第九章 ◇◇◇ 最終決戦、大将戦


「何か妙案が思い浮かんだようだが、果たしてそれが通用するかな。」
「相手が同じポケモンなら、通用しないワケがねぇ!」

 ――どうしてもあと一手が間に合わない。
 だから巡査には、ガーディにげんきのかたまりを使ってしまうその前に、「あと一手」を間に合わせるお膳立てをする必要があった。
 懐から取り出したのは一つのモンスターボール。
 それを見た瞬間、ローブの男は二つの展開を予測する。

(……新手か? ……いや……。)

 巡査はまだガーディを3匹しか出していない。もし彼が法的に所持が許されている範囲で最大数のポケモンを持っていたとすれば、あと3匹は戦闘可能なポケモンが残っているはずだ。
 でも……それは少し“違う”。巡査が、ガーディ以外のポケモンで、4匹目以上を持っているとはとても思えない……。どうしてそう思えるのかは解らないが、兎に角、それだけはないような気がした。
 そう……自分が、鳥ポケモン以外を絶対に使わないように……。

(なら……確率的には、さっきのアレの真似事か……。)

 恐らく巡査が狙っているのは、そのモンスターボールで一時的にオオスバメの動きを封じてしまう事だろう。つい先ほど、自分がキングドラに対して打った手と全く同じように――。

(――ふ。どちらだとしても問題ない。俺のオオスバメは世界で最強のオオスバメ。たとえホウオウが束になって襲ってきても、負ける気がしない……そうだろうオオスバメ!)

 オオスバメとローブの男の間に、視えない電流が走った。
 言葉もアイコンタクトも必要ない。ただ頭に思い描くだけで、二人は心を通わせる。ただ一つの――勝利という名の未来へと……一直線に飛び立つために。

「いくぜ……。」
「来い! 真正面から捻じ伏せてやろう!!」

 巡査がモンスターボールを掴んだ手を、肩の後ろまで引き下げる。瞬きほどの僅かな時間が、コマ送りで流れていく。その体勢からは――ボールを投げる姿しか予想できない。野球でいえばワインドアップ。ミットに向かって真っ直ぐ飛んでいくと解っているボールに対し、盗塁を狙う走者が走らない理由など存在しないのと同じように、オオスバメは身構えて次の動作に備えた。
 巡査を挟んで視界から姿を消したモンスターボールに意識を傾けるオオスバメ。
 いつ、どうやってそれが放たれても、絶対に捕まってしまうような失態は晒すまい。オオスバメの動体視力と飛翔速度があれば、それは呼吸をするくらい容易いのだということを、ローブの男も知っていた。

(そうだ。見え見えの手に引っ掛かるなよ、オオスバメ……。)

 巡査とローブの男は、同時に同じ事を思う。
 ――そう。こんな解り易い手に簡単に引っ掛かってくれるほど、オオスバメは甘くない。だからこそ“それ”を確実に成功させるためには、十重二十重の罠を仕組んでおく必要があった。
 けれど許された時間の中で仕組む事が出来た罠はたった三つ。せいぜい、後は自分の技量で上手くやってのけるより他にない。

(……予想通りの強さに嫉妬するぜ……! お前は、こんな見え透いた手には“絶対に引っ掛からない”、だからこそ俺は次の一手でお前の動きを完全に縛る事が出来る!)

 ――ところで巡査は、元々はポケモンコーディネーター、即ち多くの人間が知るポケモンバトルとは一味違うバトルを得意とするトレーナーであった。3匹のガーディを引き連れた演技は魔術だとか奇術だとかと称され、多くの観客を沸かせた伝説として今尚語り継がれる有名な話だ。
 その、魔術や奇術には、ミスディレクションというテクニックがある。魔術師が好む、相手の視線を別の場所に引き付ける技巧だ。
 曰く、盲点や錯覚、先入観などを利用する事で、本来ならば丸見えのはずの手品のタネを全く解らなくしてしまうのだという。……オオスバメとローブの男の視線が、振り上げられたモンスターボールに集中していたその状況は――まさにタネを隠すには、うってつけのシチュエーションだった。

