィはポケモンになりたいと言っていた。

身体が完全に失われた彼女を蘇生させるには、一つの肉体を提供しなくてはならない。
それを提供するのは、僕だ。それは問題にはならない。
名も知らぬ人間の肉体は、既に【人間】として蘇生するのは不可能な状態だったが、
実態の薄い――例えばゴーストタイプのようなポケモンに作り変えることは可能だった。
だから、この場で二人ともポケモンに転生させてしまおう――勝手だが、僕はそう決めた。

どの道僕が居なくなれば、二人の存在は世間に知れてしまう。
人間として暮らすより、ポケモンの世界に合った【姿】に変えたほうが、ずっといいだろう。

そして男をゴーストタイプの【ゲンガー】に、
ユハビィは草タイプの【チコリータ】に転生させ、それぞれ遠くの、
出来るだけ危険の少ない地域の町へ飛ばした。

ここまでは、全く問題なく進行することが出来たかに見えた。
だが、そこで最大の誤算が生じたのだ。

【サーナイトの邪念】だ。

転生の際、聖域に蔓延していたサーナイトの邪念がユハビィの身体に入り込んでしまったのだ。
恐らくは素体となった妖狐の身体が、目的だろう。
転生の儀式中に、ユハビィの中で僕の力とサーナイトの邪念が激しく戦い、
最終的に邪念を抑えることに成功したものの、
ユハビィの記憶も一部封印されるという事態になってしまった。

僕はそれを何とかしたかったのだが、【聖域】に残された邪念が思いのほか強かったため、
結界を張り地道に浄化しているしか出来なかった。

とにかくユハビィが無事で在るように、
そしてユハビィの中の【サーナイトの邪念】が暴走しないように。

ただそれだけを祈り――







………

……………





「………」

真実を聞けば記憶が戻るかもしれないと思ったが、
結局戻らないばかりかますます頭がどうにかなりそうだった。
今も、自分の中にサーナイトの亡霊――【紅い何か】が潜んでいるのだ。
やはり、自分は死ぬべきなのか?
いや、死んだらそれこそ【亡霊】の思う壺だ。

「な、何か…何か方法は無いの?ねぇ――」
「ユハビィ、そんな不安そうな顔をしないで。最初に言ったはずだよ、――大丈夫だって」
「――!」

湧き上がる不安を抑えきれずにキュウコンに詰め寄ったが、
彼は至って平然と、そして穏やかに応えた。
大丈夫――彼がそう言うと、やはりどれだけ不安でも雲が晴れる気持ちになる。
仕方ないから、ここはその言葉に免じて引き下がる事にした。

「ケケッ、だがキュウコン。事態はもっと悪い方向に進んでるぜ?」

嘲笑う様にゲンガーが笑う。
何のことだか解らなかったが、キュウコンには伝わっているようだった。

「僕はこれからユハビィに全てを【継承】してもらおうと思う。
ゲンガーと、それからアーティ君には、一端町に戻ってもらいたい」
「町に?いや、オイラはここで――」
「ケッケ…アーティはまだ知らないんだったな。
今頃おまえの町はサーナイトの怨念に操られた救助隊が暴れてる頃だぜ」

「――なんだとッ!?」

ゲンガーの言葉に叫ぶように答えたのはアーティではなく、
長い話の間に気が付いたらしいチーム【FLB】の面々だった。
いや、もしかしたらずっと気が付いていて、
起き出すタイミングを逃していただけかも知れないが。

「FLBの皆さんか、都合が良い。
解ったら今すぐ町へ戻って欲しい。ユハビィには僕の力を全て託した後で、必ず向かわせる」
「ちょ、ちょっとキュウコン!勝手に――」
「ユハビィ!…僕の言う事をちゃんと聞くんだ」
「…っ」

キュウコンに言われると、どうも反論できなくなってしまう。
抗議をいとも簡単に断ち切られ、渋々ワタシはFLBとアーティ、
そしてゲンガーが町へと戻るのを見送った。

【継承】、力を全て託す、それはつまり――


「ホント馬鹿だよ。話、聞いててずっと思った。キュウコンは天才なんかじゃない…」
「…あぁ、最高の褒め言葉だよ。僕を馬鹿と言って良いのは君だけだ」
「………そうやって、前もワタシの話をはぐらかしたんですね」
「…本筋に戻したいのかい?」


嘲る様に言うキュウコンの言葉――記憶は戻らないが、全てが懐かしいと感じた。
あの時と違うことがあるとすれば、ワタシはもう弱くないということ。

「………いいよ。覚悟は出来てる」
「……成長したねユハビィ。前よりもずっと逞しくなった」

目を閉じ、一つだけ深く呼吸をし、決意のまなざしをキュウコンに向けて言い放つ。
それを見た彼は非常に安心した様子だった。

「逞しいなんて…女の子はそんなこと言われても嬉しく無いんだよ」
「ははは…そう言うな。君が強く、逞しくなってくれなきゃ困るんだ。
【波導】、【妖狐の力】を兼ね備えた君しか、サーナイトを止められないんだからね」

キュウコンが手を出して呼ぶような仕草をするので、ワタシもまたツルを伸ばす。

――握手。

今まで握手というものは何度かしてきたが、こんなにも暖かい、
何かがあふれ出すような握手は初めてだった。
力が伝わってくるのが解る。これが、【継承】なんだ。

今なら解る。
記憶は相変わらず戻らないけど、やるべき事がはっきりと見える。





「…僕やルカリオが望んだ世界を、君に託そう。僕はルカリオと共に君を見守っている…」



「…波導は我らの心に在り――だっけ?」



「ふ………。本当に、心配無さそうだな」


キュウコンの姿が消えていく。
ある意味、記憶が戻っていないことに感謝したかった。
キュウコンの話が事実なら、多分こんな光景は耐えられない。

……記憶の無い今の自分でさえ、耐え難いのだから。


「勝つよ、キュウコン。だから心配しないでいいからね」


「くく…ははははは……本当に強くなった――それじゃあ…」


光の中に消えていく彼の目を見て、本当は泣き出したいのを堪えて別れを告げる。


「――永遠に」


「さようなら」と言いかけて、ハッとして口を閉じた。
【別れ】じゃない、これからはずっと一緒にいるんだ。
波導は、キュウコンはワタシの中に居る――だから


「一緒…だよね…キューちゃん」









つづく


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