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迷宮救助録 #10
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【群青の洞窟】を抜ける頃には、既に日が昇りつつあった。
ずっと薄暗い洞窟の中に居たため、目が慣れないうちは眩しくて何も見えなかった。
アーティはここらで朝食にしようと言い、辺りの木を見回すと適当な木に登って行く。
見た目からはちょっと想像もつかない軽快な動きだ。
「ユハビィー!」
すぐに声がしたので上を見ると、丁度木の実を抱えたアーティが落とすぞー!と言いそれらを纏めて落下させてきた瞬間だった。
慌ててツルの鞭や両手を伸ばしてそれらをキャッチしたが、一つだけ取りきれなかった木の実がワタシの顔を紫色に染めた。
「アーティ…怒らないから、ちょっと降りてきて…」
「…ぇーと、い、今はエンリョしとこうかな…?」
ドドドとかゴゴゴとかいう効果音をバックに降りてくるように言ったが、もし降りた場合に発生する惨劇を察知したらしい彼は降りてこない。
ただ、降りなければ助かるという彼の勝手な思い込みが、また別の惨劇を引き起こす事になる。
木の後ろを蛇のように這い、スルスルとアーティに近づいていくソレは――ワタシのツルだ。
木の実をかじりながら、ワタシの怒りが収まったかどうか木の枝から覗いているアーティの背後をとり、そして…
シュバッ
「―――おわッ!?」
ツルは一瞬の早業でアーティを捕まえた。
カエルやカメレオンが昆虫を食べるように、砂に身を隠したアンコウやエイが小魚を屠るように――
芸術的とも言える速度で、アーティは木の枝に吊り下げられた。
「やっ、やめろユハビィ!オイラが悪かった!木の実あげるから!なっなっ!?」
「んーん、要らないよそんなの」
「かっ、金か!?じゃあ金が欲しいのか!?」
どこにでも居るような悪役みたいな言い逃れをするアーティ。これでもかと言うくらいにテンパっている。
多分、これから自分がどうなるのかの未来予想図が脳内で書き上がっているのだろう。
――喰らえ、我が奥義…
「擬似キン肉○スタァーーーーーーッ!!!」
「ぎゃひゃああああああああッ!!」
………
その頃【精霊の丘】――
「…どうかしましたか老師?」
「今、アーティによくない事が起きたような…」
「ふ、彼らならば大丈夫でしょう。それより、我々は我々の仕事をやるべきです」
「あぁ、そうじゃな」
書類の束をあさっていたネイティオは、さり気なくアーティの身に降りかかった惨劇を人知れず感知していた。
………
「熱いー…」
「熱いな…」
「ワタシの頭の葉っぱ、燃えてない?燃えてるんじゃないコレ?萌え系っていうかホントに燃えてない?大丈夫コレ?」
「それよりオイラの肌の方が大変だ…乾燥したらオイラ駄目なんだ…爬虫類だから…」
「…熱いー…」
「…熱いな…」
頭の葉っぱを気にしつつ、【炎の山】を越える。
ここは少し前まで【炎の化身】の【ファイヤー】が住んでいた神聖な山であり、割と洞窟の中は整備されていたので探索は簡単だった。
今までに比べれば敵は遥かに強いが、それでも何とか切り抜けられている辺りワタシ達もだいぶ強くなっているのだろう。
【サンダー】と対峙した時に【何か】が目覚めて以来、ワタシの技のキレや運動能力などは格段に上昇した。
まだコントロールし切れてはいないので、【炎の山】で戦うにはまだ少し厳しいが――
