第八章 ◇◇◇ 最終決戦、中堅戦

 ローブの男の叫び声は確かにフリーザーの耳にも届いていた。
 あの叫びは、きっと緊急時のために打ち合わせておいた脱出計画の合図か何かだったのだろう。実際のところは想像の域を出ないが、少なくともあの叫びでフリーザーが動き出す事は明白だった。問題は、そのフリーザーの姿がさっきから見えないことだ。
 巡査は、頭の中で二つの仮説を立てた。
 一つは、それ自体が既に作戦である可能性。フリーザーが姿を見せないのは、姿を見せずに行動するような打ち合わせがあったからという仮定だ。もしそうであれば、事態は完全にローブの男の掌中ということになる。こちらの打てる手は、一刻も早く勝負に勝ってしまうことだけだ。
 もう一つは、ローブの男にさえ予測できない事態に陥っている可能性。男は確かにフリーザーを呼んだ。呼んだという事は普通に考えれば、フリーザーは真っ直ぐこの場所に舞い戻ってくるはずだ。それがないところから考えて、フリーザーの側に何か緊急事態があり、作戦が遂行できなくなっている可能性があった。……こちらは、希望的観測に過ぎないが。
 そもそも、ローブの男にとってフリーザーやホウオウとは、どういう存在なのだろうか。
 これまで多くのジムを落としてきた犯人の手際の良さを考えれば、伝説の鳥ポケモンよりも強いポケモンを持っている時点で――フリーザーやホウオウに、自身の生命線とも呼べる作戦の一旦を担わせるような事はしないようにさえ思えてならない。
 だとすると矢張り――本命はこの目の前に立ち塞がるムクホークと、そして上空で待機しているオオスバメの二匹と考えるのが妥当か。
 オオスバメの強烈なかぜおこしは既に消えていた。ムクホークとの一対一の戦いの最中、やっと体勢を立て直した警官たちが巡査の背後に駆けつけて援護に入ろうとするが、巡査はそれを一喝した。

「余計な真似すんじゃねぇ! これは“ポケモンバトル”だ!」
「し、しかしっ……!」
「どうしてもって言うなら、次に戦う順番でも決めてやがれッ!」

 バトルは穢さない。それが巡査の誇りだった。
 こんな緊急事態でも誇りを優先してしまう自分の不器用さに心の中で苦笑しながら、一度頭をリセットして考え直す。
 どうしてフリーザーが現れないのか?
 あの時。
 ローブの男は確かにフリーザーの名前を呼んだはずなのに、その直後にガーディを迎え撃った黒い影の正体はオニドリルだった。
 タイプ相性的には、影の正体がフリーザーであったならガーディが押し勝っていたに違いない。だから……つまり、これは……。

(……読めたぜ。フリーザーを呼んだと思わせて俺からガーディを引き剥がすのが目的だったワケだ。あわよくばあのオニドリルで、3匹とも倒しちまうのが狙いだったんだろう……。恐ろしい事を考えやがるぜ……。)

 ――結果的に、オニドリルの強力な攻撃によって三匹のガーディは一匹を残すのみとなっている。
 残った一匹も今まさに、ムクホークの放った“インファイト”で相当なダメージを負ってしまったところだった。

(……ち。だが今更何を余計な詮索してんだ俺は……。勝負に集中しねぇと、俺を信じて戦ってくれるガーディたちに合わせる顔がねぇ……! 探偵の真似事は止めだ、何としてもここで勝つ!)

 巡査は懐に手を忍ばせる。まさか、銃を出すのかと現場に緊張が走るが、出てきたのは丸々と太ったオボンの果実だった。それを傷付いたガーディに投げ与えている間、ローブの男もムクホークも、一切の手は出さない。これも、彼らの言う“ハンデ”の一環なのだろう。

「ふ。銃が出てくるのかとヒヤヒヤしたぞ。」
「ポケモンバトルは穢さねぇ。…………てめぇと同じようにな。」
「……戯言を。まぁ、とは言え俺のムクホークのインファイトで一撃で倒れなかったのはそのガーディが初めてだ。どんな魔法を使ったのかは知らないが、それは賞賛してやろう。」
「……そりゃどーも。」