「オイ、何処見てんだ?」

 それは、誰に対して放たれた言葉だったのか。

「……ダメだな、お前ら。これだから普通のバトルしか知らねぇ……普通のトレーナーはダメなんだ。バトルってのは、もっと自由にやるものだろう!」

 巡査が言い放つ。
 追い詰められているくせに、まるで勝ち誇った事をのたまう巡査に、ローブの男が目を細めた瞬間――彼はその視界の中から、一匹のガーディが消え失せていることに気がついた。
 ……おかしい。消えるはずが無い。だってガーディはとっくに倒されていて、あと一歩を動く事さえ出来やしない状態だったのだ。それが今の一瞬の間に消えてしまうなんて、どんな手品でもありえな………………!

「ッ……しまった……!」

 彼は、ほんの数秒と掛けずに、ガーディの行方を知る。
 オオスバメの動きを一瞬止めるために振り上げられたはずのモンスターボールは、未だに巡査の右手を離れてはおらず、一方巡査の左手には、別のモンスターボールが握られていて不思議な輝きを放っているのが見えたからだ。
 傍から見ていた者達からすれば、何故それに気付けないのかと突っ込みを入れたいところだろう――が、完全に巡査の挙動に引っ掛かっていたオオスバメとローブの男は、巧みに隠された左手の動きを盲点に入れていた。だから、二人は何も恥じる事はない。ただただ、巡査は巧かった――それだけのことだった……!
 巡査の左手のモンスターボールの中には回収されたガーディが入っていて、それを包み込む淡い輝きは、「げんきのかたまり」の効果が発動した証に違いない。一応はトレーナーであるから、ローブの男がそれを察してオオスバメに命令を飛ばすところまでは早かった。

「ぉオオスバメぇぇええええッ! ガーディに何もさせるなッ、速攻で叩き潰せぇええッ!!」

 巡査は今こそガーディを再び戦場へと降臨させるべく左手を引く。そこへ、オオスバメが凄まじいスピードで突撃を仕掛ける。
 巡査がガーディを呼び出すために必要な時間は凡そ3秒程度だったが、オオスバメが巡査の左手からボールを弾き飛ばすのには2秒で十分だった。ローブの男は、それで迫る脅威を未然に防ぐ事に成功したと確信したが、巡査はそれでも笑っていた。

「ミスディレクション。見え見えの手の影にこそ本当の狙いがある。お前ら、いい客だぜ、手品師の前ではな――!」

 オオスバメは自身が超高速で飛行するために、非常に高い動体視力を誇っていた。
 普通、視野は速度が上がれば上がるほど狭くなる。しかしオオスバメの動体視力は、最高速度をマークしている瞬間でさえ平常時の9割近い視野を認識する事が出来た。
 その反則的なまでの視野が、赤と白の丸い何かを捕捉する。ガーディを呼び出すためのモンスターボールではない。それはまだ巡査の左手の中にあるからだ。……だからそれは、……今さっき意識から切り離していた、巡査の右手に構えられたモンスターボール……。
 え……? と思った瞬間にはもう、それはオオスバメの身体に触れようとしているところだった。
 オオスバメが身体を捻る。
 翼を無理にでも捻じ曲げ、軌道を変えようと足掻く。
 ……入れ……、入ってしまえ、そのままボールにぶつかり、一瞬でいい、ほんの一瞬の間……この場から退場してしまえ……!
 その戦いを見守る者達の祈るような声が、まるで聴こえてくるかのよう。
 巡査はその奇妙な感覚に、自らの想いを重ねた。

(――入れッ!!)