「よーし、もうすぐ出口だ!頑張ろうぜユハビィ!」
――アーティは暫く見ないうちに、随分強くなっていた。
得意の【みずでっぽう】の威力もかなり強化されているようで、炎タイプの野生ポケモンを次々と蹴散らしている。
「FLBはまだ来ないかな」
「…ゴールドランクだし、こんな所楽勝で突破してくるだろうね…」
アーティご自慢の救助隊知識によれば、この【炎の山】もせいぜいシルバーランクが普通に活動拠点とする場所らしい。
FLBクラスともなれば、ここは1匹ずつでも突破できるだろう。
だとすれば時間が無い。
追いつかれないようにするのは無理だとしよう。
せめて出来るだけ追いつかれる前に【氷雪の霊峰】へ到達しなければならない。
【氷雪の霊峰】まで、残されたダンジョンは【樹氷の森】と今挑戦中の【炎の山】のみ。
【炎の山】を抜け、山頂を下り【樹氷の森】へ向う。
ワタシは苦手な炎タイプとの連戦が続いた所為で疲労し、足取りが重かった。
そんなワタシを気遣ってか、アーティも歩く速度を遅くしていたが、多分それがいけなかったんだろう。
「――そんなに急いでどこへ行くんだ?」
「「ッ!!」」
疲れてるなら少し休んでいけよ――そうわざとらしく言い放つ言葉にバッと振り返ると、そこには追っ手の姿があった。
リーダーの【カメックス】を中心に、ワニノコの進化系【オーダイル】、沢山のヒレを持つ両生類の【ラグラージ】で構成された救助隊、チーム【ハイドロズ】だ。
そう、以前【サンダー】と対峙したときにアーティたちに手を貸してくれた、あのシルバーランクの救助隊である。
「カメックス…どうしても見逃してはくれないのか…?」
「当たり前だ。おまえらの首には、ランクを1つ分上げるという特典もついているんだからな」
「……ふざけた理由だね…ランクのために救助するなんて、バカじゃないの?」
「黙れ【なりそこない】め。ここで我らが終わりにしてくれるわ」
どうやら引く気は無いらしい。
当たり前か。ご丁寧にこんな所まで追って来て『匿ってあげます』なんて言うわけない。
追いつかれた以上、こちらも逃げるためにはある程度応戦する必要がある。
…が、実際はそううまくいくわけが無いだろう。
こちらは炎の山を2匹で突破し満身創痍であるのに対し、相手は全員がここを突破するのに有利な水タイプ3匹。
多少の消耗はあっても、ここでワタシたちを捕えるには十分な状態と言える。
――生きたいか?
【何か】が語りかけてくる。
黙っていたが、戦いの度にワタシは【紅い何か】の声を聞いていた。
邪魔だ。
消えろ、消えろ、二度とワタシを呼ぶな。
こいつの声を聞いてはいけない。
こいつの話に乗ったら、ワタシはまたワタシじゃなくなってしまう。
「葉っぱカッタァーッ!!」
「ッ!!」
一瞬の隙を突いて葉っぱカッターを放つ。
当ててはいない。地面に向かって放ち、砂埃を巻き上げた。
その隙にアーティと共に【樹氷の森】方面へと走り出す。
カメックスが水タイプの上位技【ハイドロポンプ】を繰り出し、砂埃を一掃してワタシたちに狙いをつける。
隣でラグラージがワタシたちを追いかけながら【バブル光線】を連発するが、それは当たらない。
オーダイルはその巨大な口でワタシたちを噛み砕こうと、意外なスピードで追いかけてきていた。
「貰った!我が大顎に喰らわれるがいい!」
オーダイルがワタシに狙いを定める。
だが、ワタシは冷静だった。何故なら、こういう状況のとき、何をすればいいか解っていたから。
―――ガッ!