 思えば。
 手段や結果こそ、こうして凄惨な事件の様相を描くものとなってしまっていたかも知れない。しかし、ローブの男はポケモンバトルを行うというただ一点に於いて、ポケモントレーナーとして何一つルールを破りはしなかった。
 少なくともトレーナー同士が向かい合っている瞬間だけ、そこにはトレーナーシップに則る正式なバトルが存在していた……。

「生真面目なヤツだな。お前、実は不正とか大嫌いだろ。」
「ああ。嫌いだね。ジムリーダーとしての職務を放棄してポケスロンに入り浸るなんて考えられない。」
「……本当は、それが羨ましかったんじゃないのか?」
「………………。ガーディの回復の時間稼ぎも程ほどにしろよ。俺はホウオウが戻ってくるまでの間、遊んでやると言っただけだ。」
「随分と帰りが遅いようだけどなぁ。何かあったんじゃねぇのか?」
「その時は、その時だ。」
「そうかよ――結局お前は、ポケモンを道具程度にしか見てないってワケだ!」
「何とでも言うがいい。お前に理解されようとは――思わんッ!」

 語気が強まると、それが合図となって再びムクホークが大地を蹴る。その鋭い爪を持つ足で抉られた地面から土が舞い上がり、ムクホークの走る軌跡を描く。
 ――ハンデとは、鳥ポケモンだが敢えて地上で戦ってやろう、という事なのだろう。
 ドードリオを持ち出してこなかった辺りが、彼なりの手心だったのだと思う。
 尤もオボンの実で回復したとは言え、全快には程遠いガーディからしてみればその程度の手心、あってもなくても変わらないのだが。

「ガーディッ、後ろに飛んで受け流せ!」

 二度目のインファイトがガーディを捉えんとした刹那、ガーディがバックステップを踏む。
 ムクホークの強靭な翼から繰り出される強烈な連打がガーディの小さな身体を容赦なく襲うが、明らかにダメージは先ほどのそれよりも小さい。その華麗なステップはインファイトの威力を削ぐことに成功していたが、それでもガーディが反撃する隙すら微塵も無かった。

「そのまま削り切れムクホーク!!」
「今だ! こらえろガーディ!」

 ムクホークが、インファイトからインファイトへと技を繋げる。その破壊力と連打力は、並大抵の訓練で修得できるものではない。一発一発がカビゴンのメガトンパンチにも匹敵しそうな攻撃の嵐の中、ガーディはその攻撃を受け流す事を止め、たった1の体力を残すことに全力を傾けた。
 “こらえる”とは、相手の攻撃を受けつつ、首の皮一枚で生還する諸刃の技である。
 普通は体力が減った時に効果を発揮するアイテムや特性とあわせて使われる事が多いが、ガーディはそのどちらも備えてはいなかった。持っていたのは、起死回生の技、ただ一つ。ムクホークの方が素早い以上、その技が放たれる可能性は――無い。

「フン、たった1を残して何が出来る! 終わりにしろムクホーク! ブレイブバードッ!」
「……なぁ、お前。本気でバトルした事、無いだろ。」

 巡査は、ブレイブバードを繰り出すムクホークと、その背後で勝利を確信しているローブの男を見据えて不敵に笑った。
 最早、命令を口に出すまでもない。ガーディと巡査の間にある信頼関係は、ここから先の全ての動きについて、言葉での意思疎通を一切省略することが出来ている。

「ポケモンバトルってのは、一発逆転、どんでん返しがあるから楽しいんじゃねぇか!」

 ガーディが吼えた。巡査も、吼えていた。全身の血が昂る。鳥肌が抑えられない。今更、何か命令を出す必要なんてないから、代わりに巡査はガーディの背中を押す言葉を叫んでいた。

「いけぇぇえええええええええええええええええッ!!」

 ムクホークのブレイブバードがガーディに突き刺さるその寸前、眩い光がムクホークの視界を奪い去る。
 ……ポケモンが自身の体力を減らす事を作戦に組み込む時、例えばそれによって効果を発揮するチイラやカムラの実を持たせておくのが、ポケモントレーナーとしては一般的な判断だ。しかし巡査は、この絶望的なまでに開いている実力差の中でその常識を覆してみせる。
 ネタがバレる前にのみたった一度だけ完全に相手の作戦を挫く事が出来る、かといって上手く発動するかどうかも解らないどんでん返しの隠し玉をガーディに持たせて――巡査はそれが必ず自分たちを勝利に導いてくれる事を、確信していた……!