 あと、数センチ。ボールとオオスバメが激突するまでの時間は、瞬きするよりも遥かに短い。
 絶対に当たる。そしてオオスバメはボールに吸い込まれる。誰もがそれを確信し固唾を呑む。
 そして、オオスバメの体が光に包まれた。光は瞬く間にオオスバメの姿形を変え、そしてその場から忽然と消し去ってしまった。

「……やっ、」

 ざわめく。

「やった……!」
「やりやがった…………! 巡査の作戦勝ちだ!!」

 大勢の目がその一瞬を注視する。
 オオスバメがモンスターボールの中に一度入ってしまう事で、この後にどういう展開が待ち受けているのか――それを正しく理解している人間は誰もいなかっただろう。しかし、必ずこの後に巡査が逆転の一手を打ってくれるであろう事を疑う人間もまた誰もいなかった。だから彼らは自然と何の打ち合わせも無く同調し、巡査の勝利を確信して歓声を上げた。

「…………ッ!」

 ……入っ……た。
 ……オオスバメが、巡査の投げたモンスターボールの中に……。
 いくら他人のポケモンとは言え、ポケモンがボールをぶつけられたら一度はその中に吸い込まれてしまう。「それはそういうものなのだ」。「そういう風に作られているのだから、そうなってしまうのが普通で、当然で、必然なのだ」。
 後はオオスバメの動きを止めている間に復活したガーディを呼び出し、ローブの男を制圧するだけでいい。そう思われた。
 しかし、ただ一人……巡査だけが、安堵の表情を浮かべなかった……。

「……ふ。……ジョウト最速を甘く見てもらっては困るな。」
「ああ。そうだろうな。……そうなるかも知れないとは、思っていたぜ……。思っちゃいたが……結局、止められなんだ……。」

 吐き捨てるように言う。オオスバメを閉じ込めたと思われたモンスターボールは、巡査の足元で沈黙していた。
 それは、つまり……そのボールが空である事を意味していて……。

「まさか……!」

 巡査の様子がおかしい事にイブキが表情を変える。するとそこから、巡査の打った策が不発に終わったのではないかという不安が、その戦いを見守っている者達の間を駆け巡る。

「そのまさかだ。オオスバメは、此処にいる……!」

 ローブの男がスッと右腕を前に突き出す。その手の中にはモンスターボールがあって、そして彼は――その中にこそオオスバメがいるのだと断言した。
 あの時、あと少しで巡査の投げたボールの中にオオスバメが入ってしまう寸前に、彼は自らのモンスターボールでオオスバメを回収していたのだ。
 恐ろしいまでのスピードだった。
 巡査の持つ奇術師としての技巧に決して劣らぬ、非常に優れた手際だった。
 それこそまさに、ジョウト最速の証。
 これでは、今更ガーディを出してローブの男を制圧しようとしても、オオスバメによって返り討ちに遭ってしまうだけだ。
 ……作戦は、失敗した……。誰もが瞼の裏に絶望を描いた。
 強過ぎる。
 どうしようもないくらい、あの鳥使いは強過ぎる……。

「……ガーディは回復したようだな。仕切り直しというわけだ。どうする? まさかここで降参するなんて言わないよな。せいぜい足掻いてみせろ、俺を退屈させるなよ巡査……。」
「………………。」
「決着をつけよう――俺とお前の戦いに!!」
「…………お前、……まさか、やっぱり……、そうなのか……?」

 オオスバメが再び顕現すると、それにあわせて巡査もモンスターボールを投げる。
 しかしガーディが飛び出す前に、オオスバメは一つの命令を受け取っていた。それは、恐らくガーディが飛び出すであろう場所に向けての、渾身の「つばめがえし」。
 その一撃はきっとガーディに何もさせないまま、長き戦いに決着をつけることだろう。
 だのに巡査は驚くほど冷静だった。既に手の中を離れたモンスターボールが開き、中からガーディが飛び出すその瞬間を静かに見守っていた。
 あとはもう、なるようにしかならない。モンスターボールは――賽は投げられたのだ。