道具箱から取り出した長めの棒は、オーダイルの口に見事にはまった。
もしフーディンがここまで意図してコレを入れていたのだとしたら、かなり凄いと思う。
「…ごめん、入るかと思って」
「んがッ!?んがががーーーッ!!」
恐らく、入るかーー!って叫んでるんだと思う。
まぁ実際入ってるし、大丈夫だろう。何が大丈夫かはさて置き…
「逃げろーーー!」
「ユハビィ!カメックスが!」
「!?」
アーティの言葉に振り返ると、カメックスが甲羅に頭と手足を引っ込め、回転しながら突進してきていた。
【高速スピン】という技だ。体格差的に、アレを喰らったら軽くヤバイ事になる。
車に撥ねられる感覚に近いだろう。
というか、なんかデジャヴるものがあるんですけど…
「うわあああああ!まっ、マリ夫カート!青い甲羅なんて聞いたこと無いよ!!」
「何ソレ!?つーか来てる!カメックス来てるよッ!!」
「んぬはははははは!逃げられると思っているのか!…おげぇぇぇぇぇぇ…」
「グロッキーだよォーーーーーッッ!?」
回転しながら、胃の内容物をぶちまけて突進してくるカメックス。
喰らったら、痛い以上に辛い事になると思うとゾッとした。
「アーティ!掴まって!」
ツルを伸ばしアーティを確保する。
予め伸ばしておいたツルは、既に遠くの岩を捕まえていた。
対サンダー戦で身につけたテクニック、ツルジャンプだ。
…ネーミングセンスについてとやかく言うのは、器の小さい証拠です。
「当たれぇーーーーい!!うぷっ、おぇぇぇぇぇ…」
「今だ!ツルジャーンプ!」
「ア、アレ!?消え―――
ヒューーン…
――――ズドォォォン…
突然目標を見失ったカメックスはそのまますっ飛んでいき、最終的に【炎の山】の山頂を飛び出して【樹氷の森】へと消えていった。
効果音的に、多分無事じゃないだろう。
「か!カメックスゥーーーーー!?」
「…アーティ、これ何もしなくても勝てるんじゃない?」
「か、勝てそうだけど勝っちゃ駄目だ!逃げるぞ!」
アーティはなんだか必死だった。
「ゆ、ゆ、許さんぞおまえら…覚悟しろ…!」
棒を縦に噛み砕いたオーダイルと、動作が遅くやっと追いついたラグラージがジリジリと詰め寄ってくる。
冗談みたいな展開でカメックスは戦線離脱したが、こいつら2匹をマジで相手にするのは骨が折れる。
言い回しとかじゃなく、実際に折れるかもしれない。
ツルを伸ばそうにも、もうその隙も無く、絶体絶命に近かった。
「どうする、ユハビィ…」
「…戦えば、まだ隙を見つけて逃げられるけど…」
辺りを見回し、何かこの場を切り抜ける手段を探すが、何も見つからない。
直接は手を下したくなかった。
手を出せば、仮にこちらの無実が証明された所でまた問題が起きてしまう。
それでは意味がないのだ。
――ここでみすみす殺される事の方がもっと無意味なのは解っているが。
どうにもならなくなったので、牽制の意味で葉っぱカッターを放とうとした瞬間だった。
「おーーーーっほっほっほ!控えなさいチーム【ハイドロズ】!」
聞き覚えのある馬鹿笑い――もとい高笑い。
今まで一体どこに居たのかは解らないが、こんな絶妙なタイミングで出てくるのは『運が良い』か『見ていた』かのどちらかだろう。
小さい影一つ、そして巨大な影2つ。
そう、それは忘れたくてもそんなキャラしてない――
「「チーム【トップアイドル】!」」
「ふむ…さて、お二方。ここは我らに任せて先へ進むと良い」
「――え?」
アーティは目を丸くした。
――もちろん、ワタシもだ。
ワタシはこいつらの事をよく知らないから、ただのムカツクやつらだと思っていたけど、もしかして本当はいいやつなのだろうか?