「ひ……ひかりのこな……だと……ッ!? 馬鹿なッ……このタイミングで、こんな事……あ、あ……ありえないッ!!」
「本気でのバトルの経験が少ないてめぇに教えてやるよ。奇跡ってのは、結構起きるもんだぜ?」

 そう。……そうなのだ。
 ポケモンバトルに於いて“奇跡”とは、決して低くない確率で起きてしまうのだ。
 それは例えば、カメラの前でオクタンに持たせたきあいのハチマキが3回連続で発動する事だって許されるくらいに……!
 ひかりのこなによってブレイブバードから逃れたガーディの姿は、目晦ましを受けて立ち止まっているムクホークの真上にあった。ガーディは既にワザを出す体勢に入っている上に、ムクホークに到達するまでもうあと1秒を数える暇さえないところまで迫っている。ローブの男が思わず冷静さを失って声を上げるが、それがムクホークに届く事は無かった。

「残り体力が1だからこそ、効くんだ。“きしかいせい”がな!」
「む……ムクホークッ!!」

 その役目を果たしたひかりのこなに包まれたガーディが、キラキラと煌く尾を引いてムクホークの背中に直撃する。それは、まるで流星のよう。衝撃波が土煙を巻き上げて広がり、一瞬だけ巡査とローブの男の視界を覆った。
 果たして煙が晴れた時、そこに立っているのはどちらのポケモンか。
 ローブの男は、バトルの最中、生まれて初めて祈りを捧げていた。誰に対して祈っているのかは自分でも解らない。ただ、ムクホークがこんなところで負けるなど、まして進化もしていないガーディ如きに遅れを取るなど、決してあってはならないと思っていた。だから祈るしかなかった。
 きしかいせいは格闘タイプのワザだ。飛行タイプには効果が半減するが、生憎にしてムクホークはノーマルタイプを兼ね備えていた。これでダメージは等倍、あとはガーディの攻撃力とムクホークの耐久力の勝負になるが、その場合、レベル差を考えてもムクホークの有利は揺るがない――はずだった……!

「し、まった…………!」
「気付いたか。お前はあのインファイトで、いつも敵を一発で倒しちまうから考えた事がなかったんだろう。実戦経験の薄さが仇になったな。」
「インファイトは……自身の防御力を引き換えに強力な打撃を与える……ッ、つまり……ああぁぁっ、ああああああああああ――――ッッ!!」

 ローブの男が、解答に至る。それを待ち構えていたかのように煙が晴れ、そして真実は露見した。
 ムクホークが倒れている。そしてガーディがその上に立っている。
 勝ったのは――ガーディだった。インファイトの連打によって防御力の低下していたムクホークは、ガーディの一撃に耐えることが出来なかったのだ……。
 そして歓声が沸き上がった。
 歯軋りをしながら、ローブの男が足元のモンスターボールの一つを蹴り上げる。そしてそれを倒れたムクホークに向けると、赤い光が放たれる。

「…………ムクホーク……。」

 ムクホークを回収したボールに一言そう呟くと、男はそれを懐に入れて次のポケモン――上空で待機していたオオスバメを呼び出した。

「……いい気になるなよ。そのガーディは既に満身創痍。そして下らない奇跡は二度も起こらない……!」




++++++++++




 ガーディがムクホークを倒したのは、まさに奇跡であった。
 それはガーディを讃える言葉であると同時に、皮肉る言葉でもある。
 つまりは、結局のところ奇跡にでも頼らない限り、ローブの男の持つ鳥ポケモンとの力の差は決して埋まらないという事なのだ。
 即ちムクホークと同等、或いはそれ以上の力を持つオオスバメの猛攻を前に、誰もが二度目の奇跡を信じて耐え続けるしかないこの状況は――敗北へのカウントダウンそのもの。

「フハハハハハ! 次は誰が相手だッ! 俺のオオスバメに傷一つ付けられるヤツはいないのか!?」
「くっ……手加減無しだと、ここまで力の差があるのかッ……!」
「ダメだ、止められないっ……!」