「ガーディ! “きしかいせい”だ!!」
「血迷ったか! 体力が僅かでも残るとでも!? この“つばめがえし”で終わりだッ!!」

 白き光が形を変え、そこにガーディの姿を現す。瞬間、ガーディは受け取った命令を実行するために全身に力を漲らせるが、それをオオスバメが目にも留まらぬ速さで刈り取った。
 ……ああ。
 こんな事なら、進化させておけば良かったんだ……。
 巡査はぼんやりと愚痴を思い浮かべる。
 もう、このガーディたちは十分に強い。もし進化させていれば、こんな風に遅れを取る事は無かっただろう。
 そもそも、お巡りさんがガーディを使う理由が、暗黙の掟によるところが大きいのがいけないのだ。今の警察には、とりあえず新人はガーディを、ベテランはウインディを使うという風潮があった。だから誰もそれについて疑問を抱く事無く、何となくそれに従っている。
 巡査がガーディを進化させなかったのも、それをすることで鬼瓦と“対等”になってしまう――社内規定でどうのこうのとか、そういう厳格なルールがあるわけではないにも関わらず――そうなる事を、躊躇ってしまったからだった。
 結局、気を遣っていたのだ。心のどこかで鬼瓦に対し、引け目を感じていたのだ。それがこんな風に足を引っ張ったのだ。
 でも、もう、そんな事で文句を言っている場合ではない。

「やるしかねぇだろ……本当にこれで手は一つも無いんだッ……。」

 オオスバメをちゃんと足止めできていれば、その出現タイミングを読み、先制攻撃を叩き込むことが可能だった。その上できしかいせいを放てば、運に左右される部分こそあるが、かなりの確率で逆転勝利を収める事が出来るはずだった。
 もはやその手は潰えている。
 後は、今度こそ本当に、奇跡でも祈るしかない。ひかりのこなが2連続で発動するような、1%の希望を真剣に追いかけるしかない。
 ――走れ、ガーディ!
 お前なら――きっと勝てる、いや、勝て、勝ってくれ、そしてアイツを止めてくれ――!

「言ったはずだ――奇跡は二度も起こらないッ!!」
「ガーディッ……!」

 つばめがえしがガーディの懐に突き刺さった。残酷なまでに当然のように、ひかりのこなは輝いてはくれない。まるで大型車に跳ね飛ばされたかのようにガーディが吹き飛ぶと、すかさずオオスバメはそれを追って追い討ちを狙った。

「…………オオスバメ……!?」

 ……それは、オオスバメの独断だった。ローブの男の命令があったわけではない。もし命令があるとすれば、つばめがえしを放った後、オオスバメはすぐにガーディから離脱するべきであった。

「なにを、している……! ……オオスバメ!」
「…………どうせ一撃で倒せるんじゃなかったのか?」
「戻れっ……行くなオオスバメぇッ!!」

 オオスバメがそんな行動を取ったのには理由がある。
 それは、今のつばめがえしにはガーディの体力を削り切るだけの威力が無かった事を、オオスバメ自身が一番よく解っていたからだった。
 仮にそうだとして、オオスバメは次の命令を待てば良かったのかもしれない。
 しかし、忠誠心が強く、そして自分の強さに自信と誇りを持つオオスバメは、次の命令を受ける前にガーディを倒してしまう事こそに美徳を感じるのだ。
 ――故に。その判断がガーディの、手痛い反撃を許す事となる。
 オオスバメの読み通り、先刻のつばめがえしはガーディの体力を根こそぎ刈り取るほどの威力が発揮されていなかった。その理由をローブの男が読み切れなかった事に全ての責任があるといえばその通りだ。ガーディを一度引っ込めて再び出したその行程にこそ巡査の狙いがあったことに最初から気付けていれば、そもそもオオスバメを“先に出す”などという愚かしい行動には出なかったことだろう。