ここまで追いかけてきてワタシたちが逃げるのを手伝ってくれるなんて、本当はいいやつというレベルの話ではない。
何か特別な事情が在るように思えた。
「早く!」
ピカチュウが叫んだ。
その手は電撃の塊を纏っている。
間違いなく、ここでハイドロズと交戦する気だ。
セバスとミルフィーユもまた、その心算のようだ。
何がなんだかわからないが、一つ言える事は今は言うとおりにするしかないという事。ここでもたついても仕方が無い。
「ピカチュウ…すまねぇ!」
「……理由は帰ってから聞くから。無事でいてよ!」
「ふん、誰に向かって言ってるつもり?アンタたちはせいぜい【FLB】に追いつかれないようにすればいいの!雑魚はあたくし達に任せなさい!」
「ふむ…お嬢様、他の救助隊もここへ向かってきておりますぞ」
「ゴゴ…数が揃うと厄介…早めに片付ける…」
「上等よ。最近まともに渡り合えるやつが居なくて退屈してたの。まとめて蹴散らしてやるわ」
電気を込めた両拳をバシンと合わせ、【ハイドロズ】の二人を睨みつけるピカチュウたち。
と、そこへ【樹氷の森】へと消えたカメックスが戻ってくる。
その目は完全に逆上し、もはや邪魔者は全て消すという勢いだ。
3対3…だが、カイリューの言う事には、あと数分もすればぞろぞろと集まってくるらしい。
「あたくしの超絶美麗奥義【ボルテッカー】の実験体には丁度良いわね…行きますわよッ!」
「ふむ、自分で美麗とは言わない方がいいかと存じ上げますぞ」
「っさい!」
………
【炎の山】を越え、【樹氷の森】のダンジョンへと足を踏み入れる頃には、既に日もだいぶ落ち込んでいた。
後続を【トップアイドル】に任せ、振り返ることなくここまで走ってきたが――
【FLB】がどんどん近づいている【予感】は、いつまで経っても振り払う事が出来なかった。
「急ぐぞ。この森は敵も強い。草タイプのおまえはオイラの後ろで後方支援を頼む」
「解った。………?」
「…どうした?」
アーティの背後に回った瞬間、後ろから雷のような光を感じた。
サンダーの落とす落雷にも匹敵するほどのソレは、恐らくピカチュウのものだろう。
しかし、その光はワタシの不安を吹き飛ばすには不十分だった。
「あいつ…強いんだね…」
「あぁ、強いよ。だから心配は要らない。言われた通り、【FLB】だけに気を配ってれば大丈夫だよ」
アーティは言うが、ワタシはどうしても不安を拭えない。
逃げているはずなのに、まるでどんどん引き寄せられているような――
得体の知れない恐怖がどこから迫ってきているのかもわからず、それでも足だけは止めまいと走り続けた。
「…FLBだけに気を配っていれば大丈夫――か…」
そう呟いた瞬間、ワタシに戦慄が走った。
風が変わり、木々が何かに怯えざわめき立てる。
目に写る景色とは別の薄暗い空間が脳裏に広がり、その中で誰かが口を開く――
(―――そう、我々にだけ気を配っておればな)
どこから聞こえるとかじゃない、頭の中に直接、【彼】の声が響き渡った。
それはアーティにも聞こえたようで――いや、先行するアーティは既に彼らを視界に入れていた。
チーム、FLB…
強さとは、体の大きさや見た目に現れる迫力だけではない。
――内に秘めた闘志が、静かに燃え上がる――
まさにそれを顕現する【FLB】のリーダー【フーディン】は、ワタシとアーティの前に立ちはだかる。
何時の間に追いついてきたのかという次元の話ではない。
「待ち草臥れたぜ、ポケモンズ」
「まさか休憩している所に現れるとはな…俺達にだけは見つかるなよと言ったのに、これも事故ならば仕方のないことか…」
彼らは、ずっと前からここに辿り着いていたんだ。
やられた。
追いつかれまいとだけ考えていただけに、まさか前から現れるとは思いもしなかった。
「…抵抗しろ。今のおまえらならば、まだ可能性は0じゃないだろう」
「言ってくれるね…見逃してくれればそれで済むのに…」
極めて厳格にフーディンが言う。
ワタシがそれに憎まれ口を返すと、リザードンが続いた。
「ま、おまえらと戦ってみたいっていうのも在るんだけどな。知ってるんだぜ?【雷の司】を殺しかけた話。その力を見せてくれよ」
「…やめとけ。アレはおまえらでも死ぬだけだ」
「フン、…大した自信だな。それとも、その強大すぎる力に相方のおまえ自身も恐れを感じているのか?」
アーティが言うが、バンギラスは退くつもりが無い事を改めて示した。
ワタシ以上にこの力の凄さを知っているアーティが言うんだ。
絶対に【何か】の力を使う事は許されない。
「ならば、無理矢理にでもその力を引きずり出してくれよう。――行くぞ!」
つづく