 この時点で、ムクホークを下した巡査のガーディは倒されていた。
 さらにイブキのキングドラや、他のドラゴンポケモンも全てが倒されている。
 この二人の敗北が、正式な“ポケモンバトル”が終了した事を意味した瞬間、警官隊が総攻撃をしたのだが――オオスバメは未だその身体に、かすり傷一つを付けていない。
 一対一でも勝てず、一体多でも勝てなければ、一体誰があのオオスバメを倒せるというのか!
 希望があるとすれば、それはあのムクホークを破った巡査のガーディだけなのだが、それは既に倒されていてとても戦える状態じゃない……!
 加えて、ホウオウとフリーザーがいつ戻ってきてもおかしくないというプレッシャーが、徐々にローブの男を囲む円の半径を膨らませていく……。

「弱い。貧弱過ぎる。失望を通り越して同情するぞ!」

 男が吼えると、その円が大きく歪む。もうダメだ、止め切れない、ここで捕らえるのは不可能だ――諦めの色がフスベを満たす。
 ……しかし、ここで逃がしてしまったらもう、今後捕まえるチャンスは無いかも知れない。
 これほどの悪意を見逃してしまったら、自分たちは何のための警察なのか……!
 イカリの湖での異変を食い止められなかった事も、ロケット団の残党にラジオ塔を占拠されてしまった事も、全て自分たちの不甲斐無さが原因で起きてしまったようなものなのに――!

「う、……うぅぅぅうううおおおおおおおおおおおおおおおぉッ!!」
「ッ!!」

 円の中から、一人の警官が飛び出した。ポケモンを出すでもなく、ただ走って犯人に飛び掛った。
 それは別に、予想外の攻撃、というワケでは無かったと思う。
 ここまで順当にポケモンバトルで勝敗を決めてきたとは言え、犯人からしてみれば、人間が力尽くで突撃してくる事だって想定の範囲内の出来事のはずだからだ。
 しかし、ローブの男の動きは一瞬、遅れた。
 驚きの表情をフードの下の素顔に、恐らく貼り付けていたのだろう。言葉も出ないようで、彼は掴み掛かってきた警官を振り解こうと、ただ腕を乱暴に振り回している。

「……! 今だッ、全員突撃ーーーッ!」
「貴……様ァッ……! 小賢しい真似をするなッ!! オオスバメ! こいつを吹き飛ばせッ!」

 円の半径が一気に収縮するが、それよりも早くオオスバメが、最初に飛び掛ってきた警官をその大きな翼で跳ね飛ばす。警官の身体はマネキンのような無秩序な動きで空中を舞い、それから遠く離れた民家に突っ込んだ。
 民家の壁が陥没して煙を巻き上げ、警官の姿は一瞬で見えなくなる。その異常な様子を見届けた警官らは再びその足を止め、ジリジリと後退した。

「……馬鹿が。ポケモンバトルだけにしておけば怪我をせずに済んだものを。」
「自分で命令してフッ飛ばしといて何言ってやがる……!」
「俺は直接的な暴力には、相応の対応をするように心掛けているだけだ。どこぞのジムリーダーに対して、そうしてやったようにな。」
「ツクシのことか……。」

 巡査の脳裏に、傷付き倒れたツクシの姿が思い浮かぶ。
 それだけじゃない。アカネも被害者の一人だ。なるほど二人はポケモンバトルで敗れた後、直接犯人をその手で捕まえようとして返り討ちに遭ったというわけだ。特にアカネならやりかねない。彼女は少々、ジムリーダーとしては感情的になり過ぎるところがあることで有名だった。
 ただ、二人は何も悪くない。
 ジムリーダーの務めとして、危険なトレーナーを捕まえようとするのは当然の行為なのだ。あの温厚なツクシでさえそんな手段に打って出た程なのだから、目の前の男はよほど危険なトレーナーだと判断されたのだろう。

(さて……と。)

 スッと顎を引き、呼吸を整える。
 巡査はローブの男に気取られないよう注意を払いながら、状況整理を始めた。

(肝っ玉を据えて掛からないとな……。)