「そうか……! 巡査のガーディの特性は“いかく”……相手の攻撃力を下げる事が出来る! 一発を耐えることは可能だったんだ!」

 イブキがそう叫んだ事で、ローブの男も今更に全てを理解する。
 ガーディのいかくによって攻撃力が低下しているオオスバメに、ガーディを一撃で倒してしまえるようなワザは一つも無かったのだ。
 しかも都合の悪い事に、どんなワザを出していても一撃では倒せない上に、確実にガーディの体力の9割以上を削り取ってしまうのだ。つまりそれは、きしかいせいによる反撃でオオスバメも致命的なダメージを負ってしまう事を意味していた。

「ア――ォォオオオオオオオオオオンッ!!」

 力の限り吼えるガーディの、渾身のきしかいせいがオオスバメを正面から撃つ。
 これが……もし……急所に当たるようなことでもあれば……その瞬間、オオスバメは敗北する……。
 その小さな体のどこにそれだけの力が備わっていたのかと目を疑うようなガーディの反撃に、オオスバメが体格に似合わないスピードで吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた。
 時間にして5秒間、地に伏したオオスバメと肩で息をするガーディを取り巻く者達は、言葉も行動も失って立ち尽くしていた。
 どちらが勝ったのだろう。
 どちらに、勝利の女神は微笑んだのだろう。
 ……考えるまでもない。どうせオオスバメは立ち上がり、そして今度こそガーディにトドメを刺すに決まっているのだ。
 でも、もしかしたら、奇跡が起きるかも知れない。そんな風に考えたから……彼らはただ、息を飲んで見守るしかなかった。

「フ……。フフフ、ハハハハハ……!」

 誰かが笑った。
 その不謹慎な声の主がローブの男であることは、すぐに全員に理解できた。

「起きろオオスバメ。下らん奇跡が二度も続かない事を今度こそ教えてやれ。」
「……やっぱ、ダメかよ…………。」

 巡査が悔しそうに言うと、それを合図としたかのようにオオスバメが起き上がる。
 しかしローブの男に垣間見える余裕とは裏腹に、きしかいせいのダメージはかなり深いような足取りだった。
 ……いや。それでさえも、余裕なのだろう。
 何故なら、ガーディはもうオオスバメ以上に満身創痍なのだ。もし今、天候が霰や砂嵐なら、すぐにでも戦闘不能になってしまいそうなほどに。そんなガーディを討つのに、オオスバメの状態は万全のそれと大差ないものと言えた。

「終わりだ……! オオスバメ! つばめがえ――」

 処刑宣告が下る――刹那。

「…………!?」
「…………え……!?」

 不意に、誰もがその動きを止める。
 ――草臥れたロングコートを靡かせる男が一人、人垣の中から悠々と歩き、ガーディとオオスバメの間に割って入ったのだ。
 その所作は、風が落ち葉を運ぶようにあまりにも自然で、当然のようで――摂理のようで、誰もその男がそこに立ち入る事を咎める事は出来なかった。
 え? 誰? と、イブキが目を丸くする。
 それ以外のジム生達も、突然の来訪者に緊張を隠せない。
 ただ、他の警官らが動きを止めて緊張を隠せなかったのは、それとは異なる理由だった。

「……だらしない。」

 中でも、巡査が一番、嫌な顔をしていたかも知れない。
 巡査にとってこの場で一番会いたくない人物――それが、そこに現れた男……、

「だらしないぞ巡査! 何時までもツマらない気遣いをするんじゃあない!!」

 鬼瓦――巡査部長だったのだから……。

「じ、巡査部長……。」
「……君が犯人の挑発に乗ってフスベに来ていることは部下から聞いている。それを阻止させる事も出来たが、敢えてしなかった。何故だか解るか? 敵は強い。君でなければ勝ち目がないと踏んだからだ! 私の期待を裏切るな巡査ッ!!」
「ち……言ってくれるぜ……。あんな強い化物相手に、これでもよく頑張った方だってのによ……。」
「相手が強いなら、もっと強くなればいいだろう。私は、ツマらん気遣いなどやめてしまえと言っている。」
「気遣い……?」