 ムクホークを破ったガーディは戦闘不能。残りの二匹も、今立っている場所からは確認できないがオニドリルと相打っている。少し離れたところに立っているイブキには戦意こそあるのだが戦えるポケモンがもういない。
 まだ戦える他の者達も同じで、たった一匹のオオスバメを前に巡査たちは全ての戦力を失っていた。
 その上、ドラゴン使いの総本山がこうして襲撃を受けているというのに、あのチャンピオンときたらまるで助けに来る様子もないではないか。
 もしかしたら彼は今回の事件を、単なる過激なトレーナーが少し大騒ぎを起こしてしまっただけという程度に考えているのかも知れない。相手が誰であれ、チャンピオンとしてリーグ本部で迎え撃つ気でいるのかも。
 確かに「その場所」で待っていれば何れは直接対峙する事にはなるだろうが――その頃にはジョウトのジムは全て潰され、復旧までに相応の時間が費やされる事となるのだ。
 揃いも揃って奔放な性格をしている四天王が動いてくれない事にはこの際文句は言わないが、せめてチャンピオンにはこういう時、その辺の事情をちゃんと察して、適切な対応をして欲しいものだと巡査は嘆息した。
 ……来ない助けに文句を言っても状況は変わらない。
 それに、仮に来たとしても役に立つかどうかは微妙なところだ。
 チャンピオン――ドラゴン使いのワタルの強さは、せいぜい本気を出したイブキより一回り強い程度だ。その本気を出したイブキが現にたった一匹さえ落とせずに敗北している以上、今更ワタルが来たところで、彼がこの状況を引っ繰り返す大きな力となるかどうかは大いに怪しいのだから。
 そういう意味では、こなくて正解――だったかも知れない。チャンピオンがアッサリと完封されるのが全国ネットで生中継だなんて、冗談じゃない悪夢だ……。

(くそっ……。ダメだ、完璧に詰んでやがる……。どう動いても、あと一手が届かねぇ……。奇跡は確かに、二度も続けては起こらない……か……。)

 拳を握り締める。冷や汗が頬を伝った。
 その手の中には――「げんきのかたまり」が、一つだけ入っている。
 それを使えば、一番近いところにいるガーディを完全復活させることが出来るだろう。
 だが、オオスバメはムクホークの時のようにインファイトは使っていない――即ち防御力は下がっておらず、仮にムクホークの時と同じ戦法を使ったとしても倒せる確率は限りなくゼロに等しい。
 オオスバメの攻撃に耐えた後、最低でも2発の「きしかいせい」を打ち込む以外に、ガーディの勝ち目はない。
 オオスバメの方が素早いのは当然のものとして、その攻撃を一発でも耐えるためには「こらえる」が必須。つまりガーディが勝つためには、直後に2連続でひかりのこなを発動する必要があるわけで――その勝率は……。

(1%……か。)

 100回やって、99回は負ける確率。それが、巡査に残された一筋の光明。
 それに賭けて動くか、否か。最早考えている時間さえ残されていない。こうしている間にもホウオウが戻ってきてしまえば、そのたった1%が完全に潰えてしまう。

(……一発。あと一発なんだ、ひかりのこなの奇跡が2度続くことを祈るんじゃない……あと一発を、先に捻じ込むんだ……! そうすれば、勝てるんだ……!)

 祈るだけなら、素人でも出来る。
 そうじゃない。
 巡査として以前に、一人のポケモントレーナーとして。今日まで積んで来た経験値の全てを注ぎ込んで、この状況を打開する一手を探り当てなければならない……それが、本当の「諦めない」という事なのだ……!
 だから、ムクホークを倒せた時のバトルは、本当の意味ではいいバトルとは程遠いものだった。
 今こそ、真剣勝負。
 オオスバメを相手に打ち勝つ事こそ、真のバトルと言えよう、そしてそれこそが決着となるに相応しい最終決戦なのだ――!
 ……その時。
 巡査はこれまでの戦いの全てを頭の中で辿っていた。
 ポケモンバトルの棋譜。それを一手ずつ進め、その中からヒントを得ようとしている。
 何でもいい。どんな手でもいい。一手を間に合わせる奇策……。
 ……そうだ。
 …………そのたった一手が欲しくて、ローブの男も苦しんでいた場面があったはずだ……。
 表面には出さなかったが、きっとアレは苦し紛れの一手だった……そして、でも、確かにその一手は、ローブの男の作戦を間に合わせるだけの成果を叩き出した……!

(……そうだ、…………その手があった……! そして、だからこそ打てる一手がある……! これで、一発を耐えられる! 俺たちにしか出来ない手が、まだ残されている…………!!)

 一筋の光明とは異なる方向から、光が差し込む。
 それは、眼前にあるか細い光とは明らかに違う光の道。
 巡査の目から、迷いは全て消え失せていた――。

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