 鬼瓦がポケットから、赤く輝く何かを巡査の方に投げた。
 それは地面に当たって転がり、巡査の足元でピタリと止まる。
 その内側に炎の力を宿す神秘の鉱石――“ほのおのいし”。ガーディを、ウインディへと進化させる、ちょっとしたレアアイテムだった。

「これは……、………………!」
「上司命令だ。早急に勝ちたまえ。」
「…………ッ……。」

 なんて無茶苦茶な命令をしてくれるのか。
 沢山、言いたいことはあった。でもその全てが声にならなかった。
 巡査は、ただ一言、返す。

「……任務、了解……!」

 鬼瓦はフッと笑って、悠然と歩き始める。
 彼が横をすれ違った後、巡査はガーディに向けて“ほのおのいし”を投げた。
 しかしそれを、ローブの男が許すだろうか? 既にオオスバメは満身創痍。ここでガーディの進化を見逃せば、状況が一気に悪化する事は目に見えている。ならば、確実に阻止しに来るに決まっている!

「――オオスバメ! そいつを叩き落とせ!!」
「おっと。一つ上司らしいところを見せておかないとな。アブソル、やれ。」
「なっ……!!」

 オオスバメが、ほのおのいしを叩き落とすために低空飛行に入った瞬間を見計らって、黒き尾と角を持つ白き獣が、目にも留まらぬスピードでオオスバメの懐に強力な蹴りを捻じ込んだ。
 何処から現れたのか、全く見当がつかない。まさに、疾風迅雷。電光石火の一撃だった。
 オオスバメは、ガーディの攻撃によってかなり体力を削られていた。
 でも、もしかしたら万全の状態でも、一発KOだったかも知れない。
 そう思えるほどに鮮やかに、忽然と現れたアブソルはオオスバメを討ち取って見せた。

「コンテストバトルというのは、回りくどくていけないな。バトルとはこういうものだよ、巡査。小細工など必要ない。鮮やかにやりたまえ。」
「……………………。」

 アブソルを引き連れ、鬼瓦は帰っていく。
 ……あのままアブソルと一緒に戦っていたら、普通にローブの男なんて軽くやっつけてしまえるんじゃないだろうか……そんな印象を、そこにいた全員に植え付けながら……。

「……強ぇじゃねぇか……ボス……。」

 唖然として、巡査は空いた口が塞がらなかった。
 ――ちょうどその時、ガーディの足元にほのおのいしが転がり落ちる。ガーディはすぐに巡査の意図を解し、それを咥えて――吼えた。ガーディの吐息に含まれる熱気に反応し、ほのおのいしが眩い光を放つ。その光が収まる頃にはもう、ガーディの姿はどこにもない。あるのは、雄雄しい鬣を持つ、赤き野獣――巡査が育て上げたガーディの、完全なる姿……ウインディ。
 だが、その対戦相手と思われていたオオスバメは、鬼瓦のアブソルが倒してしまっている。
 だからこのまま巡査の勝ちになるのか?
 いや、それはない。
 だってまだローブの男は、その手持ちを5匹しか見せていないのだから。

「……まさか。もう、こいつを使わされる事になるとはな……。」

 ホウオウ、フリーザー、オニドリル、ムクホーク、オオスバメと来て、最後に控える最強のパートナー……。
 彼はゆったりとした動作で、足元のボールを一つ拾う。
 そこから飛び出したのは、屈強な胸筋を誇る鳥ポケモン――ピジョット。
 ……対峙する二人のエースポケモン。
 当然、巡査が勝つべき戦いだ。
 でも、どちらが勝ってもこの戦いは、伝説になる。
 そんな気がした。

「薄々、まさかとは思っていたけどな……。そのピジョットで、確信したよ。」
「……今更、どうだっていいだろう。俺の正体なんて。」
「ああ、どうだっていい。誰も気にしちゃいねぇさ。」
「決着をつけよう。正真正銘、これが最後の戦いだ……!」

 誰もが呼吸を忘れて、その戦いを見守る。

「「行けッ――」」

 ジョウト史に刻まれる、新たな一ページを――。



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